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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
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16話

「魔王様と、か……」

 ギルヴァスは躊躇うような素振りで言い淀む。『何かあった』からこそ言い淀むのだろうし、そこに後ろ暗い何かがあるから言い淀むのだろう。

「言いたくない?」

「……いや……」

 だが、話さないままにやり過ごすつもりもまた、無いらしかった。ギルヴァスはやがて、観念したように話し出した。

「今の魔王様とはそれほど付き合いもない。俺と付き合いが長かったのは、先代の魔王様だった」


「そして俺が、先代の魔王様の死因の1つになった」




「百年ともう少し前、俺は勇者に負けた」

 ギルヴァスが早速切り出した内容に、あづさは驚く。『勇者』という言葉を聞いたことも、『百年と少し前』にギルヴァスが生きていたことも驚きの原因だったが、何より……『負けた』と。その言葉が、あまりに意外だった。

「勇者は俺を破った後、他の四天王達と接触することなく魔王城まで辿り着いて、そこで……先代の魔王様を、殺した」

 この世界でも、『勇者』と『魔王』は殺し合うものらしい。まるで何かのお話みたいだわ、とあづさは思う。

「その後、人間の国と魔物の国の間には不可侵条約が結ばれた。……まあ、魔物の反発は大きかったな。元々、魔物の国が優勢だった。それをただ1人の勇者に覆されて、不可侵条約まで結ぶことになったのだから。……魔物の中には、人間由来のものを食料とする者も居る。吸血鬼や淫魔の類だが……そういった種族からの反発は殊更大きかった」

「そっか、人間を食べなきゃいけない生き物も、居るのよね」

「まあ、人間由来のものでなくとも命は繋げるらしいが……大好物を密輸でしか入手できなくなったら、文句の1つも言いたくなるだろう」

 あづさは考える。つまりそれって、甘いものが大好きな人がチョコレートやケーキを禁止されて、蒸かし芋で生かされてるようなものかしら、と。

「確かに……それは、辛そうね。そこを解決する内容は、条約には盛り込まれなかったの?」

「ああ。不可侵条約は、人間側からほとんど一方的に押し付けられたものだった。勇者が勝ったのだから、という理屈だったが……」

 ギルヴァスは苦い顔でそう言って、そして、ため息を吐く。

「そうして、まあ……犯人探しが始まる。こんな状況になった原因は何だ、と」

「……まさか、それで、あなたが原因です、って?」

「まあ、そういうことだな」

 ギルヴァスは苦笑しようとして、しかし、表情は上手く笑いの形にならなかった。

「勇者に負けて、勇者を魔王まで到達させてしまった四天王最弱のギルヴァス・エルゼンが、今回の戦いの敗因だ、と」




「そこからは君も知る通りだ。領地は半分近くを返上。配下の魔物は失望して去っていった。残ろうとしてくれた種族もあったが、俺の領地では良い生活は望めない。戦犯の配下、という不名誉もつきかねない。他の四天王に引き抜かれたりして、彼らも去っていった。そうなると領地も上手く維持できなくなってな。今の状況がある」

 そう言って、ギルヴァスは何とはなしに即頭部の角を触った。

「ただ、良かったこともある。人間を攻撃できなくなった魔物は、弱い種族を攻撃するようになってしまって……他の領地で攻撃された魔物達は、俺の所に来てくれた。或いは、追い出されたり、他の四天王領のやり方が変わって逃げ出してきたり、色々だったが」

 あづさの知る限り、水の四天王のところからスライム、風の四天王のところからコットンボールやアイアンスパイダー、火の四天王のところからウィスプが来ている。

「それで少々悶着もあったが、それは財産を切り崩して解決できた。と、まあ、そういうわけで、地の四天王領は、無人の領地にならずに済んだ。優しい魔物達が住んでくれているからな」


 ……色々と、言いたいこともあった。納得できない気持ちも大きい。何であんたは文句言わないのよ、と、ギルヴァスに詰め寄ってやりたい気持ちもあった。だが、あづさは、ひとまず、こう言うことにしたのだ。

「そうね。あなたの配下、皆、優しいわ。私が突然行っても、受け入れてくれたもの」

「そうだろう。皆、弱いが……自慢の配下だ。配下だと言いはるのも少々難しいような有様だが……」

 少しばかり嬉しそうなギルヴァスを見て、あづさもまた、少し嬉しくなる。

 状況は最悪ではない。あづさもギルヴァスも、1人ではない。他の魔物達も居る。他の魔物達も地の四天王領のために働いてくれるということは、ラギト達風の四天王団風鳥隊との戦いで証明されている。

 そして何より……彼らは皆、優しいのだ。




「……ってことで、さっきの話で分からなかったところ、いくつか質問させてもらうわ」

「どうぞ」

 あづさはベッドの縁に座り直して、幾つか気になった点を振り返る。

「まず1つ目なんだけど……あなたが何で今も生きてるか、という話ね」

「それは……死ぬ勇気が無かったからだ。本当なら、先代が亡くなった時点で俺も」

「そういう話じゃないわよ。はっ倒すわよ」

 早速あづさはギルヴァスを睨む羽目になった。どうにも、ギルヴァスは少々後ろ向きに過ぎる。……今までの待遇を考えれば、こうなるのも当然なのかもしれないが。

「まず、勇者はあなたを殺さなかったわけでしょ?しかもその後、冷遇されつつあなた以外の奴を四天王にしてあなたは処刑しよう、みたいなことにはならなかったわけ?」

「ああ……そうだな。勇者は、俺を殺さなかった。その通りだ。それで、俺の処刑についてだが……今代の魔王様はまだ、魔王を襲名してから99年だ。襲名後100年は、各四天王の領地に手出しができない、という制約がある」

「そういえばそんなようなこと、魔王様、言ってたわね」

 制約があるから後1年は手出しができない、と。そんな言葉を思い出してあづさは納得する。

「昔は魔王の権利を使って自分に有利な国にしようと考える奴が多くて……まあ、魔王の暗殺がよくあってなあ。ころころ魔王が代わったものだから、国全体があまりに急に動いてしまわないように、こういった制約が設けられたらしい。四天王を代えられないのなら、魔王が何かとんでもないことをしようとしても四天王が抑止力になるからな」

「ああ、成程……そういう制約を設けないと大変なことになるような歴史が下地にある訳ね」

 一体、その当時はどういう状態だったのだろう、と考え始めたあづさだったが、すぐに考えるのをやめた。どうせ碌なものではない。

「話を戻すが。俺が今まで四天王の座に居続けているのは、制約のおかげなんだ。まあ、厄介な土地とはみ出し者の種族を管理するだけの立場だからな。誰もなり手が居なかった、という問題もあったが」

 ……あづさは深く、頷いた。

 成程。これなら、ギルヴァスがあれだけ忌み嫌われているのにも関わらず四天王であることにも、納得がいく。




「2つ目。……あなた、そんなに弱くないんでしょ?」


 あづさが問えば、ギルヴァスは、ちら、と奇妙な表情を浮かべた。後悔と恐れと羨望の入り混じったような、そんな表情を。

「……弱いさ。だから、勇者にも負けた」

 だが一瞬後には、もういつもどおり、諦めたような苦笑を浮かべてそう答えるのだ。

「そう。じゃあ、先代の魔王様は、弱い奴をわざわざ四天王に任命したの?」

 続く問いに、ギルヴァスは黙ったままだった。答えられないのか、答えたくないのか。

「それに、なんで弱っちい種族はあなたを頼って地の四天王領に来たの?守ってくれるから、じゃないの?あの子達をいじめる種族が、あなたを相手にしたくないって思う程度には、強いんでしょ?」

「……どうだかなあ。はみ出し者の種族を追い出せるなら、わざわざ追いかけてまで攻撃しようとは思わなかったんだろうと思うが」

「そう。話す気がないんなら、別にいいけど」

 要領を得ない会話を終えたあづさは身を乗り出して、隣の寝台に腰掛けたままのギルヴァスの目を、覗き込む。

「……本当に、勇者と戦って負けたの?」


「ま、いいわ。私、自分で言ったことは守る主義よ。あなたが話す気になったら、いつでも話して。それまでは無理に聞かないわ」

 黙ったままのギルヴァスを見ながら、あづさはそう言って苦笑した。




「そろそろ、ご飯の時間かしら」

 あづさは寝台から立ち上がって、時計を見る。

 いつもの癖で腕時計を見るが、文字盤の針は7時3分で止まったままだ。改めて部屋の時計を見てみると、宿の主人に言われた時刻にほど近かった。

「そう、だな。じゃあ、そろそろ、行くか」

 ギルヴァスもぎこちなく立ち上がり、あづさに続いて部屋の出口へと向かう。

 ……だが、あづさはドアノブに手を掛けた状態で、ふと、立ち止まった。

「……あの。ついでだから3つ目もいいかしら」

 あづさは振り返って、恐る恐る、尋ねる。

「あの、あのね。これ、聞くのが遅くなっちゃったんだけど……成り行きで私、魔王様にあんなこと、言ったけど……」

 きょとん、とするギルヴァスを前に、あづさはそっと、申し出た。

「……あなたは、嫌じゃない?」


「……は?」

「だ、だからその、もしかしたらあなた、別に領地改革とかしたくないんじゃないかって思ったのよ!だって下手に改革しちゃったら間違いなく面倒は増えるでしょう?ましてやあなたの立場って、結構危ういじゃない。だから、それで、今までああしてたのかな、って……」

 ギルヴァスは、ぽかん、としていた。

「それに、いきなり私が飛び込んできて色々やるのって、どうなの?ねえ、私はもうやる気でいるけど、ギルヴァス、あなたは……」

 ギルヴァスは只々、ぽかんとしていた。していたが……やがて、けらけらと笑い出す。

「君もそんな事を言うのか!」

 先程までの苦い表情が嘘のように、ギルヴァスは笑った。

「な、何よ!悪い!?」

 随分と明るい笑い声を浴びせられたあづさは照れ隠しと安堵の入り混じった言葉を投げつけたが、ギルヴァスはそれすらも楽しそうに聞く。

「いや、いや、そうじゃない。ただ、ラギトを焼き鳥にしようと言い出したり、森林地帯の魔物達を育ててしまったり、魔王様相手にあんな啖呵を切ったりしているのに……そんな事を言うなんて思わなかったんだ」

「そ、それは……そう、なんだけど」

 あづさは困ったように視線を彷徨わせて、それから、何とか、自分の気持ちを表現する言葉を探す。

「……私は。間違ってないって、思ってるわ。ラギトのことも森林地帯のことも、あなたはそれなりに望んでくれたって思ったし、魔王様とのことも……ああするのが最良だと思ったからそうしたまでよ。その場凌ぎだったとしてもね。ただ……」

 あづさは俯き加減に、零す。

「時々はちょっと、不安に、なるのよ。情けないけど」


 あづさの不安はきっと、ギルヴァスを見ていたせいだ。

 魔王城で冷たく対応される彼も。魔王に殺されかけた彼も。あづさの問いに黙り込んだ彼も。……あづさが不安を覚えるのには、十分だった。

「君は、何歳だ?」

「え?……17よ。つい最近、17歳になったばかり」

 突然の問いに戸惑いつつあづさが答えれば、ギルヴァスは穏やかに笑った。

「なら、当然だろう。その歳で不安など何も覚えるなという方が余程、無理がある。……少し、安心したよ。君にも多少はそういう部分があって。……いや、それでも少なすぎるとは思うが」

「……よく言われるわ。あなた出来過ぎなんじゃないの、って」

「はははは。だろうなあ。俺も言いたい」

 ギルヴァスは手を伸ばすと、そっと、あづさの手を握った。

「あづさ。君を参謀に迎え入れられることを嬉しく思っているのは本当だ。正式に魔王様からも認められて、君が俺の領地を良くしてくれることになって、その……戸惑いもあるし、まだ自分の中で整理がつかないこともあるんだが……だが、それ以上に嬉しく思ってる。君にとっては災難だったが……」

「……私だって、戸惑いはあるけど。でも、災難とは思ってないわ。だって元の世界に帰るまでに何の紆余曲折もないなんて、張り合い無いじゃない」

「うん。そう言ってくれるとありがたいなあ」

 ギルヴァスは朗らかに笑う。それを見てあづさは、ほっとするのだ。

 自分を受け入れてくれる存在は、自分を安堵させる。笑って受け入れてくれれば、尚更。


 ……少なくとも、向こう1年は付き合うことになる相手だ。損得勘定だけで考えても、あづさはギルヴァスと協力関係にあった方がいい。そして、損得勘定を抜きにした感情だけでも……やはり、協力関係にありたいと、あづさは思う。

 1年以内に、ギルヴァスは過去のことを話してくれるようになるだろうか。

 あづさはあまり期待しないようにしつつ……そうなるといいな、とも、思うのだった。




「さて。じゃあ、食事に行くか。多分、城に居るよりもいい食事が出るぞ」

「それもどうかと思うんだけどね」

 2人は部屋を出て食堂に向かう。

 ふわりと漂う良い香りは、食欲と期待を煽るのに十分すぎる程だった。


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