1ー3 地を這い回る虫、空を駆ける竜
『光栄におもうがよい、我が眷属にして飼うてやろうぞ』
少女は嬉しそうに言う。
しかし、その声は真っ黒な闇から聞こえてくるような、そんな声だ。
「ご、ご遠慮させていただきます……」
息の整った僕は、すかさず答えた。
間違いなく、この子はヤバイ、危険だ。
「僕は、そろそろ戻らないといけませんので……バイト中ですし…」
カズヤはかたい笑顔を浮かべながら、数歩後ろに下がる。
とりあえずこの場所、少女の前から何とかして離れたい。
『そう言うな』
少女は浮くのを止めて地に足をつける。
まるで悪神の周りに今まで無かった重力が戻ったようだ。
『そうじゃ、名を聞こうか、眷属になるのじゃ名は把握しておかなくてはの』
そう言うと、少女は右手を前に出し、軽く指を鳴らした。
『魂を開示せよ』
「ー!?」
少女の言葉と同時にカズヤの周りに画面が3、4つ表示される。
「こ、これは……」
その画面を見てカズヤは硬直した。
オオガミ カズヤ
ヒューマン
17歳
Lv3
力12
体12
早12
知12
運12
スキル
・なし
・なし
・なし
詳細情報▼
まるでゲームのステータス画面だ。
恐る恐る詳細情報の▼部分に触れてみる。
ブォン!
音と共に画面の、詳細情報に隠れていたであろう欄が、カズヤの身体を包むほど長くのびた。
「僕の生まれた日付、時間……それにこれは…」
画面には、今まで「大神カズヤ」が歩んできた人生が記されていた。
『ほー、童の真名はオオガミカズヤというのか、しかし……、
なんと低い能力値、それにLv3とは』
少女はこちらを見て眉間にシワを寄せる。
『ありえぬ。』
『Lv3で力も何もない…このような能力値の人族が、なぜ妾の魔眼を防げた?』
『それにこの文字……あの世界の者はでないのか……』
映し出された画面を神妙な顔で見ながら少女は呟く。
(逃げるなら、今がチャンスか…?)
背を向けてる、少女をみて
カズヤは一目散に後ろに向かって走った。
『ん?』
カズヤに気づいた少女は振り向きはしつつも、とくに追ってくる様子をみせない。
そんな少女を尻目に全力で反対方向にカズヤは走った。
「走ったは良いけど出口ってどこなんだ!?」
必死で走りながら出口らしき何かがないか回りをみる。
辺りを見渡すも、やはり真っ白な空間が続くばかり、
扉さえ見当たらない。
『――ここから逃げたいのかえ』
一瞬心臓がドクッと浮いた、少女の声が頭の中から聞こえたからだ。
「そんな、まさか!?」
立ちどまり僕は振り返る。
目線の先には、さきほどの位置から動いていないであろう
少女が小さくうつる。
『オオガミカズヤ、、』
またもや頭の中の声がする、
同時に少女が指を軽く曲げるのが見えた。
『―――おいで』
その瞬間、まるで見えないロープで引っ張られた様に、
身体が少女の方へ凄まじい速さで、引き寄せられた。
「う、うわぁぁあー!」
少女の目の前で、急ブレーキをかけた身体は、
ガクンッと慣性をうけて前のめりになりながら止まった。
『ふふふ、まさか妾を前にして逃げることを選択するとは』
少女はそう言うと、カズヤの頬から髪にスッと細い指をくぐらせる。
その手はとても冷たく、カズヤは肩を強張らせた。
『ヌシは勘違いしておるようじゃ』
少し憂いをおびた目をしながら少女は続ける。
『地を這い回る虫と空を駆ける竜だということを理解しておらん。』
『我が魂を開示せよ』
少女のその声と同時に先ほど画面が目の前に表示される、
ー見た事もない文字だ。
『ああ、ヌシはこの世界の文字が読めぬのだったな』
少女は頬にのばしていた手をそのまま滑らせて僕の両目を覆った。
『妾からの褒美じゃ、受けとるがよい』
その瞬間、眼球の裏側でスパークしたように光が散らばった。
〈【言語 万能】を獲得しました。〉
ガクンと膝を着いた僕の頭に音声が流れる。
「うぅ、今のは一体……」
『さぁ、カズヤ、顔をあげてもう一度みるがよい』
少女の声に急かされ、先ほどの画面に目を向けた。
今まで読めなかったはずの文字が、言葉が、理解できる。
だが、それ以上にその画面の内容に驚愕した。
アンリ・マンユ
悪神
Lv2827
力90856
体74529
早42569
知41228
運35688
スキル
【言語 万能】
【魔眼 万能】
【異常 万能】
【切断 万能】
【判定 万能】
【絶対 死呪】
【アルテマ】
【神の威光】 神格スキル
【神域 事変】神格スキル
【神獣 召喚】神格スキル
【眷属化 神】神格スキル
【悪意従属】 神格スキル
【王法エル・マギナ】
【完全なる静寂】
【失速する世界】
【死亡遊戯】
詳細情報▼
そこから目を離せないままカズヤは呟いた。
「いくらなんでも、やりすぎだ……ラスボスとかそんなレベルじゃない……」
自分のステータス画面を見た後だ、これが真実だとすれば芋虫どころの話ではない。
『人族の身でありながら、この妾の眷属となれる』
『カズヤ、これほど喜ばしいことはないであろうに。』
能力値を映した画面の奥で少女の声がする。
画面越しに少女と目があった、
その時、あらためて自分の運命を理解した。
―僕は悪神、アンリ・マンユと名乗る、この少女の眷属になり、そして死ぬのだと。