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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
四章:無謀に鬼謀、謀れよ乙女
129/161

129話

 その日はミラリアとルカも湖の城に戻ることなく、地の四天王城に宿泊することになった。

 ルカは戦力として大切な役割であるし、ミラリアには『マリー』を演じていた。よって、特にミラリアについては、できるだけ人間の傍にいるべきであろうと判断されたのである。

 ……そしてその成果は、夕食の席で出た。

「あの、食事の準備ができました。召し上がりますか?こちらで、ということならお部屋まで運びますが」

 ミラリアが客室を周って人間達にそう呼びかけると、彼らは戸惑いながらも、ミラリアの言葉に頷いて、ミラリアの後についてきたのである。

 そうして、ミラリアが食堂へ向かう時には、そこには既にすべての傭兵達がぞろぞろとついてきている状態になっていた。

 これを見て喜んだのは、ギルヴァスである。何せ、嘘に嘘を重ねただけでなく、そもそも彼らは魔物である。そんなギルヴァス達と食事の席を共にしようと、人間達がやってきた。これを喜ばないわけがない。

「沢山食べていってくれ。大したものは用意できなかったが、地の四天王領で採れた作物で作った食事だ。栄養と素材の味は保障する」

 卓の上に並べられているのは、ごろごろと無骨な切り方をされた野菜が沢山入ったシチューや、小麦の香ばしい香りが漂うパン。そして山鳥に塩と香辛料を振りかけてこんがりと焼き上げただけのものや、時間こそかけられたものの手間はほとんど掛けられていない肉の煮込みなど。

 素朴で気取ったところのない、無骨な食事であったが、それを気にする傭兵達ではない。

 彼らは恐る恐る、そして次第に元気よく、食事を平らげていくようになった。

「お口に合いますか?」

「ああ、勿論だよ!これもマリー様……いや、ミラリアさんが作ったのかい?」

 ミラリアが傭兵の1人に声をかけると、彼は快活な笑みを浮かべてミラリアにそう、言葉を返す。

「はい。こちらのパンとジャムを用意させていただいたのは私です」

「そうか。いや、美味いよ。これなら王都に店を出しても客が入るだろうな!」

 傭兵はそう言ってまた笑う。ミラリアはそれに微笑み返しながら、彼らが以前と変わらず接しようとしてくれていることを喜ばしく思う。

 ……勿論、全ての人間達がそう割り切れたわけではないようだった。ミラリアを警戒する者もあったし、少々怯えた様子の者も居た。だが、今、ここに来て席に着き、共に食事を摂っているという事実は変わらない。

「……ああ、嬉しい」

 ミラリアはそう呟いて、笑う。

「魔物が作った食事なんて、と言われることを覚悟していたんです。でも、皆さん、召し上がってくださって……少しばかりでも、信用していただけているのだと思うと、嬉しくて」

「まあ……もう、食っちまってるしなあ」

「人間でも魔物でも、美人の姉ちゃんが作った飯なら食わなきゃ男が廃るってもんよ!がはは」

 ここに居る傭兵達は、『詳細は明かせないが危険な旅になる』という条件だけ提示して雇われた者達だ。つまり、一般的な人間と比べて幾分豪胆で命知らずなのである。

 そんな彼らだからこそ、ミラリアをはじめとした魔物達のことを受け入れることに決めたのだろう。


「……シャナンさん。大丈夫?」

 一方、傭兵達の中に混じって、シャナンは幾分顔色が悪い。思いつめた表情といい、あまり進んでいない食事の様子といい、どうにも心配になる。

「え?ええ……大丈夫です。いや、申し訳ない。心配をかけてしまいましたか」

「そりゃあね。私のせいであなたを不安にしてるっていう自覚はあるわ」

 シャナンの取り繕うような言葉にはっきりと返して、あづさは苦笑する。

「まさか、何から何まで全部嘘だとは思わなかったでしょ」

「……まあ、そうですね。あなた達に何かある、とは思っていましたが、まさかこういう方向だとは」

 シャナンもまた、苦笑してそう言うと、気を取り直すようにシチューを口に運んだ。

「僕はてっきり、あなた達の後ろに居るであろう連中が黒幕なのだと思っていましたよ。そう。あなた達を記憶喪失にしたという、貴族の誰かが、ね」

「ああ……そういうこと、言ったわね。ごめんなさい。本当に」

「ここまで来ると怒る気にもなりませんよ。大体、可愛らしい女性を前に怒りなんて湧いてこない」

 シャナンはそう言うと、ふと、食器を置いて、何かを口籠る。

 あづさはその言葉がシャナンから出てくるのを慎重に待ち……やがてシャナンが自ら口を開いてそれを言うのを、聞いた。

「……ただ嘘を明かされただけでは、信じる気にはならなかったでしょう。申し訳ないが」

「当然だと思うわ。むしろ、なんで今、あなたがこうやって一緒に食卓を囲んでくれてるのか分からないくらいなんだけれど」

 あづさはシャナンの言葉を聞いて、むしろほっとする。

 相手が自分達を警戒し、疑っている分にはそれほど緊張する必要が無い。要は、誤解を解けるように努力するだけなのだから。……だが、相手が警戒もせずいきなり懐に飛び込んできたならば、それは当然、罠を疑う。警戒する。……だからこそ、シャナンの告白は、あづさに安堵をもたらした。

「やっぱり、お姉様が居たから?」

 少々の軽口を叩くつもりでそう言えば、シャナンはにっこりと笑って頷いた。

「そうですね。1つにはマリー嬢……いえ、ミラリア嬢です。やはり僕の気持ちは彼女にある。まだ、どうしていいのか分からない状態ではありますが……逆に、彼女への愛が尽きてしまったのならば、こんな風には悩まないでしょうから。だから、それこそが答えなのです。彼女と共に居たい、という、それだけの」

 どうやらシャナンは悩んだ末にそう、結論を出したらしかった。それでも悩みを完全に振り切ることができていないあたりが、何とも良い意味で人間らしい。


「そして、まあ……現実的でつまらないことを言いますが、2つ目は、フォグですね」

「ああ、私を刺しに来たから、よね」

 あづさが確認すると、シャナンは大きく頷いた。

「はい。王族の懐刀が、勇者を殺そうとした。それも、魔物との和解を受け入れようとした勇者を、です。……皮肉なものですが、それこそが、あなた達の話の裏付けになった」

 ……ギルヴァスの話した内容、即ち、『人間の王は魔物との和平を望まないあまりに先代勇者を殺した』という内容は、正に、フォグの行動によって裏付けられた。ダニエラの指示を受けたのであろう彼があづさを殺そうとしたのなら、それこそが、王家の裏切りなのである。

「それに、フォグに襲われたあなた達の行動はしっちゃかめっちゃかでした。仕組んで行ったとも、思えませんでした」

「ああ……そうね……しっちゃかめっちゃかだったわね、ほんとに……」

 くすくすと笑うシャナンを前に、あづさは気まずく思いつつ、噛みしめるように呟いた。


「これでも、僕は商人です。人を見る目に自信はある。今のあなた達からは嘘が感じられない」

 シャナンが事も無げにそう言うのを聞いて、あづさはふと、悪戯めいた笑みを浮かべた。

「つまり、ちょっと前の私達からは嘘が感じられた、っていうことね?」

「ええ、そうです」

 そして、シャナンはまたも事も無げにそう答える。

「……まあ、嘘の内容は記憶喪失に関わることだと思っていたので、見当は外れましたね。イーダ家と競合するどこかの商家の手の者かと考えたり、実は記憶があって、その上で勇者であることを黙っているために嘘を吐いているのかと思ったり。或いは、魔物との混血なのかとも疑いました。……人間の国に住む魔物との混血の者が人間に虐げられ、人間を憎み、人間に仇為そうとする、ということは、まあ、往々にしてあることですから。そういった組織が秘密裏に存在していて、あなた達はそこからの刺客なのかな、と」

「……あなた、よく私達と一緒に居る気になったわね」

「ええ、まあ、どんな場合においても、僕の命や僕の地位が目的だろうと思っていたので……」

「それ、答えになってないわよ。余計に駄目じゃない」

 あづさが苦笑すると、シャナンもまた苦笑しつつ、ふと、視線をミラリアへ向けた。

「……自分の身を滅ぼすだけなら、少々危険な恋に賭けてみてもいいかな、と」


 シャナンはしばらく、ミラリアを見つめていた。ミラリアは傭兵達に話しかけ、微笑み、そしてシャナンの視線に気づくと少々気まずげに笑い返す。

 それを見て、シャナンはまた嬉しそうに笑う。どうやら、相当にミラリアに惚れこんでしまっているようだ。

「本当にミラリアのこと、好きなのね。自分の身を滅ぼしかねないのに」

 あづさがそう言うと、シャナンは苦笑を浮かべた。

「自分以外のものを賭ける必要があったならもっと躊躇しましたし、ここに居なかったかもしれない。ああ、だから、ここから先に進むのはどうか、とは迷っていますよ」

 冷静な言葉だった。恋に浮かれる気持ちはありつつも、他者を……人間の国を自分の私情に巻き込むことは、躊躇している。

 要は、絆されていることを自覚し、認め、恋に溺れる覚悟もしてはいるが、それとは別に、自分が原因となって他者に迷惑をかけることはできない、と。

「だがやはり、勇者イーダのお導きだったのかな。あの日、あなた達と宝石店で出会ったのは運命だった。そんな気がしていますよ」

「そう?」

「ええ」

 だがシャナンは、卓の上にあった瑞々しい果物の中から葡萄の実を摘まみつつ、笑う。

「巻き込まれてよかった。自分が判断を下せる立場でよかった。そう、思っています」




 夕食が終わってすぐ、ギルヴァスはまた、風呂の支度をしたり、安眠に良い茶を用意したり、と、四天王自らやるべきことではないようなことまで、甲斐甲斐しく働いていた。

 ギルヴァスが言っていた通り、『浮かれている』のだろう。

 そんなギルヴァスだったが、仕事の1つはあづさに頼んできた。あづさはそれを喜んで了承し……今、地下へ向かっている。

 あづさに割り振られた仕事。それは、フォグへ食事を運ぶことだった。


 そこは、地下牢、とは言っても、牢らしくは無い。ごく普通の、少々こざっぱりとした客室、というような部屋であった。

 ベッドはふわふわと温かく、こうして食事も出る。放火や自殺を防ぐため、暖炉は無いが、隣の部屋からパイプを通じて暖かい空気が入り込むようになっている他、ナイトメアの抜け毛やカーバンクルの抜け毛を織り込んだカーペットはほんわりと勝手に温もり、さながらホットカーペットのようになっている。

 要は、それなりに快適な部屋、なのである。

「ご飯よ。食べるでしょ?」

 特に前置きもなくそう言って部屋に入ったあづさは、そこで海竜隊の兵士3名とルカとに見張られているフォグに、にっこりと笑いかけた。

 フォグはあづさの登場に少々、驚いたらしかった。何せ、自分が殺そうとした相手が直々に、地下まで食事を運びに来たのだから。

「はい、ご飯。……って、言われても、それじゃ食べられないわね」

 あづさはフォグの前に食事の盆を置きつつも、フォグの様子を見て表情を曇らせた。

 ……フォグの腕は、後ろ手に枷で拘束してある。更に、脚も揃えて固定してあるため、身動きするにも不自由な状態である。

「なら枷を外せ」

「うーん、それで逃げなきゃいいんだけど」

 あづさは少し悩んだ末、ぱっと表情を明るくして、言った。

「そうだ!だったら、私が食べさせてあげればいいわよね!」




「はい、あーん」

 あづさがシチューをスプーンですくってフォグの口元に運ぶと、フォグは口を噤んで顔を背けた。

「食べないの?」

 あづさが問いかけても、フォグは答えない。少々じっとりとした視線を返してくるのみである。

「……あ、もしかして恥ずかしい?」

 少々揶揄うような声であづさが尋ねると、フォグは今度こそ、顔を背けてしまった。

「まあ、そうよね。……じゃあ、悪いけれど、皆ちょっと席を外してくれるかしら?ついでにあなた達もご飯食べてくればいいわ。ミラリアが皆の分、取っておいてくれてるから」

 なのであづさは、海竜隊の兵士達とルカに向かってそう言う。

「……危険だと思うが」

「手も足も縛ってあるんだから大丈夫でしょ。それとも、皆で囲みながら、手の拘束を解いたフォグさんが食事するの、見守ってる?それはそれで危険でしょ」

 あづさはそう言いつつ、ルカだけに見えるように、ウインクをしてみせた。

 要は、策ならある、と。

「……分かった。俺は部屋の外に居る」

 するとルカは、ため息交じりにそう言って槍を持ち直す。

「え?ご飯は?」

「落ち着いて食べられる気がしない。後にする」

「あら、そう。ならお願いするわ」

 あづさは笑って彼らの退室を見送り、そして扉が閉まってしまったのを確認すると……改めて、フォグに向き合った。

「さて。これで落ち着いてご飯にできるわね」


「……正気か?」

「何が?」

 シチューをスプーンでまた掬おうとし始めたあづさを見て、フォグは『理解できない』というような顔をする。

「自分を殺そうとした者と2人きりになる、ということに、危機感は無いのか」

「無いわけじゃないわよ。だから対策もしてきたし。ああ、あなたは気にしなくていいわ。あなたが何もしなければ、私だって何もしないから」

 あづさはそう言いつつ、はい、と、フォグの目の前にシチューを掬ったスプーンを突き出す。

「食べない理由は無いわよね?ああ、毒見が必要?なら先に私が食べましょうか?スプーンこれしか持ってきてないから間接キスになっちゃうけど、そういうの気にしないならやってもいいわよ?」

 あづさが笑顔でそう言ってやれば、フォグは非常に嫌そうな顔をしながら、しかし、結局ここで折れざるを得ないと判断したのだろう。ため息を吐き出して、大人しく口を開いた。

 そこへスプーンを突っ込みながら、あづさは内心で『あ、これちょっと楽しいかも』などと思っていたが、それを口に出すことはせず、しかし表情は満面の笑みのまま、しばらく、フォグの口に食事を運ぶ役割を続けたのだった。


「ねえ。あなたの本当の名前、教えて?」

 そしてフォグの口に焼いた鶏肉を入れてやった直後、あづさはそう、問う。

 途端、フォグはぎょっとしたような顔をしたが、一秒後には少々不機嫌そうな、冷静な表情に戻っていた。

「ね。あなた『フォグ』って、偽名でしょ」

「……どうしてそう思う」

 鶏肉を咀嚼して嚥下し終えたフォグがそう問い返せば、あづさは笑って肩を竦める。

「何となく。ああ、私もレイス、なんて偽名使ってたからかもね」

 あづさはそう言いつつ、今度はパンを一口大に千切ったものに柔らかなバターをつけて、フォグの口の前に運んだ。するとフォグはもう慣れてしまったらしく、自ら口を開いてさっさとパンに食らいつく。

 そしてあづさが次の一口を準備する間にパンを嚥下し終えると、感情を窺わせない声であづさに言う。

「もっと他に、先に聞くべきことがあるだろう」

「あらごめんなさい。私が最初に聞きたかったの、これなの」

 だがあづさの調子は変わらない。

『他に聞きたいこと』は確かに、いくらでもある。

 ダニエラに何を命じられていたのか。ダニエラの真の目的は何か。王とダニエラの力関係は。人間の国は何を目指しているのか。……考えればいくらでも出てくる。

 だが、それらは『今』聞くべきことではない。

 あづさの今の目的は……言ってしまえば、フォグを絆すことである。

 望みはあるはずだ。

 だって彼は、あづさを刺す時、確かに、迷うように、表情を歪めていたのだから。


 あづさが肉の煮込みを一口大にスプーンで解していると、唐突に、フォグは口を開いた。

「クレイヴ」

 あづさは目を瞬かせるばかりで、咄嗟に何も言葉を発せなかった。

「名前だ。俺の」

「……そう」

 それからようやく、あづさは発された言葉を噛みしめて、意味を理解して、湧き上がる喜びを感じて、そして満面の笑みを浮かべた。

「改めて。私、降矢あづさよ。よろしく。ねえ、クレイヴ。ここに来る途中で私が言ったこと、覚えてる?」

 改めての自己紹介の後、少々急くように続いた言葉にクレイヴは一瞬眉を顰め……それから、思い当たったのか、はっとした様子を見せた。

 だが彼が何か言う前に、あづさは改めて、口にするのだ。

「私と来る気はない?ねえ。私、本気よ?」

 謀反の誘いを。


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