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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
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1話

 降矢あづさは荒野に立っていた。

 朝に自分で結ったツーサイドアップの黒髪も、そこに結んだお気に入りのリボンも、冬用の黒いセーラー服も、履き慣れたローファーも、全部いつもの彼女だった。

 ただ、居る場所だけが、全くいつも通りではない。

「……どうしろってのよ、これ」

 あづさの声が、空しく荒野に響いた。




 降矢あづさ。歳は17。この冬に誕生日を迎えたばかり。

 成績は優秀。運動能力にも不足はない。それほど友好的ではないが、友達が居ないというわけでもない。少々捻くれたところがあるものの、彼女を頼る者はそれなりに多い。

 ……そして現在、荒野に居る。

「……なんでこんな所に居るのかしら」

 当然だが、ここに居るのはあづさの意思ではない。ただ気づいたら唐突に、荒野に立っていたのである。

 原因を思い出そうとしてみたものの、あづさの記憶は、朝、学校へ行くために家を出たところで途切れている。

「とりあえず、動いてみるしかないわよね」

 あづさは一歩、足を踏み出す。踏み出した途端に地面が崩れるということもなく、これが夢だったと気づくでもなく、ただ、あづさのローファーは固い土を踏んだ。

 ……紛れもない、現実。

 あづさは深々とため息を吐いて、また一歩、荒野を歩いた。




 幸か不幸か、荒野はからりと晴れ渡っていた。日差しは暖かく降り注ぎ……それが今のあづさには、非常に鬱陶しい。

 かれこれ1時間以上歩き続けているあづさには、遮るもの無く降り注ぐ日差しの熱と眩しさが酷く堪える。日陰で休みたい、とも思ったが、見渡す限り、あるものは精々土と岩石、そして荒れ地でも逞しく生きている背の低い植物くらいなものだ。

「せめて水くらい、無いかしら……期待するだけ、無駄ね」

 当然だが、水も無い。湧き水が期待できるような土地には見えない。多肉の植物があれば葉肉を齧って水分を得ることもできるのだろうが、生憎この辺りの植物は全て、乾いた紙のような葉をもつものばかり。水分らしい水分はどこにも見当たらない。

 あづさは喉の乾きに耐えながら、唇を引き結んでまた荒野を歩く。


 そうして、どれくらい歩いただろうか。あづさの腕時計は生憎と止まったままで時刻を知ることはできなかったが……恐らくもう、4、5時間は歩いている。

 だが、行けども行けども見渡す限りの荒野。体力は底を尽き、あづさは遂に、立ち止まる。

 既に汗もかかない程に乾いた体は、これ以上動くことを拒否していた。

 ここに居ても身の安全は確保できない。どうにかして動いて、休める場所か水か何かを探さなければ、と思うのに、どうしようもなく体が重い。

 ……あづさは、脱水症状を引き起こしていた。そのせいで体は疲れ切り、意識も朦朧としていた。

 そう。

 目の前に現れた、水のようなゼリーのような、奇妙な物体を見ても、逃げようという気が全く起きない程度には。




「……水?」

 あづさの目の前に現れたそいつはぷるぷると体を震わせて、あづさの前をゆっくりゆっくりと通り過ぎていこうとする。

 自力で動く、水。或いはゼリー。

 どう見ても何かがおかしい。何かがおかしいのだが……最早そんなことに構ってはいられないあづさは、自力で動く水を、そっと、両手で掬い上げた。

 そいつはあづさの両手にすっぽりと収まった。逃げようとしているのか、ふるふると揺れてはあづさの手から零れていこうとするのだが、それを許すあづさではない。

 何せ、この広大な荒野でようやく見つけた、水のような何か、なのである。例え水でなかったとしても、水気がたっぷりであることは見て分かる。そして、今のあづさにとって水気は、何より魅力的なものだったのだ。

 あづさは少々躊躇いつつも、このままここで動けず乾いて死ぬくらいなら、と……水かゼリーかといった風情のそれに、唇を寄せた。




 ……結論から言えば、あづさが水を飲むことはできなかった。

 口付けたそれがあづさの口内に入ることは無かったし、ちゅ、と少々吸ってみても、意外と弾力の強かったそいつは液体の一滴もあづさに与えず、その体を保持し続けた。

 だが。

 突然、あづさの頭上に影が差した。

 陽光を遮るそれを見上げたあづさは……絶句する。


 爬虫類のような鱗に蝙蝠のような翼。長い尾も、逞しい四肢も、全てが伝説上にしか存在しないはずのものだった。

 ……それは、黒い竜であった。

 そう、認識した瞬間……あづさは遂に限界を迎え、意識を手放した。




 ぴちょり。

 ……そんな感触を頬に感じて、あづさは目を覚ます。

「ん……ここ……どこ?」

 霞む視界の中、あづさは周囲を見回す。

 そこは荒野ではなかった。どこかの室内のようであった。

 黄色っぽい石でできた壁。古ぼけた絨毯が敷かれた床。古めかしいランプ。火の入っていない暖炉。古びた小さな机と椅子。開いたらギシギシと軋みそうなドア。そして今、あづさが寝かされている寝台と……起き上がったあづさの頬から滑り落ちて、今は膝の上で揺れている……水ともゼリーともつかない謎の物体。

 ……以上が、この部屋にあるものの全てである。


「ゆ、夢じゃなかった……」

 目が覚めたら元の場所に戻っていてほしかった。だが現実は非情である。あづさは未だ、この、未知に過ぎる謎の世界に居る。

 その証明が、あづさの膝の上に居る謎の物体である。

「こいつ……さっきの奴、かしら?」

 あづさはおっかなびっくり、水かゼリーかよく分からないそれを、つつく。

 するとそいつは、ぷるんと一揺れして……あづさの指に、絡みついてきたのである。

「きゃっ……!?」

 あづさは驚いて指を引っ込める。すると、その謎の物体は素直にあづさの指を離した。……そして、なにやら寂しげにふるふると、揺れている。

「敵意があるわけじゃ、ない、のかしら……?」

 むしろ敵意があるように見えるとしたら、間違いなくあづさの方である。何せ、この生物なのか無生物なのかよく分からない物体を、捕食しようとしたのだから。

「ええと……その、さっきは、悪かったわね。喉が渇いて、死にそうだったのよ。それであなたが飲み物に見えたっていうか……」

 当然のように、返事はない。この水だかゼリーだかよく分からない物体に、発声器官があるようには見えない。

 だが、意思はあるように見えた。だからあづさは、言葉を向けたのである。

「……ごめんね?」

 そっと、水ゼリーを撫でる。水ゼリーは大人しくあづさに撫でられ、その内あづさの手に吸い付くようにして自ら撫でられに動くようにさえなった。

「ふふ、可愛いじゃない」

 顔も何も無い、生き物かどうかもよく分からない水ゼリーの動作が何やら愛嬌のある仕草に見えて、あづさは笑う。

 ……少し、落ち着くことができた。


「ところで、ここ、どこかしら。私、多分、誰かに助け……られた、のよね?」

 尋ねると、水ゼリーはふるん、と揺れ、ぴょこりと跳ねた。

 そしてあづさの膝の上からも寝台の上からも跳び下りるとぽよんと一跳ねして、そこでまたふるふる揺れる。

「付いてこい、ってこと?」

 あづさは寝台を抜け出して、寝台の脇に揃えて置いてあった自分のローファーを履く。それからまたぽよぽよと跳ねていく水ゼリーの後を追いかけて、物が少ない割に広い部屋を横切り、水ゼリーが張り付いていたドアを開き、廊下に出た。


 廊下はひんやりとしていた。あの荒野にある建物なのだろうが、日陰になるだけでこうもひんやりとするものなのか、と、あづさはぼんやり思う。

 そして相変わらず、あづさの前を水ゼリーがぽよぽよと跳ねていた。

 道案内なのか、目的地が明確にあるかのように水ゼリーは進み続けている。……だが、その小さな体で移動するのは堪えるらしい。時折、くったりと弾力を失って床にへばりつき、そのまま少々動かなくなる。

「……ねえ。私が運びましょうか?あなたは方向だけ教えてくれればいいわ」

 そうして、水ゼリーののんびりとした移動速度に痺れを切らし、遂にあづさはそう申し出る。すると水ゼリーはふるん、と一揺れして、屈んだあづさが差し出した手に向けてぴょこんと跳ねてきた。

「おっとっと……うん、やっぱりあなた、私の言ってること、分かるのね」

 知らない場所、掴めない状況。そんな中でも、心を通わせられる相手が居れば、ほんの少し、心強かった。

 あづさは、よし、と気合を入れ直し、水ゼリーの示す方に向かって歩いていく。




 そうしてあづさが辿り着いたのは、広い部屋だった。

 天井は高く、入り口であった両開きの重い扉から一直線に絨毯が敷かれ……その先に、玉座とでも言うべき、豪奢な椅子があった。

 その椅子に座っていた人物は、顔を上げる。

「ああ、目が覚めたか」

 くすんだ暗い茶色の髪はあまり手入れをしていないのかボサボサとして、如何にも伸びっぱなしといった風情。穏やかに細められた瞳は、琥珀色。年齢がよく分からない顔立ち。どこか疲れたような表情。くたびれた簡素な服。どう見ても無精髭にしか見えない髭。

 そして、側頭部から生えた……角。

「有無を言わさず連れてきてしまっておいてなんだが……とりあえず、我が城へようこそ。異世界人の娘さん」

 落ち着いていて、静かで重く、岩のような印象を与える……それでいてどこか草臥くたびれて冴えない印象の、そして、どう見ても『人間ではない』男がそこに居た。


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