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あかね色に染まる

 


 練習を終えて家に向かう選手たちがどんどんクラブハウスから出てくる。莉奈も圭ちゃんと一緒に話しながら姿を見せた。


「りなたん、お疲れさま〜、サッカー上手いんだね」


「あ、さくらさん、ありがとうございます」


 莉奈は仏頂面でその心情を察することはできない。


「俺たち練習見学してたんだ、圭ちゃんもお疲れさま」


「もちろん二人とも気づいてましたよ〜お久しぶりですねお兄さん。そちらはひょっとして大隣さくらさんですか〜?」


 いつも通りふにゃっとしたような柔らかい笑顔で答えてくれる。


「あら、私のこと知ってたのね、ありがとう。あなたは?」


 真瑚はテレビや雑誌に出てるときの表情で圭に柔らかく微笑みかける。


「私は二川圭っていいます。まぁただのサッカー少女ですね。またまたなんでこんなところにカリスマモデルが来てたんですか? ひょっとしてお兄さんの彼女さんなんですか〜?」


「えーっとね、それはなんとも言えないわ。ただ私たちはサッカーが好きなの」


 おいおい、意味深な言い方をするな。勘違いされるだろうが。それにお前はサッカーじゃなくて莉奈が好きなだけだろ。


「全然そういうのじゃないからね、圭ちゃん」


 咄嗟に笑顔でフォローを入れておく。


「あら〜それは面白くないですね〜。じゃあ私はあっちなんで、失礼します」


 捉えどころのない雰囲気を纏った圭はするすると逆の方向へ消えていった。


「りなたん一緒に帰ろっ」


 真瑚は両手で莉奈の手をきゅっと握り、幼い少女みたいな笑みを浮かべる。


「そうですね、帰りましょうか」


 ちょっと嫌そうに見えたかと思うとぽっと照れたようになったり複雑な表情を見せる莉奈。そういえばこの前キスされてたもんな。拒絶されてもおかしくないけど意外と真瑚は許されてるみたいだ。



並んで歩く三人の影は大きく伸びている。


「莉奈、今日のゲームの後半あんまりよくなかったんじゃない?」


「……」


 あっさり無視。ちょっと酷くないか。


「りなたんってポジションどこなの?」


「FWです。見ててわからなかったんですか?」


「もう、りなたん冷たいなー、サッカーは最近好きになったんだけどまだまだわかんないこと多くて」


「でもさくらさんがサッカー好きになってくれたら嬉しいです」


「そうだよな、また今度sc東京の試合とか一緒に見に行ったらいいかもな」


「……」


「ほんとにー? もう好きだから大丈夫だよ! そうだ、これからはさくらじゃなくて真瑚って呼んで欲しいな、さくらは芸名で本名が真瑚なの」


 まるで俺はここにいないかのように話は進んでいく。なんだかお兄ちゃんは悲しい。


「わかりました、じゃあまこさんって呼びますね」


「いいねいいねー、呼び捨てでもちゃんづけでもいいんだよ?」


 なんだか悲しくなっている俺をよそ目に真瑚は楽しそうに喋っている。とても羨ましい。


「それは遠慮しときますね」


「ねえ、なんでりなたんは洸に返事しないのー?」


 昨日、今日の一番の心配事。急に核心を突いてくる。


「ちょっと一昨日のことがあってからね……」


「えー、そうなんだ。りなたんどうしちゃったの?」


「なんでもないです」


「ほんとにー?」


「はい」


 相変わらず表情を変えず、吐きつけるように返事をよこす莉奈。


「でもね、思ってることは言わないと伝わらないんだよ? 自分でもよくわかってるでしょ? このままでいいの?」


 真瑚はいつになく真剣な表情で、あからさまにいつもとは違う雰囲気を醸し出している。


「そうですよね、わかりました」


 決心したというような様子でふぅーと息を大きく吐いて莉奈が口を開く。


「お兄ちゃんさ、なんであんなことしたの?」


「えっ?」


「だって、あんなこと普通する? 妹の忘れ物をわざわざ届けに来て事故に遭うんだよ。そんなのおかしいじゃん」


 俯いて表情は見えないが微かに声が震えている。


「俺はただ莉奈ためにと思ってやっただけだで……」


 話の途中で勢いよく被せてくる。


「たまたま運が良かったけどケガしたらどうするの? それにあんな車なんかに轢かれたら死んじゃうかもしれないんだよ……」


 どきっと鼓動が跳ねた。そんなにも心配してくれていたことに申し訳なさがこみ上げてくる。


「まぁ忘れ物を届けてくれるのは嬉しいけど……これからはあんなことやったらダメだからね、約束して」


 一回まばたきすれば溢れそうなぐらいに瞳に涙を溜めて、どことなく切ない表情を見せる。



「わかったよ。心配かけてごめんな」


「それでいいの」


 ほっとしたのか頰を一筋の涙が伝う。


「でもそれだけ心配されてたとわかってお兄ちゃんはとっっても嬉しいよ」


「うるさいばか」

 

 夕日に照らされた莉奈の表情は柔らかくて、罵りながらも優しいものだった。



「ありがとうな真瑚、助かったよ」


「全然いいわよ、気にしないで」


 莉奈のことが絡んでくると酷いものだけど今日の真瑚はなんだか格好良かった。


「でももっとできたわね」


「え、何が?」


 真瑚にちょっと、と耳打ちされる。


「はぁ……りなたんの涙……ぺろぺろしたかったなぁ。それにほんのり汗臭くなったりなたんにひっついてくんくんしたかった……今日はちょっとご機嫌斜めぽかったし遠慮しちゃった、ああ、やっとけばよかった」


 一瞬でも格好いいなんて思った自分がバカだった。

 感動的なシーンを台無しにする残念美人の一言が心に突き刺さる。


「お兄ちゃん、まこさんに何て言われたの?」


「大したことじゃないから気にしなくていいよ……気にしなくて」


「なによ、教えてくれたっていいのに」


 妹よ、世の中聞かない方がいいこともあるんだよ。


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