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1:始まりは死

 朝日が昇るのを見ながら考える。

 記憶しているものより随分と小さな手であるが確かに自分の意思で動くそれを、目の前にやって開いたり閉じたりを繰り返す。いかにももちもちしていそうなそれはどこからどう見ても幼児のものであった。





 さて、俺の記憶を整理しよう。ついでに思考も。

 俺には16歳だった時の記憶がある。普通の男子高生で、その日は前日に買っておいた漫画を速く読みたいからと急いで掃除当番を終わらせて帰路についた。

「如月あみさん!好きです!」

 部活に向かうやつらがそろっている靴箱のそばで、そんな声が響いた。

 急いでいたが野次馬根性がにょきにょきと顔をだし、周囲にいた人間と同様に声のほうを覗く。名前を聞いてわかってはいたがそこには美少女が立っていた。肩口で切りそろえた黒い髪、理知的にやや吊り上がり気味の目は一見すると冷たそうに見えるがそれがまた彼女の美しさを際立たせている。とは俺の友人の談である。

「ごめんなさい、私好きな人がいるので!」

 ざわつく周囲を気にも留めず、思いっきり言った。大きな声で。耳心地の好い声で。男を玉砕した。

 玉砕された男が固まっている中、美少女はこちらをみて手をあげる。

「誠、一緒に帰ろ」

 その場の空気間なんてお構いなしに俺を誘う彼女にため息をつく。この空気の中心に俺を引きずり込むな、この迷惑女め。

 案の定、彼と彼女に注がれていた視線は一気に俺のほうに集まってきた。俺は何も言わず踵をかえす。

「あ、ちょっと!」

 背後から声が聞こえるが振り向いてはいけない。これで振り向いてしまえば先ほど玉砕された男がこちらを今にも殺しそうな目で見ているのが目に入ってしまうから。そう思いつつも、背後から近づいてくる聞きなれた軽い足音に俺はまたため息をついた。


 俺、佐伯誠と如月あみは幼馴染である。同じ病院の、同じ時間に生まれた。それを運命だなんだと俺たちの両親が騒ぎ、今日に至るまで付き合いが続いてきた。息子娘をそっちのけで両家母親は仲良く遊ぶ中であるし、両家父親は酒を酌み交わす仲である。これも偶然ではあるが家が隣同士であることも両親の仲を取り持つ要因の一つだろう。

 幼稚園の時は良かった。顔の造形にそこまで頓着しなかったし、恋だのなんだのよりどれだけその日を遊びつくすかに全力だった。問題は小学生に上がってからである。学年が上がるにつれて彼女の美少女度はとどまることを知らなかった。それに伴って周囲も彼女を遊び相手、ではなく女としてみていった。

 毎日学校に行っては告白され、下駄箱・机にはラブレターの山、街を歩けばモデルのスカウト。

 さて、ここでよく考えてほしい。そんな美少女の幼馴染。なんてギャルゲの主人公だろう。

 けれど現実はそう甘くない。超絶美少女の隣にいるのがこんなさえないやつだとして、不満を抱かない人間がいるだろうか。どう見ても不釣り合い、ただ同じ病院で同じ時間に生まれただけのお隣さん。

 おかげさまで虐められました。ほんと、思い出したくもない思い出です。う、吐き気が。

 けれどそれを収束させたのも、まごうことなきこの隣を楽しそうに歩く幼馴染である。方法は知らないがある時「全部解決したから!」と笑顔で言ってきた。本当にその日から俺をいじめる奴はいなくなった。以前俺をいじめていたやつは人が変わったように俺に優しくなった。俺はあれほど気味の悪い現象をこれまで感じたことはない。

「ん?なんだなんだ、どうした」

 こちらの視線に気づいてこちらを見上げてくる。こういう仕草をかわいいというのだろう。

 いかんせん幼馴染として過ごしてきた時間が長すぎるせいでどうしてもこいつを姉のように見てしまう。

「いや、さっきの奴なんで振ったのかなって思って」

 そう聞くと、あみは一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐに機嫌悪そうにじとーっとこちらをにらんできた。別に悪くないのになんだかばつが悪くなる。

「なんだよ」

「私、好きな人がいるって言ったじゃん」

「好きな人って、お前学校とか近所の男ほとんどその理由で振ったじゃん。どう考えても適当な理由作ったって感じじゃん」

「適当じゃないよ。ちゃんと本当。鈍感な誠にはわからないだろうけどね!」

 そう言って駆け出した。そう遠くに行く気はもともとなかったのだろう、少し遠くに行っただけでそこからは先ほどと同じ歩調に戻る。一定の距離を保ったまま俺たちは歩く。

「…誠はさ、好きな人いないの?」

「俺?そうだな、あえて言うなら隣のクラスの柳とか?」

「それ絶対胸が大きいからでしょ」

 馬鹿か。胸が大きいだけじゃねぇ、ダボっとした制服で分かりにくいがあの腰のくびれはたまらんぞ。

 とは口にださない。

「誠はさ、ちゃんと周り見たほうがいいよ」

「はー?」

「なんでもないよばーか!」

「おまえのほうが馬鹿だろうが」

 そんな軽口を言い合う。

 俺たちの距離はこのくらいがちょうどいい。周囲は俺たちができてるんじゃないかとか、そんなことを噂するがそれはなんとなく絶対あり得ないと断言できる。

 と、突然彼女の顔が青ざめていく。


「まことっ!!」


 彼女の焦った顔と、延ばされた手をみてそのすぐ後に背中に感じた大きな衝撃。

 何かを考えるより先に、俺の意識は途切れた。





 というのが生前の佐伯誠の最後である。

 なんとなく死んだんだろうなーと思う。状況的に事故死?

 幼馴染の前でスプラッタになった自分を想像して悲しくなった。長生きもしたかったけど、なによりそんなトラウマものの死に方したくなかった。あいつは結構グロ系大丈夫だったはずだけど、実際に見るのとはわけが違うだろうし。あいつの心が鋼のように強いことを祈るしかできない。


 というわけで。

 俺、佐伯誠は死んでどこかに生まれ変わりました。


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