119話
傭兵達が思い思いに武具をとれば、城の武具庫は随分と寂しくなった。
案内係は青ざめていたが、元々王との約束である。そして王が約束した相手があづさであった時点で、これは既に決まった運命であった。
「綺麗なモンがいっぱいある!すげえ!」
「あなたが使うものならなんでももらえるみたいだけれど?」
「でも別に俺、武器要らねえ!」
ラギトは綺麗だ綺麗だと言いながら腕をばたばたさせつつ、武具庫の煌びやかな武具を眺めて喜んでいた。
「フォグさんは?」
「既に持っている」
「あらそう。じゃあ必要ないってことね?」
フォグとの会話は相変わらずの一方通行気味であるが、それでも多少なりとも意思の疎通ができているのだ。あづさは、今はこれで十分よ、と満足する。
「お姉様は?」
「私はこれを頂いていこうと思って」
ミラリアが手にしていたのは、錫杖であった。魔法の力を持った杖である、ということはあづさの目にも分かった。
「似合うわ、お姉様」
「そうかしら。……レイス。あなたは?」
「私?私はね……」
あづさはミラリアと一緒に武具庫を見回す。だが、あづさが欲しいと思えるような武器はない。
そもそもあづさは地の四天王城を出てくる時、ギルヴァスから鞭とナイフを作ってもらってきているのだ。これ以上、特に使いたいと思う武器は無い。
「……勇者だっていうんなら、剣とか、装備した方がいいのかしら?」
あづさは試しにそのあたりにあった剣を持ち上げてみる。だが、あづさの手にそれは少々重すぎて、到底振り回すことはできなさそうだった。
まあそうよね、とあづさは笑う。あづさが剣を扱えるなら、ギルヴァスがきっともう、あづさのための剣を作っているだろう。ギルヴァスが作っていないということは、あづさには向いていない、ということなのだ。
「傭兵達の武器選びは終了しました。皆、良い品を手に入れましたよ」
そんなあづさとミラリアに、シャナンが声をかける。
「ありがとう、シャナンさん。あなたの目利きのおかげだわ」
シャナンは先ほどまで、傭兵達に武器や防具を見繕っていた。商人として多少、武具の取り扱いもしている彼は、こういったものの目利きもできるらしい。つまり、たった今、王城の武具庫からは質のいい武具が30組程消えた、ということになる。
「しかし、良かったのでしょうか……いや、王から申し出られたことですから、いいのでしょうが……」
「まあ、30人分は流石に想定してなかったかもしれないわね。でも大丈夫よ。きっと」
何とも無責任な言葉を晴れ晴れと言い放ちつつ、あづさは……ふと、武具庫の一角に目を止めた。
それは、傭兵達が持っていく前には数々鎧の陰になっていた部分の壁である。鎧が持ち出されたことによって、その壁が初めて見えるようになったのだ。
……あづさは、その壁に何やら、奇妙な模様が描いてあるのを見つけた。それは、クエリアの町でシャナンに解説してもらった、『石を砕いて絵具にして描く魔法の模様』によく似ている。
壁の下の方、壁の他の模様に紛れ込ませるようにして描かれてはいたが、魔法の気配がするのだ、あづさにはそれが見えた。
あづさは少し気になって、模様のあたりの壁を調べてみた。
壁に触れ、漆喰で塗られた壁のひんやりとした感触を味わいながら、模様をよく見る。あづさはそうして、何かあるであろう壁をじっと見ていたが……ふと、壁の一部に触れた時、左の二の腕が熱くなった。
熱の原因はすぐに分かる。ギルヴァスの腕輪だ。
あづさは少し考えると、襟の中からペンダントを引っ張り出す。それはペンダントに加工してもらった、琥珀の玉だ。
触れていた壁に琥珀の玉を近づけると、す、と壁が消えてしまった。するとそこに現れたのは……扉である。
……あづさは迷うことなく、その扉に手を掛ける。
「おい」
フォグが焦ったようにあづさに声を掛けたが、あづさはそれより早く、扉の取っ手を引いた。
「すげー!さっきのより綺麗だ!すげえ!すげえ!」
……あづさが開いてしまった扉の先には、もう1つ、武具庫があったのである。それも、明らかにあづさ達が案内された武具庫よりも質の良い武具を納めた武具庫が。
「こっちも見ていいのか!?いいんだよなァ!?」
ラギトが興奮気味にあづさにそう問うのを聞いて、あづさはちら、とフォグの方を見た。
フォグはあづさから目を逸らして頭の痛そうな顔をしていたが、特に何も言ってこない。
なのであづさは、ラギトににっこり笑って言った。
「ええ。いいと思うわ!だって王様は武具庫の中身は自由に持ち出せ、って仰ったもの!」
勇者レイス・アイリスとその仲間達30名超は、翌朝、旅立っていった。
その様子を見送ったアーリエス4世は、一気に老け込んだような顔で深々とため息を吐く。
仲間を用意するとしても数名だろうと思っていたら30名超の傭兵を連れてこられ、武具庫は自由にしていいと言ったら隠しの武具庫まで開けられて諸々を持っていかれた。
嵐のような一団であった。アーリエス4世にはあづさが、いっそ疫病神か何かだったのではないかとさえ思える。
「疲れましたか、レジエ」
アーリエス4世がはっとして顔を上げると、そこには美しい女が居た。
「ダニエラ様」
ダニエラは優美に微笑んで、アーリエス4世の肩に労し気に触れた。
「王としての務めとはいえ、大変でしたね。まさか、魔王が復活し、攻めてくるとは」
そう言われ、アーリエス4世は少々戸惑いつつも、苦笑を浮かべて答えた。
「ええ。しかも、勇者は記憶を失っている。魔王が来たほどなのだから勇者であることは間違いないのだろうが……それにしても、対応に困らされる連中でした」
「そうでしょうね。ご苦労様でした。せめて今宵はゆっくりとお休みなさい」
「はい」
……2人の会話は、少々他人行儀である。それもそのはず、ダニエラが先王の妃であると言っても、レジエ・アーリエス4世との血の繋がりは無い。
アーリエス4世の母としては少々若すぎるほどのダニエラは、先王が王位を退く、という頃になって急にふらりと現れ、引退する王の余生を慰めるために妃になった女である。
当然、王家に入る時にはきっちりと調べ上げられたが、ダニエラの出自はどう調べてみても潔白の一言。尊い血を引き、よい家柄の出であるダニエラは、先王の溺愛ぶりもあり、すんなりと王家の一員となったのである。
それ故に、アーリエス4世はこのダニエラという女に対して、少々の警戒心を持っていた。
……だがそれも、じきに消えた。警戒心を上回るほどに、ダニエラは魅惑的だったのである。
ダニエラは正妻ではないにせよ、父の妻となった身である。それも、アーリエス4世の亡き母に代わって老いていくだけの父を愛し世話をするという、まだ若さを保つダニエラを押し込めるには少々申し訳ない身分に収まった女だ。アーリエス4世は彼女に対して、敵意は持ち続けてはいられなかった。
……そしてダニエラはよく働いた。特に、要人の接待を彼女に任せて失敗したことが無い。気難しい貴族もダニエラが微笑み会話をすれば、たちまち笑顔で権利を譲る。そして悪事を企む者の心を見抜くのも、ダニエラが得意とする技の1つだった。
国には無くてはならない存在。そして、アーリエス4世を血の繋がらない子として愛し、気遣う健気な存在。そして、高貴で賢く、優しく魅力的な、1人の女。
国王としても、父の妻としても、そして個人としても、アーリエス4世はダニエラを好意的に思っている。
「魔王は恐ろしい存在です。しかし、神は我らを守っておいでです。……人間の王としての責任は重いでしょうが、決して挫けないで。私もついていますよ」
「ええ……ありがとうございます、ダニエラ様」
微笑むダニエラに笑い返して、アーリエス4世はまた決意を新たにする。
即ち、魔王を殺し、遥か昔魔物に奪われた大地を取り返して、人間の国の平和のために突き進もう、という決意を。
その夜、図らずもあづさ一行は野営することになってしまった。
理由は簡単、まず、王の用意した馬は大層よく走り、よく馬車を牽いたため、予想以上に進めてしまった。そのためあづさ達は大きな町を1つ通り越して、次の小さな町で一泊することに急遽予定を変更したのである。
だが、夜になってから到着したその小さな町には、この人数を収容できる宿が無かった。至極単純な理由である。
……ということで、町の外れで野営、というよく分からない状況になってしまった一行だったが、わいわいと賑やかで楽し気な雰囲気であった。
「マリー様!肉焼けました!どうぞ!」
「馬鹿野郎、マリー様は俺達とは違うんだ!そんな野蛮なもの、お口になさらないだろ!マリー様!ほら!こっちでスープが煮えてますよ!こちらを召し上がっては?」
「レイス様、果物をとってきましたが食ってみませんか?これがなかなかいけるんですよ!」
「あ、ちょっと!レイス様は今、アタシが取ってきた木の実を召し上がってるんだ!急かすんじゃないよ!」
……そう。主にあづさとミラリアの周りが、随分と賑やかだった。
賑やかしとなっているのは、傭兵達である。
「あ、ありがとう……どちらも頂きますね」
ミラリアが微笑むと、傭兵達から歓声が沸く。彼らはミラリアの誘惑にかけられ、あづさに言葉巧みに説得される過程で、すっかり2人の狂信者のようになっていた。
……美しい姉妹、それも運命に選ばれた勇者とその姉。何かと世間知らずな様子で守ってやりたいようにも思え、一方、守られるだけではない精神の強さが垣間見える。そんな2人であったので、傭兵達の受けが非常によかったのである。
また、あづさもミラリアも誰かの上に立つということを自然と受け入れられる性質であったので、誰かに雇われ仕える傭兵達とは殊更相性がよかったのかもしれない。
「美しさって罪だよなァー。分かるぜ分かるぜ」
のほほんとそう言うラギトに、ほんとにね、と内心で答えつつ、あづさは受け取った果物を口に運ぶ。
……ミラリアの誘惑は、効きすぎな程に良く効いている。これなら裏切られる心配もそうそうないだろうし、何より、自分に好意的な人物というものは扱いやすくて良い。
だが、こうまで熱烈に好かれてしまうと、いっそ申し訳ないような気持ちになる。こうしておいた方が都合がいいとはいえ、好意を只々受け取るということもまた、中々に疲れることだった。
……だが、ひとまず、あづさが口に運んだ果物は美味しかった。少々口元を緩めつつ、まあ、なるようにするしかないわよね、とあづさは一人思い直し、どっしりと構えていることに決めた。
自分達に好意的な人間が30人程度。皆、きっとあづさとミラリアを守ってくれるだろう。ここへは敵も入りにくい。入っていたとしても、動きにくいはずだ。そう考えれば、この傭兵達を雇ったのは大正解である。例え今、少々の気まずさに苛まれていたとしても。
……その上で、あづさは考えるのだ。
ひとまず、フォグをどうするか。それが目下の悩みである。




