15話
「いいだろう。忌々しいことに、余は制約によってそれを四天王の座から外すこともできん。どのみち1年間はただ捨て置くしかないものだ。精々上手く使ってみよ」
「ありがとうございます、魔王様!」
魔王の許可を得たあづさはにっこりと笑って、魔王が居るであろう方へと一礼した。
「1年後を、お楽しみに」
闇の向こうで、気配が笑った。
謁見の間を出てすぐ、ギルヴァスは膝をついた。胸を押さえた手元からは、血が滴り落ちていた。
「ギルヴァス!」
あづさは宝石を包んでいた薄布を手にすると、ギルヴァスの胸の傷口に当てる。
「傷はどう?」
「いや、大したものじゃない。……これで済んだのは、奇跡的、だなあ……」
「そんな事言ってる場合!?」
あづさが傷口を押さえるも、薄布はすぐに血に染まり、あづさの手にまで滲んできた。
なんとか止血しなくては、と思うが、ギルヴァスの胸の傷は深いようで、中々血は止まらない。
周囲を見回してみても、助けてくれそうな相手は居ない。ただ皆、遠巻きにあづさとギルヴァスを眺めてひそひそと何かをささやき合うばかりである。
……折角、ギルヴァスの命をもぎ取って、魔王の前から戻ることができたのだ。こんなところで、ギルヴァスを死なせるわけにはいかない。
「君は、すごいなあ」
血を流しながら、ギルヴァスはそう言う。
「魔王様と渡り合ってしまえるなんて。君は君自身の力で、元の世界への切符を手に入れた」
「まだ手に入れてないわよ。購入権を得ただけだわ」
「かもしれないが……うーん、最初から君1人でやっていた方が、上手くいったかもしれないな。俺は必要なかった。それどころか、君を却って、危険な目に遭わせたな……すまない。君の方こそ、怪我は、無いか?刃を突きつけられて、いたが……」
ギルヴァスは自分が血を流していることなどさておいて、あづさの身を案じる。それがあづさを苛立たせる。
「ちょっと黙ってなさいよ。傷が開くでしょ。あんたが居なきゃ、私、地の四天王領まで帰れないんだからね!分かってんの!?」
「案外、ガーゴイルはいい奴らだ。君1人くらいなら運んでくれる。何かあったらそうやって……」
どこか諦めたような言葉を漏らすギルヴァスは、どんどん血を失っている。
何か、手当する方法はないか。薬は。包帯は。休める場所は。何か無いか。あづさは必死にギルヴァスの傷を押さえ、焦燥と苛立ちを募らせ……そして。
つんつん、と。あづさの脚をつつく何かの存在を、感じた。
あづさが見てみれば……そこには、スライムが居た。
「スライムって優秀ね……」
「そうだな、今までこんな働かせ方はしたことがなかったが……」
そうしてギルヴァスの血は、止まった。スライムを傷口に貼り付けてしまうことで、傷口をすっかり塞いでしまったのである。ギルヴァスの胸に張り付いたままのスライムは、どこか誇らしげにも見えた。
「でも、なんでこんな所にスライムが?私達にくっついてきていたなら、流石に分かるわよね?」
「ああ、なんだか体が重いと思っていたが、こいつがくっついてたのか」
「あー、はいはい。あなたはくっつかれてても気づかないわけね。鈍くて結構なことだわ」
あづさは呆れと安堵の混じったため息を吐いて、ギルヴァスの背をごく軽く叩いた。
「とりあえず、城は出ましょう。居心地、悪いでしょ?城を出たら外で休憩して、それから帰りましょう」
あづさが手を差し出すと、ギルヴァスは戸惑うように、その手を見つめた。
「帰る、か……」
「ええ。帰る、のよ」
ギルヴァスの答えなど知ったことか、とばかりに、あづさはギルヴァスの手を掴む。
「立てる?ほら、行きましょ」
「……ああ」
手を引かれて、ギルヴァスは申し訳なさそうな、それでいて少しばかり嬉しそうな、そんな顔をした。
それから2人はのんびりとした速度で歩いて魔王城を出て、城門を出て、更にそのまま歩く。
リザードマンやガーゴイル達の驚きのような嫌悪のような視線に見送られつつ、2人が目指したのは宿である。
魔王城は、小高い丘の上に建っている。そしてその麓には、魔王が自ら治める城下町があるのだ。
あらゆる物品が行き交い、あらゆる魔物がやりとりする場所。魔物の国で最も栄える街。それが、魔王城の城下町なのである。
「……すごいわね」
「ああ。この街に住む魔物の数は、俺の配下の数を超える」
物珍しい景色を眺めながら、あづさはギルヴァスから離れることなく、往来を抜けていく。
ギルヴァスはフードを目深に被って顔を隠している。顔を知る者も、ギルヴァスを憎む者も、多いのだろう。
そしてあづさも、ギルヴァスから貰った風除けのコートを着込んで、フードをしっかり被っている。こちらは、『人間』がこの国では珍しいからである。
そんな『珍しい』あづさにとって、魔物の街は新鮮な場所だった。
大通りの両脇には商店が並んでいるが、それらの全てが物珍しい。
服を売っている店では、様々な服が売っている。デザインも様々、材質も様々。サイズも随分と様々だ。例えば、ガーゴイルや堕天使といった背中に翼を持つ種族のための服は、背中に翼を出すための穴が空いていたり、その穴を隠すためにケープが付いていたり、襟がセーラー服のように後ろに大きく垂れていたりする。
一方、ハーピィのように腕が翼であるような種族は袖ぐりに翼を通せないため、そもそも脇に布が無い。首だけ通して帯で留めるか、ホルターネックになっているか。そういえばラギトもそういう服着てたわね、とあづさは思い出した。
食べ物も、随分と様々だった。
果物らしいものを売っている店があったのでちらりと覗いてみれば、見たこともない奇妙な形状のものが幾つも見られた。イソギンチャクめいた謎の物体も、どうやら果物らしかった。
更に、肉屋と思しき店では、明らかに植物だろうという見た目のものも売られている。肉みたいな植物なのかしら、とあづさは面白く思う。
「……面白いわね」
「そうか?楽しめているなら良かった」
あづさが街の様子を眺めているのを見て、ギルヴァスは笑う。魔王城で散々だった分、少しでも埋め合わせになれば、と、思っているらしかった。
「さて、すまないが、今日は宿で一泊だな。明日になれば飛べるようになるはずだ。申し訳ないが……」
「申し訳なく思う暇があるなら元気になる努力して頂戴」
「……ああ。すまないな。さて、部屋が空いていればいいが……」
苦笑しつつギルヴァスが宿へ入っていくのに続いて、あづさも宿の中へと進む。
「……空いていないのか」
「そうだね。悪いけど今日行商人も多かったし、部屋の空きは1つだよ。ベッドは2つあるんだけどねえ」
宿に入って手続きをしようとしたギルヴァスは、早速、困り果てる。
つくづく運のないことに、宿には十分な部屋の空きが無かったらしい。
「そうか。なら他をあたるか……」
「やめときな。他の宿も、まともな所は大抵満室だよ。空きがある宿なんて、碌なとこじゃあないよ」
宿の主の言うことは、ギルヴァスも知っている。空きがありそうな宿には心当たりがあるが、そのどれもが、安全に少々不安がある。そういった所にあづさを泊めるのは不安だった。
「なら、彼女にこの宿の部屋を。俺は他所をあたる」
なのでギルヴァスは、そういった結論に辿り着いた。あづさを泊めるのに不安な宿でも、自分1人ならいいだろう、と。
だが。
「あら。私は別に、あなたと同室でも気にしないけど」
あづさが横から、そう口を挟んだ。
「……本当にいいのか」
「やだ、よくなくなるようなことするつもり?」
「いや、そういうわけでは」
「だったらいいじゃない。大体、下手に1人にされる方がよっぽど不安だわ」
あづさがため息交じりにベッドに腰かけると、ぽす、という音と共に体が沈み込む。軽やかでふわふわとした布団とマットレスは、きっと素晴らしい寝心地だろう。あづさが気持ちよく伸びをしている間、ギルヴァスは何とも居心地悪そうにしていたが。
「……それで。あなたの方は大丈夫なの?傷は?」
「ああ、問題ない」
「薬か何か、必要無いの?」
「さっき貰ってきた。湯浴みした後にでも塗っておくさ」
そう、とあづさは頷いて……それからふと、首を傾げた。
「1人で塗れる?包帯は流石に巻けないんじゃない?手伝いましょうか?」
「え、あ、いや……スライムに任せるつもりだ。君は気にしないでくれ」
「それもそうね」
そういえばあなたも居たものね、と、あづさはギルヴァスの胸に張り付いたままのスライムをつついた。
スライムはふるん、と小さく表面を揺らしたが、それ以降もしっかりとギルヴァスの傷口に張り付いて、絆創膏の役割を果たしている。
「……となると、私、ヒマね」
ころん、とベッドの上にうつぶせに寝転がって、脚をぱたぱたとさせつつあづさがそう零せば、ギルヴァスは可笑しそうに笑った。
「じゃあ……そうね、ギルヴァス。あなた、ご飯まで寝るつもり、ある?」
「いや、特には」
「そう。じゃあちょっと、お話、聞かせてくれないかしら」
あづさは起き上がって改めて座り直し、ギルヴァスと向かい合う形になって正座した。
「あなた、魔王様と何があったの?」




