17話
帰り道は、行きよりもゆっくりとした旅路になった。
ギルヴァスの傷の負担にならないように、あまり速度を出さない飛行で地の四天王領へと戻ることになったのである。
あづさは1泊だけの休憩で飛行することに反対したのだが、ギルヴァスが『なんとなく落ち着かないから帰りたい』と主張したために少々無理をしての帰路であった。
「傷の調子はどう?」
「ああ、まあ、多少痛むが問題ない。薬が良かったんだろうなあ」
城についてすぐ、あづさはギルヴァスの体調を案じたが、ギルヴァスはのほほんとしているばかりである。
薬によるものか、はたまたスライムによる湿潤療法が効いたのか、ひとまずギルヴァスの傷は塞がり、ドラゴンの姿になって飛行しても傷が開かないまでには回復したらしい。
異世界の医療って適当な割にすごいわね、とあづさは内心で不思議に思う。
「ということで、俺の体調は気にせず、あづさがしたいようにやってくれ。どこか行きたい場所があれば運ぶぞ」
そしてギルヴァス自身、すっかり傷のことなど気にしていないらしい。どうする、どうする、とにこにこ聞いてくるギルヴァスを前にあづさはくすり、と笑い……そして、言った。
「じゃあ早速だけれど、領地改革の計画、立てましょうか。ここで」
「まず、荒れ地をなんとか緑地化したいのだけれど、私が突っ立ってれば実現できるのかしら?」
「多少は、効果があるだろう。だが……根本に問題があるからなあ」
「問題?住民が居ないってこと?」
「いや……」
ギルヴァスは少々言い淀んだが、よし、と意気込んで、話し始める。
「水の四天王が、こちらの水を枯らしているんだ」
「はあ?何でそんなこと」
「まあ、嫌がらせだな。純粋な」
「ますます意味分かんないわね」
荒れ地がああも荒れ地なのは、どうやらそういう訳だったらしい。確かに水を奪われていれば、緑地も荒れ地になるだろう。
「そう……水の四天王って奴は、そんなことができるのね。じゃあ、水の四天王をどうにかしないと、荒れ地は緑地化できない、緑地が無いと、農耕も畜産も難しい、と。……うーん、なら、森林地帯を広げるのはどう?この城のある辺りまで森林にしちゃえば、もう少しこの辺り、住みやすくならない?」
「それは徐々に達成されるだろうなあ。君がこの城に居てくれるなら、多少、こちらまで森林が広がるだろう」
ギルヴァスの答えに、あづさは満足げに頷く。
ひとまず、生き物が住める土地、利用できる土地を増やさないことには始まらない。何とか土地から変えていかなければならないだろう。
「ええ。そうしましょう。……でも、徐々にしか広がらないわよね。水の四天王が嫌がらせしてる以上、一気に緑地を増やすこともできないし……あ、じゃあ、侵食地帯は?あそこって上手く変えられない?」
あづさが問うと、ギルヴァスは頷いた。
「呪いを解ければ、湿地と平原になるだろう。呪いの大地が肌に合う者の為に、そういった施設を用意してやる必要はあるが……まあ、スケルトンやゾンビ達は誰かの命令に従うことをそんなに嫌わない。むしろ、文明的な暮らしを望んでいるようだ。新たな住まいへの移住に問題はないだろう。ただ、なあ……」
ギルヴァスは渋い顔で、言った。
「解呪の為の宝玉は、風の四天王に貸したきり返ってきていない」
あづさは、思い出す。
そういえばラギトが、『ババアに解呪を頼みに行くのは面倒くさい』と言っていたのを。
「それから、侵食地帯と森林地帯は風の四天王の領地との間にあるんだが……侵食地帯があるから、これ以上侵略されていない、という面もあってなあ」
「成程。つまり、解呪の手段は風の四天王に盗まれてて、仮に解呪できても侵食地帯の呪いが解けたら今度はまた風の四天王に攻め込まれかねない、と。へー。風の四天王もものすごく邪魔なことしてくれてるわけね」
「まあなあ……」
これでは侵食地帯も手を出しにくい。あづさは頭を抱えた。
「……ちなみに火の四天王には何されてるの?」
「鉱山の働きを鈍らされてるなあ。本当だったら、もっと宝石が出るんだが」
更に、もしかして、と思って聞いてみると案の定、火の四天王からも侵略されているという。
これにはあづさもいよいよ、ため息を吐くしかない。
「……何?あなたいじめられてるの?」
「……かもなあ」
ギルヴァスはどこか呑気な返答をしつつ、やはりあづさ同様にため息を吐いた。
だがため息ばかり吐いているわけにもいかない。あづさは勢いをつけて立ち上がると、言った。
「分かったわ。じゃあ戦争ね」
「せんそう……?」
「ええ。戦争よ」
ギルヴァスはぽかん、として言葉を返してこないが、あづさは気にせず続ける。
「他の四天王が不条理に色々やってくれてるっていうんなら、殴り返してやるしかないじゃない?話し合いでどうにかする?多分無理よ?だって相手、3人共話し合いなんてせずにこっちの領地を侵略してくれたわけでしょ?」
「ま、まあそうだが……」
「なら猿を相手に紳士のゲームを持ちかけてやる義理は無いわね!相手が暴力に訴えかけてるなら、こっちもそれ相応の対応はしないと駄目よ。相手の言語に合わせてやらなきゃ通じないわ」
にっこり笑ってあづさがそう言えば、あづさの腕の中でスライムもまた、ぷるん、と、小首を傾げるように揺れた。
「ってことで、戦争よ。最初に何所を落とすか、だけど……」
「ま、待て!相手が相手ならこちらも相応の報復をするべきだという理屈は分かる!だが、こちらにはそんな事をする力は無いぞ!?兵力が圧倒的に違う!」
「馬鹿ね。誰が全面戦争正面衝突するなんて言ったのよ」
止めに入ろうとしたギルヴァスを更に押し留めて、あづさはスライムをギルヴァスの肩の上に乗せた。
「敵将の首を獲ったら勝ちなのよ?なら、全戦力同士をぶつける必要は無いわ。むしろ、私達の最大の武器は『舐められてる』ことよ?そこを利用して、最小の戦力、最小の戦闘で以てして、最大の戦果を挙げるの」
あづさは空いた両手で、部屋の片隅に置かれた箱の中を漁る。
その箱は、以前、宝石採集してきた時にとってきた宝石の数々が無造作に放り込まれているものだ。その中にある宝石はほとんどが指の先程の大きさで、魔王に献上するには大きさが足りないものである。だがその美しさは十分。宝石としての価値は存分にあるであろう代物だ。
あづさはその中から適当な幾つかを手に取って見せる。
「私達にはこれがあるわ。これがあれば、まあ、多分大丈夫でしょう。敵地のど真ん中に私達の最大戦力を送り込む手段があるわ」
「……どういうことだ?」
話が見えない、とばかりにギルヴァスが眉根を寄せるのに向かって、あづさは満面の笑みを向けた。
「風の四天王のパーティーに出席するのよ!」
「ぱーてぃー……ああ、あったな、そういうやつが……」
ギルヴァスは遠い目をしながら、ラギトの言葉を思い出す。
風の四天王、ファラーシア・トゥーラリーフはパーティを開こうとしている、と。その時の衣装のために、ラギトは宝石を献上させられているのだ、とも。
……そして、招待状をその内持ってくる、とも。
「ええ。ラギトが招待状を持ってくるって言ってたわ。ラギトが招待状を持ってきてくれたら作戦開始よ!……あ、ところでギルヴァス。あなた、パーティーに行けるような服、持ってる?」
「一応は。前回も出席しているからな。良い思い出は無いが……」
「そう。後でその服、見せて頂戴。でも多分、ラギトに新しく1着頼むことになるわね。折角だし、ラギトとはしっかり交友関係を持っておいた方がいいわ」
ギルヴァスの話など知った事か、とばかりにあづさは話を進め……そして、ギルヴァスに預けっぱなしにしていたスライムをもう一度自分の胸に抱き直しつつ、楽し気に言った。
「ラギトには、今の四天王が自ら退位なさった後、風の四天王になってもらわなきゃいけないもの」




