157話
魔王は四天王を招集した。
魔王による四天王の招集は100年以上為されていなかった。つまり、今代の魔王は初めて四天王を招集することになる。
……人間との和平の話をしていた間ずっと今までも四天王と魔王はほとんど一緒に居たのだから、今更のようにも思える。だが、四天王達に魔王が呼ばれたのではなく、あくまでも魔王が四天王を招集する、ということに意味がある。
ある種、儀式的な意味合いも大きい。この招集によって、魔王軍が機能していることを示す。そういう意味もある。
魔王は部屋に集まった4人を見渡す。
水のオデッティア・ランジャオ。火のラガル・イルエルヒュール。風のファラーシア・トゥーラリーフ。そして地のギルヴァス・エルゼン。
ファラーシアの代理人もつけさせず、本当に、魔王と四天王だけが部屋の中に居た。
部屋には完璧な探知除けの魔法が施され、ここに居る5人の他には誰も、ここでの会話を知ることはできない。
「よく集まってくれた」
魔王は始めにそう言うと、それぞれとゆっくり、視線を合わせる。四天王のそれぞれは、魔王への信頼と忠心、そしてこれから何か起こるという予感への強い期待と覚悟を示していた。
「此度、集まってもらったのは、皆の知恵を借りたいからだ」
魔王は彼らにそう、切り出した。
「降矢あづさが隠していることを、暴きたい」
「あづさが隠していること、とな?」
「ああ。いくつかに分けられるが、大まかにはこのようなところだとギルヴァス・エルゼンから報告を受けている。間違いないか?」
魔王はそう言うと、ギルヴァスが紙に書き出したものを四天王達の前に出す。
そこには、箇条書きでいくつかの項目があった。
・あづさは召喚される直前12時間に何をしていたのか
・下駄箱と髪留めの写真を撮った理由と、その写真を公開した理由
・旧友と週末に会う約束をしようとした理由
・復讐の内容
以上のような内容を読んで、オデッティアは首を傾げる。
「……これの相談を何故、我ら四天王を招集して行うのだ?」
オデッティアが不審げな顔をすると、魔王は渋い顔でギルヴァスを示した。
「そうしなければ魔王の力は返さんと言っている愚かな竜が居るのでな」
「うん。すまん」
「ああ、そういうことか」
全くしょうがない奴め、と、オデッティアは呆れてため息を吐きながら優雅に脚を組み換える。
「どうして?あづさなにか、かくしてるの?」
ファラーシアが椅子の上、床に届かない足をぶらぶらさせながら首を傾げると、オデッティアはそれに答えてやる。
「あづさが12時間分の記憶を失っていることは知っておるな?」
「知ってるわ!わたしはかしこくてかわいいから!」
胸を張るファラーシアに「こやつ、あの鳥が育ての親をしたせいで阿呆になっておるのではないか」とオデッティアは危ぶんだものの、今はそれを危ぶむ時ではない。気を取り直して、ファラーシアへの説明を続けた。
「そこで例えば、あづさが何か、困ったことになっていたら、どうする?」
「え?」
ファラーシアはきょとん、とした後、首を傾げた。
「それだったら、助けてあげるわ!わたしはかしこくて強くてかわいいから!……でもあづさはこのおしろにいるんだから、今、こまってないでしょ?」
「『今』は、な。……しかし、こうだったら、どうだ?」
「あづさは元の世界に帰った時、元の世界から消えたその瞬間に戻る、と」
「どういうことだ。訳が分からんぞ」
「多分、あづさ達は元の世界に帰ると、元の世界に来た瞬間に戻るんだと思う。要は、こちらで過ごしている間、あづさ達の世界は時が止まった状態なんだ」
ギルヴァスがそう説明すると、ラガルは眉を顰めた。
「……何故そのようなことが言える?異世界へ行ったことのある者は居ない。証明できんだろう」
「いや。勇者マユミが証明している」
真弓の名が出ると、ラガルもはっとした表情を浮かべた。
「あづさは勇者マユミがこちらの世界に来ていたことを知らなかった。2人は連絡を日々取り合っていたようだが、まあこちらの世界からあちらの世界へ、連絡手段は無いわけだ。となると、あづさが何も勘付けなかった、ということは……何ら違和感無く、勇者マユミは連絡をあづさと取れていた、ということだ」
「……成程。つまり、真弓達の世界、あづさが居た世界では、時が止まっていた……真弓がこの世界に居る間の空隙は生じていなかった、ということになるのか?」
「俺はそう考えてる。オデッティア。どうだ」
ギルヴァスがオデッティアに確認すると、オデッティアも鷹揚に頷いた。
「まあ、そうであろうな。勇者マユミがこちらの世界のことを隠すことは可能でも、こちらの世界に居た痕跡を隠すことは不可能。ならば、それは勇者マユミが隠すまでもなく、あづさにとっては存在しなかった、ということになろうな。あづさが何も気づかなかった、と考えるにはあまりにも、あづさは聡すぎる」
オデッティアからも太鼓判を押されたのだから大丈夫だろう。ギルヴァスは安心して、議論を先に進める。
「……ということで。もし万一、あづさが危険な状況にある状況から突然こちらの世界へ来てしまったなら、あづさは元の世界へ戻ってすぐ、その危険な状況に逆戻りすることになる。それを魔王の力でなんとか回避したい、というわけだ」
「そのために魔王の力を魔王様に返還しない、と……いうこと、か?」
ラガルは呆れて、ギルヴァスを見つめた。
「お前は馬鹿か?謀反もいいところだぞ」
「うん。すまん」
「うん、ではないぞこの馬鹿が」
オデッティアが水を操って、即座にギルヴァスに水を掛けた。ギルヴァスはびしょ濡れになったが、苦笑いを浮かべるだけである。
「……だが、あづさが危険な目に遭うというのならば、なんとかせねばな。あづさがこの世界に与えた影響は大きい。あづさに恩のある者も多かろう。……坊もそうであろう?だからこそ、この愚かな謀反者に付き合っておられるのだろうからな?」
オデッティアが微笑めば、魔王は少々苦い顔をした。
「……オデッティア・ランジャオ。『坊』はやめよ」
「おや、申し訳ない。先代様の頃からの付き合いだからな、ついついあの頃の可愛らしい姿と重ねてしまうのだ」
オデッティアは飄々としてくすくすと笑うと、それからふと、優し気に目を細めた。
「真、立派になられた」
「……それはよい。このような無駄話をしているだけなら、探知除けを施す魔力の無駄だぞ。さっさと進めろ」
少々の照れもあるのか、魔王は素っ気なくそう言ってオデッティアから視線を逸らした。
「ふむ。ならば『魔王様』のお言葉に従うとしようではないか」
オデッティアはそう言ってまたくすくすと笑い、それから、切り出した。
「妾はこう考える。あづさが何かに勘づきながらもそれを黙っているのは、間違いなく自分に何か危険なことが起こるからだと予測できているからだ、とな」
「もしもの話じゃなかったの!?あづさがもしも、あぶない目にあっていたら助けてあげようってことじゃなかったの!?あづさ、ぜったいに危ないの!?」
「他に考えられん」
ファラーシアが騒ぐのを見て、オデッティアは痛ましげに目を眇める。
「思い出せ。あづさは元の世界に帰る、確固たる理由があったであろう?」
「……真弓の、復讐、か」
ラガルは暗い面持ちで腕を組み、椅子の背もたれに体重を預ける。ぎしり、と重い音が鳴り、雲行きの怪しい会議室の空気をより一層曇らせた。
「そうよな。あの子は復讐のために元の世界へ帰るのだと言っていた。……何としても、やり遂げるつもりなのだろうな。たとえ、自分の身に何か起ころうとも」
「そ、そんなのだめよ!ゆるさないわ!あづさを帰しちゃだめだわ!」
「うん。そうなるだろうと思っているから、彼女は俺達に何も言わないんだと思う」
慌てたファラーシアは、ギルヴァスにそう言われてショックを受けたように目を見開いて、言葉を失ってしまった。
「そ……そんなのって……」
そしてみるみるファラーシアの目に涙が溜まっていき……遂に零れ落ち始めた。
「ひどい!ひどいわ!でも、だって、だってぇ……でも帰したくない!あづさ帰したくないぃ!やだぁ!」
「これ、ファラーシア。落ち着け」
まるでマンドラゴラか何かのように泣き出してしまったファラーシアの涙を操ってファラーシアのドレスが濡れてしまわないようにしてやりつつ、オデッティアはその涙をとりあえずギルヴァスの前に用意されたグラスの中に入れる。
しょっぱくなっているであろう飲み物を見てギルヴァスは何とも言えない顔をしたが、文句は言わなかった。代わりにファラーシアが泣き止んだ頃、そっと、隣のラガルのグラスと自分のグラスを入れ替えておいた。
「……まあ、なんだ。要は、あづさがこちらに隠しているであろうことを探り、もしあづさが帰っても平気なようにしよう、というのが目的なのだ。そこで泣くな、ファラーシア。俺達がすべきことはまだあるだろう」
ラガルはすり替えられたグラスに気づかずファラーシアを慰めて、それから顔を上げる。
「あづさが帰った時どうなるか、彼女自身には分かった、ということなら、俺達にもその糸口くらいは分かるはずだ!」
ラガルは勇ましくもそう言うと、にやりと笑った。
「俺は、あの絵の意味が知りたい。あれが大きな鍵になる気がする」
「絵……ああ、写真、かあ。うん。あの、髪飾りの」
ギルヴァスは思い出しつつ、頷いた。
ギルヴァスの目から見て、あまり良い作りではない代物だった。デザインの良し悪しもそうだが、それ以上に作りが悪い。要は、職人が1つ1つ手作業で作ったようなものではなく……つまり、あづさの世界ではごく当たり前に存在している類の、何ということはない髪飾りである。
「まあ、不審な点はいくつか考えられる。まず、あづさが何故わざわざ、あの髪飾りの写真を撮ったのか。そして何故、その写真をえすえぬえすとやらに公開したのか。そこよな」
オデッティアはそう言うと、長い指で眉間を揉みつつ、悩む。
「……できればもう一度、あの写真を見ながら確かめたいところなのだが……」
残念ながら、あづさのスマートフォンはあづさのものである。まさか、盗み出してくるわけにもいくまい。記憶している限りで推理するしかないか、とオデッティアが記憶を手繰っていると。
「あ、ちょっと待ってて!」
ファラーシアが元気にそう言って立ち上がると、部屋の外へ出ていってしまった。
……そして宣言通り、ほんの1分程度で、ファラーシアは戻ってきた。
その手には、無造作に掴まれた綿雲のようなものがある。
「さあ!ネフワ!がんばるのよ!」
「ちょ、ちょっと待て!そいつは雷光隊隊長のネフワか!?どうしてそんなに小さいんだ!?何があった!?」
「役に立つかと思って!ちょっとちぎって持ってきたの!」
無邪気にとんでもないことを言うファラーシアだったが、ネフワの『ちょっと千切られた』欠片であるらしい綿雲は、同じくファラーシアが引っ掴んできた機材のようなものを操作し、やがてその機材が光を灯す。
「あ、出たわね!」
ファラーシアが嬉しそうに覗き込むと、その機材はなんと……あづさがスマートフォンで見ていた写真を映していたのである。
「これ、このあいだあづさがすまーとほんを持ってきてワイファイにつないだ時に写しを作っておいたんですって!さすが、わたしのゆうしゅうな部下だわ!いい子いい子!」
やはり無邪気にとんでもないことを言いつつ、ファラーシアは満足げに頷き……ネフワの欠片をまた、引っ掴んだ。
「ごくろうさま!もう帰っていいわよ!帰って本体に合体しなさい!」
そう言ってファラーシアがネフワの欠片をまた部屋の外へと放り出すと、ネフワの欠片はしょぼくれた動作でふわふわと飛んでいった。
……風のもの特有のスピードについていけなかった四天王他3名と魔王は、呆気にとられたまましばらく、何もできずに居たのだった。
「と、とりあえずこれで例の写真を見ながら推測できるな。うん……」
ギルヴァスが何とも言えない顔でそう言うと、オデッティアも気を取り直して写真を見始めた。
写真は2枚。あづさがSNSにアップロードしたものと、その撮り損ないと思われるものだ。この2枚だけが、失われた12時間に撮られたものだったらしい。
「ふむ。えすえぬえすには、この写真と文面……『可愛いから買っちゃった』とあるだけか。まあ、あれくらいの年頃の娘ならば、特段おかしなものでもないが……」
「撮影時刻は18時45分。あづさがこちらの世界に来たのは19時3分だったな?つまり、この写真を撮ってから18分の間にまた何かあったのか」
「しかしあづさはその日、学校に行ったものの授業を受けていないらしい。提出物は提出していたが、授業の内容をノートに写していなかったと言っていた」
「でもここ、学校なんでしょ?しかも、学校から帰らなきゃいけない時間だったんでしょ?なんであづさは学校に居たのかしら!」
写真を覗き込みながら、四天王はそれぞれに首を傾げる。
何せ、自分達の知らない異世界のことだ。何から何まで分からないことだらけ。そんな中で推測をしようにも、どうにも雲を掴むような感覚はぬぐえない。
だが、そんな中、魔王が言った。
「この写真の目的は、髪留めではなく、あづさがこの時刻にこの場所に居たという証明なのではないか?」
「……証明?」
「ああ。……何気ないふりを装って写真を撮影しておけば、何時何分にどこに居たか、証明することができるだろう」
魔王の言葉に、四天王は皆、顔を見合わせて頷き合った。
「この髪留めは、その証明のためだけに購入されたものだと推理できる。要は、あづさはこれが証明だと悟られぬような形で、自分の居た場所と時刻の証明になるものを写真にしたのだろうな」
魔王の言う『証明』は確かに納得がいく。何せ、こうして全く関係のない異世界の魔王軍が写真を見ただけで、これだけの情報が手に入ったのだから。
あづさの世界の人間ならばきっと、『あづさに何かあった』後にこの写真を確認して、あづさが居た場所、居た時刻を知るだろう。
あづさはきっとそのために、この写真を撮ったのだ。
「ということは、あづさが授業を受けていないのは髪留めを買いに行っていたから、か?」
「……まあ、他にも理由がありそうだがな。髪留め1つ買うために授業を1つも受けずに居た、というのは少々おかしいように思えるぞ」
オデッティアとラガルが悩むのを見て、ギルヴァスはふと、思い出す。
「そうだ。あづさは学校で、嫌がらせを受けている、と、言っていた。だから学校に荷物は置きっぱなしにしないらしい。なんでも、教科書に悪戯をされたことがあったらしくてなあ……」
ギルヴァスの発言を聞いた周囲が一斉に唖然とした表情を浮かべる。
「……あづさが?ありえん」
「うん。オデッティア。お前の気持ちはよく分かる。あづさならそんな嫌がらせを受けないように立ち回ることもできるだろうし、そもそも嫌がらせされるような非は無いだろう。だがあづさがそう言っていた」
ギルヴァスの答えに、オデッティアは何とも不機嫌そうな表情を浮かべる。
「まあ、そこは耐えてくれ。今ここで怒られても困るぞ」
オデッティアの予想以上の怒りぶりにギルヴァスがむしろ慄きつつ、しかし話を戻して、自分の推理を述べる。
「まあ……その、つまり、だ。俺は今まで勘違いしていたんだが、あづさは『志望校調査票』とやらを提出して授業を受けずに帰った、のではなくて、朝、家を出てから学校に行かなかったか、授業を全て受けないまま学校に居たか、一度学校を離れるかした後に提出したんじゃないか?それなら、この時刻にもう一度学校に来る理由があるぞ?」
「いやがらせされて、ケガしちゃったとか?それで一回おうちに帰った、とか?」
「どこかに閉じ込められていて授業に出られなかった、ということも考えられるか……?」
「何か復讐のための情報を掴んで、その調査に赴いていたのかもしれん。あづさは帰りさえすれば復讐は成功すると言っていたからな」
「まあ、何かがあったことは間違いないな。そして髪留めを購入して、学校に戻った、と。そういうことであろうな。髪留めも……まあ、年頃の少女がえすえぬえすとやらで公開していて不自然でないものならば、何でもよかったのであろう。強いて言うならば、形が残るものの方が都合がよさそうだがな」
ひとまずこれで、あづさが失われた12時間に何をしていたのか、何となく推測はできた。無論、完全な推測はできていないが、異世界の知識のない四天王と魔王には、これが限界である。
ふと、写真を見つめていたファラーシアが、顔を輝かせた。
「あっ!ねえ!思いついちゃった!」
「ん?どうした」
ファラーシアは元気よく顔を上げると、自信たっぷり自慢げに胸を反らして、言った。
「この後ろにうつってるやつ!これも、『しょーめい』なんじゃないかしら!人間は飛べないから、足で歩くわ!ならくつをはくでしょう?これ、くつの写真だわ!つまり、ここにくつがあるってことは、学校の中にいる人なんだわ!」
「……どうした、ファラーシア。今日は冴えておるな」
「わたしはいつだってかしこいわ!それからかわいいわ!しかも強いのよ!それで、もうすぐ美しくなるんだわ!」
ファラーシアが胸を張る一方で、ギルヴァスとラガルが一緒になって、背景になっている下駄箱に入っている靴を数えた。
外履きの数は全部で7つ。あづさのものが入っているのかいないのかは分からなかったが、ひとまず、これだけの人間が完全下校時刻を過ぎた校舎内に残っていた、ということになる。
「うーん、一応、この時刻にはもう生徒は帰宅しなければならない、というようなことをあづさに聞いているんだがなあ……」
「それを破る者が最低でも7人か。どういうことだ。こいつらは一体、何をしていたんだ」
「しかもあづさはそこへわざわざ戻ってきた、ということよな?……駄目だ、分からん」
「わたしも分からないわ!まおうさま、どう?」
四天王それぞれに見つめられた魔王は何とも言えない顔をしたが、やがて……ふと、その表情を冷たいものに変えた。
「……1つだけ、思いついたものがある」
魔王は組んだ指先を落ち着かなげに動かすと、やがて思い切ったように、言う。
「わざわざどこかに居た証明を時刻付きで行わなければならない理由があるとすれば……それは、罪から逃れるための、現場不在証明ではないか、と」
「例えば、窃盗や、放火……はたまた殺人、などの」
「あづさが、犯罪……だと!?そ、そんなわけが……流石にあづさはそんなことはしないはずだ!彼女には良識と賢さがある!」
「まあ落ち着け。無論、そうだとは思えん。あくまでも思いついただけだ。否定する材料はある」
ギルヴァスが椅子から腰を浮かせるのを制して、魔王は渋い顔をする。
「まず、あづさは元の世界へ帰りたがっているのだろう?ならば、復讐は未完、ということになる。逆に言えば、あづさが帰らなければ復讐は完結しない。そういうことだ」
「そ、そう、か……」
もし、あづさが何か罪を犯したなら、それは真弓の為だろう。
そして、その罪から逃れようとしているのならば、わざわざ元の世界に帰る理由がない。
「……例えば、連続殺害の途中であった、などということは考えられぬか?罪を犯しつつも、次の殺人を行う必要があった、などとは?」
オデッティアはそう言いつつ、『無いだろうな』というような顔をしている。オデッティアもまた、あづさを信じる者の1人なのだ。
「そもそも彼女が他者を殺すとは思えんのだがなあ……そうでなくとも、わざわざ下駄箱の写真を撮る必要はなかっただろう。その時その場にいた証明が欲しかったなら、教員に志望校調査票を提出して顔を見せておくだけでもいいし、他にも手段はあっただろうし……或いは、時計だな。うん。すまーとふぉんの時計による撮影時間の確認だけでなく、学校の時計を撮影しておけばより確実だっただろうし……」
首を捻りつつ、ギルヴァス達は皆で写真を覗き込む。
だが、どうにも結論は出ない。
違和感はあるのだが……。
「それから、もう1つ、えすえぬえすとやらでやり取りした文があったはずよな?」
「ああ、前の学校の友達とやり取りした、という奴か」
「それもネフワがやってくれたわ!これね!」
ファラーシアが機材を触ると画面が切り替わり、そこにはあづさが友達に送ったメッセージが表示される。
「……日曜日に会う約束、か。要は、特に何ということもない約束なのだろうが……」
「まあ、これを見る限り、あづさは日常を過ごしていたことが分かるな。今までに罪を犯し、そしてこれからも罪を犯す者が、このように暢気に週末に出歩く約束など、せんだろう?」
「ましてや、異世界に行く予定が分かっていたら、こんな手紙は送らんだろうなあ……」
ううむ、と唸って、また全員、天井を仰いだり俯いたり、首を傾げたり。
情報は断片的すぎて、どうにも分かりにくい。繋がりがよく分からない。
「もしかして、これも何かの証明、なのか?あづさの失われた12時間の行動の全てに意味があるとするなら、これも何かの意図があってわざわざ送っているのだろう」
「証明、か。……ふむ、まあ、これで証明できることといったら、『異常なし』という程度よな。まあ、それこそが証明したかった事なのかもしれんが……」
一頻り間が空いてから、ラガルがふと、手を挙げて話し始める。
「……もう1つ、気になっていることがある。わーいひゃーいとやらで、真弓からの手紙が届いただろう?あれは……真弓が、この世界で、あづさに宛てて送ったもの、だったようだが……どうして、真弓はあんな手紙を送った?真弓はあづさがこの世界に来る前に、死んでいるはずだ」
「……確かになあ」
「それは、もしかしたら、わいふぁいが無くても届くかも、って思ったんじゃないかしら!世界をこえて、届くかもしれないじゃない!」
「いや、だとしてもなあ。あんな文章、まるで……」
「遺書みたいだろう」
……ギルヴァスは、考える。
この中で一番、あづさと長く時間を過ごした自分だからこそ、何か分かるのではないか、と、考える。
まず、あづさが罪を犯したとは、考えにくい。あづさが他者に制裁を加えるのならば、それは正しい方法で行われるだろう。あづさはそういう人物だと、ギルヴァスは思っている。あづさにはきちんと良心と正義感があり、そうでなくともあづさは自分の名誉は守るだろうと思われる。
次に、あづさが写真を撮影した意図は、何かの証明であるとしか思えない。
わざわざあのように写真を撮ったのだから、きっとあれは記録用だったのだ。
ということは、あづさはあの時刻に学校に居たことを証明すると同時に、下駄箱に靴のある者達の所在もまた、証明したことになるが……。
続いて、旧友に送った文章。
週末の約束をする、ごくありふれた、日常を感じさせる文章だ。それをわざわざ、送っている。
それで証明できるものといったら、何だろう。ただ、あづさが異世界への召喚などに巻き込まれることもなく、平穏な日常を過ごそうとしていた、という証明にはなるだろうか。
それから……志望校調査票。
あづさの鞄から、唯一無くなっているもの。
志望校調査票の存在が、あづさの12時間の中で何か非常事態があったことを知らせている。
早退したのか、遅刻したのか、学校のどこかに閉じ込められていたのか。それは分からないが、あづさは授業には出ていないのに、志望校調査票だけは提出しているのだから。
……だから、何もなかった、とは、思えない。
気になると言えば、あづさがどうやって真弓殺しの犯人に復讐しようとして居たのかも気になる。
あづさの世界では、殺人は罪なのだろう。だが、それが正しく裁かれていないから、あづさは復讐に燃えているらしい。
先の通り、あづさが正しくない方法で復讐するとは思いにくいのだが……そうなるとあづさは、正しく犯人が裁かれるように働きかけている、ということになるだろう。
だが、どうやってそれを行うのか。
……そもそも、あづさが何か危険な状況にあるのならば、その復讐が確実に成功する保証などどこにも無いのではないだろうか。
だがあづさは魔王に、『復讐は帰りさえすれば成功する』と言っていたらしい。そんな方法が果たしてあるのだろうか。
またもう1つ、気になることがある。
それはあづさの環境だ。
あづさは『転校したばかり』だと言っていたが……何故、あづさは転校したのだろう。
最初は、嫌がらせを学校で受けるようになったから転校したのかとも思った。だが……あづさはこの世界に来た時も、鞄に全ての教科書をぎゅうぎゅうに詰め込んでやってきたのだ。嫌がらせの無い学校に居るにしては少々、警戒しすぎではないだろうか。そして、嫌がらせをしていた学校の友人に対して『日曜に会えないか』などと連絡をするのはあまりにも不自然だ。
……そう考えると、あづさは『転校してきた学校で』嫌がらせに合っている、と考えた方が妥当である。
では、前の学校を転校する理由はどこにあったのだろう。
嫌がらせされているから転校する、というのならば理屈は通る。だがそうではないとしたら、あづさは何を考えて、わざわざ転校したのだろうか。
しかも、新たな環境に馴染めず嫌がらせされる、など。あづさにはいくらでも避けようがあっただろうに、どうして、そのような道を『わざわざ選んだ』のか。
……そして、最後に。
真弓からの、手紙。
勇者召喚の、条件。
そしてそれらをきっと理解していた、少女達。
ギルヴァスは、気づいてしまった。
1つ気づいてしまえば、あとは速かった。
……全貌を理解してしまえば、ああ、如何にもあづさらしいやり方である。
だって、彼女は無力な女の子だったのだから。