26話
ビータウルス達は、あづさに渡す包みの中身を相当厳選したらしい。
たっぷりと詰められた料理や菓子類は全てが素晴らしく美味しく、あづさもギルヴァスも大変に満足した。
スライムは果物をちびちびと齧っているのか舐めているのか、そもそも食べていないのかよく分からない様子ではあったが、ひとまずあづさが抱けば満足げにぷるんと揺れた。
……あづさもギルヴァスもパーティーで起きたことについてあれやこれや報告し合い、笑い合って、楽しく晩餐会を行った。
華やかなパーティー会場からはかけ離れた、素朴に過ぎる殺風景な城の中、しかし、気取らない晩餐会はパーティーより余程楽しかったのである。
そして、翌日。
「……おはよ」
「ああ、おはよう。どうした、あづさ。眠そうだな」
「だって昨夜は遅かったじゃない……ふわ」
何やら眠そうなあづさがスライムを抱いてやってくるのを見て、ギルヴァスは苦笑した。
昨夜、パーティー会場で誰よりも華やかに凛々しくかつ大胆に雄弁に、偽りの推理を披露していたというのに。今のあづさは、年相応に見える。
「君が気の抜けた様子でいると、何やら安心するなあ」
「何よ、それどういう意味よ」
「そのままだが……」
抗議の視線を向けてくるあづさを見て、ギルヴァスは苦笑しつつ……ふと、気になった。
「ところでそのスライム、いつも抱いているな」
「ええ。抱き心地がいいのよ」
あづさの腕には、当然のようにスライムがすぽりと収まっている。このスライムは時にあづさの肩や頭の上に乗り、更に時にはあづさの脚を伝ってスカートの中に隠れることもある、ということはギルヴァスも既に知っている。
「それなりに信用してもらえてるのかしら。スライムってひんやりしてるけど、もしかしたら温かいのが好きなのかもね。寝る時もベッドに潜り込んでくるし……」
「えっ」
だが、流石にギルヴァスもそれには驚いた。
「ベッドに……いや、スカートの中に潜り込んでいるのは作戦上仕方がないことだったが……すまない、配下が非礼を……」
「何か問題だった?あ、大丈夫よ?寝相はいい方なの。寝てる間に潰しちゃったりはしないと思うわ」
「いや、そうではなく……」
不思議そうな顔をするあづさを見て、いよいよ困り果てつつ……ギルヴァスは、問う。
「嫌じゃないのか?その、ベッドに潜り込まれたり、四六時中一緒に居られる、というのは……」
「え?スライムが?全然よ。こんなに可愛いんだもの。ね?」
あづさが声をかけると、分かっているのかいないのか、スライムはぷるんと一揺れして応えた。
ギルヴァスの感覚からすると、言葉が通じずとも意識があり、理性が多少はある生き物と四六時中行動を共にする、ということは多少の抵抗があるのだが……あづさはそうではないらしい。
異世界人特有の感覚かもなあ、とギルヴァスは納得することにした。
「……よかったな。お前は可愛いそうだぞ」
「ええ、そうよ。スライムは可愛いわ。……何?妬いてるの?」
「そんなわけがあるか。可愛がられたい趣味は無いぞ」
「でしょうね。まあ、時々あなた、可愛い時あるけど」
あづさがくすくす笑うのを見て頭を抱えつつ、ギルヴァスはため息とともに吐き出した。
「……時々君が心配になる」
無論、心配などするだけ無駄だと、知ってもいたが。
昨夜の持ち帰りの食事の残りで遅めの朝食を済ませたら、早速侵食地帯へと向かう。
相変わらずねっとりとした不気味な土地の上に幾多の魔物が生息している様子であったが……前回訪れた時とは、少々違う点もあった。
「スケルトンとゾンビは居ないわね」
「そのようだな。うん。どうやら住居は機能しているらしい。……どれどれ」
ギルヴァスとあづさはうきうきと階段を下りていき、中の様子を確認した。
するとそこには、以前とは異なり少々文明的な生活をしているスケルトンとゾンビの姿があったのである。
「……寝床ができている」
「食糧庫があるわ……あ、こっちは武器庫?すごいわね、磨製石器作ってるわ……」
どうやら住居を得たスケルトン達は、文明的な生活を送ることを決めたらしい。彼らなりに生活に工夫をしている様子が見えた。
「もしかして自分達で狩りをするようになったか」
「協力してやってるみたいね。凄いわ」
そして驚くべき事に、地下の住居の中には解体された獣の肉や骨のようなものが幾らかあったのである。
肉はゾンビ、骨はスケルトンの食糧になっているらしいのだが、当然、このような獣を狩るにはそれなりの知性が必要である。スケルトン達の前回の様子を見ている限り、知性はそれなりにありそうだったが、まさかゾンビまで巻き込んでこのような共同生活をするようになるとは思っても居なかった。
たった1週間程度のことなのに、彼らの生活は大きく変わっていたのである。
「家があるだけでこんなに変わるものか?」
「うーん、家もそうだけれど、何よりも彼らのやる気が出たのが要因なんじゃないかしら?」
ギルヴァスが首を傾げていると、スケルトン達がいつの間にやら揃って隊列を成し、恭しくその場に傅いた。
ギルヴァスは少々慄いたが……これは即ち、スケルトン達がギルヴァスを主と認め、敬うことに決めたという証明なのである。
「あなた、契約したじゃない。彼らと。だから彼らはあなたの配下。あなたがやる気を出したんだったら、皆も頑張ってくれる。そういうことなんじゃない?」
「……そうかあ」
ギルヴァスは何やらこみ上げてくるものを感じつつ、スケルトン達を見渡した。
「これから、侵食地帯の解呪を行う。もし途中で具合が悪くなった者が居たら、教えてくれ。調整してみる」
スケルトン達が一斉に頷くのを見て、ギルヴァスは表情を緩ませるのだった。
侵食地帯に黄金の光が駆け抜けていく。
解呪の宝玉から放たれた光は、呪われた大地をじわじわと癒し、正常な姿へと戻していく。
その様子を見ながら、あづさはここが異世界だということを深く実感した。
……それほどまでに、大地の様子は様変わりしていったのだ。
湿って腐ったような感触をしていた土は、柔らかく豊かな土壌へと姿を変え、毒々しい色と臭いの沼は美しい池へと姿を変える。
粗方解呪が終わった後、そこにあった大地は湿地ではあるものの、粘っこく病的な様子ではなくなっていた。
そして。
「……ふんっ!」
ギルヴァスが何やら地面に向かって力を籠めると、あり得ないことが起きた。
「え?え、ちょ、ちょっと……えええっ、何よこれっ!」
「折角だからなあ。少し頑張ってみたんだ」
「が、頑張った、って……」
あづさは只々驚きながら、辺りを見回す。
「草、生えてる……」
柔らかな土からは草が芽吹いて大地を覆い、沼の傍には葦のような植物が生えて風に揺れている。所々に苔のような植物も生え、辺り一面、すっかり様子が変わってしまった。
「清々しい気分だなあ。うん、偶には働いてみるものだ」
ギルヴァスは流石に疲れたのか、地面にどっかりと腰を下ろし、更にそのまま仰向けに倒れ込んだ。
だが、そうしても差し支えない程度には草が生え揃っている。粘っこい地面ではなく、柔らかな草の絨毯の上であるならば、あづさもまた、地面に腰を下ろしてみる気になった。
あづさがギルヴァスの横に腰を下ろすと、ギルヴァスは横から笑いかけた。
「いい気分だ。これは君の世界の『草生える』に近いだろうか?」
そしてギルヴァスがそんなことを言うものだから、あづさは思わず笑いだした。
「あはは。そうねえ、確かにもう、笑うしかないわ」
「そうだろう。うん。成程なあ、草が生えるというのは、中々いいものだ」
「もうそういうことでいいわよ。ふふふ……」
そよそよと風に揺れる草の上、しばらく2人はのんびりと休憩したのだった。
「案外キノコが喜んでるわね」
「まあ、彼らは程よく湿っていれば元気だからなあ」
さて、住処がいきなり変わってしまって魔物達は大丈夫なのか、と心配したあづさだったが、案外大丈夫だったようだ。
ゾンビやスケルトンは、元々呪いによって生まれたものではあるが、一度生まれてしまえば生活するにはどこでも問題ないらしい。
そしておばけキノコ達はギルヴァスが造った洞穴の中にじめじめとして居心地のいい住処を築き上げて、そこでのびのびと暮らしているらしい。
「むしろ、水が綺麗になったのは嬉しいみたいだな。良かった」
「私、この子達の生態が全然分かんないんだけど……」
「俺も正直よく分からんなあ。分からんから、聞きながら変えていくしか無いのが申し訳ないが」
キノコが飛んだり跳ねたりしているどこかファンタジックな光景を前に、あづさはふと、気になる。
「そういえば、ローパーは?あの子達って明らかにじめじめねばねばの地面が好きだったと思うんだけど……」
そう。侵食地帯に居たはずのローパーの姿が見えない。
うねうねと触手をうねらせていた、あのよく分からない生き物は、果たしてどこへ行ってしまったのか。
「ああ、ローパーか。うん。多分彼らは……」
ギルヴァスが言いかけたその時だった。
「うおわああああああああ!なんだ!なんだこいつらあああああ!」
洞穴の外から、聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。
「……もしかして」
「多分ローパーだ。うん、この様子なら元気そうだな」
2人が洞穴の外へ出ると、そこには、地面から生え出た触手に捕らえられてバタバタともがくラギトの姿があった。
「……成程。元々地面の下に居る子だったのね」
「そうだな。それで、地面の上を通る獲物を捕まえて生活している」
「ああいうふうに?」
「ああいうふうに」
ローパーの触手がラギトを捕まえてうねるのを見て、あづさはひとまず、思った。
とりあえずローパーが元気そうでよかった!と。
「おい!お前らァ!見てねえでさっさと助けてくれよ!なんで助けてくれねえんだよー!知らせ持って来たってのにこの歓迎はねえだろうがーッ!」
尤も、喚くラギトによってそんな思考はすぐ中断せざるを得なかったが。




