おかわりよりおかえり
3LDKの家に一人というのはなかなか寂しいもので、持て余すぐらいの広さがある。
3日間の代表候補合宿を終えて、妹が帰ってくるのが今日。日はだいぶん長くなり、この時間でもまだ明るい。
両親はいないのかと思われるだろうか。親父は海外で働いていてオカンも一緒に海外へ渡った。だから家事全般は俺がやっているのだが、あんまりこういう家庭は我ながらないと思う。
一人は寂しいのがよくわかったが、今は違った。
「なんか漫画みたいな話だよね、都合よく妹と二人暮らししてるなんて」
たしかにそうだよなぁ。都合が良すぎる。
声の主は、殺人的な座り心地の良さを誇る「人をスクラップにするソファ」にぐでっと陣取って、それに埋まりながらサッカーゲームに興じる真瑚。どこから嗅ぎつけたのか莉奈の帰りを迎えたいとうちに押しかけて来た。
「しかもお隣さんはカリスマモデルってどうなってるのよ、あんたに足りないのは幼馴染ぐらいじゃない?」
「俺としてはあんまりありがたみがないけど。可愛い幼馴染も面倒見のいい先輩もいないな。現実なんてそんなもんだろ」
「まぁ何がホントで何がウソなんかはわからないからね、私たちだって誰かがゲームみたいに操作してるのかもしれないし」
藪から棒に哲学的なことをぺらぺら話しだすが、けっして可愛くはない。人気のある美人なモデルと一つ屋根の下で二人きりなんて聞いたら羨ましがられそうだが、オフの時のこいつはテレビの中でのキラキラはなりを潜める。
「あー、ガンマ大阪に点取られちゃったよ、東くんはチェンジしよう」
ゲーム内の翔也は後半10分に交代させられた。
「ゴール! ヨシヒトのミドルで同点よ」
人をスクラップにするソファから飛び上がったと思うとクリスティアーノのゴールパフォーマンスみたいに回りながらジャンプして着地と同時に体の前でクロスしていた両手を広げた。そして自ら点を取ったかのように余韻に浸っている。
「おいおい、あんまり暴れるなよ」
やいやい言いながらゲームをしてるわけだけど楽しそうに見える。もともとサッカーに興味なんかなかったはずだけど莉奈のこともあってかちょっとは好きになってるみたいだ。
「莉奈たんってさー、彼氏いないよね」
「急にどうしたんだよ、まぁそうだな」
そのうちそんな時が来るのだろうか。想像しただけで悲しくなれる。自分のエゴには呆れるがこれが素直なところである。
「あんなに可愛いのにねー、本当に私が貰っちゃおうかな」
「怪しい男にもお前にも渡さねーよ」
ガチャっと鍵が解錠される音がする。
「ただいま」
「おかえり、元気だった?」
久しぶりの莉奈。とりあえずちゃんと帰って来てよかった。
「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
真瑚はいくつかボタンを外してシャツをはだけさせ顔をあからめながら体をくねらせる。
「いや、結構です」
「そんなこと言わなくても、ほら見て」
服の中に手を入れると雑誌が飛び出す。
「どこに雑誌入れてるんだよ」
「私のお腹には四次元ポケットついてるからね」
あたかも当たり前みたいな表情で雑誌をパラパラとをめくり、莉奈の目の前に両手でそれを開けて見せたページは真瑚のグラビアだった。
よりによって自分の出てる雑誌……なんのために持ってるだよ……訳を聞く気にはならなかった。
「どう? 結構いいカラダしてると思わない? おっぱいもそこそこ大きいし」
このカラダが目の前にあって好きにしていいんだよとか言いながら莉奈を直視する。
だらしなく緩んだ口元と色っぽい目つきはなんとなく発情期の動物を思わせた。
これが気に入らなかったのか莉奈は雑誌を叩き落とす。
「莉奈たん激しい……そういうプレイがお好みなのね……可愛い顔してるのに」
ジトーと莉奈は真瑚を見つめるばかりで何も言わなかった。
真瑚が落ち着いた頃には莉奈は代表合宿の思い出話を始める。
莉奈が楽しそうに話すのはほとんど「アンリ」のことだった。イングランドで活躍する日本代表ストライカー、長瀬選手の子供でイングランドで暮らしているということ。めちゃくちゃ上手いFWで名前通りにフランスのアンリみたいな選手だってこと。かなりの美人で陽気な人だったってこと。もっと一緒にサッカーしたいと思ったこと。
「そんなに上手いなら莉奈が代表に選ばれさえすれば一緒にやれそうだな」
「そうなの! 私もっと上手くなりたい」
目を輝かせる莉奈はいつもの五割り増しで可愛く、なぜか幼く見えた。
これだけ嬉しそうな妹を見ると俺までもが幸せになれるぐらいだ。
「私も応援してるからね」
キラッ、と顔の近くに親指、人差し指、小指を立てた手を作ってウインクをするがやはり無視されている。
「そういえばアンリさん、すぐにまた一緒にできるって言ってくれたしなぁ、また選ばれるようにがんばらなきゃね」
「ほどほどにな。だいぶん疲れてるだろうしゆっくり休めよ」
緊張する性分だからかなり気疲れしたはずだ。
「わかってるよー」
「ねえ、お腹空いたんだけど」
真瑚が小さい子供みたいに急に空腹を訴える。
「じゃあ家帰ってなにか食べたら?」
「えー、一人暮らしの自炊はつらいんだから。洸くんの作ったご飯が食べたいな」
上目遣いにかわいくおねだりしているつもりなのだろうか。なぜか今日はこう、ぐっときた。
「しょうがないな、今日だけだから」
カリスマモデルに負けてしまった。
「やったね、私もこっちに住みたいぐらいだよ」
「そんなのはやめてくださいね」
ぱっと莉奈のほうを見ると心底嫌そうにも悲しそうにも見える複雑な表情だったが対照的に真瑚はご機嫌でサッカーゲームを再開していた。




