100話
「……ひとまず、地と火の争いについては、妾も風のものも関与せん。それを前提とするが、よいな?」
オデッティアはそう言って、場を取り仕切る。
「ああ。それでいい。ひとまず今日のところは……その、お互いに持っている情報を出して、消えた勇者を追うことを目指そう」
ギルヴァスもそう言えば、ラガルも頷いて賛同した。……火の四天王領は未だ混乱の中にあり、火の四天王団に残ろうとする魔物と地の四天王団に移ろうとする魔物とが入り混じっている状況であったが、ひとまず、それはさて置くこととする。
「俺から話せることはもう全員に話してあるが、一応確認しよう」
まずはギルヴァスから話し始める。
「……まず、俺は勇者と戦わなかった。勇者は魔物の国との和平を望んでいた。同じく、先代の魔王様も争いは無意味とお考えだった。だから俺は2人を引き合わせ……そこで何かが起こって、先代の魔王様は殺され、勇者は消えた」
「よくもまあ、黙っていたものよの」
呆れたようにオデッティアが言ったものの、その声は少々寂しげでもあった。ラギトも膝の上にファラーシアを抱きつつ、神妙な顔で頷いている。
「次は、俺か」
続いてラガルも口を開いた。
「俺は100年前から、勇者の後ろ……人間の国が何か企んでいると踏んでいた。勇者もその手先だったのだろうから、何か知っていたはずだ。……勇者が消えたことにしても、勇者が和平を持ち掛けてきたということについても、不可解だ。その謎を解くためには、再び勇者を召喚してみるより他に無いだろうと考え、100年前の勇者、或いは勇者に近しい者を召喚するよう、儀式を組み替えて行った。……恐らく、その結果現れたのがあづさだ」
あづさは注目を集めつつ、堂々と椅子に座って全員の顔を見回す。
「とは言っても、私、召喚された時点で地の四天王領の荒野に居たわけだし、本当にあなたに召喚されたのかは怪しいと思ってるけど」
「そうよな。あづさを召喚したというのならば、何故、そんなにも座標をずらした?」
あづさとオデッティアが揃って見つめると、ラガルは、ぐ、と言葉に詰まる。
「……俺にも分からん!その、何らかの原因で儀式と魔法にずれが生じたとしか、思えんのだが……」
ふむ、と聞きつつ、ギルヴァスは首を傾げる。
「まあ、実際に供物は準備していたようだしなあ……何か儀式におかしな点はあったか?」
「……あったとすれば、供物の量だ。供物が、想定よりも消費されなかった。だから当初は、失敗したのだと思ったのだ」
ラガルの新たな証言に、ラギトとファラーシアを除く全員が唸る。
「つまり……その、魔法は不完全だった、と?」
「そう考えるのが妥当よな。だが、一部とはいえ供物は消費され、そして奇しくもあづさが現れている、となると……完全に失敗したとも言い切れぬのではないか?」
どう考えたものか、と皆が迷っていると、ずっと首を傾げていたラギトが声を上げた。
「おいあづさ。あづさはラガルに召喚されて来たのか?お前、召喚されたなら何か知ってンじゃねえのか?」
ラギトに問われて、あづさは脱力する。
「知らないわよ、そんなこと。気づいたら荒野だったし……あ」
だが、返事をしかけて、気づいた。
「……ねえ、ギルヴァス。私の記憶12時間分。ラガルの用意した供物と合わせて、丁度にならないかしら?」
「そうか。そういうことなら納得がいくな……」
ギルヴァスもはっとして頷く。
あづさの失われた12時間分の記憶。それはそれだけでは到底異世界へ渡ってくるのに不十分な代物だったはずだが、そもそもそこにラガルが儀式と供物を用意していたというのならば辻褄が合う。
あづさは、自分の記憶の分、ラガルが用意した供物を消費させなかった。そういうことなのだろう。
「どういうことだ?説明しろ」
「私、この世界に来る直前までの記憶が12時間分くらい、消えてるのよ。何でかしら、ってずっと思ってたんだけど、召喚の供物に使っちゃった、っていうことなら分かるわよね」
あづさが事情を説明すれば、ラガルもオデッティアも成程とばかりに頷いた。
「ということは、あづさが自ら俺の儀式に介入してきた、ということか……?」
「そこは事故だったかもしれんなあ。色々なものが干渉しあってこの状況に落ち着いたのかもしれん」
「或いは、あづさの世界で儀式に介入した者が居たか……。まあ、考えても仕方のないことよの」
勇者の足取りはともかく、謎が1つ解けたことは確かだ。あづさは、自分の記憶について多少なりとも分かって、なんとなくほっとする。原因も分からず記憶を失っている、というのは、やはり不安だったのだ。
そこで茶が供され、茶菓子と軽食が供されて一団が一息ついたところで、ラギトは茶菓子をファラーシアと共に遠慮なく食べつつ、ふと言った。
「けどよかったな!これで全部解決だ!もっと長引くかと思ったけどよォ、案外さっさと片が付いたな!」
ラギトの言葉に、その場のそれぞれは顔を引き攣らせたり、唖然としたり、天を仰いだり、椅子に崩れ落ちたりした。
「……ラギト。あんた、ちょっと、気が早いわよ……」
あづさが脱力してしまいながらそう言えば、ラギトはよく分からない、とばかりに首を傾げた。
「ん?だってあづさが勇者について知ってるってことなんだろ?解決じゃねェか!」
「いや、どうしてそういう……」
解決だろ解決だろと騒ぎつつ翼をバタバタさせるラギトがオデッティアの放った水に口をふさがれて溺れかけるのを眺めつつ、あづさは……。
「……えっ、もしかしてそういうこと?」
思わず、席を立った。
「私、もしかして、『勇者』に関係があるのかしら?」
そして、ラガルの方を向いて、そう言ったのである。
「……俺の儀式は確かに、勇者か、勇者に近しいものを呼ぶ儀式だった。もしその部分の魔法が生きていたなら、あづさはもしかしたら、何か知っているかもしれん」
「そうよね。儀式の供物が一部、私の記憶に置き換わっちゃってる以外は全部そのままだったかもしれないし……だったら私、ラガルが召喚した通り、『勇者か、勇者に近しいもの』なのかも」
勿論、あづさにその自覚は無い。ひとまず、あづさ自身が勇者である可能性は無いとしても、何か、あづさは『勇者』とどこかで繋がりがあるのかもしれないのだ。
「だから言ったろ!解決だって!俺間違ってねェじゃねえかよ!」
「やかましいわ、この鳥め」
ラギトは再び水で口を塞がれつつじたばたしていたが、さておき話は進む。
「あづさ。何か心当たりはあるか?」
「そんなこと言われても……特にない、としか言いようがないわよ。大体私、勇者ってどんな人だったのかも知らないんだからね!」
『勇者』というものが何者だったのか、あづさは知らない。名前も顔も知らないどころか、勇者その人が何を成し遂げたのかすら、伝聞でわずかに聞くだけなのだ。
「それもそうか。うーん……俺も詳しいことは知らない。ただ、異世界人だということは言っていたな。人間の国で召喚されて、そこの王に仕えている、とも。……それから、和平は自分自身の意思ではあるが、人間側の総意ではない、とも言っていた」
「そうか……ならば勇者は黒幕に利用された後で消された、ということなのか?」
ギルヴァスの話を聞いて、ラガルが反応する。
勇者が消えていることも考えれば、その推理が真実に近しい可能性が高いようにも思われる。
「それから、歳は君と同じくらいだったように見えた。尤も、100年前のことだから彼女が生きていたら今、100歳を超えているわけだが……」
「ちょ、ちょっと待って」
ギルヴァスの話が続いたところで、あづさが口をはさむ。
「『彼女』って、言った?もしかして勇者って、女性だったの?」
あづさの疑問に、ギルヴァスもラガルもオデッティアも顔を見合わせ……頷いた。
「ああ。君と同じくらいの年頃の少女だったぞ」
「そ、そうだったの……てっきり男性だと思ってたわ」
あづさは自分の中にあった固定観念を一度、取り払おうと意識する。勇者、と聞くとどうにも男性をイメージしがちなのだが、どうやら彼女は女性であった、ということらしい。
「私と同じくらいの年頃、って言ってたけど……他には?容姿とか……あっ、名前は?」
「容姿と名前か。容姿については、君と同じように、黒い髪に黒い目をしていた。君のものよりは茶色みがかっていたが。あとは、肌の色も君のものとよく似ていたなあ」
頷きつつ、あづさは思う。あづさに近しい人物だったならきっと彼女は日本人だ。ならば、日本人の特徴として黒い髪や肌の色が上がったことは、その筋書き通りだ。
「それで、名前は……『ヒース』と名乗っていた」
が、名前について聞いて、途端にあづさは『勇者日本人説』を失う。『ヒース』というのならばどう考えても日本人ではない。ならば、アジア系の外国人だったのか……。
「もう1つある」
そこでラガルが口をはさんだ。
「彼女は偽名を使っていたのだろうが、俺に名乗った時は別の名だった」
「ラガル。勇者に会ったことがあったのか?」
ギルヴァスが問うと、ラガルは重く頷いた。
「人間の国の偵察中だった。互いに互いの素性を知らないまま、勇者と会ったことがある。……その時彼女は、『マユミ』と名乗っていた」
「真弓?」
あづさが確かめるように呟く。
「何か心当たりがあるのか?」
ギルヴァスがあづさの顔を覗き込むと……あづさはここではないどこかを見つめるようにして、呆然としていた。
「……私の、友達の、名前と、一緒だわ」




