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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
25/161

25話

 事故。

 ただの蜜蜂が、たまたま遠出してしまったことに対して、誰も文句など言えようはずもない。

 それに誰かの責任を考えることもできず、強いて言うならば毒見をしなかったこと程度は文句を言えるだろうが……蜜蜂には毒にならず、人間の姿をした者にだけ毒になるようなものも存在している。毒見役が蜜蜂型の魔物であったならば、毒見も素通りしてしまったかもしれない。

 ……そして、何より。

「そうか、ならば……後の事は、ファラーシアに任せる他にはないな」

 オデッティアがそう言う通り。ファラーシアの部下の眷属たる蜜蜂達が引き起こした事故であるならば、それを裁くのはファラーシアであるべきだ。

 四天王である以上、それぞれの領地に口出しは無用である。それは、他の者達もよく分かっていた。そして、ファラーシアは、他所から口出しされることを嫌う程度には気位が高い、ということも。

「む……そうだな。そもそも風の四天王領で起きたことだ。我々が出しゃばるべきでもない。なら、ファラーシアが目覚めるのを待つべきか……」

 火のラガルがそう言えば、周囲の者達もその通りだと言わんばかりに頷く。

「そうね。私の考えが正しいかどうか決めるのはファラーシア様であるべきだわ。だからこれ以上の追及は無しね。勿論、私の考えが正しかったとしても……このお酒を仕込んだ方々だって、蜜を加えた方々だって、まさか蜜蜂がとってきたばかりの蜂蜜が既に毒だったなんて、思いもしなかったでしょうから」

 そしてあづさがそう言えば、給仕の蜜蜂型の魔物へと視線が向けられる。

 ……会場に居る者達の中には、この給仕達が間接的にファラーシアへ毒を盛ったのではないか、と囁く者も居た。

 眷属の蜜蜂一匹一匹まで管理することなどできないと分かっては居つつも、敵意のやり場を欲する者は居るのだ。

 ……だが。

「そうだなあ、俺はあづさの考えを支持するが、そうなると、俺に責任が無かったとは言えない。毒草が生えていたのは地の四天王領だ」

 あづさの横に立つ訳でもなく、目立つ場所に移動するでもなく、ただ、その場に立って地の四天王ギルヴァスがそう言う。

 元々背の高いギルヴァスが背筋を伸ばして立っていたなら、壇上になど上がらずともそれなりに目立つ。

「ファラーシアに解呪の宝玉を貸していた事情があったが、俺が侵食地帯の管理を徹底していれば防げたかもしれない。まさか、領地を越えて蜜蜂が飛んでくるとは思わなかったが……彼らを責めるなら、毒草を焼いておかなかった俺が責められるべきだろう。すまなかった。今後、領地の管理は徹底する」

 静かながらよく通る声がそう言って、人より1つ分高い頭が、へこ、と下げられる。

 ……それで、蜜蜂の魔物達への敵意はほとんど、消えた。

 ただ、憎み蔑むべきはうだつが上がらない地の四天王、と。いつも通りのパーティー会場の流れになっていく。

 ざわめきが立ち上る中、パン、とあづさが手を打って声を張る。

「まあ、言っていたらキリがないわ。これだけ人が居て、それでも誰も毒に気づけなかったからこそ中毒が起きてしまったのだし。この場は『不問』もしくは『保留』っていうことで、収めて頂けると嬉しいわ」

 地の四天王へ責任を押し付けようと考える者も現れたが……今回の事は、あづさの言う通り、『キリがない』のだ。ギルヴァスを憎む者も、今回の責任が風の四天王団に大きい事は分かっている。あらゆるものは毒見しておくべきであり、検問は確実に行われるべきだ。……だからこそ、表立って誰かが何かを言うことは無かった。この場を収めるべきファラーシアが居ないのだから。

「とりあえず、この解呪の宝玉はお返し頂いて、地の四天王領の侵食地帯の解呪をするわ。そうすればもう、こんな事故は起きないでしょう。ファラーシア様が目覚められるより先にまた同じ事故があったら堪らないものね」

 あづさはそう言って、置き去りにされていた黄金色の宝玉を手に取った。

 神妙な顔をしつつ、しかし、内心では喜びの声を上げつつ。

 そんなあづさに対して、文句など出るはずもなかった。




 結局、パーティーはそのままお開きとなった。

 風の四天王領の幹部達はその場に残って後片付けや今後についての処理をすることになったが、地の四天王たるギルヴァスは当然、解放された。

「……こんなに上手くいってしまうとはなあ……うまいこと、有耶無耶になってしまった」

「あら、当然よ。だって私がやったんだもの。まあ、多少、予想していない動きがあったけど」

 あづさがギルヴァスを見上げて微笑むと、ギルヴァスは気まずげな顔をする。

「その、すまない。俺の口出しは要らなかったな。ただ、つい、癖で……」

「あら、いいフォローだったわよ。あなたのお陰で上手く有耶無耶になったわ。それにパワーバランスはあんまり急に変わると混乱の元だもの。まだあなたは、ちょっとうだつが上がらない四天王、ぐらいのままでいいんじゃないかしら」

 あづさは晴れ晴れと笑って解呪の宝玉の包みを抱え直す。

 結果は上々。これで解呪の宝玉は手に入り、侵食地帯を解呪する口実もしっかり手に入れることができた。更に風のファラーシアは銅による中毒症状に苦しんでおり……うまくいけば、このまま代替わり、となるだろう。無論、上手くいけば、だが。あづさとて、流石にそこまで望んではいない。現状だけでもひとまず満足できる結果になったのだから。

「そうか。それなら、よかったが……しかし、失敗したな」

「え?」

 あづさの隣でギルヴァスがそう呟くのを聞いて、あづさは首をかしげる。何か、悪い点でもあっただろうか、と。

 ……だが。

「腹が減った。何も食わずにパーティーを出てきたのは初めてだなあ……」

 ギルヴァスがそう言うのを聞いて、あづさは……笑い出した。

「あはははは!そう!お腹減ったのね!地の四天王ともあろう人が!お腹減って、パーティーのご飯食べ損ねて、残念そうな顔してるのね!」

 ころころと遠慮のない笑い声をあげたあづさに、ギルヴァスは情けない顔をしつつ、少しばかりの抗議の意を込めた視線を向けた。

「そりゃあ……俺は食わなくても生きてはいけるが、腹は減るんだ。悪いか」

「悪くないわ!ええ、全然、悪くない!あーあ、私、あなたのところに来てよかった!」

 あづさは目じりに浮かんだ涙を指先で拭いつつ、そう言って笑う。

「なら、これ持ってちょっと待ってて。あっちの方でお料理包んで配ってるみたいだから。1包み貰ってくるわ」

 どこまでも上機嫌に、あづさはそう言ってギルヴァスに宝玉の包みを渡すと、会場の一角に向かって進んでいった。




 あづさが会場を歩いていると、ふと、横合いからあづさの前に立ち塞がってきた者がある。

「あづさ、といったな?」

「……ラガル・イルエルヒュール様。どうかなさいました?」

 火の四天王はあづさを見下ろして、にやりと笑った。

「何。随分と弁の立つ女だと思ってな。我らには無い知識を持ち、その上、度胸も中々あるらしい。地のギルヴァス・エルゼンも随分とお前を頼っているようだな?」

「お褒めに預かり光栄です」

 あづさが微笑んで流そうとすると、ラガルはじっとあづさを見下ろして、言う。

「あの推理は、真実か?」


「……どうかしら。私は真実だと思っているけれど。それ以外に何か、お考えがおありなの?」

 あづさは動じずに受け答える。

 全くぶれない視線を返して微笑めば、火のラガルは呵々として笑い出した。

「成程。やはり、地の奴にくれてやるのは惜しいな。……火の四天王団に来るつもりはないか?」

「ええ。私は地の四天王団に居るつもりです」

「そうか。やはり、そう言うだろうな」

 ラガルはあづさの答えを聞いて笑う。……そして、ラガルの手があづさへと、伸びた。

「だがお前は有能だ。味方に置けば勝利を導き、敵に置いたならば脅威となるだろう。……ならばお前は力づくでも、我が領地へ連れ帰る!」


 あづさがはっとして身構え、ラガルの手を避けようとした瞬間。

 バチリ、と何かがラガルの指先で弾けた。

「なっ!」

 ラガルは痛みを覚えたらしく、指を引っ込めて唖然とした顔をする。

 だが、唖然とするのはあづさも一緒だった。一体なにが起こったのよ、とあづさは内心で混乱する。

「守りの、魔術、か?それも、相当に強い……一体、どうやって」

 ラガルが何か言っているが、当然、あづさには覚えが無い。何がラガルの指先を弾いたのか全く分からないまま、あづさは立ち尽くしていたが……。

「相変わらず鈍い奴よの。ラガル。気づかなんだか?妾もファラーシアも気づいたぞ?」

 あづさの横から、水のオデッティアがそう言ってやってくる。

「ほれ。これよ」

 オデッティアが指さしたのは、あづさの二の腕。そこに嵌められた、腕輪だった。

 それは、あづさが出立前にギルヴァスから贈られたものだったが。

「……この腕輪、もしや、奴が守りの魔術を注いだものか!」

 ここであづさはやっと、自分の腕に収まっている腕輪の意味を知った。どうやらこれは、あづさの身を守るためのものであったらしい。

「ふふふ。奴め、随分と奮発したらしいな。余程、あづさを手放したくないと見える」

「……だろうな。全く、負わずとも良い傷を負わされた」

「あづさを誘うなら、もっと賢いやり方を選ぶのだな。妾はそうするぞ」

 オデッティアはくすくすと笑い、ラガルは苦い顔であづさをもう一度見下ろした。

「……今回は諦めるが、いずれ、お前には火の四天王団の一員となってもらう。そのつもりで居ろ」

 あづさは現状の把握で精一杯であったが……ひとまず、笑って答えた。

「勧誘してくださるのは嬉しいのですが……次回以降は是非、私の体ではなく、心を連れ帰るように勧誘してくださいね」




 パーティー会場の一角では、大量に余ってしまった料理や菓子類を包んで配っている者達が居た。

 風の四天王の配下として働いている、蜜蜂型の魔物達……ビータウルスである。

 蜜蜂と人間の間のような姿をした彼らは忙しなく働きつつ、客人達にパーティーが中止となってしまった事を謝罪しつつ食事の包みを配っていたが、そんな彼らを労う者は居ても、責める者は誰も居なかった。

 ……あづさの弁論を聞いて、自分達の眷属たる蜜蜂が失態を犯したらしい、と知った時のビータウルス達の恐怖といったら、相当なものであった。

 間接的にとはいえ、自分達が原因で、風の四天王ファラーシア・トゥーラリーフに毒を盛ってしまったのかもしれないのだ。自分達にはそんな覚えは無かったが、そんなビータウルスらは誰から何を言われ、今後どうされるのか、大変に恐怖していた。

 だが……そんな彼らの心配とは裏腹に、誰も彼らを責めなかった。

 それは、『不問、あるいは保留』を申し出たあづさのお陰でもあり、また、地の四天王ギルヴァス・エルゼンのお陰でもあった。

 今、会場に残っている者達からは、ギルヴァスを悪く言う声が多い。

 要は、彼が自分の領地をしっかり管理しておかなかったからこそこんな事故が起きた、と。

 言いがかりだということは全員が承知した上で、全員がそれに乗っている。こういったゴシップの類は社交界の毒華である。真実がどうであれ、より面白そうな説を囁き合い、笑い合う。

 いつものことながら行われるそれらの歓談をありがたく思いつつも、ビータウルス達はそれを、申し訳なくも思った。

「お1つ、頂けるかしら」

 そんな彼らに、声が掛けられる。

 そしてビータウルス達は、はっとした。そこに立って微笑んでいたのは、地の四天王ギルヴァスが連れてきていた異世界人の少女あづさだったので。

「あなたは……」

「あの、ごめんなさいね。あなた達がこれから、色々言われなければいいんだけれど」

 あづさはビータウルス達が何か言うより先に、そう言って申し訳なさそうな顔をした。

「もしこれから何かあったら、こっそりでもいいから、地の四天王領に連絡して。できるだけ助けるわ」

「い、いえ、我々は……」

 ビータウルス達はあづさの言葉に戸惑いつつ、そっと周囲を窺いつつ……あづさに囁いた。

「感謝しております。地の四天王様があのように責任を被るような発言をなさった為に、我々は糾弾されずに済んでいるのです」

「あなたがこの場で事故の原因を解いて下さったことにも、感謝しております。ファラーシア様が目覚められてから、不必要に痛めつけられる心配がなくなりました」

「そして、『不問あるいは保留』の提案も。……お心遣い、ありがとうございました」

 ビータウルス達はコソコソとそう言うと、あづさの手に食事や菓子の包みを渡した。

 あづさはずしりとした包みを受け取って少々驚きつつ……ビータウルス達に微笑んだ。

「もしあなた達が一族全員で移住してくるっていうんでも、歓迎するわ。もしそっちでの待遇が悪くなるようなら、考えておいてね」




 ……そうして挨拶もそこそこに、ギルヴァスはまたあづさを背に乗せて空を飛ぶことになったのだが。

「あーあ、上手くいって良かったわ!ちょっとヘイト稼いじゃったし、絶対に怪しまれてるけど……帰っちゃえばこっちのものよね。それに、これで解呪の宝玉も手に入ったし、侵食地帯を解呪する口実も手に入ったし!……ね、スライムもお疲れ様!よくやってくれたわ!」

 あづさは上機嫌であった。

 出たとこ勝負の割にこれだけ上手くいったのだから、当然の上機嫌である。ギルヴァスもまた、空を飛びながら明るい気持ちでいた。

 パーティーの帰り道にこのような明るい気持ちで居た事など、今までに何度あっただろう。少なくとも、ここ100年は無かったように思う。

「あ、そうだ。ギルヴァス。腕輪、ありがとう。役に立ったわ」

 しかし、ギルヴァスはあづさがそう言うのを聞いて慄く。

 守りの魔術を込めた腕輪は、当然ながら、あづさに危険が迫らない限り発動しないように魔術を込めたものだ。それが『役に立った』とはどういうことか。だがそう思っても、ドラゴンの姿をしたギルヴァスは、あづさと会話することができないのがもどかしい。

「心配は要らないわ。見ての通り、無事よ。それにちょっぴり面白かったわ。帰ったら話すわよ。そうね、お料理の包み開けて、ご飯食べながら。ね?スライムと一緒に晩餐会よ!堅苦しい事無しにして、とりあえずまずはお祝いね!」

 ギルヴァスの心配など他所に背中の上ではしゃぐあづさの声を聞きつつ……ギルヴァスは、思った。

 やっぱり彼女に勝てる気がしないなあ、と。


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