157.5話
……時は少々、遡る。
それは、四天王が魔王に招集をかけられた、会議の中でのこと。
ギルヴァスが自らの推理を話すと、魔王も他の四天王達も皆、唖然とした。
「……馬鹿な、とも思うが、確かに、俺があづさと同じ状況であったならば、そうするかもしれん。真弓の為、彼女の名誉を損なわない為なら……」
「恋をすると愚かになる、とはよく言ったものよな。妾なら……まあ、法を犯す道を選ぶ、のであろうな。……全く、これではラガルを馬鹿にはできんか」
「怒るとバカになるってラギトが言ってたわよ。そうね、わたしだったら他のだれかに、助けて、って、言うわ。ラギトとか……ううん、でもあづさにはラギトがいなかったんだわ……」
四天王3名がそれぞれに反応を示す中、ギルヴァスは……思う。
ギルヴァスがあづさと同じくらい無力で、魔法が無くて、そもそも武力ではどうにもならない世界に住んでいたなら。
きっとギルヴァスなら、諦めていた。
唯一無二の親友の死を諦め、親友を殺した誰かを裁くことを諦めて、殻に籠って、日々をやり過ごすことだけを考えただろう。
……そう思えば、あづさがとったであろう行動は……褒められたものではないのだろうが、それでも、ギルヴァスには眩しく見えた。
「さて。これで満足したか」
魔王が、ギルヴァスにそう問う。
「ああ……そう、だな」
ギルヴァスは何と答えたものか迷った挙句、肯定でも否定でもないような、曖昧な言葉だけを漏らす。
自分の気持ちが分からない。満足は到底していないが、納得はしてしまった。そんな気持ちだ。
これ以上、皆の手を煩わせることもできない。ならば潔く頷くべきだと、ギルヴァスはそう、思ったのだが。
「それで。貴様は、諦めるのか?」
……そう、魔王に問われたならば、違う、と、言いたくなる。
無理解も不名誉も孤独も不自由も、あらゆるものを仕方ないと諦めてきた100年弱だった。だが、諦め続けてきて100年目にしてようやく、諦められないものが見つかってしまった。
例え、不可能だと分かっていても、諦める、と、口に出したくはなかった。
「諦められんのだな」
ギルヴァスを見て、魔王は笑った。
「愉快だ。愉快だとも。100年弱、じめじめと過ごしていた貴様がこのようになってしまうとはな。いい気味だ。余も貴様には不快な思いをさせられたが、貴様も余の前でこのように恥をかいたのだからまあ、許してやらんでもない」
いい気味だ、などと言いながら、魔王が浮かべる笑みは年相応に明るく清々しい。
「さあ。ならば最後の謎解きだ」
魔王は手を打って、今度は如何にも魔王らしく、笑った。
「ラガルの召喚の魔法に介入し、あづさの召喚を狂わせたのは、誰だったのか。誰ならばそれが可能だったのか。考えようではないか」
何故今更、と、ギルヴァスは思う。
そんなことを考えて何になる、と。……だが、魔王は強い意思に満ち溢れているように見える。まるで、何かを変えようとしているかのように。
「……まず、確認だ。ラガル。お前が召喚しようとしたのは、『異世界』の『人間』、そして『勇者マユミ本人か、それに近しい人物』。間違いないな?」
「間違いない。俺は確かに、そのような条件で勇者召喚を行った。……つまり、人間の国が行う勇者召喚よりはずっと割高になる予定だったのだな」
ラガルに今一度確認すると、魔王は頷く。
「そうだ。つまり、お前の用意した供物は『元々』それほど消費されなくともよかった。そう、考えられるな?……何故なら、あづさは『限りなく運命の先が短い状態』……」
「『死ぬ直前』の状況だったのだろうからな」
「今までもそうだった。人間の国の勇者召喚とは、そういうものだったのだ。死ぬ直前の人間を選んで召喚すれば、捻じ曲げなければならない運命は極僅かで済む。そうして人間共は少ない供物で勇者を召喚できていたのだろう」
死者を蘇らせる魔法は無い。死体が召喚されても意味は無い。最小のコストで勇者を召喚しようと思ったならば、死体の一歩手前……つまり、不慮の事故などで突然死ぬ、その一瞬前の者を召喚すればいいのだ。
それが、人間の国の勇者召喚の秘密であった。
「……そして、まあ、あづさも恐らくは同じような状況だったのだろうな。詳しい状況は何も分からんが、病気や衰弱などではなく、突然死ぬ一瞬前。そういう状況であったと考えられる。だが、そこで……たまたま、ラガルがあづさを召喚しようとした。勇者マユミに最も近しい人物があづさだと判断されたのだろう。そしてそこで、魔法への介入が行われた」
あづさはラガルの元ではなく、地の四天王領の荒れ地に召喚された。それこそ、事故のように。
ということは、魔法への介入は、召喚場所を変更させるためのものだったのだろう、と考えられるが……。
「だが、どう考えても我ら魔物達の中に、異世界人召喚の魔法へ干渉するような者は居ない」
問題は、そこだった。
そう。この世界には、異世界人召喚の魔法にわざわざ干渉してまでして、何もない地の四天王領の荒れ地にあづさを召喚したがるような者が、居ないのだ。
「そうだな。俺も誰かが邪魔をしたのかと思って探ったが、それらしいものは見当たらなかった。……俺はてっきり、オデッティアかと思ったんだが」
「たわけ。妾がそのようにつまらんことをすると思ったか?大体、召喚先をずらすなら、妾の領地にあづさを呼んだわ」
「ってことはギルヴァスがやったの!?やったのね!?そうなのね!?」
「いや、違う!俺でもないぞ!」
……四天王はこの調子である。
皆の言う通り、ギルヴァス以外、特に誰も、『地の四天王領に』あづさを召喚させるメリットが無い。そしてギルヴァスには、この期に及んで嘘を吐き続けるメリットが無い。
「当然だが余でもない。そして、人間でもないだろうな。人間の国の技術力で魔法への干渉ができるとは思えん。そして何より、人間としても、わざわざあづさの召喚に干渉しておいて、ただ地の四天王領の荒れ地に召喚させただけ、というのは不自然だろう」
魔王もまた、あづさの召喚には関与していない。人間達では、関与できない。
……となると、可能性は絞られる。
「あづさの召喚に干渉する理由があり、干渉できるだけの魔力があり、そして何より、あづさが召喚されることが分かった者だけが犯人足り得る、というわけだ」
「……そんなの、いるかしら?」
だが、絞られた可能性の中には1人分も隙間が無いように思える。
「強いて言うならエルフ達、だろうが……ああ、駄目か。彼女達には理由が無いな。ついでに、ラガルの所で勇者召喚が行われると知っていたとは思えない」
「勇者の血筋の者共に至っては、召喚に干渉する能力が無いであろうからな」
四天王達が頭を悩ませる中……魔王は、言った。
「思い出せ。勇者の力は、どこへ行った?」
「真弓か!」
そしてラガルの出した答えに、満足げに頷いたのである。
「余はこう考えるぞ。勇者マユミは、勇者の力を連れて帰ったのだと。そして……帰った直後、異世界へ召喚される直前の状況へ戻った勇者マユミはそこで死んだ。だが、死んだ勇者マユミの魂は、勇者の力を持ったままそこに居続け、そして、自分の親友が死ぬ直前になって、勇者の力を使って魔法に介入したのだ」
魔王がそう言うと、ラガルが複雑そうな顔をした。
「……魂だけで存在し続けられるものなのか?」
「それを言ったらスライムはどうなる。あれは魂がどこぞにあって、それが分裂した体をそれぞれに操っている生き物ぞ?知らなかったのか?」
「そ、そうだったのか……」
ラガルはどうやら、スライムについて知らなかったらしい。当然と言えば当然である。他の団の弱小種族のことなど、知っている方がおかしい。
そしてラガルは同時に、自分の領地にも確かに魂だけのような種族がいくつかある事を思い出した。成程、ならば真弓の魂がどこかに残っていてもいいかもしれない、というようにも思う。
「しかし、だとしたら、真弓は何のために……」
「あづさを生かすためだろうな。それ以外に何が考えられる」
魔王はそう言って……何故か釈然としない様子のギルヴァスを見た。
「何が不可解なのだ、貴様は」
「いや……」
ギルヴァスは戸惑うような様子で、落ち着かなげに飲み物のグラスに手をやって、意味もなく中身を飲む。つられてグラスの中身を飲んだラガルは、やたらとしょっぱくなっていたその飲み物を飲んで大層驚かされていた。
ラガルの様子に苦笑しつつ……ふと、ギルヴァスは困ったような笑みを浮かべて、言う。
「……何故、真弓が俺の所にあづさを送ってくれたのかが、分からん。どう考えても俺以外の誰かに送った方がよかっただろう。俺なんかより他の皆の所の方が余程、よかったはずだ」
ギルヴァスの記憶にあるのは、落ちぶれて城の中で1人何をするでもなく無為に過ごしていた自分と、そんな自分を何もない日々から引き上げてくれたあづさ。
自分が助けたのではなく、自分が助けられた。そしてあづさは、あづさ自身のことなど、1人で幾らでもできた。
魔王と掛け合うのも、四天王達の協力を取り付けるのも、全て、あづさの力で成し遂げられたものだ。ギルヴァスがあづさのためにできたことなど、碌に無い。それどころか、ギルヴァスの所に来たせいで、あづさは不要な苦労までしているのだ。
「そうかしら?あづさはあなたのところに来て、よかったんじゃない?」
だが、ファラーシアが無邪気に首を傾げて、そう言う。
「だって、あづさは何だって1人でできるわ!あづさはすごいもの!だからそもそも、四天王の助けなんて無くてもよかったのよ!……でも、それでも、やっぱりあなたでよかったんだと思うわ」
ふと、ファラーシアは大人びた……蝶の姿の時のような、そんな笑みを浮かべた。
「だってあなたなら、あづさに振り回されてくれるじゃない?」
「……まあ、そうよな。あづさは大抵のことは1人でできる性質であろう?なら、あづさに真に必要であったのは、ただ、帰る場所であり、拠り所であり……まあ、あづさに思う存分付き合わされても文句1つ言わない、お前のような奴だったのだろうな。要は、お前はあづさの為の道具よ」
「……非常に腹立たしいが、お前のその、穏やかで献身的な性質は多少、真弓に似通う部分がある。だから真弓はお前にあづさを託すことにしたのかもしれんな」
オデッティアとラガルも続けば、ギルヴァスも、そうか、と思わされる。
あづさは自分のことならなんでも自分でできる。だから、別にギルヴァスの所に来ても、問題は無かったのだ。
……そして。
「ギルヴァス・エルゼン。ならば今一度、思い出すがいい。自分が『何の』四天王なのかを」
魔王はそう言って笑う。
「貴様こそが、最もあづさを救える可能性が高いと判断されたのだ。『地の』ギルヴァス・エルゼン」
「……俺が?」
手を握りしめて、ギルヴァスは、祈るように問う。
自分にあづさを『救う』ことが可能なのか、と。否、自分でなくてもいい。ただ、あづさが救われる可能性がまだ残っているのか、と。
「恐らく、あづさの死因は、転落死だな。真弓と同じ死に方を選んだはずだ。なら、高所から地面に叩きつけられて死ぬ、というわけだ。……もう分かったな?」
ギルヴァスは眼前に、光が差し込んだような気持ちだった。
「あづさ、助かるのね!よかったわ!ギルヴァス!がんばるのよ!あなたならできるわ!」
「勇者マユミの……否、真弓という1人の少女の、その期待に応えねばなるまいな?のう、ギルヴァス」
「……真弓が頼ったのが俺よりもお前だったということは非常に腹立たしいが。だが、それが彼女の意思だというのなら、俺はお前に託すぞ、ギルヴァス」
皆の言葉が、暖かい。その暖かさを存分に噛みしめて、ギルヴァスは……決意したのだ。
自分が。他ならぬ、自分が。必ずやあづさを救ってみせる、と。
次回、最終回です。
最終回投稿日は2月28日22時を予定しています。