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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
五章:力、絆、せつな
155/161

155話

 魔王にあてがわれた客室の中、あづさと魔王は向かい合って座っていた。

「手短に済ませるぞ。あの竜がうるさくてかなわん」

 魔王はそう言ってため息交じりに、あづさへと視線を向ける。

 ……『あの竜』ことギルヴァスは、あづさと魔王が2人きりで話すことに少々不安を抱いているようだった。

 それに関しては魔王も、反論の余地がない。ギルヴァスと信頼関係を結ぼうとしたことなど、今までになかった。そのつけがここで回ってきたのだろう。

 だが彼は魔王である。ギルヴァスを『命令だ』の一言で黙らせて、今こうして、あづさと2人きり、向かい合っている。

「元の世界に戻りたいか」

 そして魔王は、そう、あづさに尋ねた。

「ええ。勿論」

 あづさもまた、まっすぐに魔王を見つめ返して、はっきりとそう言った。

「絶対に帰るわ。じゃなきゃ、やらなきゃいけないこと、できないもの」

「……そうか」

 迷いのないあづさの答えを聞いて、魔王は唸る。これは、そう簡単には意思を曲げられそうにない。

「帰る目的は復讐、であったか」

 復讐。花のように美しい少女には不釣り合いな言葉である。だが、あづさの目に迷いはない。賢いあづさのことだ。この結論に至るまで、何回も何回も反証を試み、その上でこの結論を選んだのだろう。

「そうね。どうしても、このままじゃ納得がいかないから」

 少々憂いを帯びた目で、あづさはそう言う。

 あづさと真弓の関係がどのようなものだったのか、魔王は知らない。唯一無二の親友であったらしい、という程度のことは情報を収集しているが、そこまでだ。

 ……それでも、本当に大切な存在だったのだろう、とは、想像がつく。尤もそれがどのようなものかは分からなかったが……そもそも、意思ある者同士の関係性を、他者が一言で表そうなどとすること自体、烏滸がましいのかもしれなかった。

「帰ったところで成功するとも限らないだろう」

 言うだけ空しいぞ、とは思いつつも、魔王はそう、言ってみる。

 あづさを引き留められるなら、それはそれで良かった。この世界に彼女が居ることは、間違いなく利を生む。そう思う心もまた、真実なのだ。

「それは大丈夫。帰れさえすれば絶対に成功するわ」

 だがあづさの心はぶれないらしい。一体何をどうやったのか、それもまた魔王には分からなかったが、とにかく彼女の目的も心も方法も、全てが強固であるらしかった。

「……まるで、失った12時間分の記憶とやらも取り戻したかのような言い様だな」

「かもね。……まあ、大体の予想はつくわよ。自分のことなんだし。ってことで、ごめんなさいね。私はどうしても、元の世界に帰るわよ」

 魔王はため息を吐いた。

 最早、あづさを引き留める術は彼には無い。それは、理解できた。


 それから魔王は、次へ話を進める。

「ならば、分かっておろうな。今の余には、お前を元の世界に帰す能力が無い」

「ああ、魔王の力のことよね?」

 あづさは事も無げにそう言うと、魔王が少々恨みがましい目を向けるのも気にせずに笑う。

「それなら分かってるわ。分かってて、ギルヴァスにあの力、渡したのよ。あなたとの交渉材料にしようと思って」

 あっけらかんと返ってきた答えに、魔王はいよいよ、頭の痛くなるような思いがした。

 魔王の力、とは、魔王の証明である。力無くして魔王足り得ない。そう思う者達が多いからこそ、魔王は今まで極力姿を隠し、部下達をも欺き続けて力のないことを悟られないようにしてきたのだ。

 ……その魔王の力を、交渉材料にするために一介の四天王に渡してしまうとは。つくづく、あづさはこの世界の常識や良識に囚われないことを仕出かす。

「あの力は余にあってこそ、お前を元の世界へ戻せるのだぞ。ギルヴァス・エルゼンが扱いきれるとは思えぬ」

「でしょうね。……もし技量が足りてても、彼、私を元の世界に帰す、ってなったら、動揺しそうだし。失敗しちゃうかもね」

 笑い事でもないだろうに、あづさはくすくすと笑ってそう言った。

 魔王は何とも落ち着かない気分になって、魔法で酒の瓶とグラスを取り出した。手短に済ませるつもりで飲み物も用意しなかったのだが、どうにも、これではやりづらい。

「あら。飲むの?」

「……ねだる気か?」

「いいえ?私の世界では、お酒は20歳になるまで飲んじゃいけないことになってるのよ。ま、中には飲んでる馬鹿も居るけどね」

 あづさは興味深そうに酒の瓶とグラスを眺める割に、そんなことを言って益々魔王の調子を狂わせた。

 ……あづさが酒を断ったのは、魔王にはありがたかった。魔王はごく甘口の酒を選んで取り寄せたのだが、『魔王が甘口の酒なんて』と馬鹿にされることを一瞬の内に想像して、酒の選択を後悔しかけたところだったので。

「でも、ま、お酌くらいはしてあげるわ。魔王ともあろうお方が手酌ってのも味気ないでしょ」

 そしてあづさは酒の瓶を取ると、魔法で器用に栓を抜き、グラスの中へ中身を注ぎ入れる。濃すぎていっそ黒にも見える液体は、グラスの中で僅かに透けて赤色を呈していた。

 魔王は特に何も言わず、グラスを傾けて中身を口にする。

 魔物の国特有の果実で作った酒はとろりとして甘く、その中に渋みと苦みがある。もしあづさが口にしたなら、『洋酒入りのチョコレートみたい』とでも感想を零したかもしれない。

「……それで、今日の本題は、あなたの力を返してほしい、っていうことだったのかしら?」

 魔王がグラスを傾けるのを眺めながら、あづさはそう言って微笑む。

 魔王はなんともやりづらく感じつつも、頷いて返した。

「ああ。余に魔王の力が無ければお前を元の世界へ帰すことはできない。そして余が魔王として正式に認められるまで、あと3月も無いのだぞ」

「分かってるわよ。大丈夫。それまでにはちゃんと返すと思うわ。彼のことだし」

 あづさはそう言うが、魔王としては不安が残る。

 何せ、ギルヴァス・エルゼンだ。魔王が100年弱ずっと冷遇し続けた、地の四天王だ。

 恨まれていないとは、思えない。腹の中で何を考えているのか、分かったものではない。国を転覆させようなどと思う竜ではないことは察せているが、それにしても、少々魔王に恥をかかせる程度のことはしてもおかしくないだろう。

 例えば、魔王が正式に魔王になるその瞬間にも、魔王の力を保持したままで居ることなど、如何にも容易くできてそれでいて効果の大きい嫌がらせではないか。

「大丈夫よ。あなたが正式に魔王になる前に、私は元の世界に帰る。その時にはきっと彼、もうあなたに力を返してると思うわ」

「……そうだといいのだがな」

 魔王はまた、グラスを傾けて中身を呷る。

 甘いとはいえ、酒である。その高価さも相まって勢いよく飲むものでは無いのだが、今ばかりは少々乱暴に飲み干してやりたい気分だった。




「……難しいわよね。和平、って」

 そんな折、ふと、あづさはそう零す。

「人間見てて思ったけど。こっちが相手を害する意思なんて無いって主張したって、相手は信用できないわけでしょ?まあ、当然よね。そこに力の差があったら、弱者の方は、強者を警戒するしかない。裁量権が自分に無いことについては、警戒するしかない。そういうことなんだな、って」

 突然何を言うのか、と魔王は不思議に思ったが、続いてあづさから向けられた言葉に、背筋が凍った。

「あなたも今、同じなんじゃない?」

 呼吸が止まったようにも感じられた。

 数秒、魔王は意識して呼吸を繰り返し……それからやっと、一言、返す。

「……無礼だぞ」

「そうね。まあ、許してよ。もうすぐ居なくなる年下の女の子の戯言だし、ま、お酒の席のことだってことで」

 お前は飲んでいないだろうが、と言ってやりたいところだったが、ここで言い返すよりあづさの次の言葉を待つ方がいいと判断する。下手に喋ろうものなら、隠しておくべき言葉まで出てきてしまいそうだった。

 そうして魔王が何も言わずにいると、ふと、あづさはまたも唐突に言うのだ。

「……まあ、だから、彼のことは、許してあげて」

 あづさがそう言ったので、魔王は驚く。一体何のことか、と問いたくなる。

 あづさの言う『彼』がギルヴァス・エルゼンのことだということは分かる。だが、ギルヴァスが魔王を『許す』のではなく、魔王がギルヴァスを『許す』とは。

「100年弱。彼、あなたにとってあんまりにも理解できない存在だったと思うんだけれど……まあ、それって、今のあなたと同じだったんだと思うの」

 魔王に構わず、あづさはそう、話す。

 ギルヴァスの心情も魔王の思考も、全てがあづさの知らないことであるのに、さもそれらすべてを知っているかのような傲慢さで……それでいて、妙に説得力を、もって。

「相手に探りを入れるばっかりで、自分のことを公開しようとはしない。弱者の立ち回りって、強者からしたら、理解できないだけでしょ?でもまあそれって、しょうがないことよね。強者が弱者に歩み寄ろうってこと自体、利己的で傲慢なのかも。少なくとも、弱者側からしたら、ね」

 魔王は思い出す。

 昨夜も今朝も見た、人間達の怯えるような様子を。魔物の国が歩み寄ろうとしても、それを手放しに受け入れられない、愚かな人間達の姿を。

 そして……振り返ってみる。魔王が歩み寄ろうとしたわけでもなかった、100年前の竜の姿を。

 理解できるようでいて、理解できなかった。今思えば猶更、ギルヴァス・エルゼンは魔王に助けでも求めればよかったのだ。魔王も先代魔王が殺された直後には取り乱したが、それから10年もすればすっかり落ち着いて、新たな魔王として働いていた。そこででも、真実を明かせばよかったのに、ギルヴァスはそうしなかったのだ。

 ……だがそれも、弱者故、と、あづさは言う。

 そして今の魔王も、それだ、と。

「あなたに理解を求めなかった彼を、許してあげて。そうするしかなかったんだと思うから」

 あづさの言葉はまるで、魔王に対して魔王自身の弱さを許せ、と言っているかのようだった。

『そうするしかなかった』。

 その言葉は随分と、魔王の中にすんなりと収まる。


 あづさは齢17の少女とは思えないような表情で、笑う。

「その代わり、彼もあなたを許すと思うわ。魔王の力のことも、あなた自身の考えも、不安も……そういうの何にも言わずにいたあなたでも。ギルヴァス・エルゼンは全然気にせずにこれからも仕え続けると思うわよ」




 しばらく待って、先に口を開いたのは魔王だった。

 ため息を吐き出してから、言葉も吐き出す。

「……分かりもしないことが、そんなような気がしてくる。……いっそ毒薬だな。お前の言葉は」

「あら、お褒めに与り光栄だわ」

 ふふん、とばかり、誇らしげに笑うあづさを見て、魔王は思う。

 あのギルヴァス・エルゼンが異世界人に随分入れ込んでいる、と聞いた時には一体何事か、ついに気が狂ったか、などと思ったものだが、確かに、この毒薬めいた言葉に晒され続けていれば、狂いもするだろう。特に、100年弱の孤独を強いられていた竜には、さぞかしよく効く毒だったに違いない。

 自分の身を以てして納得させられてしまったということには少々の反感を覚えなくもないが、今回ばかりは諦めるしかないだろう。目の前の少女は、ある種の竜殺しだ。


「分かった。話すならお前ではなく、ギルヴァス・エルゼン本人にしよう」

 魔王がそう言うと、あづさは予想通り、とでもいうかのようににっこり笑って頷いた。

「ええ。そうして。何なら今、呼んでくる?」

 そうせよ、と言いかけて、魔王は言い留まる。

「いや」

 代わりに否定の言葉を出しておいてから……酒の瓶を傾けて、自らグラスに酒を注ぎ足した。やはり、少女に酌をさせるには、この酒は甘すぎる。

「あれは辛口の方が好きなようだが、極甘口を開けてしまった。……奴を呼ぶのは明日にする」




「……ですって。だからあなた、明日呼ばれると思うわよ」

「いや、俺は甘いのも好きだぞ」

 あづさがギルヴァスに魔王との会話の内容を伝えたところ、ギルヴァスは開口一番にそう言った。

 そこ?とあづさは半ば呆れもしたのだが、そういえばドラゴンってお酒好きなのかしら、と思い直すことにした。種族単位での嗜好なら仕方ない。

「何を言っておるのだ。お前は酒ならば何でもよい蟒蛇だろうが」

「わたしのパーティーで、お酒、いっぱい飲んだでしょ!一番飲んだ時は、大きなつぼ1つ分、丸ごと飲んだでしょ!わすれてないわよ!」

 そこへ、オデッティアから呆れたような声が飛んだ。更にファラーシアまでもが続けば、ギルヴァスは分が悪くなる。

「全部好きなだけなんだがなあ……味音痴のように言わないでくれ」

「音痴!?オメー、音痴なのか!?音痴は風の四天王領じゃモテねえぞ!大体、美しくねえ!」

「鳥。音痴といえばラガルの方が音痴ぞ?今度、歌でもねだってみよ。自覚のない音痴だからな、面白いぞ」

 次第に話は方々に飛び火しつつ、楽しく進んだ。

 何とも、平和な夜だった。


 これももうすぐ終わるのね、と、あづさは少し、寂しく思った。

 胸の内に秘めた覚悟は強く硬い。しかし、寂寥感は、どうにもし難かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ラガルは音痴。 ファラーシアかわいいなあ!
[良い点] 最後に自分の酒が甘口なのをさらっと喋るのいいですね。話し合い前後の甘口酒のお酌の変化も含めて、魔王様の心情の変化がスッと入ってきました。あづさの寄り添い方が上手いなぁ。 あとファラーシア…
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