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キッカケ

 

「なんというか……一方的にいい試合だったな」


「いいことじゃない、sc東京が勝つのを見にきてるんだから」


 莉奈は上機嫌だった。ちなみに試合を見に行って負けたらむすっと黙り込んでめちゃくちゃ機嫌が悪くなる。


「sc東京は良いゲームをしたけど相手チームは正直良くなかったよね〜」


「たしかになあ、まあ勝ち試合が見れてよかったよ」


 今日は土曜日。莉奈とアンリと一緒にsc東京のリーグ戦を観に行ってたのだった。


「お兄ちゃん、今日はsc東京の快勝を祝して焼肉を食べに行くべきだと思います」


「えー、試合見ながら色々食べてたじゃん、それに時間ももう遅いしなあ」


 19時キックオフで試合が終わった今は21時前。本気で言ってるなら莉奈の胃袋の容量はどうなってんだか。


「ケチやなあ、洸」


 翔也みたいな関西弁でおどける莉奈。なんにせよご機嫌である。


 試合のハーフタイムで予定されていた真瑚のイベントは残念ながらあいつの体調不良で中止だった。正直ちょっと楽しみでもあったけど仕方ないよね。


 昨日の真瑚の告白は正直嬉しいものだった。勇気を持ってその好意を言葉にしてくれたのだから。俺も早めに答えを出さないといけないなとうっすら反芻する。ただ次に会う時はなんとなく気まずくなりそうだ。


 試合はというと開始直後にクロスを頭で沈め1-0、前半終了間際にミドルシュートを決めて2-0、最後の苦しい時間帯にカウンターから一対一を流し込んで3-0。全て長瀬仁の得点である。快勝だった。本当に長瀬さまさまである。


 ちなみに我らが翔也はベンチ入りこそしたものの出番はなかった。この夏の移籍期間に新しくチームに加入したボランチの外国人選手が良いのもあって試合からは少し遠ざかっている。


「そうそう、お父さんが洸と話したいことがあるからうちに連れてこいって言ってたんだけど……来てくれる?」


 申し訳なさそうにアンリが尋ねる。


 一体俺に何の用があるのだろう。まさかこの前のことまだ怒ってるのだろうか……


「まぁ大丈夫だけど」


「ありがと、莉奈ちゃんも行くよね?」


「もちろんです」

 

 こうして僕たちはアンリの家に、もとい今日の試合でハットトリックを決めた長瀬仁選手のお家に伺うことになりました……





「すごい………こんな家があるんだね」


 初めて長瀬家に来た莉奈は目を丸くして驚いていた。ガラス張りで夜景が綺麗に見えるこんな高層マンションで驚かないわけないよな。


「ほんとになあ」


 俺はというと2回目だったので初めての時ほどの驚きはなかった。しかし何回来てもすごい家だよなあ。これが金持ちの家かとひしひしと感じた。


「適当にゆっくりしててね、ゲームでもする?」


「お兄ちゃん、やろう」


 さっきまで試合を観てたんだけど。ほんとに莉奈はサッカー好きだよなあ。


「観戦するのも自分がプレイするのもゲームをするのも同じサッカーでもそれぞれ違うんだよ」


 心を見透かされた? いや、口に出てたのかな。


「あれ、俺何か言ったか?」


「いや、なんにも?」


 同じようなこと考えてたのか。やっぱり兄妹ってことなのかな。


「あー、またサイド崩された、どうやったらそれ止めれるの」


「まだまだ甘いな妹よ」


「ゲームの仕様的にそれやられたら絶対1人フリーになるじゃん? ずるくない?」


「いや、守れないことはないだろ、多分」


 結局ここでもテレビゲームでサッカー。


「私はほとんどやったことないしわかんないけどよく出来てるよね〜」


「選手やチームの再現もそうだけどスタジアムまで忠実に作ってるのはほんとにすごいよな」


「ライセンスをほとんど持ってないあのサッカーゲームとは大違いだよ」


 莉奈が強烈にウイ〇レをこき下ろす。大倉兄妹は圧倒的にFI〇A派なのである。莉奈ほど過激派じゃないにしても俺自身もこっちの方が好きだったりする。チーム、リーグのライセンスが多いのは正義だよね。この家にあるのがウイ〇レじゃなくて良かった。もちろんウイ〇レが好きな人もいると思うしそっちも楽しいだろうけどね。こうやって何かをディスってもすぐさまフォローを入れる俺ナイス。


「そういえばさ、アンリのお母さんって日本には来てないの?」


 ふと思いついた純粋な疑問をアンリに尋ねた。


「そうなの、向こうでコーチしててその仕事があるからって」


 なるほどな、さすがサッカー一家だよなあ。向こうというのはイングランドのことだろう。というかそうなるとアンリは長瀬さんと日本に行かずにイングランドにお母さんと残るってこともできたんだな。


 ガチャ、とドアの開く音が聞こえた。長瀬さんが帰って来たのだろう。


「おう、女を二人も引き連れてどういうつもりや」


 長瀬仁は怪訝な表情を浮かべる。関西弁も相まって相変わらず恐ろしい剣幕だった。

 

「妹とあなたの娘さんですね」


「見たらわかるやろ。あと悪いけど二人はちょっと席外してくれへんか」


「えー、どうしてよ」


「二人で話すべきことやからや」

 

「んー、じゃあ私の部屋行こっか、莉奈ちゃん」


「はーい」


 莉奈はゲームのコントローラーを机に置いて渋々といった感じでアンリに連れられてリビングを後にした。


 さて、うっかり日本、世界でも名の知れたサッカー選手と二人きりになっちまった。


「お前の親父さんに言われててな、日本に行くなら見て欲しい選手がおるって」

 

「はぁ」


「なんでもそいつは年代別代表でも主力やったのに一回前十字靭帯をやったぐらいでヒヨってサッカー辞めちまったとか」


 親父、か。 奴は海外でサッカーのコーチやスカウトをやってる。たしかに今は長瀬がつい先日まで所属していたイングランドのトフィーズの下部組織を指導しているはずだ。


 ついでに母が海外で仕事を続ける親父のところに行ったのが今年の春。高校生なんだからもう大丈夫でしょ、とか言いながらいそいそとイングランドに飛んで行った。


「足の状態は? できるやろ?」


「完治はしてますけど……あの時のことを思い出したら足がすくんじゃって」


「なんや、ほんまにヒヨってるやんけ」


「仕方ないでしょ」


「俺もやったことあるねん、前十字靭帯。お前が知ってるかは知らんけど」

 

「さすがに知ってますよ」


 そう、長瀬仁はかつて日本人選手にありがちな“上手い”ドリブラーだった。もちろんそれを武器に日本で活躍し、海を渡った。


「それに右膝の怪我は何度も繰り返した。徐々にドリブルのキレはなくなった」


「それでも俺はこの世界でまだまだ生き残りたかった。だからこそどうすれば試合に出ることができるかを考えた」


 度重なるケガにより選手生命は危惧された。しかし、ウィンガーとしてではなくセンターフォワードとして彼のキャリアは再び動き出す。


「こうして若干得点力のある中途半端なドリブラーはセンターフォワードになったわけや」


 幸い長瀬仁には点取り屋としての才能もあったのかボールの引き出し方やゴール前での駆け引き、何よりも決定力を備えていた。


「その後は知っての通りやろ、アジア人で初めてイングランドリーグ得点王や」


「もちろん俺がもう一度サッカーをやってそうなれればいいですけど……」


「この怪我すらもプラスになるかもしれない、同じサッカーかもしれないがポジションが変わると全く別の風景がそこにはある」


「まぁ怪我のこともありますし前と同じことができるかはわかりませんけどね」


 長瀬さんは深く頷いた。


「たしかにな。でもな、まだ一度目だ、たった一度のケガやろ、やってみなわからん」


 向かいのソファにどんと座った長瀬さんは淀みなく話し続ける。


「どんなサッカー人生になるかは誰にもわからん。俺やってこんなことになるとは思ってなかったし」

 

 ここまでの長瀬さんの話の中はどれもこれも正論だった。


「そこでや、実はお前にトフィーズのユースチームから練習招待がある」


 なんだって。話が見えない。


「まぁこれは大倉さんのゴリ押しだけどな、復帰のいいキッカケになればってとこだろ」


 親父。生粋のサッカージャンキーは家族よりもサッカーを大切にしている奇人。それでも一応気にはかけてくれているのだな。


「去年なんかはトフィーズ自体がお前を高く評価してたみたいだからなんとか許されたのだろう」


 これは意外だった。確かに俺はu15の代表ではあったけど正直なところ海外には同年代で俺ぐらいやれる選手は珍しくない気はするが。


「もちろん嫌なら行かなくていいんだけどな」


 久しぶりに親父に会うのも悪くないかな、と思い始めていた。


「一応これで大倉さんへの義理立ても済んだ、あとはお前が決めることだ」


 心はすでに決まっていた。


「行きたいです」


「おお、ええやんけ、ほな準備しとくからまた連絡するわ」


 そんなこんなで俺のイングランド行きが決まった。今年の夏休みでいろんなことが前に進む、そんな気がした。


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