11話
あづさが玉座の間に向かうと、そこには既にラギトが来て、絨毯の上に座っていた。
「いらっしゃい。お待たせしちゃったかしら?」
「おう!待っててやったぜ!しかしよお、女ってのはどんな種族でも異世界人でも、やっぱり羽繕いに時間が掛かるもんなんだなあ」
「私に羽は無いけどね」
ラギトの言う『羽繕い』は、要は『身支度』のような意味なのだろうな、とあづさは納得しつつ、ギルヴァスに向き直る。
「荷物の確認、終わったわ。役に立つかもしれないものもあったから、後で見て。……もう出発する?」
「ん?いや、もう少し休んでからでもいいだろう。いくらラギトが飛ぶことに長けたハーピィでも、連続して長距離を飛ぶのは辛いだろうし……」
「俺は何時でも構わねえよ。舐めんな。テメーとは違って、こちとら毎日鍛えてるからなァ!な、早く行こうぜ!」
よいしょ、と立ち上がったラギトを見て、それからギルヴァスは『そういうことらしい』という顔をあづさに向けた。
「分かったわ。じゃあ、もう出発しましょうか」
「おう!よし、宝石探しだ!」
バタバタと羽をはためかせるラギトを眺めつつ、あづさとギルヴァスも出発するべく移動し始めるのだった。
あづさはドラゴンに変じたギルヴァスに乗って、ラギトは自力で飛んで、それぞれに鉱山へと向かった。
ギルヴァスは森林地帯へ向かった時より幾分速度を落として飛んでいたが、それでもラギトは度々、速度を緩めるように怒鳴ってきた。ドラゴンとハーピィでは、やはりドラゴンの方が速いらしい。
……そうして鉱山に着いた時、ラギトはすっかり疲労していた。
「はー、あ、くっそ……テメー、引きこもってた割に、速い、じゃあねえかよォ……」
「すまん」
ラギトに嫉妬の視線を向けられて、ギルヴァスは申し訳なさそうに頭を掻く。
「でも、ラギト。ここまで来た甲斐はあったわよ」
座り込んで肩で息を吐くラギトに、あづさはにっこりと笑いかけて、足元の石を1つ、放った。
「……っと」
ラギトはそれを器用にも足で受け止め、しげしげと見つめ……驚いた。
「ってこれ、宝石じゃねえか!」
あづさが投げた、胡桃ほどの大きさの小石。そこには、米粒ほどの大きさの宝石がついていたのである。
「鉱山に入る前からこれよ?中にはどんなに宝石があるのかしらね?」
あづさがそう言って笑えば、ラギトは顔を輝かせ……勢いよく立ち上がった。
「よし!行くぞ!でけえ石を見つけて、今度こそあのババアに認めさせてやる!」
すっかり元気を取り戻した様子のラギトを見て……あづさとギルヴァスは、それぞれに思う。
『単純な奴』と。
鉱山の中に入ってすぐ、あづさは感嘆のため息を漏らした。
……そこに広がる景色は、あまりにも美しかったのだ。
鉱山は、その岩壁全体がぼんやりと光を放っていた。青から紫、或いは桃色に近い色合いの光を放つ岩壁は、これ自体が1つの宝石のように見える。
所々に一際強く輝く筋が走っていたり、金や銀に輝く金属光沢の筋が走っていたりしている。実際、この岩壁には宝石や金属が含まれているのだろう。
「ここの鉱山は、全体が1つの生き物のようなものなんだ」
「生きてるの!?」
「いや、例えだが。……まあ、こういう風に、岩の中には宝石や金属が混じっている。それが、大地の力によって徐々に表層へ滲み出て、結晶になるんだ。……こういう風に」
ギルヴァスが傍らの壁の割れ目に手を差し入れたかと思うと、その手には親指の爪2つ分ほどの宝石が握られていた。
「すげえ!」
それを見たラギトは顔を輝かせる。やはり光り物が好きらしい。
「ところでラギト、大丈夫?暗くない?見えてるかしら?」
「おう。見えてるぜ。ちょっと暗いけどな!移動する分には問題ねえよ。宝石があったら光るから見つけられるしよォ」
それはよかったわ、と言いつつ、あづさは思った。
ラギトは鳥頭な割に、鳥目ではないらしい。
「まだ潜るのかよ」
「ああ。浅い所にはあまり大きな結晶はできないんだ」
鉱山の中を、3人はゆっくりと進んでいく。あづさもなんとなく道を覚えつつ進んでいるが、どうやら、緩やかな螺旋階段のように、鉱山の中をくるくる回りながら、下へ下へと向かっているらしい。
「まあいいけどよォ……いいのか?テメーんとこの配下、俺を見てビビってやがるけどよォ」
そしてその道中、あづさ達は数度、魔物と遭遇している。
今、あづさ達の視線の先に居るのは……あづさの頭ほどの大きさの、半透明かつ少々不定形な生き物だった。ベールがふわふわ舞っているような、脚のない縦長のクラゲのような、そんな形をしてはいるのだが、時折手とも尾ともつかない何かが出たり消えたりしている。
「ゴースト。客人だ。そう怖がらなくてもいい」
ギルヴァスがそう声を掛けると、ゴースト、と呼ばれた魔物は、おずおずと、頭らしき部分を下げた。……一礼したらしい。
「よろしくね、ゴースト。私、降矢あづさよ。今、ギルヴァスの所でお世話になってるの。こっちは風の四天王団風鳥隊のラギト・レラ隊長。風の四天王の配下だけれど、友好関係にあるわ。あなた達を虐めたりはしないから、大丈夫」
あづさが説明すると、ゴーストはそれを聞いて……そっと、あづさに向けて、手なのか尾なのかよく分からないものを差し出してきた。恐らく握手なのだろうな、と感じたあづさは、差し出されたそれをそっと握ろうとし……すか、と、手がすり抜けたのに驚いた。そのまま握ったつもりで手を軽く上下させると、ゴーストもそれに合わせて体を動かしはしたが。
「も、もしかして実体が無いのかしら」
「そうだなあ。こいつらは見ての通り、実体が無い。壁も天井も薄ければ、ある程度はお構いなしだな」
あづさが見ている前で、ゴーストはぺこ、とまた一礼して、壁の中へ去っていった。……壁の中へ。
……どうやら、魔物も色々らしい。
それから、リビングロックなる魔物にも出会った。
ころん、と自力で転がる岩であった。あづさが掌に乗せると、その上でころころと軽く揺れた。戦力としてはあまり期待できそうにない。
だが、リビングロックはどうやら、面白い習性を持っているらしい。
……なんと、石自体は本体ではなく、あくまで石に取り付く思念のようなもの、らしいのだ。つまり、取り憑く先の石は自由、ということであり……。
「ああ、たまに宿を変えているぞ。魔力が増えてもっと大きな石がよくなったり、或いは今の宿より他に気に入った石があると引っ越すらしい」
「ファンタジーなヤドカリね……」
彼らは実体のないヤドカリのような魔物だったらしい。
続いて、ウィスプなる魔物にも出会った。
こちらもゴーストよろしく、実体がないらしい。人魂のような、宙に浮かぶ火の玉、といった印象の魔物である。
触れてみると実体は無いが、仄かに温かかった。また、光を放つので、道案内をさせるととても都合がいい。これはいいな、と、あづさは内心で思う。もし城で働きたいウィスプが居たら連れて帰りたい。
……そうして、3人は鉱山の中を進み……そこで、開けた場所に出た。
「……綺麗」
そこは、満点の星空のようだった。
鉱山内部にぽっかりと生まれた空間は、まるで壁や天井に星を撒いたかのように光り輝いている。水気が染み出して、岩壁全体がしっとりと濡れて、これがまた何とも神秘的で美しい。
雨上がりのプラネタリウムかのようなこの場所を、あづさは一目見て気に入った。
「ここが一応、鉱山の最深部だな」
ギルヴァスがそう案内しつつ、手近な岩壁の割れ目に手を差し入れ、そこに輝いていた宝石を取り出す。
「これくらいの大きさの石が採れる」
ギルヴァスの手に握られていた石は、ラギトが奪っていった石と同等の大きさをしている。
「すげえなあ!でかい!なあ、もっとでかいの、あるか?」
「それは探してみないことには分からんなあ……ああ、天井近くの割れ目は俺でも手が届かないから、もしかしたら良いのが見つかるかもしれない」
「成程な!そこで飛べる俺の出番って訳だ!」
「話が早くて助かる。採れたものは山分けでいいか?」
「おう!待ってろよ、すぐ採ってきてやる」
ラギトは意気揚々と飛び立って、天井付近の岩壁の近くにホバリングする。そしてじっくりと岩壁を観察し、そこに宝石を見つけると、足の鉤爪でそっと、傷つけないように宝石を取り出し、それを持ってあづさの元へと戻ってきた。
「早速見つけたぜ!ほらよ!持ってろ!」
ぽん、と放り投げられた石をあづさが受け止めてみると、それは胡桃ほどの大きさの宝石だった。母石なしで、この大きさの宝石である。あづさの世界だったら博物館に納められるような代物だ。やはり異世界というものは、一味違う。
それからもラギトは上空の宝石を採ってはあづさに渡し、その一方であづさとギルヴァスは手の届く範囲で、宝石を探すことになった。
ギルヴァスは体躯も大きく、ラギトほどではないが、それなりの高さまで手が届く。だがあづさは日本人女子の平均的な身長でしかない。そうなると、自然と役割は分担され……あづさは床や床付近の壁を探すことになる。
屈んでいると少々体が窮屈だったが、それを差し引いても面白い仕事だった。
何せ、美しいものがたくさんある。色とりどりの宝石や金銀の結晶を拾い集めているのは、中々に楽しい。
そんな折だった。
「うわっちぃ!……なっ、なんだっ!?上から何か、落ちてきやがった!」
ラギトが悲鳴を上げる。
「どうしたの!?」
「わ、分かんねえ!けど……ああ、くそ!やられた!」
ラギトはすぐにあづさ達の所まで降りてきて、そして髪の襟足を掻き上げて、首筋を見せた。
「多分呪いだぜ、これ!」
ラギトの首筋には、火傷のようになっている箇所があった。
「そうか。呪い……一度、撤退しよう。宝石は十分に集まったな?」
「え、ええ」
「これ以上やられちゃ堪んねえよ、出ようぜ」
「よし。戻るぞ」
3人はすぐに話をまとめて、撤退し始める。
目に見えない『呪い』に追い立てられるようにして。
「ひゃー!日の光だ!天井が無え!やっぱこれだよなァ!」
鉱山の外に出たラギトは、他2人よりも外の光を喜んだ。ハーピィだけに、天井のある場所はやはり少々落ち着かないらしい。
「ラギト。首、見せて。具合はどう?」
「ん?まあ、ヒリヒリするけどなァ、そんな酷くはねえよ。俺がこの程度の弱っちい呪いでやられるとでも思ったか?……あーあー、ほら、大丈夫だ。だからんなツラすんなよなァ」
あづさに心配されると居心地が悪いらしいラギトはそう言って翼をばさばさとやってみせるが、あづさは構わず、ラギトの後ろに回って傷の具合をもう一度確認した。
「……やっぱり、火傷みたいになってるわね」
「まあ、大方、鉱山の呪いだろうなあ……」
眉根を寄せたギルヴァスも近づいてきて、あづさと一緒にラギトの首筋を見る。
「呪い?そんなのあるの?」
「呪い自体の話か?それならよくある魔法の形の1つだが……『鉱山の呪い』は、まあ……不思議なものでなあ」
ギルヴァスは困ったように頭を掻きつつ、説明した。
「鉱山に入っていると、時々、こういう風に小さく火傷を負わされるんだ。ウィスプが何かしてるわけでもない。火種は当然、どこにも無い。呪いの術者の姿が見えるわけでもない。俺にも、気配が感じられない。……だがまあ、こうやって火傷だけはする、と。そういうことが度々、あるんだ。だから、まあ……もしかしたら本当に、この鉱山は、1つの生き物なのかもしれない」
あづさはじっと、考え込んだ。
そして。
「ねえ、ラギト。もしかしてあなた、『呪い』を受ける前に、綺麗な青い宝石、見つけなかった?」
そう、問う。
「あ!?よく分かったな!?そうなんだよ、すっげえ綺麗な青色の宝石、見つけたんだ!天井近くの壁によォ、こう、すっげえ綺麗な形で……それ採ろうとしてたら、呪いを受けたんだけどよ……ま、まさか、その石が俺を呪ったのか!?」
「まあ、ある意味そうかも」
慄くラギトにそう答えつつ、あづさは……にこり、と笑った。
「私、『呪い』の正体、分かっちゃった」
「それは本当か!?」
「ええ」
「それきっと、硫酸銅のせいよ」




