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sc東京ユース

 


「りっなたーんりっなたーん、待っててねー、

 ぐふふふふ」


「カリスマモデル、顔ゆるゆるでやばいぞ」


 ぐふふふってそんな効果音使うことあるのかよ。大隣さくらのファンはこんなの知ったらがっかりもいいとこだろうな。


「あら、私の顔のケアが足りないって? 仕方ないじゃない。りなたんが魅力的なのがいけないんだもの」


 確かに莉奈が魅力的なのがいけないだろう。それは間違いない。


「ところでなんであなたまでついて来たの?」


「ん? 俺はここで練習やから」


「翔也はsc東京のユースチームに入ってるからね、J3のBチームでだけどもうプロデビューしてるんだよ」


「そうなんだ、あなたって実は有名人だったのね」


 お前もだけどな、大隣さん。


「わりとみんな知ってくれとるけどなあ。まこちゃんはあんまりサッカーに興味ないんか」


 ショックだったのかがっくり項垂れる翔也。


「じゃあ俺は練習行くわな。おつかれさん」


「ああ、がんばってね」


「じゃあね、東くん」



 時間的には既に練習は始まっているはずだ。

 翔也と別れてから俺たちは広い施設から練習中の集団を見つける。


 おそらくあれがsc東京ジュニアユースのレディースだ。ぱっと見た感じはどうやら11対11の実戦的なメニューを行なっているようだ。

 小さなスタンドに座って見物する。


 この中に一人、妹がいる!


「それはそうだけどなんか違うよね」


 鋭い口調と目線が刺さる。いや、妄想しただけでなにも言ってないはずなんだけど。


「まさか、今のが聞こえたのか」


「さぁね、ここからじゃちょっと遠くて表情とかまでは見えないわね」


「これがあれば見れるんだよなーそれが」


 ちゃっちゃちゃーん、伝家の宝刀、双眼鏡を突きつける。


「なるほど……あなた只者じゃないわね」


「何回こうして練習を見てると思ってるんだよ」


「そこだけはさすがね」


「そこだけとはなんだよ。まぁ俺のレベルになると遠目からでもシルエットや動きだけで莉奈だと一瞬で判断できるんだけどな、やっぱり表情も見たい」


「本当にりなたんのことが好きなのね……」


 軽蔑なのか心配なのか難しく感情の入り混じった表情を向けてくる。お前も大概やばいと思うけどなあ。


「見えないものを見ようとしてー双眼鏡を覗き込んだ」


「りなたんを見るだけでしょ。午前2時でも踏切でもないし」


 いいツッコミだ。しかしそれどころではない。


 やっぱり真剣な時の莉奈の表情にはぐっとくるものがある。思い通りの場所にボールが来なかったらめちゃくちゃ怖い顔でパスを要求している。あれでこそストライカーだ。お兄ちゃんにも鬼気迫る勢いでなにか要求してくれたらいいのに。


「私にも貸しなさいよ」


「仕方ないな」


 了解を取るやいなや半ば奪い取るようにそれを手にして覗き込む。


「はあ、激しく体を動かして汗だくになって苦しそうなりなたん……いいわぁ……」


 双眼鏡で目は見えないが頰を紅潮させ、口はだらしなく開きっぱなしだ。ひどい絵面である。


 俺たちの練習見学の時間はこうして過ぎていった。





「りなー、すごいことに気づいちゃった」


 だるそうにも見える金髪の二つくくりの彼女は二川圭(ふたがわけい)。うちのチームの10番で天才肌のファンタジスタ。


「え、なに?」


「あのね、またお兄ちゃん見にきてるよ〜」


 それを聞いて一昨日のことを思い出し、なんとも言い難い気持ちがぐっと上がってくる。


「え? 本当? というかわざわざ今言わなくてもいいでしょ」


 今は一番会いたくない人。


「今日は女の人連れて来てる、彼女さんか

 な?」


 なぜだかどきっとした。お兄ちゃんに彼女。そんなのできるわけないよね。根拠なんてないけど。


「私がそんなの知ってるわけないでしょ」


「りなのこと大好きだもんねーお兄ちゃん。りなも本当はそんなお兄ちゃんのことが……」


「あーあーもうやめてよ。練習中なんだから余計なこと言わない、それに全然好きじゃないんだから」


「やっぱりかわいいよーりなちゃん、世界一かわいいよー」


「それ私じゃないから、人違いよ」


 ちょっとしたことだけど苛立ちからか自然と強い口調になる。なんだかいつもより怒りっぽくなってる気がする。きっと不機嫌な顔をしてるのだろう。


「まあまあ落ち着いて、ゲーム中なんだから。良いパス出すから前で待っててね」


「圭が話し始めたんでしょ」


 終始にやにや顔の圭はそれだけ言い残して自分のポジションに戻った。


 試合に集中しなきゃ、とは思うけどお兄ちゃんのことが頭をよぎる。あんなことがあって昨日は無視しちゃったわけで何て言い出せばいいんだろう。それからはいろんなことを考えちゃってゲームに入っていけなかった。

 


 ◇



  楽しい試合観戦が終わり、それと同時に練習は終わったみたいで集団はピッチから引き上げていった。


「終わって着替えたらここに来るはずだから待ってて一緒に帰ろう」


「いいアイデアね。でも私はちょっと着替えでも覗きに行こうかしら」


「いや、部外者は立ち入り禁止だから」


「そんなの大丈夫よ、大隣さくらだって言ったらなったらどうにかなるって。みんな私のこと好きだろうし」


 考えることがえげつない。自分の欲望を叶えようとするがめつさ、そして凄まじい自過剰ぶりだがこれぐらいじゃないと芸能界では通用しないのかな……


「とにかくダメだから。ここで待ってるぞ」


「もう、わかったわよ。早くりなたん出てこないかなー」


スパイクを届けた日から莉奈に避けられているけどなんとか話したいところだ。少し不安もあるが今日こそは大丈夫だと自分に言い聞かせる。


日が傾いてグラウンドやクラブハウスは茜色を纏っていた。




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