21話
そうして、風の四天王主催のパーティ当日。
あづさは曲がっているギルヴァスのタイを直してやりつつ、彼の格好を眺めて、よし、と頷いた。
「本当にあなたって、ちゃんとしてればそこそこに見えるわよね……」
「そうか?それは嬉しいが……うーん、照れるなあ」
自分は恥ずかしい褒め言葉を平気で言える癖に、自分がちょっと褒められると照れるってどうなのよ、とあづさは何とも言えない気持ちになりつつ、最後に自分自身の格好も確認する。
あづさはラギトが最初に持ってきた黒いシンプルなドレスを着て、いつも通り、髪をツーサイドアップにまとめている。
そして、他の宝石に混じって硫酸銅の結晶を幾粒も飾った首飾りと飾り帯。繊細なチェーンで繋がれた結晶がふらふらと揺れるのが何とも美しい代物だが、中に混じった青い結晶は、毒だ。
「ねえ、変じゃないかしら?」
「ああ。綺麗だ」
「ほんと達者な口してるわよね」
「口下手な方だと思っていたんだがなあ……」
あづさは唇を少々尖らせつつ、最後にスカートの裾の内側を確認する。
そこにも宝石は飾られていた。チェーンに繋いだ硫酸銅の結晶が、スカートの内側に隠してある。毒として使う分はこちらになるだろう。表に出ている分は、予備。或いはスカートの内側にあるものを宝石だと言い張る材料に過ぎない。
……硫酸銅の結晶をどう使うか、については、2人で何度も協議を重ねた。使いやすさで考えれば指輪などにしておくのが一番なのだが、指輪がなくなっていると気づかれれば、そこから毒を盛ったことが露呈しかねない。
かといって完全に隠してあると、取り出す際に不審になる。基本的に毒を盛る瞬間は誰にも見られていないことが前提だが、それでもできるだけ、その隙は小さい方がいい。
……ということで、スカートの内側、揺れる裾からちらりと覗くチェーンに、硫酸銅の結晶をあしらうことになったのだ。
これならばスカートの内側で硫酸銅の結晶が消えていても不審に思われることはなく、かつ、事前に見つかってしまっても装飾品だと言い張れる。
後は、毒を盛るあづさの手腕次第だが……何とかなるでしょう、とあづさは腹を括っている。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか?」
「ん、少し待ってくれ」
腹を括ったあづさがそう声を掛けると、ギルヴァスはその場で懐を漁り始める。
……そして、中から輪を1つ取り出した。
角度によって色が変わって見える不思議な金属でできているそれには、黄金にも褐色にも見える琥珀色の石が嵌め込んである。金属細工の繊細さといい、それなりの価値のあるものだということはあづさの目にも分かった。
「腕を」
「え、ええ」
言われるがままにあづさは左の腕を差し出すと、そこに輪が通されていく。
そうして美しい腕輪は、あづさの二の腕にぴたりと収まった。
「緩かったりきつかったりしないか」
「ええ、大丈夫、だけれど……」
不思議なほどしっくりと馴染む腕輪を眺めて、あづさは首を傾げる。馴染む腕輪の不思議さもそうだが……。
「……あなた、いつの間に私の腕の太さなんて測ったのよ」
あづさとしては、こちらの方が問題である。
「ん?ああ、見て大体の太さは分かるからな。後は、そうだな、どこかで腕を掴んだことがあったが、あれだ」
「見て、一回掴んだだけで腕の太さをしっかり把握できるって、いったいどういう能力よ」
「まあ、特技の1つだな。ははは」
変な特技、とぼやきつつ、あづさはしげしげと腕輪を眺めて……笑う。
「これ、気に入ったわ。ありがとう」
「それはよかった!」
ギルヴァスはにこにこと嬉しそうに笑い、それからあづさの腕輪に触れた。
……瞬間、あづさは腕輪が熱く熱を帯びたように感じたが、一瞬後には何事もなく、元の状態に戻っていた。気のせいだったのかしら、とあづさは首を傾げる。
「あづさ。すまないが今日1日、できるだけその腕輪を外さないでおいてくれるか」
「え?ええ。元々外すつもりも無かったけれど」
あづさはまた不思議に思いつつ、しかし、今度こそ差し出された手を見て、笑ってその手をとる。
「……じゃあ、エスコートよろしくね」
「ああ。期待に応えられるよう努力しよう」
ドラゴンに変じたギルヴァスの背に乗って、あづさは風の四天王領へと向かう。
「……豊かね」
眼下に流れる景色を見て、あづさは複雑な思いになった。
美しい大地は緑に覆われ、或いは花に覆われて、豊かな実りを実現させていた。
……地の四天王領とは全く異なる眺めだ。本来ならば地の四天王領もこのような眺めであったはずであり、何なら、今風の四天王領となっているこの辺りの土地も、地の四天王領であったはずなのだ。
「地の四天王領も、このくらい……いいえ、これ以上に豊かにするわよ」
あづさがそう呟けば、ギルヴァスは竜の声帯を震わせて小さく吠えた。
風の四天王領は、その中央に高い山に囲まれた小さな盆地を有しており、そこが風の四天王の住む場所であった。
ギルヴァスは盆地の端に着陸すると、人間の姿に戻って風の四天王城を見上げる。
「……いつもは、ここに来ると嫌な思いばかりしていたんだが。今日は少し、わくわくしている」
「そう。それは良かったわ。折角のパーティーなんだもの。楽しまなきゃ損よね」
「楽しむ、なんて考えたこともなかったが……うん、そうだな。楽しもう」
ギルヴァスが腕を差し出すとあづさは笑って腕に掴まり、2人は連れ立って風の四天王城へと向かう。
道中には停車している馬車や翼竜などもある。それらの中には、水の四天王を示す紋章を首につけた翼竜や、火の四天王を示す紋章を刻んだ馬車もある。この分だと他の四天王は全員揃っているのだろう。
他にも、各四天王団の幹部のものらしい乗り物もある。これは随分と盛大なパーティーになるのだなあ、と、ギルヴァスは少々気圧される。
「ねえ、ギルヴァス。『全員分』の方は任せたからね」
だが、ギルヴァスにエスコートされて歩く少女が楽しげに笑うのを見て、ギルヴァスは自らを鼓舞した。
「ああ。任された」
自分より小さく、年若く、武力というものを持たない少女は、それでいて強く、優しい。
あづさに負けないように、と、ギルヴァスは堂々と見えるよう、意識して背筋を伸ばして歩くのだった。
風の四天王城内部、魔法の明かりを灯すシャンデリアに輝く大広間には、たくさんの人影があった。
ここに居る者達の種族は様々だ。あまりに大きな体躯の者は、変身の術を用いておよそ人間らしい大きさに収まっている。ある程度体躯の大きさを揃えてくること。それがこの場の『ドレスコード』の1つなのである。
皆がそれぞれに着飾り、華やかな出で立ちであった。それぞれの種族の伝統的な衣装を身に纏う者もあれば、流行を追いかけた衣装を着ている者もある。
色とりどりの会場の中……その中でも、一際目を引く女が居る。
……風の四天王、ファラーシア・トゥーラリーフ。
身に纏うものは数多の宝石と幾重もの布に彩られた豪奢なドレス。大粒の宝石も、何色もの柔らかな薄布も、艶やかな彼女の美貌を彩ってより一層輝かせている。
だが、ファラーシアを輝かせているものは、それらのドレスやアクセサリーではない。
彼女自身の、羽である。
見る角度、光の具合によって緑から青、そして紫にかけて色を変える蝶の羽。それは、ファラーシア自身が何より大切にしているものである。
蜜色の長く豪奢な巻毛も、伸びやかな手足も、恵まれたスタイルも、少々派手な顔立ちの中に収まる鮮やかな黄緑の瞳も。全てが美しく、それぞれがファラーシアの自慢であったが、何よりも羽が、彼女の自慢であったのだ。
シャンデリアの光を浴びて存分に羽を輝かせるファラーシアは、会場を見回していた。
……まだ、参加者は集まりきっていない。
そう。地の四天王、ギルヴァス・エルゼンだけが未だ、来ていなかった。
パーティーの開始までにはまだ時間があるが……恐らく彼のことだ、開始時刻ギリギリにやってきて、お開きの合図と共に逃げるようにして帰っていくのだろう。
ファラーシアはそれをいつも、少々不満に思っていた。
何故なら、このパーティーの楽しみの1つが、普段引きこもってばかりのギルヴァスを光のあたる場所に引きずり出してやることだからだ。
居心地悪そうに縮こまって、皮肉を投げかけられながらも愚鈍な返答をしてまた笑いものになる。そんなギルヴァスを見、またファラーシア自身もギルヴァスをつついてやるのが、パーティーの余興であり、楽しみであったのだが。
「ファラーシア。変わらんな」
ふと、横から声を掛けられてファラーシアはそちらを向く。するとそこには、ファラーシアとはまた異なる種類の美しさを持つ女が、数名の従者を従えてそこに居た。
「あら、オデッティア。御機嫌よう」
オデッティア、とファラーシアが呼んだ女こそ、水の四天王、オデッティア・ランジャオである。
いっそ青ざめて見えるほどに透き通るような白い肌が、彼女が水に属する者であると証明していた。
肩の辺りで斜めにパツリと切り揃えられた青銀の髪をさらりと揺らして、オデッティアは小首を傾げる。
「ところで姿が見えんようだが、地の者には招待状を出さなんだか?」
どうやらオデッティアもまた、ギルヴァスが来ていない事を気にしているようだ。
「いーえ?出したわよ。けどいつものことじゃない?あいつがギリギリまで来ないのなんて」
「まあ、そうよな。全く、気の利かん奴め。……話の種になる程度しか能がないというのだから、せめてさっさと来れば良いものを」
オデッティアとファラーシアは顔を見合わせて笑う。
オデッティアは静かにクスクスと。ファラーシアはころころと遠慮なく声を上げて。美しい女2人の笑い声は、賑やかにさざめく会場に溶けていった。
その会場の空気を切り裂くように、扉が開かれた。
来たか、とファラーシアは嗜虐の笑みを浮かべて扉の方を見やり……同じく扉の方を見たオデッティアと共に、驚愕の表情を浮かべることになる。
「すまない、遅れたか」
そこに立っていた男は、申し訳なさそうな笑みを浮かべつつも卑屈ではない。背筋は伸び、髪は顔を隠すことなく綺麗に整えられている。着ているものにも野暮ったさが無い。
……すっかり様子を変えて別人のようになったギルヴァス・エルゼンが、美しい少女を1人伴ってそこに居た。




