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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
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2話

 あづさが呆気にとられていると、男は首を傾げ、それから、はたと気づいたように椅子から立ち上がった。

「すまない、こんな身なりで。客人を迎えるのにあまりにも楽な恰好だが、事情があるんだ。許してほしい」

 立ち上がると、男は随分と大きく見えた。身長、一体何センチかしら。あづさは現実感の失せた感想を心の中で漏らす。

「……それとも、俺が怖いか?」

「い、いえ……大丈夫、です」

 あづさが恐る恐る返事をすると、男はあからさまにホッとしたような顔をする。

「そうか。大丈夫かあ。なら良かった!なら、もう少し近づいてもいいか。少し喉の調子が悪いんだ。大きな声を出すのが辛い」

 ぼさぼさの髪の下の顔は、満面の笑み。……その笑みになんとか励まされるようにして、あづさは頷いた。

 絨毯を踏んで、男が歩く。近づいてくるにつれ、益々男は大きく見える。

 あづさは男を見上げて、思わず体を強張らせた。未知はいつだって、恐怖と共に在る。その『未知』が大男であったなら、尚更。

「楽にしてくれ。まあ、見て分かる通り、俺はこんな格好だ。あまり畏まられてもやりづらい」

 そう言うと、よいしょ、と、男は絨毯の上に座った。胡坐をかいて座り込んでしまえば、男は幾分、小さく見えるようになった。

 どうやら本当に、礼儀作法も何も気にしないらしい。そう判断しつつ、あづさはそっと、絨毯の上に正座した。それでも胡坐をかいた男の視線は、あづさより上にあったが。


「さて。ひとまず、君はこの城で保護させてもらっている。何せ、荒野のど真ん中で倒れていたからなあ。干からびるよりはいいだろうと思って」

「ええ、どうもありがとう。助かりました」

 どうやらあづさはこの男に助けられたらしい。記憶に無いが、つまり、あづさはあの荒野の真ん中で意識を失っていたのだ。そのままだったなら……男の言葉通り、干からびて死んでいたのだろう。

「いや、気にしないでくれ。元はと言えば、あんなところに荒野を広げてあるのが悪いわけで……ん」

 男はそんな事を言うと、難しい顔で口を噤んだ。そして気を取り直すように、話題を別に切り替える。

「……そういえば、君は異世界人だと思ったのだが、もしかして違ったか?」


「い、いや……そう、なのかもしれない、ですけど……い、異世界、って……」

 あづさは改めて、混乱した。

 異世界。物語に聞いたことはあれど、まさか、自分がそこに居るとは。

 ……だが、納得はいった。

 急に荒野に居たことも。謎の水ゼリーと出会ったことも。黒い竜のようなものを見たことも。そして今、それこそ物語の舞台かのような古めかしい城に居て、角の生えた男と話していることも。

 全ては異世界の出来事だから、と言ってしまえば、説明がつく。

「異世界、ね……まあ、そう考えるしか、ない、か……」

 あづさはそう呟いて、自分を納得させた。馬鹿馬鹿しくも思えたが、ひとまずそうとでも思わなくてはやっていられない。

「そうだ。恐らくここは、君にとっての異世界。そして我々にとって君は、異世界人だ」

 外国人から見たら、日本人こそ外国人だものね、などと思いつつ、あづさは頷く。

 異世界人。

 あづさは自分が手に入れてしまった肩書きに実感も湧かないまま、そっとため息を吐いた。


「……不安か?」

「え?」

「まあ、不安だろうなあ。うん、変な事を聞いてしまったか……」

 男はあづさを見て、しょげたような顔をする。

「すまない。突然異世界にやってきて、さぞ不安だろう。だが、君がそう固くなっているのをどうしていいか、俺には分からん」

 これにはあづさも少々慌てた。

 何せ、大の男がしょげているのだ。あづさが緊張している様子だ、ということで。

 何故、この男はあづさのことをこんなにも気遣うのか。あづさには理解できなかったが……とりあえず、相手が居心地悪さと居た堪れなさに加え、何故か申し訳なさすら感じてしまっているというのなら、それはどうにかしたかった。

「だ、大丈夫よ。緊張していないわ。不安はあるけれど……その、大丈夫。少しは落ち着いた、って、証明、できたかしら……?」

 あづさは何とか、緊張も不安も無い、というような態度を取ってみた。すると男は、照れたように笑う。

「……すまないなあ。なんだか無理をさせたようで」

「そんなこと」

「いや、嬉しいよ。ありがとう。実のところ、俺も少し緊張していたんだ。人見知りな性質でなあ」

 あづさは、確かにコミュニケーションが上手な方ではないんでしょうね、と内心で思いつつ、同時に安堵しもしていた。

 本当に緊張は解けてきている。不安もあるが、大丈夫。

 言葉に出してみた事が、本当になってきている。気持ちなど、言葉1つで案外何とかなるものなのだ。


「しかし……君は落ち着いているな。安心した。君にとっては急な話だっただろう?取り乱されることも覚悟してたんだが」

 男は申し訳なさそうな顔のままそう言って笑って、それから、あづさの腕の中に目を留めた。

「これはスライムも懐くわけだ」




「……スライム?」

 あづさはきょとん、として、自分の腕の中を見下ろす。

 そこには相変わらず、水ゼリーのような物体がぷるぷると揺れていた。

「ああ。そのぷるぷるしている魔物のことだ。スライムという種族で……警戒心が強い生き物なんだが、お嬢さんは落ち着いているからか、どうやら懐かれたらしいな」

 あづさは腕に抱いた水ゼリーを眺める。これは、スライムというらしい。そして、やはりと言うべきか……生き物、と。

「そう、あなた、スライムっていうの。……道案内、ありがとうね」

 あづさはスライムを指でつつくと、スライムはぷるんぷるんと元気に揺れた。

 顔があるわけでも喋るわけでもない生き物だが、仕草に愛嬌がある。

 スライムを見ていると、気分が落ち着いた。つついていると、何となく憂鬱な気分が晴れていくような気がした。

 何が何やらさっぱり分からない、不安な状況には変わりないが……腕の中に、『自分に懐いている』生き物が居るということは、あづさに落ち着きをもたらしたのだ。

 悪くないわ、とあづさは微笑んで、もう一度スライムを指でつついた。スライムは嬉しそうに、ぷるんと揺れた。


 スライムをつついていたあづさは、そういえばこのスライムを『スライム』と呼ぶとなると、もしやそれはあづさを『人間』と呼ぶようなものなのではないだろうか、と思い当たる。

 このスライムに名前はあるのだろうか。

 ……そう考え始めたあづさは、ここでようやく、自分が相手の名前を知らず、そして自分も名乗っていない、ということを思い出した。

「名乗るのが遅くなってしまったのだけれど……私は降矢あづさ。あなたは?」

 相手も同じ事を思っていたのだろう。あづさが名乗ると安堵したように、彼もまた名乗った。

「俺はギルヴァス・エルゼンという。魔王軍所属、地の四天王だ」


「……魔王軍」

「ああ。魔王軍だ」

「四天王」

「ああ。四天王だ。まあ、四天王とは言っても、そう偉いわけでもないんだが……」

 あづさは、思った。

 魔王軍で、四天王、とは。

 ……これは、随分と大変な所に来てしまったらしい。




「さて。少し、今後の話をしようか」

 居住まいを正した四天王、ギルヴァスにつられて、あづさも姿勢を正す。

 とんでもない所へ来てしまったと思ったが、来てしまった以上、ここから次の一手を考えていくしかない。

 誰しも持っているカードで勝負するしか無いのよね、と、あづさは内心で呟いた。どこぞのビーグル犬の言葉らしいが、あづさは妙にこれを気に入っている。

「まず、この世界の住民として、君に謝らなくてはならないのだが……」

 だが、明らかに暗い何かを伝えようとする前置きに、何よ、とあづさは身構える。出たとこ勝負とはいえ、できるだけ、希望のある話であってくれ、と願いながら……あづさの目の前で、男は申し訳なさそうに項垂れた。

「君をすぐに、元の世界に帰すことはできない」




 すぐに元の世界に帰れない。

 そう聞いたあづさは……落胆すると同時に、安堵した。

「……絶対に帰れない、ってわけじゃ、ないのね?」

 そう。男は、『すぐに』帰すことはできない、と言った。つまり、帰ることはできる、ということだろう。

「ああ。帰る手段は、あるはずだ」

「そう。なら、よかった」

 帰れるその時が具体的に何時なのかについては、できるだけ考えないことにする。今は、最低限のラインは守られた、ということだけ喜べばいい。

「本当に君は落ち着いているな。……うん、君なら、まあ、大丈夫だろう」

 あづさの内心を知ってか知らずか、ギルヴァスは数度頷いて、切り出した。

「君を元の世界に帰すために、魔王様に掛け合おうと思う」


「魔王様?……つまり、あなたの……上司にあたる方、っていうことでいいのかしら?」

「ああ。概ねそんなもんだと思ってくれればいい。魔王様なら異世界への扉を開くこともできるだろう。ただ……問題があってなあ」

 ギルヴァスは難しい顔をして唸ると、何とも言いづらそうに言う。

「魔王様には、その、少々嫌われているというか、疎まれているというか……まあ、手ぶらでお願いだけしに行くと少々厄介なことになりそうでなあ」

「や、厄介……?」

 部下であるはずなのに、上司に嫌われ疎まれているとは一体何事か。あづさは釈然としないものを感じつつも続きを聞く。

「それに、君だけ連れていったら、本当に何をされるか分からない。魔王様はあんまり寛容な方じゃあないんだ」

 それって、私が殺されかねないってことかしら、とあづさは厭な想像をしてしまう。

 だが、今回に限っては、この想像も単なる想像ではないのだろうと思わされた。

「……だからまあ、何か手土産を、とも思ったんだが、生憎、良い品なんて碌に持っていない。見たと思うが、俺の領地は荒れ地や侵食地、僅かな森林地帯と鉱山、といったもんでな。作物が多く採れるわけでもないし、鉱石を採っても加工する技術がそれほど無い。配下も居るが、その、あまり魔力を持たないような種族ばかりで……」

「……はあ」

「なので申し訳ないんだが……少し、待っていてくれ。さっき、珍しい宝石の原石を見つけてきた。俺も多少なら加工はできる。少し磨けばまあ、多少の格好はつくだろうから」

 ……あづさは、思った。

 とんでもない所に来てしまった上、切れるカードはあまりにも少ないらしい。




 あづさはギルヴァスの背中を眺めて、ぼんやりとしていた。彼は現在、鉱山から採ってきたという宝石を磨いている最中だ。

 ……四天王って、こんなにせこせこ働くものなのかしら、と、あづさは疑問に思う。

 地の四天王、というからにはそれなりの役職なのだろうに、彼からはそういった様子が全く見られない。

 あづさへの態度は非常に親切で丁寧。何か裏があるのかもね、とは思ったが、仮に態度が裏のあるものだったとしても、領土が狭く貧しく、配下も弱い、ということは真実なのだろう。それはなんとなく、ギルヴァスの恰好やこの城の中の様子からも見て取れた。

 あづさはまだ、この広い城の中で、スライムとギルヴァス以外のものに出会っていない。こんなに広い城なのに、寂れ放題荒れ放題、といった様子だ。

 ……要は貧乏貴族のようなものかしらね。あづさはそう、推測する。

 過去には力も金もあったが、今はそれらを失って細々と暮らすばかり、と。

 ……ギルヴァスという人物は、どうやら相当に人がいい。裏があるとしても、全て嘘だとは思えない。嘘を吐くならもっと上手くやる方法はいくらでもあるはずだ。

 であるからして、ギルヴァスが財産を切り売りし、譲り渡してこうなってしまっているとしても納得がいく。

 ただ、彼の場合は……お人好しというのか、世間擦れしていなさすぎるというか……或いは……。


 搾取されることに、あまりにも慣れすぎているのか。




 突如、突風が吹き抜ける。

「な、何よっ!?」

 あづさの髪を巻き上げ、スカートの裾を大胆に揺らして、風はギルヴァスの元へと届く。

 ……そしてギルヴァスが顔を上げ、鋭い視線を向ける中……風が、姿を変えた。

 それは人間によく似ていて、しかし、その手足があまりにも異質である。

 その腕は鳥の翼。そして脚は、猛禽類のかぎ爪なのである。

「よお!地の四天王サマ!遊びに来てやったぜ?」

 鳥人は行儀悪くも机の上に乗ってギルヴァスの顔を覗き込み、厭らしく笑った。

「で?何かイイモノ、くれるよな?」


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