13話
翌日、ラギトは宣言通り、あづさの為に衣類を大量に持ってきた。そしてあづさが昨日、ラギトに譲られた『友好の証』を着ているのを見てラギトは大層上機嫌になる。
あづさも喜んでこれを迎え、ひとまず当面の衣類を確保できたのだが。
「あ、そういやあよォ。昨日教えて貰った奴。アラクネ達に教えてきたぜ」
ラギトが自慢げにそう話し始めるのを聞いて、あづさも少々、そちらの状況が気になった。
「ああ、襲ね?……どうだった?」
あづさが尋ねると……ラギトはニヤリと笑って胸を張る。
「大!好!評!だったぜ!」
「あら、それは良かった」
あづさの功績というわけでもないが、ラギトが高評価を得られたことを嬉しく思う。特に、自慢げに、かつ嬉しそうにしている目の前のハーピィを見ていると。
「あなたの株も上がっちゃうかもね」
「蕪?」
「評価上がっちゃうかもね、ってことよ」
あづさが言葉の説明をしてやると、ラギトはそうなんだよなァ、などと言って喜んでいる。
その一方でギルヴァスは『異世界では蕪を収穫することが評価に繋がるのだろうか』などと考えていたが。
「で、早速、あいつら1着作ったんだ。それも入ってるから、見てみろよ。結構綺麗だぜ?」
ラギトに促されて、あづさは届けられた衣類の包みを開いて中を見る。
すると、そのドレスはすぐに見つかった。
「あら……これ?わあ、綺麗ね……」
そのドレスは空色の布でできていて、スカートの部分に白や薄緑の布が重ねてある。裾が揺れる度、色合いが変わって見えるのがなんとも美しかった。
「な?な?いいだろ?風と空と雲の色だ!」
「本当に綺麗。布も軽くって、本当に風みたい」
ドレスの美しさもさることながら、これを一夜で仕上げたアラクネ達の腕の良さが垣間見える。その技術の素晴らしさに、あづさは感嘆のため息を吐いた。
「いいわね、こういう産業技術があるって……」
「あー、テメーらんとこ、できるものっつったら四天王サマ自ら磨いた宝石っくらいだもんなァ?その点風の四天王領はいいぜ?服を作らせたら、織姫隊は魔王軍一だ!それに、花蜜隊が作る菓子は甘くって美味いし。そして俺達風鳥隊は速い!」
最後の奴だけ何も作ってないわよ、と思ったあづさだったが、そこは黙っておくとして……ふと、思う。
「そうね。地の四天王領でも、そういう産業があればいいんだけど……」
すると、ラギトは不思議そうに呟いた。
「っていうかよォ。テメーら、なんでこんなに貧乏してンだ?元々はもうちょっとマシな暮らししてたんじゃねえのか?」
「それは……」
あづさは言葉に詰まる。
それはギルヴァスから聞いていない。
……何かあったのだろう、ということは、分かる。だが、それまでだ。
「あいつから何も聞いてねえのかよ」
「そうね。話したくないみたい」
「へー」
ラギトは首を傾げて、言う。
「俺なら悪いことしてなきゃ、全部洗いざらいぶち撒けちまうけどなァ。だってあづさは異世界人だろ?事情全部教えときゃあ、上手いことやりそうじゃねえか。ま、四天王サマの考えることなんざ、分かんねえけど」
「……悪いことしてなきゃ、ね……」
あづさは、考える。
ギルヴァスが話したがらないのは、『悪いことをした』からなのだろうか。
確かに、ギルヴァスの性質を見ていると、大人しく、優しく、穏やかで……悪く言えば頼りなく、暗く、あまりにも覇気がない。まるで、罪を犯して投獄されて、牢の中で反省し続ける罪人のように。
……だが。ラギトと戦う前に、ギルヴァスが零した言葉は……『悔しいに決まっている』という言葉は。
決して、贖罪に尽くす罪人のそれではなく……。
無実の罪に囚われて地底で復讐を誓う、復讐者のそれではなかっただろうか。
「ん?やっぱあいつ、悪いことしたのか!」
「だから知らないっつってんでしょ!」
あづさはラギトの額をぱし、と爪で軽く弾いて、ラギトに「今の何だ!?魔法攻撃か!?でこぴん!?なんだそれ!?」とギャアギャア驚かれつつ……思うのだ。
私が元の世界に帰った後、ギルヴァスはどうなるのだろうか、と。
ラギトが「でこぴん面白え!流行らせる!」と元気に帰っていったのを見送って、あづさとギルヴァスはため息を吐いた。ラギトが居なくなると、いきなり城内が静かになる。するとほっとするような、寂しいような、疲れたような、そんな気分になるのだ。
「しかし、良かったのか」
「何が?」
そして唐突にそう言ったギルヴァスに問い返して、あづさは首を傾げる。
「俺に鉱山の呪いの正体を教えてくれたこともそうだが、ラギトに何か、教えたんだろう?恐らく、そのドレスについて、なんだろうが……」
ギルヴァスは、あづさが手にしたドレスを見て、心配そうな顔をする。
「異世界の貴重な知識を与えてしまっても、良かったのか?」
ギルヴァスの懸念は、尤もだ。知識は取引の材料にできる。特に、この世界のものとは違う、異世界人の知識なら。
だが、あづさは笑って首を振った。
「ええ。いいの。あなたに教えるのは私のためでもあるし、ラギトに教えたのは芸術の話でしかないし。今のところ、私達が服飾の知識を持っていても役立てることはできないしね」
「それはそうだが……」
「それに、ラギトがアラクネさん達の評価を得られるなら、いいことだわ」
尚も心配そうな顔をするギルヴァスに、あづさはニヤリと笑って、言った。
「だってそうでしょう?あなたと繋がりの強い人物が他所の団で強い権力握ってた方が、いいじゃない?」
あづさの言葉に、ギルヴァスは目を瞠った。
「それは……」
「もし、私が魔王様に上手く気に入ってもらえて、元の世界に帰れることになったとしても……まあ、ラギトも居れば、前よりはマシな環境になるんじゃない?」
何も言えないままのギルヴァスを見上げて、あづさは笑いかけた。
「どうせすぐにお別れかもしれないけど。でも、できることはやってからお別れしたいの」
その日の夕方、あづさとギルヴァスは地の四天王領を飛び立った。
向かう先は、魔物の国の中心……魔王城である。
ギルヴァスの背の上で、あづさは眼下に流れていく景色を眺めて、不思議な気分になった。
……ギルヴァスは、言っていた。『もし話が上手くまとまっても、今日すぐに帰れるわけではないだろう』と。その間は地の四天王領での保護が続くわけだが……。
ぼんやりと、あづさは思う。
絶対に、元の世界には戻らなくてはならない。だが……できれば、もうしばらくの間だけでも、ここに居たい。
そう思う理由は、あづさ自身にも、よく分からなかったが。
『異世界人だとすぐに分かったほうが良い』ということで再び着替えたセーラー服の裾が、強く風になびいた。
やがて、ギルヴァスは魔王城前の、少し開けた場所に着地する。
「……ここが、魔王城……」
目の前に聳える城を見て、あづさは驚く。
地の四天王城と比べると、地の四天王城が物置小屋に見える。それほどまでに、魔王城は大きい。そして……何か、恐怖のようなものを感じるのだ。
「まあ、魔王様の居城だからな。結界も何重にも張ってある。重圧を感じるのも無理はない」
ぶるり、と肩を震わせたあづさを気遣うようにギルヴァスはそう言って、一歩、魔王城へと踏み出した。
あづさも意を決すると、ギルヴァスに続いて魔王城へと近づいていく。
「止まれ!」
門の前で、2人は声を掛けられる。
声を掛けてきたのは衛兵らしい2体の魔物……リザードマン、というのだろうか。鎧兜と槍で武装した二足歩行のトカゲめいた魔物が、あづさを見下ろし、ギルヴァスを見上げていた。
「ここは魔王城。魔王様のおわす城に、何の用だ」
リザードマンの1人がぎろりと睨みつけてくるのをあづさは睨み返し、そしてギルヴァスは1歩進み出てリザードマン達を見下ろす。
「地の四天王、ギルヴァス・エルゼン。魔王様にお目通りしたい。取り次いでくれ」
リザードマンは訝しげに目を細めて、ギルヴァスを見上げる。
「地の四天王、だと?……話に聞いたことはあったが」
そして、リザードマンは値踏みするように、ギルヴァスを眺め回し……細い舌を口の隙間からシュルシュルと覗かせながら、嘲笑う。
「そんな奴が今更、何をしに来た?」
ギルヴァスは苦い顔をしたが、退くことはなく、リザードマンを見返す。
「それは魔王様に直接申し上げる」
リザードマンとギルヴァスは、しばし、視線を逸らさないままに見合った。
リザードマンの爬虫類めいた黄緑の目が、ギルヴァスの琥珀の目に射抜かれて、動かせなくなる。
……そして、リザードマンは、ふと、ギルヴァスから目をそらした。
「……貴様が四天王の名を持っていなかったなら、通しなどしない。忘れるな」
「ああ。ありがとう」
ギルヴァスが礼を言うとリザードマン達は只々渋い顔をしていたが、ひとまず、2人を通すことにしたらしい。リザードマンの1体が伝令の役らしいガーゴイルに何事か伝えると、リザードマン2体は門の両脇に退いて、2人を通した。
「竜の、魔王軍の恥晒しめ」
後ろから聞こえた言葉も、ギルヴァスは聞こえないふりをした。
「さあ、行こう、あづさ」
「え、ええ……」
あづさは困惑しながらも、しかし、何も聞かずに、ギルヴァスの後を追うのだった。




