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週末はリーグ戦

 

 待っているのは、最高の週末だ。


 五月病なんて言葉がある。四月からの環境の変化によるストレスが五月になってどっと押し寄せてくるというものだ。

 俺は今年から中学から高校へと進学し、比較的環境の変化は大きいかと思うが今のところ大した問題はない。


 そんな四月を乗り越え今日はゴールデンウイーク最後の日曜日。そう、俺たち兄妹が応援するクラブ、sc東京のリーグ戦を観戦するのだ。


 雲ひとつない青空が広がっていて暑くも寒くもなくて、サッカー観戦はもちろん、サッカーをするのにも最高の天気に恵まれている。

 キックオフの1時間前、俺たちは既にスタジアム内に入り、指定された座席に座っている。


「今日はゴール裏じゃないんだね」


 少し残念そうにするのは莉奈。こいつはゴール裏で歌って応援するのがお気に入りだ。


「そりゃな、真瑚もいるんだから。それにここなら試合は見やすいだろ?」


 今日の座席はバックスタンドの真ん中で少し高さのある所だ。どちらのサイドにボールがあっても遜色なく観戦できる。


「ゴール裏ってなんなの?」


 サッカーには疎いカリスマモデルの真瑚は純粋な疑問をぶつける。


「ゴール裏はあっちのほうなんだけどすごい歌ってるし旗を振ってたりするだろ? 簡単に言ったらあっちは本気で応援する人の席なんだよ」


「そうなんだ、莉奈たんはいつもあっちで応援してるの?」


「だいたい向こうですよ。でもあっちで見るにはチャントを覚えたほうがいいかもしれないです」


「チャント?」


「応援歌のことだよ。チームに向けたものもあるし選手個人に向けたものもあるんだ」


「なるほどなるほど……」


 真瑚は携帯を見ながらも熱心に話を聞いている。


「やっぱりサッカーファンなら地元のクラブを応援しないとな」


 これには莉奈がすぐに反応する。


「サッカー好きだって言ってもJリーグはレベルが低いって海外サッカーしか見ない人もいるけどね。まぁ地元じゃなくてもJリーグのどこかのチームを応援したらいいのにね」


 俺たち兄妹はいつも通りの持論を展開する。


「確かにバルサとかレアル、マンUとかはよく聞くもんね、莉奈たん海外サッカーは見ないの?」


「もちろん見ます、海外サッカーはレベルが高いし面白いですよ。でもテレビ観戦とスタジアム観戦はまったく別物ですよ」


「なるほどね、スタジアムの方がいいの?」


「もちろんです! プレーに迫力があるし同じ空間で喜びを共有できるし、なんか上手く言えないですけど……きっと真瑚さんも気にいると思います!」



「莉奈たんがそういうならとってもいいんだろうな〜楽しみ」


 真瑚は屈託のない笑顔を見せる。


「選手がアップに出てきたよ」


 ゴールキーパーがウォーミングアップを始めてから少し経ってからフィールドプレーヤーもピッチに姿を現し、アップを始める。


 選手の登場に合わせて各選手のチャントが歌われる。


 スタジアムが一際ざわつき、ブーイングまでも起こる。


 小久保(こくぼ)快人(よしひと)。今年から加入したベテランストライカーで3年連続得点王という偉業を成し遂げたスーパースター。しかし前節ではチームの惨敗に苛立ち、ユニフォームを投げ捨てた。


 ほとんどのサポーターは小久保選手のこの行為に怒りを覚えていたと思う。


「あれは許される事じゃないよ、いくら感情的で熱い選手だからってユニホームを投げ捨てるのはチームをバカにしてるのと一緒よ」


「まぁそれは悪い事だとは思う。でもscが本当の意味で強くなるにはああいう選手が必要だと思うな」


「なんで? ただトラブルメーカーなだけじゃない。チャンスを味方が作らないと点は取れないし調子もよくないし試合に出さなくてもいいんじゃないかな」


 かっとしたのかソプラノボイスの口調が速くなっている。


「もうこの話は辞めよう。な?」


 これ以上言い合っても仕方ない。いくら妹だからといってもサッカーのことは引くことはできないがここで言い争っても仕方ない。


「でも……そうだね。大事なのは今日の試合だから」


 実際scは資金規模はリーグでも大きいほうでいい選手が所属している。それでも毎年リーグ戦中位が定位置で優勝争いに絡んでいないわけで、原因はの一つに監督の戦術とかもあるだろうけどチームのメンタリティも間違いなく問題だ。試合を決める勝負強さが足りていない。


 小久保の加入はチームが変わるチャンスだと思う。自分が点を取るために攻撃の形はもちろんだけど、チームとしてピッチで闘うことを求めてるはずだ。クラブに蔓延するぬるい気質を変えてほしい。


「もー、二人とも私のわかんない話ばっかりしないでよぅ」


 真瑚はなかまになりたそうにこちらをみている。


「でも真剣な表情で言い争う莉奈たんも悪くないわね……私もサッカーもっとわかるようにならないと」


 薄ら笑いを浮かべ、小声でぼそぼそと一人でやってるカリスマモデル。


 ちょっと悪かったかなと思った俺は愚かったみたいだ。最後の方は聞こえなかったけどロクなこと言ってないに違いない。



 スタジアムに一際大きい歓声が上がり、周りの席の観客も立って拍手を送っている。


「ついにこの時が来たな」


「さすが翔也さん。ほんとに凄いなぁ」


 尊敬からか口元を緩ませる莉奈。身近な人があんなところに立ってるって現実味がないよな。


「へっ、東くんのこと?」


 驚いてすっとんきょうな声を上げるのは真瑚。


 スタジアムを東コールが支配する。


「そうだよ、この前、莉奈の練習見に行った時もいただろあいつ。ユースの所属だけどトップチームにも登録されてるんだ」


「あー、そんなこと言ってたっけ。試合にはでるのかな?」


 翔也はけっこうテレビでも取り上げられてるしサッカー好きを超えて世間でもちょっとした有名人だろう。意外と知らないもんなんだなあ。ただ単に真瑚が興味もってないだけか。


「ベンチには入ってるけどたぶん出ないだろうな、リーグの中でもレベルの高い試合になるだろうから」


「どうだろうね、意外とでるかもよ」


 どういうわけか莉奈はそんなことを口にする。さすがに現実味ないだろ。


「ねぇ、ブルーズってすごく強いんでしょ?」


 今日の相手は浦和ブルーダイヤモンズ。ブルーズが愛称のこのチームは攻守に圧倒的な強さを持ってリーグの首位を快走している。


「そうですよ、他のチームとはわけが違います。中位のscが勝ったらちょっとしたサプライズになりますね」


「そんなチームにどうしたら勝てるの?」


「どれだけ攻撃に耐えれるかだよなあ」


「あとはワンチャンスをモノにすることですね」


 押し込まれる展開は簡単に予想できる。だからこそカウンターで一つチャンスをモノにすることが重要だ。そのためには、


「やっぱり小久保がキーマンだろうな」


「まぁ確かにね、プレーで違いを見せてほしいよね」


 ちょっと嫌味な笑顔を見せる莉奈。なんだか言葉を返す気になれなかった。


「小久保選手がキーマン、と」


 真瑚は携帯と向き合い、なにやら素早く文字を入力している。ラインでもしてるのかな。


 試合は予定通り、14時にキックオフした。


 大方の予想通り、scはブルーズに押し込まれる展開が続く。なんとか守備で踏ん張るが効果的なカウンターは作ることができず前半は終了した。


「とりあえずは悪くないな」


「勝つためには計算通りなゲーム運びね」


「どうやって点を取るかだよなぁ、カウンターの時のボールの繋がりが悪いし」


 なんとなくこのまま失点して今日も負けるのかなという空気を感じていた。

 天気とは相反して心なしかスタジアムにも重苦しい空気が立ち込めている気がする。


 後半開始に大きなサプライズがあった。

 なんと翔也がこのタイミングで投入されたのだ。


「ほんとにそうなるとはね……」


 ボランチの選手を下げてそのままのポジションに翔也が入る。翔也はボランチを主戦場としていてトップ下もできる。


 あんまり意図のわからない交代だったがそれでも俺がアツくならないわけはなかった。小さい時から一緒にサッカーをやってきた親友がJ1のリーグ戦のピッチに立ったのだから。

 嬉しいのと興奮が混ざった感情が溢れるのと共に体が熱くなるのを自覚する。


「なにが狙いなんだろうな」


「さぁね。流れが変わったらいいけど」


「東くんがんばってー!」


 手でメガホンを作って大声を出す真瑚。


 なんとなく翔也がなにかをしてくれるような気がしていた。


 後半キックオフ。


 翔也が入ったことでゲームのバランスが崩れるかと思われたが良くも悪くも馴染んでいる。

 このレベルの中で平気でやってる翔也はやっばり怪物だ。16歳のプレイヤーとは感じさせない迫力がある。



 いつでも均衡が崩れるのは一瞬だ。


 時間は75分。人数をかけた攻撃を繰り返すブルーズのシュートがポストを叩き、セカンドボールをscの徳島が拾う。彼はドリブルを自陣後方から開始し、手薄なブルーズのディフェンスに迫って行く。


 前線には小久保だけでDFは3枚。


 徳島が敵陣中央に到達するころには後ろから猛然と攻め上がる姿が見えた。


 右サイドにスルーパスが供給される。ボールを前にトラップすると、次のタッチで迷いなくクロスを入れる。アーリークロスだ。


 斜めから走り込んだ小久保がマークを振り切り、DFの前でボールに触る。


 頭で捉えたそのボールはゴールに吸い込まれた。


「うわあああああ」


 反射的に立ち上がって拳を突き上げ、思わず不思議な声を出してしまう。


「ゴーーーーーール! 決まりましたsc東京の先制点! 今日がJ1リーグデビューの東翔也からのアーリークロスに頭で合わせたのは我らの背番号14、小久保快人!!」


 スタジアムDJのけたたましい叫びと大音量のゴールソングが流れ、スタジアムは一気にヒートアップする。


 圧倒的な強さを持つ前年王者から奪った先制点にスタジアムは優勝したかのような盛り上がりを見せ、まさに狂喜乱舞といった様子だ。


「翔也さんナイスプレー!」


「東くんかっこいい!」


 莉奈はもちろん、真瑚までも目を輝かせる。


「凄い、すごいよ翔也」


 一番の親友の翔也のアシスト、サポーターからたくさんの批判を受けていたが俺は応援していたストライカー小久保の得点。翔也がピッチに立った時よりもはるかに大きい興奮を感じ、気づいたらスタジアムを覆っているチャントを一緒に歌っていた。



 結果的には試合終了直前の90分にこぼれ玉を小久保が押しこみ、この日2点目で2-0として、ゲームはこのまま終了した。


「ほら、小久保が決めたじゃないか」


「ほんとにね、さすが三年連続得点者だよ。また来週からも頑張って欲しいね!」


 試合前はあれだけひどくこき下ろしてたくせに結果を出した途端にこの態度だ。こういうサポーターはよくいる。我が妹ながらひどいもんだ。でもそんなクズっぷりも可愛いんだけど。


「翔也も凄かったよなぁ、やっぱり嗅覚もってるよな」


 あのタイミングをチャンスと見て大胆に攻撃参加する判断力と素晴らしいアシスト。


「当たり負けもほとんどなかったからね。あんなボランチが日本に出てきたってこれから楽しみだよね」


 うんうんと頷く莉奈。


「東くんのことなんだか見直しちゃったよ、関西弁喋るだけかと思ってたわ」


 お前はあいつのことなんだと思ってたんだよ。将来を渇望される大型ボランチなんだから。


「試合前に莉奈たんが言ってたことがよくわかったよ。みんなで観戦して喜び合えるのってとっても楽しいね……サッカー観戦、また行こう?」


 とろんとした笑顔をで優しく問いかける真瑚。本当にサッカーが見たいのか莉奈と一緒にいたいのか真意はわからない。


「もちろんです、また行きましょうね真瑚さんっ」


 莉奈は今日の試合を観たおかげで最近でも一番ご機嫌だ。邪心がまったくない純粋な少女の笑顔。

 

「はぅぅ、かわいいぃ」


 相変わらずの惚け顔。公共の場でこの顔はひどい。今のところは声をかけられてないけど有名人としての自覚を持って欲しいところだ。


 試合後のインタビューで小久保は先週の自らの行為をサポーターに謝り、これからチームを強くしていく、勝たせていくとアツいスピーチを披露した。


「なんというか、すごいワクワクするな、これからの試合もめちゃくちゃ楽しみだよ」


「本当にね。私もサッカーしたくなっちゃった。お家に帰ったらちょっとだけやらない?」


「いやそれはダメだって、外でやればいいじゃん」


 真瑚との出会いを思い出せ妹よ。家サッカーの苦情だっただろ。


「もう莉奈たんそんなにやりたいの? 今夜私といいことしてくれるならサッカーしてもいいよ?」


「それは遠慮しておきますね……」


 心の底から呆れ、軽蔑するような視線を受けた真瑚はそれでも嬉しそう。狂気的だね。


「そういえはあの日の莉奈のシュートは凄かったよな。15-16シーズンのプレシーズンマッチ、インテル対ミランの試合でメクセスの決めたボレーみたいだった」


「えっそんなのあるんだ! 早速調べてみるね!」


 嬉々としてYouTubeで検索する莉奈。


「とにかく家でサッカーはやったらダメだからね」


 常識があったりなかったりの真瑚に釘を刺されながら歓喜のスタジアムを後にした。


 最高の週末、だった。



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