102話
地の四天王城に帰って、ギルヴァスは部屋で荷造りをしていた。
着替えなど生活用品の他、簡単なものづくりの道具や武器も。
ギルヴァスが最も得意とする戦い方は徒手空拳の単純なものだが、それを隠す為に剣や斧を使うこともある。
旅人のふりをするならば、多少、武具を備えていてもいいだろう。ギルヴァスはそれなりに使い慣れた短剣を1振と、特に思い入れも無い斧槍を1振、持っていくことにした。
「……そういえばあづさには武器が無いな」
そしてそこで初めて、あづさが身を守るための武器を持っていないことに気付く。
何か希望があれば、倉庫にあるものなら何を与えてもいい。或いは、何か気に入るものが無いのならば新たに作ってやってもいい。
何はともあれ、本人の希望を聞かない訳にはいかないだろう。ギルヴァスは早速、あづさの部屋を訪ねるべく、自室を後にした。
「あづさ、居るか?」
「はあい。入って」
ギルヴァスが部屋の戸をノックすると、あづさはそこに居た。
あづさもギルヴァス同様、荷造りの最中であった。尤も、あづさの場合、この城に置いてあるあづさ自身の荷物があまりにも少ない。精々、ラギトが寄越した服の類程度なもので、後はあづさがこの世界に持ち込んでしまった荷物一式のみ、ということになる。
そしてあづさは荷造りをしながら、メモを書き連ねていた。
「これ、必要なもののメモ。ある程度は買わなきゃ駄目そうだわ」
「ああ、君の服は大体全部ドレスだもんなあ……」
「この世界に来てから、ドレスを着て生活するのに慣れちゃってるけどね」
あづさが最近身に着けている衣類は、元々着ていた黒のセーラー服ではなく、ラギトが持って来たワンピースドレスの類である。ひらひらとして華やかなデザインのもので、決して動きにくくは無いのだが……何せ、目立つ。そして、旅装束としては、相応しくないだろう。よって、あづさは新たに服を買う必要がありそうだった。
「そうか。まあ、何にせよ食料の類は買わなきゃならんからなあ。必要なものが他にあったら言ってくれ。武器はどうだ?」
「武器?そうねえ、まあ、ナイフ1本ぐらいあってもいいかも。カッターナイフってあくまで文房具だから、武器として使うにはあんまりにも頼りないのよね」
あづさは自分のポケットにずっと入れているらしいカッターナイフを取り出して眺める。あづさが魔王に傷を付けたり、はたまた自分の髪を切ったりするのに使ったカッターナイフだが、やはり、刃は薄く、頼りない。
「分かった。小ぶりで軽くてよく切れるナイフを1つ用意しよう。他は?」
「他?そうねえ、武器、って言っても、私、下手に武器を使うよりは魔法を使った方がいいと思うし。特に必要無いけど……」
だが、ギルヴァスが更に聞いてみたところ、あづさからはそんな答えが返ってくる。
もともと戦いとは縁遠い世界に居たあづさであるので、武器というものにはなじみが無いらしい。
「いや、何か目に見えるものを1つ持っていた方がいい。武器を持っているということは、戦える者だということを示すことになる。下手な輩に絡まれにくくなるぞ」
「ああ、そういう効果もあるのね」
ギルヴァスのように体格の良い大男ならばまだしも、あづさのように見目麗しく華奢な少女が居たならば、妙な気を起こす輩も居るだろう。そして、その時にあづさが武器を持っていたならば、妙な気を引っ込める輩が居るかもしれない。そのためにも、ギルヴァスはあづさに武器を持たせておきたかった。
だが。
「あ、そうだわ。私、鞭なら使えるかも」
「……むち」
「ええ。水の魔法を鞭の形にしたら、すごく相性良かったのよね。鞭なら軽いし、纏めちゃえばかさばらないし。必要無ければ荷物の中に入れておけるし。いいじゃない?」
あづさは表情を輝かせてそう言うが。
「鞭、かあ……」
ギルヴァスは困惑するしかない。
「な、何よ。何か問題ある?」
「いや、まあ、作れないことはないんだが……そうか、君が鞭か……」
似合いすぎて怖いなあ、とギルヴァスは苦笑しつつ、しかし、あづさの頼みだ、断る理由も無い。
「最上級の鞭を1つ、作ってみよう。いい革が倉庫に在るんだ」
「へえ。じゃあ楽しみにしてるわね」
あづさはにっこりと笑っているが……ギルヴァスの脳裏には、鞭を振り回して高笑いするあづさの姿が浮かぶのだった。
やはり、似合いすぎる。
それから2人は取り留めも無く雑談などをして時間を潰し……それからふと、ギルヴァスはあづさが荷造りをしていた机の上に目を留める。
そこにあるのは、電子辞書と、スマートフォン。
「……ああ、ちょっと考えてたのよ。残ってた写真とか、メッセージとか、色々不可解だし……あ、これは置いていくわよ、流石に」
「そうだな。それがいい」
ギルヴァスはそれらに目を留めて……それから、ふと、気になる事を思い出した。
「あづさ」
改まって名を呼べば、あづさは「何?」と返事をしつつ、きちんとギルヴァスに向かい合うよう体の向きを変えた。
ギルヴァスはあづさと向かい合って、そしてしばらく言い淀み……そこでようやく、口を開いた。
「君は『真弓』を生き返らせたいのか」
あづさはまるでその言葉が聞こえていなかったかのように、表情を変えずに数度、瞬いた。
だが、やがて作り物めいて表情らしくない笑顔を浮かべると、答える。
「そうね」
その返答を聞いて、ギルヴァスは胸の奥を縄で縛りあげられるような、そんな気分になった。
「そういえばあなたにそんなこと、言ったかしら」
「……どんな魔法を使いたいのか聞いたら、人を生き返らせる魔法、と、言っていたと、思って。そして君は勇者マユミについて話している間、少し、その……様子がおかしかった」
ギルヴァスは自分から尋ねたのに、まるで自分が詰問されているかのような奇妙な気分を味わいつつ、あづさの視線に晒される。
あづさはじっとギルヴァスを見つめていたが……やがて、その表情をふと、緩めた。
「……真弓は、もう死んだわ」
「……そうか」
重い空気に耐えかねて、ギルヴァスは視線を逸らす。自分から尋ねておいて身勝手な、と自分でも思うが、だが、どうにも、いつもと違うあづさの表情がギルヴァスを責め苛んだ。
「ああ、でも、変な心配はしないでね?真弓を生き返らせられるなんて、思ってないから。諦めはついてるの。もう真弓は死んだんだって、自分の中でちゃんと、整理はついてるのよ」
あづさはそんなギルヴァスを気遣うようにそう言って見せる。それがまた、ギルヴァスには申し訳なく思えて仕方がなかった。
「だから、そんな顔しないで?」
「……すまん」
「いいわよ。あなたってそういう人だもの。人のことでも自分が傷ついちゃうのよね。なのに自分のことで他人が傷つくのは嫌なんでしょ?」
あづさは少し揶揄うような表情を浮かべた。
「あなたのそういう優しい所、真弓にちょっと似てるわ」
そして浮かべた微笑みが、不思議なほどに大人びて見えて、ギルヴァスははっとさせられる。
だが一瞬の後には、あづさはいつも通りの勝気な笑顔を浮かべていた。
「そうね。あなたって、そういう人みたいだから……ちょっと、相談してみようかしら」
あづさはそう言って少し考えてから、口を開いた。
「私が幼稚な嫌がらせ……まあ、いじめ、っていうのかしら。そういうのに遭ってた、って聞いたら、あなた、私の代わりに怒ってくれるでしょ?」




