24話
解呪の宝玉が運び込まれてきた時、多くの者がそれに目を奪われた。
それは美しい、黄金色の宝石だった。柔らかなクッションにずしりと沈み込む重さと大きさを持ったそれは、周囲を明るく照らすかのように美しく輝く。
「来たな!よし!さっさと誰か、ファラーシア様を解呪しろ!」
ラギトは早速、運ばれてきた宝石を示してそう叫ぶ。……だが、進み出る者は居ない。
「お、おい!誰かこれ使える奴、居ねえのかよ!」
ラギトが焦って言う通り、この宝玉を使える者は、そう多くないのだ。魔法をそれなりに扱える者でなければ、解呪などできようはずもない。
だが。
「俺がやろう」
元々のこの宝玉の持ち主であるならば、当然、扱うこともできるのだ。
「地の四天王……!よし、じゃあアンタがやってくれよ!」
ラギトはギルヴァスへ宝玉を渡して、場所を譲る。ギルヴァスは宝玉を手に、ファラーシアの解呪を行う。
……ギルヴァスは、ファラーシアを蝕むものが呪いではないと知った上でも、手を抜くことなく解呪の術を行った。
術によって生まれた黄金色の温かな光が溢れ、ファラーシアを包み込む。会場を眩く染め上げて光は満ちて……そして収まった時、当然、ファラーシアは起き上がらない。
「……駄目だった、の?」
あづさがおずおずと尋ねるのにギルヴァスはただ困りつつ頷いた。ギルヴァスは嘘も演技もそれほど上手くないが、今、どうしていいものやら困っているのは本当だった。
「呪いじゃない。これは……」
「毒よ」
そして、ギルヴァスの台詞を攫うようにして、オデッティアが険しい顔をして立ち上がった。
「ファラーシアが飲んだこの酒に、毒が盛られていたのだ!」
会場がざわめく。毒、という言葉がざわめきに何度も溶けては消えていく。
『風の四天王に毒を盛った者が居る』。その事実は、会場に居た者達を震撼させ、或いは憤らせた。
……その中でも、特に憤った者は、水の四天王オデッティア・ランジャオ。そして、もう1人は……。
「毒だと!?一体誰がそんなものを仕込んだ!」
大股で近づいてくる男は、その激情を表すかのように、周囲に炎を踊らせる。
周囲の者達は男のために道を空け、男はそこを通ってファラーシア達に近づいた。
「……ギルヴァス・エルゼン。まさか、貴様の仕業か?」
赤い髪を逆立てるようにしたその男は、屈んだギルヴァスを睨み下ろして、そう言った。
……彼は火の四天王。ラガル・イルエルヒュールである。
「何故そう思う、ラガル」
「柄にもなく貴様がこのような場に堂々としているのだ。何か裏があるに決まっているだろう!」
「そう言われてもなあ……」
言い掛かり極まりない暴言を向けられつつ、ギルヴァスは困り果てて言葉を濁すしかない。実際、裏はあるので。
「ラガル。今はギルヴァスより、ファラーシアだ。癒やしの術は施したが、それでは足りんと見える。お前も活性の術が使えたはずよな?さっさと施せ」
だが、ギルヴァスの糾弾よりもファラーシアの救護が緊急を要する。結果ラガルはギルヴァスを睨みつつ、ファラーシアに何か魔法を施していく。
……ファラーシアの周りに火が踊り、熱く輝いては溶けて消えていく。幻想的で美しい光景を見ながら、あづさは……必死に考えていた。
この場を巧く逃げ出す算段を。
風のファラーシアはそのまま寝室へと運ばれ、後には重苦しいパーティー会場が残った。
「……ふむ。どうやらこの大壺の酒に、毒が仕込まれておるようだな」
酒の壺を見ていたオデッティアがそう言うと、ラガルは険しい表情で周囲を見渡した。
「これは我ら四天王を冒涜する行為だ。断じて、許すわけにはいかん!」
「ええ。実にその通りだわ」
そこにあづさは、進み出る。
「毒を盛った誰かが居るなら、炙り出さなきゃいけないわ。四天王の1人が倒されるなんて、あってはならない事だものね」
少々戸惑う様子のラガルに笑いかけつつ、あづさは堂々と声を張った。
「だから是非、解明しましょう!この事件の謎は、考えればきっと解けるはずよ」
皆が何事かと戸惑う中、あづさは大広間の階段を数段上り、そこを舞台として話し始めた。
「まず最初に、言わなきゃならないことがあるわ。実は、私も毒を盛られていたの」
そしてあづさの一言目から、会場は大いにざわめいた。
異世界人も毒を盛られたとなれば、一体犯人の目的は何なのか。……そして、どうして毒を盛られたはずの異世界人が生きているのか。
「異世界の知識で、飲み物に毒が混ざってる事にはすぐ気づけたわ。だからこっそり対処したのだけれど……黙っていたのは、こっそり犯人を探すためだったのよ。ごめんなさい。誰が私を狙っているか分からなかったから、相談するにもできなくて……それにその時は、私だけを狙っているんだと思ってたのよ。……自分で言うのも何だけれど、狙われる理由は十分だと思ってるわ」
あづさの告白に、皆はそれぞれざわめく。
「しかし実際はファラーシアも狙われていた、ということか」
「いいえ?それも違うわ」
「何?」
ラガルの言葉を否定して、あづさは大壺を指差す。
「誰が飲むか分からない、何なら全員が飲むかもしれない大壺に毒が仕込んであったんだもの。毒にあたる可能性があったのは……私だけでも、ファラーシア様だけでもない。この場に居る全員が、毒にやられる予定だったのよ」
これにはラガルも唸る。
大壺に毒が仕込まれているという事実は覆しようがない。ならば、無差別な全員が狙われたと考えるのも自然なのだ。
「……しかし、ならば何故、妾をはじめとした他の者達は毒に倒れておらんのだ?」
「それも簡単なことよ。だってあの壺のお酒はまだ、誰も飲んでなかったから。だから、まだ誰も毒にやられていなかった」
「おい、異世界人!それでは何故、ファラーシアが倒れている!先程の説明と食い違うだろう!?」
「それはね、火のラガル様。原因がちょっと意外な所にあったからだと思うわ」
怒るラガルを宥めるようにあづさはそう言って……毒が入っている壺に小さく白墨で書かれた文字列を示す。
「この大壺のお酒は、甘い奴よね?そう書いてあるわ。後から蜜を加えた甘くて軽いお酒。パーティーにはもってこいなんじゃない?勿論、これじゃ弱すぎるっていう人も居るだろうけど」
あづさはちらり、とギルヴァスを眺めてそう言いつつ、もう一度壺の方を見る。
「……でも私、お酒は飲めないの。とびっきり甘い奴なら大丈夫かと思って……ギルヴァスが持ってきてくれたのも、そういうお酒だったわ。それに毒が入っていたんだけれど……まあ、それはいいわ」
ギルヴァスはあづさが組み上げた設定に咄嗟についていけず、困ったような顔をしたが……それも自然な反応らしく見えただろう。周りの者達も皆、似たような顔をしていたのだから。
「ねえ、オデッティア様。ファラーシア様が飲んでらっしゃったのは、甘めのお酒だったんじゃないかしら。それこそ、味付けに蜜を加えてあるような」
だが、あづさがそう言った時、オデッティアはハッとした顔をして、言った。
「……つまり、毒、というのは……蜂蜜、か?」
「ええ。きっとそう。……毒はお酒に入っていたんじゃなくって、お酒に混ぜられる蜂蜜に入っていたのよ」
「そもそもこの会場に入る時、ドレスコードは遵守してるでしょう?その監視の目を掻い潜って毒を持ち込むのは難しい」
「しかし、何らかの方法で持ち込んでいたならばどうだ?検問を抜ける方法など、いくらでもあるだろう!?」
「それでも難しいわ。だってそれって、皆の目がある中で毒を盛った、っていうことになるでしょう?そんなの不可能だわ。だってここには四天王が4人も居るのよ?皆様の監視の目が鈍かった、とは、私には思えないの。それともラガル様は毒らしいものを見つけられたのかしら?」
「それは……そうだな。確かに、毒を持ち込まれたとは、思えん……」
四天王本人としては、ここを否定することはできないのだろう。ラガルはそう言って、引き下がった。
「そう。だから、毒はパーティーの中で入れられたんじゃなくて、パーティーの前から用意された蜂蜜に入ってた。そして、何故蜂蜜に毒が入っていたかっていうとね……」
あづさはいよいよ皆の注目を集めつつ……言った。
「きっと、毒草の花から蜜を集めてしまったのよ。……地の四天王領の侵食地帯に咲いてる毒草の、ね」
「私が地の四天王領に来てから、少しだけ土地が豊かになったわ。呪われた侵食地帯もね。その結果、侵食地帯にも花が咲いて……それが毒草なのよね多分」
あづさがそう言うのを皆が静まり返って聞いていた。
辻褄は合っている。合っていなければならない。そうでなかったなら、四天王は自分達に毒を盛った者を見逃したということになるのだから。
「つまり、これは……」
だから、あづさがこう結論付けるのを、誰も否定しなかった。
「単なる、事故だったのよ」




