1ー6 女神の寵愛
音も何も聞こえない、暗闇の世界。
まるで重力が感じない、体が深い深海に沈むように、ただただ真っ暗な空間をゆっくりと沈んでゆく。
(カチャ…)
首元で冷たい金属のような肌触り、さっきまではなかった首輪のようなものがカズヤの首に巻きついている。
アンリ・マンユが最後に放ったスキルによるものだろう、あの真っ黒な霧がカズヤの首に首輪として巻き付いているのだ。
「これが、7日かけて絞まるのか…」
誰に聞いてもらうわけでもなく、カズヤは一人で呟いた。
「まるで、ろくな人生じゃなかったな」
首輪に手をかけながら、今の状況を考えているとそうとしか思えない。
(結局、親が死んで、親戚をたらい回しにされて…)
(やっとの思いで一人で暮らしを始めた矢先にこれだからな…)
「ステータスオープン」
カズヤが首輪に目を向けて言葉を放つと目前に画面が現れた。
【死亡遊戯 神格級スキル】
呪いが魔素と反応、溶け合うことで、対象を狂戦士状態にする。
この術により対象は7日間の、破壊の限りをつくした後、自身を魔素化・消滅する。
「はは、これは死亡フラグだな…
魔素に反応してってことは、異世界についたらって…ことか」
あたりを見渡すも、特に景色が変わることもなさそうだ。
「さて、いつ着くのやら…」
こんな状況でも冷静にいられる自分が嫌になる。
心までいじられたのではないかと錯覚してしまいそうだ。
「あの悪神からすれば、ただのオモチャってわけか、カルデリィウスとかいう世界で……まるでゲーム感覚だ」
アンリ・マンユの、あの少女の笑顔が脳裏に浮かんだ。
今や憎しみすらない、交通事故にでもあったような、そんな気分だ。
「異世界についた途端に魔素にやられて狂戦士化…
地球に戻るどころか、今この時点でゲームオーバーか…」
アンリ・マンユに聞いたカルデリィウスは魔素により、包まれた魔法世界。
ついた途端に意識が無くなるのだろうか。
「どうせ死ぬなら観光の一つでもしてみたかったな…」
死と対峙しているのに、嫌に落ち着いた気分になる。
生をあきらめたせいか、与えられたステータスのせいか、もしくはその両方か。
そんなことを考えながら、この真っ暗の世界の旅路を進む。
『…』
『…ズヤ』
『カズヤ…』
(?なんだ、誰かに呼ばれた?)
(まさか着いたのか、異世界に…)
これから感情をなくした破壊兵器になるかと思うと無意識に抗っているのか、身体に力が入る。
『カズヤ』
暗闇の奥から白い光が近づいてくる。
(なんだ?着いたわけじゃないのか?まさかまたあの悪神か、いや違う?もっと優しい、そんな感じの声色だ。)
そんなことを考えるカズヤに、光は近づいてきたと思うと、強烈な閃光を発し、カズヤを包みこんだ。
「…!なんだ、一体…!!」
まばゆい閃光が闇を消しさるように辺り一面を包みこんだと思うと、景色が一瞬にして変わった。
青く広い空。
目の前には大きな建物がひとつだけポツリと立っている。
それはまるで古代ギリシャの神殿を思わせる。
「ここが異世界?カルデリィウス…なのか?」
アンリ・マンユ見せられた景色とは違い、まるで人の気配がない。
『違いますよ、カズヤ』
カズヤの言葉に返答するように、どこからともなく声が聞こえる
後ろを降りむくと目の前に女性がたっている。
「うわ!あんた誰だ!?」
思わず後ろにたじろき、尻餅をついたカズヤを見て、女性はにこりと微笑むと、カズヤに手を差しのべた。
『大神カズヤ…ですね?
貴方のことを永い間、お待ちしておりました』
暗闇の中で聞こえた声の主だ。
その女性は顔の上半分はベールで隠れており、表情は見えないが、とても暖かい、優しい雰囲気に包まれている。
「あなたは一体…」
そういうとカズヤは差しのべられた手につかまる。
『私は…』
ドックン
女性が名を伝えようとした瞬間に、カズヤの心臓が聞いたことのない鼓動音を鳴らした。
「うがああーーー!!」
頭の中で声がした。
〈魔素を感知しました。〉
〈状態が狂戦士モードへ移行、
【死亡遊戯】が発動されました〉
「ぐあ…がーー!!」
まるで頭の中を直接殴られているような激痛と同時に今まで感じたことのない破壊衝動がカズヤを襲った。
『かの者の力が私の魔素に反応してしまいましたか』
ベールの女性はそういうと、カズヤの手を握りしめた。
『カズヤ、呪いになど負けてはなりません、貴方には抗う力があるのだから。』
(ち、ちから?力ってなんだ)
(頭が割れそうだ、今すぐにでも暴れたい、壊したい)
(まずは、そう目の前のこの女をバラバラに…!!)
その感情と同時に声が頭に響く。
〈狂戦士モード発動につき 【戦術(破壊・格闘) 】を獲得しました。〉
『カズヤ、負けてはダメです。貴方には私が与えた力がある思い出して、カズヤ!』
そういうと、ベールの女性はより一層握った手に力をいれた。
(この手は…どこかで)
朦朧とする意識の中で、懐かしい感情がわいてくる。
「…お母さん…?」
カズヤの言葉に呼応するように頭の中で声が鳴り響いた。
〈天照大御神の寵愛 神格級スキル が発動されました。〉
〈狂戦士モードは解除されました。〉
〈死亡遊戯 神格級スキル
は解除されました。〉
〈全ての状態異常は解除されました。〉
〈カース状態は解除されました。〉
〈悪神の眷属は解除されました。〉
頭に鳴り響いた声がなりやまぬうちに意識が薄れていくのがわかる。
暖かい手の温もりが離れていく。
『カズヤ、貴方は優しい。そんな貴方だからこそ、あの世界に与えてほしいのです。』
ベールの女性は優しい目を向ける。
『かの者の呪いは解呪されました、カズヤ、貴方はこれからカルデリィウスに旅立ち、第二の人生を、貴方だけの人生を送ってください』
『遅くなって本当にごめんなさい、カズヤ。』
『私の眷属の手違いを許してくださいね、ですが貴方の家族を奪ってしまった私を許してとは言いません、ただ少しでも、貴女が失った時間を取り戻せればと願います。』
ベールの女性はまるで祈る様にカズヤに伝えた。
『行ってらっしゃい、カズヤ、貴方に世界の、カルデリィウスの祝福があらんことを』
カズヤは光に包まれた、それは今までのような冷たい暗闇ではなく、とても暖かい光、まるで朝日のそそぐ草原の中で日向ぼっこをしているような、気持ちのいい感覚だった。