147話
「ということで、四天王のみんなを紹介するわね」
傭兵達30人余りとシャナン、そしてクレイヴとダニエラ、という『人間交流団』の一員を見渡して、あづさはにっこりと微笑んだ。
「まず、ここまでで散々話してると思うけれど。地の四天王。ギルヴァス・エルゼン。皆に過ごしてもらう領地の領主でもあるわ」
「まあ、改めてよろしく頼む。すまんなあ、君達の城は今日中に建てるから、もうしばらくこの城でゆっくりしていってくれ」
ギルヴァスの挨拶に、人間達は何とも言えない顔をする。ギルヴァスにとって建城は『ちょっと掃除しておく』程度の感覚なのだが、人間達にしてみれば当然そのようなものではない。ここで人間達は早速、魔物の国の力を思い知るのである。
「次に、風の四天王。ファラーシア・トゥーラリーフよ。ファラーシア、ご挨拶」
「こんにちは!よろしくね!」
続いて出てきた美少女の姿に、人間達は目を丸くする。こんな幼い少女が四天王なのか、と。
「あー……今よォ、ファラーシアはこの通り、ちっせえんだよなァ。けど半年もしない内に羽化して綺麗になる予定だからな!大丈夫だ!ンで、それまでは俺が四天王代理だからな!俺は偉いんだぞ!しかも美しい!」
「彼のことももう知ってると思うけど、ラギト・レラ。見ての通り、ハーピィね。まあ……彼についてはもうみんなよく知ってるでしょ。そういう奴よ」
「おう!皆知ってる通り、強くて賢くて美しい俺だ!よろしくしてやるぜ!」
ラギトを見て、人間達は静かに頷いた。ラギトの人柄はよく知っている、と。賢くはない、とも。
「こちらが水の四天王のオデッティア・ランジャオ。ミラリアとルカの直属の上司よ」
「直接会うことはほとんど無いであろうが、顔は覚えておくがよい。妾は水を通してこちらを見ておるからな」
オデッティアはそう言って人間達を睥睨し……ふと、やたらと明るく輝く瞳を見つけて、訝し気な顔をする。
「……お前は何だ?」
「いえ。いずれまたお話しする機会を頂ければ、と思いまして」
シャナンはそう言って、笑った。どうやらミラリアを諦める気はないらしい。
オデッティアはただ冷たい目でシャナンを一瞥すると、ラガルにさっさと場所を譲る。
「ラガル・イルエルヒュール。火の四天王だ。……人間との和平には賛成している。何かあれば、声をかけるがいい」
オデッティアと入れ替わりに人間達の前に立ったラガルはそう言って、それからふと、ダニエラへ目を向けた。
「そこのエルフ。……悪いが、貴様が勇者マユミを手に掛けようとし、更には先代の魔王様を害したこと、決して許しはせん」
ダニエラは少々の緊張と反感、そして悔恨を滲ませてラガルを見つめ返す。ラガルはそれを堂々と受け止め、厳しさを緩めることなく、言う。
「精々、足掻け。邪魔はしない。勿論、貴様が我々と良好な関係を築こうとしている間は、な」
……ラガルなりの、過去への決別なのだろう。真弓を失って、先代の魔王も失い、そして誰も信じられないままに過ごした100年近く。それを埋めるために、今、彼はこうしてダニエラに言う必要があった。
「……ええ。肝に銘じます」
ダニエラはそう、静かに言った。謝るでもなく、これからの関係を乞うでもなく。
ダニエラにとってもその言葉が、必要だったのだろう。あづさはそう、思った。
「じゃあ、魔王軍の愉快な仲間達を紹介したところで、もう早速だけれど、動き始めましょうか」
あづさは、ぱん、と手を打ってにっこりと笑う。
「まず、オデッティア。悪いんだけれど、ミラリアと一緒に、通信用の魔法を整備してもらえないかしら。人間の国とやり取りするためのものよ」
「ふむ。まあよかろう。一枚噛ませろと言ったのは妾だからな」
「かしこまりました。一日で完成させてみせます」
オデッティアとミラリアがそれぞれに美しく微笑むのを見て、人間達はうっとりと見惚れる。だが、彼女らはその妖艶な美しさの裏に凄まじい強さを秘めた魔物達である。いずれ驚かされることだろう。
「次に、ラギトとファラーシア」
「おう!」
「あい!」
「まだ言ってないわよ。……あなた達は、日用品の配備をお願い。とりあえずここに居る人たちの分の着替えとか、布団とか……そういうものがあればいいわ」
「分かった!任されてやるぜ!」
「まかされてあげるわ!」
きゃあきゃあと騒ぎながら、ラギトとファラーシアは早速、窓の外から飛び出していってしまった。ラギトはファラーシアを鉤爪でやんわりと掴んで、そのまま風に乗って飛んで行ってしまう。
「速いわね……。で、ラガル。あなたはこっちの手伝いをお願い。男手はいくらあってもいいわ。それで、ギルヴァス」
「ああ。建城だな!」
ラガルは自分が働くということに少々納得がいっていない様子であったが、その一方ギルヴァスはにこにことして、なんとも嬉しそうである。
「どんな城にしようか。まあ、無骨なものになってしまうだろうが、色々と資源は手に入っているからな。石材にこだわることもできるぞ」
「そこは住みやすければ何でもいいんじゃない?それとも何か、希望、ある?」
あづさとギルヴァスが尋ねるも、人間達は『建城』という聞きなれない言葉にぽかんとするばかりである。
……だが。
「そう、ですね。……なら、小さな店にできるような場所を、お願いしたいのですが。人間の国と魔物の国とで、ごく小規模でも取引ができるといいと思いまして」
シャナンがそう、申し出た。そして。
「畑が欲しい」
クレイヴがそう、言った。
「成程。店と畑か。……慎ましやかだなあ」
「まあ、建物自体よりも、中身じゃない?」
「む、そうか。まあ、また必要な部屋が出てきたらその都度改築するとしよう」
あづさとギルヴァスは、ひとまず希望が出た、ということで満足すると、早速、人間達を伴って城の外へ出る。
「さて。和平の第一歩だ」
ギルヴァスはうきうきと、どこまでも楽しげであった。
……かくして、人間達を受け入れる体制は、3日もすればすっかり整ってしまった。
四天王が4人とも協力している、ということも十分に理由に含まれるが、それ以上に、やはり、魔物の国には人間の国には無い魔法がたくさんあり、それを扱う能力のあるものが大勢いる、ということが一番の理由だろう。
人間の国ではおよそ考えられない速度で整ってしまった生活環境を目の当たりにして、人間達は只々、人間と魔物の力の差を実感することになった。
あづさ達は1日に1度、アーリエス4世と通信の魔法で報告を行った。
その日あったこと、こちらで起きた問題、魔物達の人間に対する反応。
それらを報告する他、アーリエス4世の方でも、人間と魔物の和平について、次第に国を動かしていることについて報告がある。
双方の報告を重ねていけば、少しずつではあるものの……確かに、人間の国と魔物の国の距離は、縮まっていくのがよく分かった。
真弓がやろうとしてできなかったことが、今、自分の手で成し遂げられている。彼女の望みだったことを、叶えている。
……それが、あづさにはとても、嬉しかった。
そうして1週間と半分ほどの時間が流れる。その間に人間達はすっかり魔物の国に馴染み、また、地の四天王領に居る魔物達も、人間達に馴染んだ。
スケルトン達が傭兵達と一緒に畑を耕し、コットンボールが人間達に捕まって触り心地を堪能され、ヘルルート達は今日も元気に人間達の足元をうろちょろと走り回り。
……人間達のために、と建てた城だったが、魔物達はある程度遠慮しつつも、大広間までは気兼ねなく入り込むようになっていた。今日も人間達の城の大広間で、ヘルルート達が鬼ごっこをしているのを人間達がほほえまし気に眺めていた。
「はーあ。今日も働いたわ。でも、いい気分ね」
あづさは椅子に深く腰掛けると、きゅう、と伸びをした。
「あなたも疲れたんじゃない?働きっぱなしでしょ?家に畑に、って」
あづさは向かいの椅子に腰かけていたギルヴァスにそう言って、笑う。
「まあ、俺も君と同じだな。よく働いた。だが、いい気分だ。うん。何かができていくというのはいいものだなあ」
ギルヴァスもまた、清々しい笑みを浮かべる。ギルヴァスは今日も今日とて、地のものらしく、石や岩、金属や地面、といったものの加工や建設に駆り出されていた。
道具については、ある程度はドワーフとレッドキャップ達に任せればいい。だが、それだけでは人手が足りなければ、四天王であるというのにギルヴァスも自ら道具作りを手伝ったし、何より、新たに倉庫が欲しい、畑が欲しい、となれば、またギルヴァスが働くことになるのだ。
「ほんと、あなたが地の四天王でよかったわ。あなたって本当に便利よね。あ、変な意味じゃなくて」
あづさはそう言ってくすくす笑って、それからふと、笑みをにやりとしたものへ変える。
「あ、そうだ。じゃあそろそろ……魔王様の所、行ってみる?人間達との和平も、魔王様の許しが無いと、全面的には進められないし」
すると、ギルヴァスは。
「……そのことなんだが」
あづさの予想に反して、表情を曇らせた。
「あづさ。もう、気づいているだろう。俺が魔王の力を使えば、君を元の世界に帰せるかもしれない。今すぐにでも」
あづさは、きょとん、としながらもギルヴァスの話を聞く。
……魔王の力があれば異世界人を元の世界へ帰せるらしい、ということは、先代魔王と勇者マユミの例からも察しが付く。同時に、魔王の力を持たないわけであるはずの今代魔王には、あづさを元の世界へ帰す能力が無いのだろう、とも。
「そうね。まあ、できるかできないかで言ったら、それもできるのかもね。私、魔法についてはあなたより詳しくないから何とも言えないけど」
あづさが事も無げにそう言うと、ギルヴァスは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……そうだな。君は賢い。とうに気づいていただろうが……だが、こうは、思ったか?」
「俺が君を帰したくないあまり、魔王の力を独占して使わずにいるかもしれない、と」
「……あなたはそうしたいの?」
ギルヴァスの前で、あづさは只々冷静だった。
少々、驚いた顔はしたが、それだけである。可笑しそうに笑みを浮かべているばかりで、そこに怯えや恐怖は見られない。
「そう……そう、だな。そう考えてしまうことが、ある」
「ふーん。そう」
どうにも危機感のないあづさを見て、ギルヴァスは1人、焦燥感に駆られる。
「君がここに縛られ続ける理由はもう無い。魔王様との契約は、向こうに落ち度がある契約だった。もう無効だろう。そんなものがなくても君は、元の世界に帰れる。ただし、俺が、その気になったなら、だ!」
ギルヴァスは声を荒げる。感情に任せて魔力が動き、城を揺らした。
「だがその気になれない。君が元の世界に帰ることを望んでいると知りながら、その気になれない。善悪の分別がつかないわけじゃない。分かってるんだ。なのに迷いが尽きない。ただ、君を元の世界に帰せばいいのに、俺はまだ考えてる。自分の欲を優先する考えが浮かんで、消えてくれない」
更に荒ぶる感情は、言葉になってもくれない。残った理性でなんとか、魔力の放出は抑えた。城の揺れが静まり、大地が静まり、そして、ギルヴァスも多少、冷静になる。
冷静になってしまったら、今度はまた、言葉が出ない。
言いたい言葉は、言うべきではない言葉である。そこに折り合いをつける術を、ギルヴァスは見いだせない。
発すべき言葉も見つけられないまま、感情だけがひたすら、渦巻いた。
「……気が狂いそうだ」
やっとのことで出した声は全く竜らしくなく、精々蛇か蜥蜴か、といったか細さだった。
本当に、気が狂いそうだった。竜殺しの英傑でもいるなら、今すぐ自分を殺してくれ。そうとまで、思う。
あづさは、くすり、と笑った。
「あら。私、言ったわよ。魔王様との約束が無くったって、まだ私、ここに居るつもりだって」
そしてギルヴァスの頬に触れると、慈しむように撫で……それから、ぴしゃり、と軽く叩いた。
「私がただの責任感で居残ると思ったの?分かってないわね!」
あづさは笑って、言うのだ。
「私だってここに居るのが楽しいから、ここに居たいの!」
そう言ってから、ふと、あづさは表情を寂しいものに変える。
「あっちのことは……まあ、終わっちゃってることだから。今から何かしたって、もう、間に合わないの。死んだ人は、生き返らせられない」
「……あづさ」
一瞬、あづさの目の奥に過ぎったどうしようもない悲しみと憎しみと怒り。それらを見て、ギルヴァスは、落ち着いた。
彼女もまた、気が狂いそうな感情の中で生きている。その事実が、ギルヴァスを冷静にさせた。
「だから、まあ……そうね。1年放っておいたって、大して変わんないわ。あと1年ならギリギリ、まだ卒業してないし。それに、勘なんだけど……ううん、こっちはいいわ」
あづさは諸々の感情を振り切るように首を振ってそう言うと、今度ははっきりと、ギルヴァスを見つめた。
「いつかは絶対に、帰るわよ。それは、絶対。……でも、今はいいわ。だってここには、あなたが居るもの」
あづさの言葉は絶望的で、それと同時に、魅力的であった。
絶望と希望を同時に与えられて、ギルヴァスはただ、どうしようもなく感情を動かされる。
「……その『いつか』に、俺が帰したくないと言い出したら、どうする」
「あら。その時はオデッティアもラガルも、ラギトとファラーシアも、なんなら魔王様まで焚きつけて、あなたを一発ぶん殴ってやるわ。全員揃えばまあ、何とかなるでしょ」
だが、帰ってきた答えとあづさの笑顔に、ギルヴァスはぽかんとするしかない。
「だからあなたは心配しなくていいわ。あなたが我儘言う分、私も我儘言うし、あなたが私の意思に反することしようとしたって私、それを振り切って帰るぐらいのことはできるもの」
「君は……本当に、驚かせてくれるなあ……」
「あらそう?あなたも結構びっくりさせてくれるけど」
ギルヴァスはがしがしと頭を掻きつつ、椅子の背もたれに体重を預けてぐったりとする。
憑き物が落ちたような気分だった。或いは、狂気に陥りかけていたところで我に返ったと言うべきか。
……結局はこれも、問題を先送りにしているだけに過ぎない。しかし今は、これが正解なのだろう。
「まあ……その、何だ。俺が冷静じゃなくなったら、ひっぱたいてくれ」
「ええ。お望みなら鞭でやってあげるわ」
あづさのぶれない回答に、ギルヴァスは苦笑いする。
……彼女が強いから、多少、自分が冷静さを欠いても大丈夫だ。そう思えば、気が楽になる。
「ならその時は、よろしく頼む」
「えっ本気?鞭で?鞭でひっぱたかれたいの!?」
「まあ……俺が作った武器だからなあ。うん」
「自分で作った武器の威力を味わいたいってこと!?大丈夫!?ねえちょっと!私、さっきのあなたの発言よりこっちの発言の方が気が狂ってる気がするんだけど!」
「ははは」
「ギールーヴァースー!」
自分の肩を掴んで揺さぶるあづさを眺めつつ、ギルヴァスは安堵のため息を吐いた。
また救われた、と。そう思いつつ。




