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タブー

 

 家からほど近い河川敷のグランド。ここにはゴールも置いてあって自主練にはもってこいの場所だ。


 少しストレッチしてから短いパス交換をする。


「こうやってサッカーするの久しぶりだね」


「そうだな」


 確か去年の今頃、いや、7月ぐらいだった。


「ねえ、クロス上げてよ、大丈夫でしょ?」


 右サイドのコーナー付近から右足でカーブをかけ、莉奈めがけてクロスを放り込む。


 ふわっと高い弾道のボールは高く振り上げられた足に叩かれ、ゴールに突き刺さる。綺麗なハーフボレーだ。


「やっぱりゴール決めるって最高だよね、ディフェンスもキーパーもいないけど」


 顔を緩ませてほのかに喜ぶ姿は15歳のあどけなさを醸し出していて、儚くも美しい。


「一対一とかはやっぱりできないの?」


「どうだろうな」


「ねえ、お兄ちゃんさ、サッカー好きでしょ?」


「それはもちろん」


 海外サッカーの観戦やsc東京、莉奈の応援をするのは好きに決まってる。


 少し躊躇っているのか、なにかを言いいかけながらもじもじしてる。少し間が空いてから神妙な面持ちで莉奈が口を開く。


「もう一回やろうとは思ってないの?」


「ああ、もう決めたことだから」


 これはほとんど触れられることはない。いや、俺自身がそんな風になるようにしてきた。思いのほか強い口調になり、二人の間に重苦しい空気が流れる。


「私はお兄ちゃんがサッカーしてるところをまた見たい。翔也さんや圭ちゃんとかみんなそう思ってるはずだよ」

 

 すぐに返事はできなかった。


「ごめんね、急にこんなこと言って。今日は色々ありがとう、先に帰るね」


 それだけ言い残した妹は足早に自転車で帰って行く。


 俺だってこんな空気にするつもりはなかったわけで、ただ莉奈のU16選出を祝いたかっただけだ。


 もやもやした気持ちを抱えながら自転車にまたがろうとした時、ツンツンと背中に感触を感じる。振り返ると、


「こんなところでなにしてたんですか?」


 と、真顔の小柄で華奢な金髪ツインテールに尋ねられる。


「おお、圭ちゃん。練習するの?」


 大きめのピステにサカパン、くたびれたトレシューを身につけた姿は年齢以上に幼い印象を受けた。近くに止められた自転車のかごにはサッカーボールが収まっている。


「そうですよ。お兄さんはサッカーでもしてたんですか?」


 近くに転がるボールを指差して尋ねてくる。


「まぁそんかんじ」


「一人ですか? ひょっとしてさっきまでりながいたとかですかー?」


「その通り」


「見た目は子供、頭脳は大人、ですから」


「お前は名探偵じゃないからな」


 まぁでもサッカー選手としてはそんなイメージで正解かもしれない。小柄だが戦術理解は抜群で視野が広く、攻撃の展開やラストパスにはキラッと光るセンスを持っている。そういえば世代別代表の常連でもある。今回は選ばれたのだろうか。


「もうちょっと早くここにいたらかわいいりなちゃんに会えたってことですかぁー、惜しい」


 どの程度本気で言っているのか全く読めない表情。

 

「圭ちゃん今回のU16合宿召集された?」


「はい、選ばれましたよ」


「なんと今回は莉奈も選ばれたんだよ」


「ほんとですか。まぁそのうち選ばれるとは思ってましたよ」


 圭ちゃんは仮面にも似た無表情で淡々と返事をする。


「点を取る以外のプレイはほとんど酷いもんだけどな」


 もちろんそこまで悪く思っていないがあえて謙遜しておく。我が妹は勝負強くて最高のストライカーだ。


「なんでりなはもういないのですか?」


 まぁそれは聞かれるよな。


「ちょっとした喧嘩みたいなかんじかな」


「なるほど。それはそうとお兄さんはサッカー、前みたいにやらないんですか?」


 急に話が飛ぶ。いとも簡単に触れるべきでないこと、俺にとってはある意味禁忌だがこんなに短時間にもう一度聞くことになるとは思わなかった。


「今日莉奈にも言われたよ」


 それでちょっと揉めることになったんだよな。


「お兄さんのことを誰よりも応援してましたからね」


「んー、そうかもしれないけど」


「お兄さんが代表に選ばれた時、本当に嬉しそうでしたから。自分もそこに辿り着いたのは嬉しいでしょうけど複雑なんじゃないですかね」


 いくらあいつの勧めでもできることとできないことはある。


「まぁ気が向いたらちょっとでもやったらいいんじゃないですか? 」


「そうだな、まぁ考えとく」


 圭ちゃんは最後まで聞いていたのか聞いてないのか気づいた時には足元に吸い付くようなタッチを見せる。


「もしサッカーをまた始めるなら教えてくださいね、私がドリブルを教えてあげますよ」


 いつもの無表情にうっすらといたずらっぽい笑みを浮かべる。


「余計なお世話だよ、ありがとう」


 圭ちゃんのなんともいえない雰囲気に思わずクスッと笑ってしまう。あの子と話して少し気が楽になった気がする。


「じゃあ帰るね、バイバイ」


「お疲れ様です、おやすみなさい」


 うちから持ってきたボールを自転車のかごに入れ、河川敷のコートを背に家の方向に漕ぎ始める。後ろからはパスッとボールがゴールネットを揺らす音が聞こえた。


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