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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
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10話

 翌日。ぬくぬくと寝台の中で目を覚ましたあづさは、大きく伸びをして起き上がる。

「おはよう。ありがとうね。おかげで随分暖かかったわ」

 コットンボール達に声を掛けると、コットンボール達は聞いているのかいないのか、ふわふわと飛んで、寝台の外へ出ていった。窓の外へ出ていくものもあったが、あづさは一応「夕方には戻ってきてね」と声を掛けてそのままにしておく。

「それから、あなたもね」

 あづさは、やはり寝台の中に潜り込んでいたスライムをつつく。スライムはぷるぷると揺れているばかりであったが。


 スライムを抱えて、数匹のコットンボールがついてくるのをそのままに、あづさは食堂へ向かった。

 ……だが、ギルヴァスはまだ来ていない。

「まだ起きてないとかかしら?」

 少々不思議に思いつつ、食事の準備を進める。

 一度蒸してから潰して干してある麦の粒を鍋に入れ、水を注いで火にかける。

 ……火を付ける道具は、マッチやライターではない。この世界ならではと言うべきか、そういった道具があるのだ。

 あづさは竈の中に薪と木の枝や枯草を入れ、そこに異世界の着火具を差し入れる。

 赤色の美しい宝石が先についた鉄の棒は、絵本に出てくる『魔法使いのおばあさん』が持っているようなものだ。だが、それの効果は、ごく単純。鉄の棒を強く握れば、赤い石から火が出るのだ。

 ボ、と音を立てて火が着き、枯草や木の枝に燃え移っていくのを確認して、あづさは着火具を竈から引き抜いた。

 ……これを初めて使った時、あづさは『魔法』に心躍らせた。だがギルヴァス曰く、知性ある生き物なら大抵、この程度は使える、ということだった。

 少々がっかりしたものの、まあ、楽しいからいいわ、とあづさは気を取り直して、今も少々楽しみつつ、着火を行っている。


 火がついた竈の上で麦粥を煮込み、その傍ら、果物の皮を剥いて切り分ける。

 小さなナイフはつい一昨日まで錆びついていたのだが、ギルヴァスが研ぎ直したところ、素晴らしい切れ味の刃物へと変貌を遂げた。

 するする、と気持ちよく果物の皮が剥けていくのは、中々気分が良い。

 あづさは鼻歌を歌いつつ、林檎と桃の間のような不思議な果物を綺麗に切っていくのだった。




 そうして食事の準備が整っても、ギルヴァスはまだ、やってこなかった。

「……もしかして、玉座に居たりする?」

 てっきり、寝室から直接こちらに来るものだと思っていたが、そういえば、集合場所など決めていない。

 もしかしたらあづさが来ない、とずっと玉座の上で待っているのかもしれなかった。

 しょうがないわね、とあづさは食堂を出て、玉座の間へと向かう。

 スライムを抱いて、ふわふわ飛び交うコットンボールを引き連れて、あづさは広い広い城の中を進み……そして、玉座の上に居るギルヴァスを見つけた。

「おはよう。朝ごはん、できたわよ」

 あづさが声を掛けると、ギルヴァスは顔を上げて、驚いたような表情を見せた。

「先に作ってくれたのか」

「ええ。あなたも起きてくると思ってたんだけれど。こっちに来てたのね。ごめんなさい。待たせたかしら」

「いや、気にしないでくれ。ちょっと寝坊しただけだ」

 あづさが気遣う言葉をかけると、ギルヴァスは、そう言った。

「……寝坊?」

「ああ」

「ちょ、ちょっと待ってね」

 あづさはギルヴァスの言葉の意味を考え……そして、唐突に理解した。

「まさかあなた、此処で寝てるの?」

「ああ。寝室に使える部屋が無いんでなあ」

 ギルヴァスの肯定が返ってきた途端、あづさは、青ざめる。

「……もしかして私、あなたの部屋、奪っちゃってる?」

「いや、気にしないでくれ。あそこは客室だ。俺も元々、寝台で寝たい時以外は使っていない部屋だった」

「じゃあ、あなたの部屋は?」

「まあ……存在しないものと思ってくれ」


 あづさは天を仰ぎ……そして、叫んだ。

「今日、ラギトが来て!一緒に鉱山に行く前に!あなたの部屋を作るわよ!」




 朝食を終えてすぐ、2人は客室の1つの掃除を始めた。

「……酷い埃ね」

「しばらく手を入れてなかったからなあ」

 客室はどこも、凄まじい様相であった。

 埃だらけで、寝台も酷い状態。調度品など、原型が分からない程に埃をかぶっていたり、壊れているものすらある。

 更に、壊れかけた窓から雨風の他に草の種が入り込んだらしい部屋などは、部屋の中だというのにその僅かな隙間と土埃の上に、草が生えていた。

 ……それらの中で、比較的状態の良い部屋を見つけて、今、2人はそこを掃除している。

「あーあ、本当に、『草生える』ってかんじだわ」

「ん?確かに生えていたなあ」

「私達の世界で、『笑える』って意味のスラングよ」

「ああ、草が生えて平和で牧歌的、という感覚か。中々良い言葉だな。草生える、か。……この領地も、草生える状態にしなければな」

 色々違うんだけど、と思いつつ、しかし訂正する意義も見いだせない。

 いいわ、異世界での『草生える』は平和で牧歌的で荘厳な意味になっちゃえばいいのよ、などと思いつつ、あづさは手を動かしていく。

「意外と、コットンボールが掃除に向いてるってことが分かったわね……でも、本人達はこれでいいのかしら」

 高いところの埃は、コットンボール達が落としていった。その結果、コットンボール達は皆、埃まみれになっていたが。

「あとでまとめて洗濯してやればいいだろう。今日は天気もいい。あっという間に乾くさ」

「この子達の扱い、そんなんでいいの?」

 あづさはコットンボール達が少々心配になりつつ、しかし、異世界の住人がそう言うなら納得するしかない。後でコットンボール達を洗濯してやることを決める。どうせ、寝台のシーツや毛布は洗濯しなければならないのだ。一緒にやってしまえばそれほど手間でもない。

「それにしても、壁、すごいわね」

 掃除はいいとして、壁はどうしたものだろうか。

 壁は部分的に崩れ、隙間風が遠慮なく入ってくる。あづさが使っている部屋の元々の状態よりも酷い有様だった。

 所々、外壁に絡んだ蔦がそのまま壁を侵食し、石材を根で割ってしまっているらしい。これは修復が難しそうだ。やはり、何かを埋めるのがいいだろうか。

 そういえば、日本の土壁は稲わらと粘土を混ぜて、竹の格子に塗り重ねて作ってあるのだったか。ならば、似たような素材を捏ねて隙間を埋めるのが一番いいかもしれない。

 ……そこまで考えたあづさは、ふと、思い出す。

「あ、そうだ。私が借りてる部屋、勝手に穴、埋めちゃった。紙で」

 自分が無断で人の城に少々の修復を加えてしまっていたことを。


「紙?そんなもの、あったか?」

「私が元々持ってた奴よ」

「君が?……ああ、そういえば、鞄を持っていたな。中身は見ていないが、紙が入っていたのか」

「あのね。中身っくらい確認しておきなさいよ。爆弾とか入ってたらどうするつもりだったのよ。警戒心が無さすぎるんじゃない?」

「爆弾?なんだ、それは」

 あづさは少々の頭痛を感じつつ、しかし、思う。

「……そういえば、自分の荷物、確認してないわね」




 壁の隙間は後で何とかすることにして、ひとまず、洗濯を終わらせた。

 寝台のマットレス代わりだったらしいものは埃と虫食いであまりにも酷かったので、敷布団代わりに毛布数枚を重ねることになった。

 その結果、洗濯しなければならない毛布は何枚にもなり……あづさとギルヴァスは洗濯を終えて、すっかり疲れ果てることになった。

「あーあ、疲れた……でも、毛布がこうして干してあるのって、なんかいいわよね」

「そうだなあ。洗濯なんて、そうそうしていなかったが。こうしてみると、気持ちいいなあ」

 仮設の物干し竿に干された数枚の毛布と、その周りを飛び交う、洗濯されて白さを取り戻したコットンボール。穏やかな日差しと風と相まって、なんとも平和な眺めだった。

「そういえば私、自分の服もいい加減洗濯したいのよね……」

「ああ……そういえば……すまない、気が回っていなかった」

 あづさが零せば、ギルヴァスは慌て始める。

 ギルヴァスにとってあづさは、異世界人で、自分とは異なる文化を持っていて、何やら大量の知識があり、自分を殺しかねない相手とも渡り合う度胸があり……そして、年頃の少女だ。

 年頃の少女が着替えも碌に無く過ごしているのは、さぞ辛い事だろう、と慮る程度の気持ちはあった。ただ、どこを慮ればいいのか、ということがまるで分からない、というだけで。

「着替えはラギトに頼めばなんとかなるだろう。ハーピィの女性が着る服なら、今日中にでも用意してもらえるかもしれない」

「無理させちゃ可哀相だから、そこは相談ね。ありがとう。話してみるわ」

「……本当は、俺が用意できるべきなんだが……」

「いいわよ。気にしてないわ。私も、何か着替えくらい持ってればよかったんだけど……」

 しょげたギルヴァスを慰めつつ、あづさは立ち上がる。

「とりあえず私、自分の荷物を整理してみるわね」




 自分に宛がわれた部屋に戻ると、あづさは自分の鞄を開いた。

 ありふれた、どこにでもあるようなスクールバッグ。ジッパーを開いて中を覗けば、そこにはいつも通り、教科書やノート、プリント類を挟むファイルなどが入っている。

「ファイル、は見たわね。不要なプリント見るだけだったけど。教科書は……化学と日本史と現代文、英文法と、古典……結構いい時間割の日だったわね。総合が無ければもっといっぱい教科書入ってたんでしょうけど」

 資料集までしっかりと揃っているそれらを見て、あづさはにんまりと笑う。使えそうじゃない、と呟く。

「電子辞書もあるけど……あ、やっぱり点かない」

 あづさは電子辞書の電源のボタンを押して、案の定動かないそれを見て落胆もしなかった。

 ……あづさの腕時計は、止まったままだ。朝、家を出た時刻であろう……7時3分。そこから時計の針は動いていない。この世界では、電子機器は動かないのだろう。同じ理由か、スマートフォンも起動しない。これでは只の板である。

「それから、シャーペンにボールペン、定規、カッターナイフ、折り畳みのハサミ、消しゴム……メモ帳も入ってるわね。あとは、ハンカチとかティッシュとかそういう衛生用品の類……折り畳み傘、財布……これで全部かしら」

 一度鞄から出したそれらを眺めて、あづさはまたそれらを鞄へと戻していく。

 きっちりと教科書類を詰め込んで、隙間に雑貨を詰めて。

 そうして、『振り回したら人を殺せそう』とまで言われた鞄が出来上がる。相当に重いが仕方ない。こういうものだとあづさは割り切っている。

「一応、武装って程じゃないけど、無いよりはマシよね」

 あづさは鞄のジッパーを閉めながら、呟く。

 あづさのセーラー服のスカートのポケットには、唯一鞄にしまわなかったカッターナイフが入っている。


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