護衛連隊 第7小隊
Leibstandarten SIEBENTZUG −護衛連隊 第7小隊ー
ーこの物語は、
ゾルクロース王国国王エーゼル3世の命により創設された護衛連隊、
その護衛連隊の独立部隊である第7小隊の活動を描いたものである。ー
それは昔々のお話・・・
ゾルクロース王国の都、ヴォルストブッフを守る王都守備隊の守衛の一人が、都を囲む城壁の
上で哨戒任務中、東の森の方から現れた一匹の大トカゲを発見した。
トカゲとはいえ、鋭利な歯とカギ爪を持ち、長い首と尾まで含めた全長は5〜6mに達し、
太い二本の足で闊歩するその姿は、まさに前時代の恐竜そのものである。
連絡を受けた守備隊本部は即座に一個中隊約40名を派遣、都に近付けまいと弓、槍、投石機
等で排除を試みるが、攻撃を受けて興奮したた大トカゲは奇声を上げながら、あろうことか
都の方向に向かって走り出してしまった。
一方都では、
追加動員された二個中隊が、城壁の外で大トカゲの城壁内侵入を阻止すべく布陣するのと時を
同じくして、城壁内に住む住民の避難が開始されていた。
城壁に接近する大トカゲは完全に冷静さを失っており、その暴れようは凄まじく、守備隊の攻
撃は単に暴走を増長しているだけのようにしか見えない。
そして遂には、大トカゲが城壁の一部を破壊、中に入り込んでしまった。 ドガガガ・・・
町の住民達は、少し離れた建物の陰からその様子をうかがっていた。
「あー、家が壊される・・・」
「だめだ、王都守備隊でも全く歯が立たない」
「ああ神様、何とかならないの・・」
その時、
「あ〜あ、情けねえなぁ、守備隊ってヤツらは」、という男の声が彼等の背後から聞こえてきた。
振り返った住民達が目にしたものは、王都守備隊とは全く違う甲冑に身を包んだ3人組と、
白い法衣の美少女の姿だった。
人々はお互い顔を見合わせた。
「誰だ、あいつら。援軍か?」
「知らんな、あんなアーマー見たことないぞ」
「どこかの傭兵かな」
「いや、あれを見ろ、あの肩のアーマーを」
「肩?」
「あ、あれは!」
その地味でくすんだような艶消しの銀色をした肩のアーマーには、鷲を象った徽章があった。
説明しよう。
鷲は、ここゾルクロースでは王族、またはそれに準ずる者にしか紋章とする事を認められない、
特殊で高貴なものなのである。
「わ、鷲の紋章!」
「こ、近衛連隊か?」
「いや、近衛のアーマーじゃないよ、近衛のは白銀に輝いて鏡みたいにピカピカしてるんだ」
「じゃあ、あれは・・・」
住民の一人がボソッとつぶやいた。「もしかして、護衛連隊じゃ・・・」
「護衛連隊 !?」
「護衛連隊ってあの、国中から精鋭だけを集めたっていうウワサのあれか」
「そう、
全国から身分、職業を問わずに腕に覚えのある猛者達を集めてトーナメント戦を行い、数種の
部門でそれぞれ上位に入賞した者だけで編成されたという、正に最強部隊だよ」
「そんな連中がなぜこんな一般区域にいるんだ? 王室直属のはずだろ?」
「そういえば何か、落ちこぼれ部隊があるってウワサを聞いたことがあるな」
「落ちこぼれ?」
「そんなバカな、精鋭中の精鋭なんだろ?」
「あぁ、おれ知ってるぞ。
前に西の城門に大トカゲが襲って来た時、護衛連隊の・・・確か第7小隊が城門ごと町を
メチャメチャに壊したことがあったらしいぞ」
その話を聞いて次第に不安になった住民達は、恐る恐る3人組の肩アーマーの紋章に注目した。
鷲の形を模した徽章、その鷲が両足で掴んでいるのは、五角形の枠に数字の7が刻まれたものだった。
「ゲッ! 第7小隊!」
「やばい! 町が壊されるぞ!」
「まさか!」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ !!」
パニックになった住民達はクモの子を散らすように一斉にその場から退避し始めた。
ワー!ワー!
「何だ何だ、ここの連中は」
4人の中で一番最初に声を発したのは、この黒髪の、偉そうに腕組みをした男ヴィリーだった。
「ヘン! バカにしやがって、オレ達を何だと思ってやがんだ。 せっかくトカゲ退治に来てやったのに・・・」
ヴィリーは慌てふためいて逃げ惑う住民達の姿を見ながら忌々しそうに吐き捨てた。
すると、
「みんなあんたが悪いのよ」
ヴィリーの後ろに立っていた赤毛でショートヘアの少女隊員が不機嫌そうに言った。
「何だとニート、何か文句でもあんのか」
振り返って睨みつけるヴィリーに対して、ニートと呼ばれた少女はかなり不満があるらしい。
彼女はその灰色の大きな瞳でキッと睨み返すと声を荒げた。
「あんたが毎度毎度、任務の度に一人で暴走してデタラメなことばっかりするからこんな羽目
になるのよ!」
「何だとコイツ!」
「何よ、事実を言っただけじゃない。
護衛連隊のあたし達が、こともあろうにトカゲ退治なんて、何もかもあんたのせいなのよ!
挙げ句の果てには周りの人にも嫌われるし!」
「てめー、言わせておけば!」
そう言うなりヴィリーは、怒りにまかせて腰に下げた剣を抜いた。 シャキン!
それを見たニートもまた身構え、剣の柄に手をかけた。
睨み合う2人の間に緊張感が走る。
この2人、ヴィリーとニートは同じ部隊に所属していながら、お互いに激しくいがみ合っていた。
本気で相手を殺そうとしているのか、あるいは単に力を誇示しているだけなのか。
いずれにしろかなり険悪な間柄であるのは確かなようだ。
「やめんか、お前ら。 おれ達はここへケンカしに来たわけじゃないぞ」
もう一人の男が2人の間に割って入った。
長身で、4人の中で最も年長と思われるその男は隊長のようだった。
ヴィリーとニートは、男に言われて幾分落ち着きを取り戻し、不満ながらも本来の任務に
立ち返る。
その場を治めた男は、大トカゲの方へ向き直すとその対処法を考えた。
「さて、どうやってあのトカゲを退治するかな」
「けっ! まかせとけって、このヴィリー様がとっとと片付けてやるさ!」
と言うが早いか、ヴィリーは剣を手に大トカゲに向かって走り出した。 ダッ!
「ちょっと待ちなさいよヴィリー!」
ニートの制止の声は全く届いていない。
ヴィリーは大きくジャンプすると、剣を大上段から大トカゲに向かって振り降ろしかかった。
「あちょ〜っ!」
それに気付いた大トカゲは、まるでハエでも振り払うかのごとく、前足の甲でヴィリーを
はたく。 バシッ!
「わぁ〜〜・・・・・!」
もの凄い勢いで吹っ飛ばされたヴィリーは、2ブロックも先の町の教会の尖塔に激突、塔を
二つにへし折ってしまった。
ボキッ「うぎゃ!」
「あ〜あ、またやっちゃったわ、あのバカ! あれで死なないんだから信じらんないわ」
ニートはヴィリーのアホさと頑丈さに呆れ返る。
「まったくだ、バカにつける薬はないらしい」
「ちょっとタウ! あんたも呆れてないで何とかしなさいよ、一応隊長なんだから」
「そうだな・・・」
長身の男タウは、外見こそ隊長らしく赤い裏地の黒マントを背中に着けて落ち着き払っては
いるが、隊長としての威厳のかけらもない男だった。
彼はオールバックの髪をかきながら暫く考えた後、後ろに向かって声をかけた。
「アイヒ、何でもいいから一発お見舞いしてやれ」
「あ、いいんですか?」
「あんまり威力のあるのは使うなよ」
「ハーイ」
4人目の隊員、白い法衣をまとった美少女アイヒは魔術師だった。
アイヒは道の真ん中に出て大トカゲの方向を向いて立つと、目を閉じ、両腕を左右に大きく
広げ精神を集中させる。
すると次第に周囲一帯の空気が張り詰め、まるで気温が下がったかのように寒々とした空気が
流れ始める。
彼女は目を閉じたまま伸ばした両手を頭上に掲げ、左右の指を組み合わせて何やらブツブツと
呪文を唱え始めた。
更に一層緊迫感を増す空気の中、アイヒのブロンドの長い髪が風も無いのにたなびき、指を
組み合わせたその両手には目に見えんばかりの気が集約されているようだった。
そしてそのまま両手を肩の高さまで下げ、大トカゲのいる方へ向けると、眼をカッと見開き、
「アイヒ、行きます!」
だがその時アイヒの目に飛び込んできたのは、眼前に迫る大トカゲの巨大な口と鋭い歯だった。
大トカゲはアイヒのすぐ前まで接近しており、アイヒの両手は大トカゲの大きく開いた口の中
にすっぽり収まっていたのだ。
そのまま大トカゲが口を閉じれば、アイヒの手が腕もろとも食いちぎられてしまう。
いきなりの衝撃的な事態に蒼ざめたアイヒは、キャーッと悲鳴を上げながら思わず組んだ両手
を離して頭を抱え、その場にうずくまってしまった。
その結果、彼女がその手に凝縮させた膨大なエネルギーが暴発し、あらぬ方向へ照射され、
一直線に200m程先までの住宅を石造、木造構わず全壊させてしまった。
ドガガガガガガーーーッ!
「んもー、何やってんのよ!」
思わずアイヒを怒鳴りつけるニート。
「うぇ〜ん、だってだって〜・・・」
アイヒは座りこんだままベソをかくだけ。
「う〜ん、やっぱりトカゲが接近した時、アイヒを止めるべきだったか。
アイヒのことだから途中で止めるとどうなるか見当もつかないから黙ってたんだが・・。
にしても威力の弱いやつと言ったのにこの破壊力とは・・・」
などと顎をさすりながら独り言を言っていたタウは次の手に打って出た。
「ニート、おれがトカゲを引きつける。
お前は横から回り込んで、ヤツを壁へ追い込め」
「わかったわ」
ニートが移動しようとすると、タウはいきなり大トカゲに向かって歩み寄りながら話し始めた。
「やあ、元気?」 ズテン(それを聞いてコケるニート)
「?」 大トカゲはキョトンとしている。
「そう? おれも元気。 じゃあ今度どっか飲みに行くか、いい店知ってるぞ」
「アホか、こいつ」
ニートは大トカゲに向かって普通に話しかけるタウを尻目に、建物の裏の路地を通って
大トカゲの背後に回り込んだ。
「見てらっしゃい、ゴモラにしてやる」
ニートが剣を手に大トカゲ目がけて突撃しようとしたその時、彼女の後方から猛ダッシュで
突進してくる男がいた。
「ヴィリー様復っ活〜!」
ヴィリーの目には大トカゲしか映っておらず、そのままの勢いでニートと衝突、2人は道端に
転げ出て大トカゲに気付かれてしまう。 ドン! 「キャッ!」
「いったぁ〜、何やってんのよ、このバカ!」
「大丈夫だ、オレにまかせとけ!」
そう言って立ち上がるなり、大トカゲに向かって突っ込むヴィリー。
大トカゲは尻尾を振って一蹴。 バシッ!
再びはじき飛ばされたヴィリーは、またまた立ち上がろうとしていたニートと激突。ドン! 「キャッ!」
「いい加減に・・」と言いかけたニートに対してヴィリーが一言。
「邪魔だ! すっこんでろ!」
ぷちん・・・
それまで度重なるヴィリーのスタンドプレイに耐えてきたニートも、この一言にはさすがにキレた。
「てめぇ! ブッ殺おす !!」
ヴィリーは大トカゲに向かって走り出していたが、その後ろから目を血走らせたニートが剣を
振りかざして追いかけてくる。
背後に殺気を感じたヴィリーはとっさに体をかわす。
ニートの振り降ろした剣はヴィリーにかわされ、その代わり大トカゲの尻尾を根元から
真っ二つに切断する。
とたんに大トカゲは大きな声を上げながら、のたうち回るように暴れだした。
夥しい量の血を流しながら暴れる大トカゲ、しかしそれも数分とたたないうちに倒れて
大人しくなり、そして止まった。
大トカゲは死んだ。
だがニートの怒りは治まっていない。
ニートは剣を握りしめてヴィリーを追いかける。
「てめーっ、殺してやるっ!」
「な、何なんだてめー!」 慌てて逃げまわるヴィリー。
タウが後ろからニートの両腕を羽交い締めにして抑えようとするが、頭に血が上ったニートを
止められない。
「おい、アイヒ、こいつを止めろ」
「え〜、でもどうすればいいんですか」 戸惑うアイヒ。
「何でもいいから止めろ、早くしろ!」
「うぎゃ〜っ! 放せこのヤロー、ブッ殺してやる!」 なおも暴れるニート。
アイヒは手に持っていた杖でニートの頭をコツンと叩いた。
「えいっ」
打ち所が良かったのか悪かったのか、ニートは気を失ってズルズルとタウの腕からくずれ落ちた。
こうして大トカゲ襲来事件は終わった。
大量の瓦礫の山を残して。
人口数十万人を数えるゾルクロース最大の町ヴォルストブッフは城塞都市である。
中央に王宮とその関連施設、貴族の邸宅等を城壁で取り囲んだ中央区域。
その名の通りここは王国の政治の中枢であり、許可を得た者以外は入れないよう厳重に警備されている。
その外側に商人など一般住人等が住む第2区域があり、これも周囲をぐるりと城壁が巡らせてある。
更に、その後の人口増加により城壁の外に居を構える者達も現れたため、新たに城壁が建設された。
つまり、王宮は三重の城壁で守られていることになる。
翌日
中央区域内の一角にある一棟の建物、その中にある護衛連隊本部、そこの連隊長室に第7小隊の4人は集められていた。
4人が連隊長室に入った時、室内には白髪でヒゲの連隊長と長身の参謀総長がおり、連隊長は4人に背を向けるように
窓の前に立ち、外の景色を眺めていた。
おもむろに口を開く連隊長。
「貴様等・・・、一体どれだけこの町を破壊すれば気が済むんだ。
これで四度目だぞ。 前代未聞だ、バカ者共が」
連隊長はかなりお怒りのご様子、しかし肝心の人達は全く反省の色がない。
「しかし連隊長、今回のはこいつのせいですよ」 ヴィリーが横に立っているニートを指さして言う。
「何言ってんの! もともとはあんたのせいでしょ!」 ムッとしたニートが反論。
「何でオレのせいなんだよ! オレが何したってんだ!」
「あんたがマヌケだからよ!」
「トドメを刺したのはてめーだろーが !!」
「あんたがちゃんと働かないからでしょ!」
「オレがいつ仕事サボったってんだ !!」
「もういい! やめんか !!」
連隊長が二人の口論を止めさせると、ニートは連隊長にかみついた。
「そもそもトカゲ退治なんてあたし達の仕事じゃないわ。 あたし達は王室直属の護衛連隊なのよ」
「今の貴様等に陛下の護衛など任せられるか! このバカモンが!」
「だったらこいつを何とかして下さい! クビにするとか殺すとか」 ヴィリーを指さすニート。
「こいつとは何だ貴様!」
再び口論を始めようとするところを今度はタウが止めに入る。
「いい加減にしろ、その辺でやめんとお前ら2人ともクビにされるぞ」
タウにたしなめられて、渋々口を噤むヴィリーとニート。
連隊長も少し落ち着きを取り戻し、自分の椅子に腰を下ろすと話を始めた。
「まあいい、貴様等には次の任務についてもらう」
「またトカゲ退治ですか」 タウが訊ねる。
「そうだ」
「ぶー」
これにニートが膨れっ面で露骨に不満を表現するが、連隊長は無視して話を続ける。
「知っての通り、ここ最近、近隣の都市や町で大トカゲが出没するようになって住民も困っておる。
この王都でもこれで七度目だ。
だがこれには何か理由があるとは思わんか」
「知らないわよ、そんなこと」
「まったくだ、知りたきゃトカゲに聞くんだな」 ニートのつっこみにヴィリーが同調する。
「黙って聞かんか!」
2人を一喝した連隊長は、話の続きを後ろに立っていた参謀総長に任せた。
「参謀長」
「はい」
参謀総長は一歩前に出るといつも通りの冷静な口調で話し始めた。
「調べたところ、これら一連の大トカゲは全て同一種で、肉食だが性格はいたって大人しく、こちらから手を出さなければ、
よほどのことがない限り人を襲うことはないそうだ。
やつらは元々、ここから南東方向にあるツァーゲン山辺りを中心に、その周辺の山や森で生活していたらしいのだが、
何らかの理由で人里に出てきたものと思われる」
「では、我々にその山へ行けと」
タウの質問に連隊長が答える。
「そうだ、原因を探り、二度と起こらぬよう対処するのだ」
連隊本部を後に、城門の方へ向かって歩いていく4人を部屋の窓から見送ると、連隊長は深く長いため息をつきながら
椅子の背もたれに体を埋めた。
「ふぅー、困ったやつらだ・・・」
その連隊長に参謀総長が話しかける。
「閣下、いつまであの連中を連隊内に留め置くおつもりですか。
いくら隊員選抜トーナメント競技会で優秀な個人成績を収めたとはいえ、あれではただの役立たずです。
内外から不満の声や苦情が上がっているのはご存知のはずでしょう。
私としましてももっと厳しい粛正を希望致します」
「みなまで言うな、わしとて好き好んであいつらのお守りをしているわけではないのだ」
参謀総長は手にしていた資料を広げて読み上げる。
「ヴィリー・アイゲン、19歳。
辺境守備隊第2北部方面隊出身。
選抜トーナメント成績、基礎体力部門1位、剣術部門8位、格闘部門4位。
一言で言えば体力バカ。 一人で三部門にエントリーして、その全てに入賞したのはこの男だけ。
ニート・エマンツェ、16歳。
アルトヴァーレン伯領兵出身。 アルトヴァーレン伯爵御推薦。
剣術部門1位。
優勝確実といわれた国防軍のエリート、ネルツ・フレース・イーゼグリムをいとも簡単に下した恐るべき剣の達人。
アイヒ・ヘルンヒェン、15歳。
ルーレン村出身。
魔術部門1位。
かの伝説の魔導師ネーベルの孫にして唯一の後継者。
それだけで対戦者の大半が恐れをなして辞退したという天才魔術師。
ちなみに連隊の最年少隊員です」
「まさに、成績だけは非の打ち所がない」
連隊長は改めて彼等の成績の優秀さを認める。
国王によって近衛連隊の参謀本部から護衛連隊の初代連隊長に任命された彼は、この選抜トーナメントの結果について
ある予想をたてていた。
彼は地方兵に始まり、国防軍、近衛連隊、そして護衛連隊と、下級貴族の出身でありながら異例の出世を繰り返して
きた生え抜きの職業軍人であり、軍の内情には精通している。
その彼は当初、トーナメントの優勝者はいずれの部門でも、国防軍か近衛連隊の出身者から出るものと思っていた。
彼の軍歴から見ても、軍の戦力配分から見ても、その予想は至極当然なものであったといえる。
つまり、地方兵であるヴィリーとニート、一平民でしかないアイヒの3名が優勝することなど露程も考えていなかった
のである。
「しかし性格があれでは・・・」 参謀総長が苦言を呈する。
「確かに、協調性のかけらもない連中だからな」
「組織しとて機能しないのであれば、軍人としては完全に失格です」
「とはいえ、これ程の成績優秀者を三名も除外してしまっては、連隊の戦力低下は免れんし、何より『最強をもって
組織せよ』と仰せられた国王陛下が御納得されんだろう。
ただでさえ採用人員が当初の予定数より20名近くも少なかったというのに・・・」
「仰る通りです。
そこで、どの小隊からも編入を拒否された3人を独立部隊第7小隊として編成したという訳ですね。
ですが小隊長があの男では、やはり問題があるのではではありませんか」
「タウゲニヒツ・ラングヴァイラーか。
確かに国防軍では何の実績も残しておらんし、隊長の器かどうかも未知数ではあるのだが・・・」
参謀総長は別の書類に目を通す。
「そのようですね。
タウゲニヒツ・ラングヴァイラー、27歳。
国防軍では第6師団第612補給大隊に所属、戦歴なし。
選抜トーナメント剣術部門22位、戦術理論試験8位、いずれもギリギリの成績です」
「だろうな・・・。だがわしは、あの三人にはあれぐらいの男が丁度いいのかも知れん、と思っておるんだよ。
何の根拠もない、ただの勘だがね」
数日後、第7小隊はツァーゲン山を目指す森に差し掛かっていた。
王都を出発してから暫くの間は平原地帯ということもあり、半ば遠足気分で楽しんでいた彼等も、山岳地帯の森に入り、
人も通わぬ足元の悪い山の中を獣道を頼りに進むにつれ次第にイライラし始めていた。
最初に毒ついたのはやっぱりヴィリー。
先頭を歩いていたヴィリーは、拾った木の枝を振り回して周りの身の丈ほどもある藪を叩きながら不満を口にし始めた。
「けっ、何でオレ達ばっかり何時も何時もトカゲ退治なんだよ、ったく!」
「みんなあんたが悪いんでしょ」
その後を歩くニートが言葉を返す。
ニートにしてみれば、ヴィリーの、自分の非を認めず何でも他人のせいにしてしまう根性がどうにもこうにも鼻持ち
ならないのである。
だからヴィリーが何か文句を言うと、その都度言葉を返さずにはいられなくなる。
「何だと !?」 振り向いてニートを睨むヴィリー。
「何よ、あんたが連隊長を怒らせるような事ばっかりするからだって言ってんのよ!」
「ざけんなよコラ! 怒らせたのはてめーの方だろうが!」
「あたしがいつ怒らせたって言うのよ!」
「知らばっくれんじゃねーぞ、てめー! なんでもかんでもオレのせいにすんじゃねー!」
「それはあんたの事じゃない! あんたといるとこっちはいつもとばっちりばっかりよ!
あんたさえいなきゃ、あたし達はちゃんとした普通の任務につけるのよ!」
「てめー、相当殺されたいらしいな」
低い声で凄味を利かせながらそう言うと、ヴィリーは一歩下がって距離を取り、腰の剣に手をかけた。
「あら、面白いわね、あたしに勝てるとでも思ってんの? トーナメント8位のヘタッピーが」
ニートは両手を腰に当てて余裕綽綽の構え。
「てやんでぇ! あんな試合イカサマに決まってんだろ!
何せおめーみてぇなクソ野郎でも優勝出来るんだからなっ!」
その言葉を聞いたニートは、ピクッと眉を動かしたかと思うと鋭い目つきで一気に剣を抜き、その切っ先をヴィリーに
向けて突きつけた。 シャキン!
「抜きなさいよ、三枚に下ろしてやるから!」
「おーし! やったろうじゃねーか! ネギトロにしてやる!」 ヴィリーも対抗して剣を抜く。
またまた睨み合う2人、そこへタウが割って入る。
「いい加減にやめんか、お前ら」
「どけ! タウ! こいつは一度痛い目をみせてやらんと分からんのだ!」
「そうよ、こんなバカ要らないわ!」
タウは頭をかきながら、諭すように言う。
「大体お前らがいつもそういう態度だからこんな仕事しか与えられんのだ。それを理解して少しは反省しろ」
「うるせーぞ! てめーに説教される覚えはねー! すっこんでろ!」
「そうはいかん、部隊内での決闘は禁止されてるんだ。
それを見逃したとあっては、隊長としての俺の立場がない」
「フン、隊長ですって、チャンチャラおかしいわ。
そういうことはちゃんと隊長らしい事やってから言ってよね、バカの暴走を止めるとか」
「まったくだ」
ニートの発言に珍しくヴィリーが同調する。
彼はニートの発言の主旨を全く理解していない。
「いくらてめーが国防軍の出だっつったって、隊長の資格があるとは到底思えねー」
「決めたのはおれじゃないからな・・・」
タウは他人事のような顔で言う。
「よし! じゃあ今からオレが替わって隊長やってやる! 文句のあるやつぁかかってこい!」
ヴィリーは剣を肩に置き、意気揚々とポーズを決める。
「バーカ、誰があんたの下で働くとでも思ってんの」 ニートは半分あきれ顔。
「ハッハハ〜、てめーなんかイの一番にクビだ、クビ! この役立たずめ!」
「何ですって!」
「まあ待て。
そうだな、そんなにやりたきゃ替わってやる。 おれも好き好んでやってるワケじゃないしな」
「そうだそうだ、替われ替われ」
「ただし、誰がやるかは全員で決めようじゃないか。 な、アイヒ」
「え !?(汗)」 タウがアイヒの名を呼ぶのを聞いてビクッとするヴィリーとニート、顔色が急変(汗)。
アイヒは・・・、
3人に背を向け、近くの草地にペタンと女の子座りして、背負っていたバッグを降ろして膝の上に乗せ、中を手で
ゴソゴソと漁っているところだった。
「え!?」 タウに呼ばれて振り返る。
「ってあんた何やってんの!」
放っておくとすぐ自分の世界に入るアイヒにツッコミをいれるニート。
「え? あ、えっと・・・、カエルさん!」
ニートが何を怒っているのかさっばり理解出来ないアイヒは、そう言ってカエルの形をした愛用のバッグを両手で
差し出してニッコリ笑う。
「カエルさん・・・って、何考えてんのあんた! 遠足じゃないのよ!」
「え〜、でもお菓子も入るんですよ、ホラ!」
アイヒはカエルバッグの口に手を突っ込んで、お菓子を取り出してみせる。
全く状況を理解せず、マイペースを貫くアイヒに辟易したニートは、振り向いてタウに訴える。
「こんなバカに隊長なんか務まるワケないでしょ!(汗)」
「そ、そうだ、アイヒはいかん、アイヒは外せ(汗)」
ヴィリーとニートの意見が合うことは滅多にないが、ことアイヒに関しては例外的に同じ考えを持っていた。
2人はアイヒの持つ能力がいかに恐ろしいかを知っている。
それだけに、アイヒだけは決して敵に回したくないという思いがあるのだ。
勿論タウとてもそれは同じこと。
知っていればこそ、タウは2人をある意味からかっている。
「だがそれじゃ不公平だ。 やっぱここは公平に4人で決着をつけねばなるまい」
「アイヒは女だぞ! いいのかそれで!」
「おいコラ! じゃ、あたしは何なのよ!」
「てめーのどこが女なんだよ! この赤毛ザル!」
「ぶ・・・、ぶっ殺ぉす !!」 剣を振り上げるニート。
「うるせー! 女だってんなら乳揉ましてみろってんだ!」 剣を振り回しながら逃げるヴィリー。
2人の本気でない、あからさまに空々しいやり取りを眺めて少々呆れ顔のタウ。
「アイヒに勝てんのなら素直にそう認めろ、お前ら」
ヴィリーとニートが喧嘩を始めると、アイヒはいつもどこかへ行ってしまう。
理由は単純、つまらないから。
この時もアイヒは、一人でお菓子をポリポリかじりながら山の中を散策に出かけた。
すると、以外と近いところに小川が流れているらしい音がすることに気が付く。
下草の藪をかき分け、緩やかな斜面を下って行ってみると、その小川のほとりに座り込んで、両手で顔を覆っている
女性を発見する。
アイヒは振り返って、上の方で言い合いをしている3人に向かって言う。
「見て見てぇ、あそこに誰かいますよ」
「何?」
アイヒの言葉に最初に反応したタウが、アイヒのいる方へ下りて行くと確かに女性がいる。
タウは近付いて話を聞いてみることにした。
「どうした、何故こんな所にいる」
言葉をかけられて驚いて顔を上げた女性、それは美しいうら若き少女だった。
少女は、見慣れぬ人達が近付いてくるのを見てかなり怯えた様子。
こんな人も通わぬ原生の森の中で出会うのだから、山賊と勘違いされても無理からぬこと。
「あ、あなたたちは・・・」
少女の問いかけにタウが「我々は・・」と言いかけたところを、後から追いついたヴィリーが押し退けた。 ドン!
「オレ達はヴォルストブッフの都から来た護衛連隊、ヒーローさ!」
少女は些か戸惑っていたが、ヴィリーの言ったヒーローという言葉を聞いて何がしか直感したのか、急に顔色が明るく
なった。
「では・・・、では私たちの町を救いに来て下さったのですね!」
「はん?」 一同、首をかしげる。
少女の案内で町へ連れてこられた4人は、誘われるまま一軒の飲食店で町の長老と面会し、食事を取るかたわら町の
置かれている状況を聞くことになった。
その長老の長ったらしい話をタウが要約する。
「なるほど、要するに半年ほど前に突然、クラップリッヒと名乗る魔術師がドラゴンに乗って現れ、毎月食べ物を貢ぐ
よう脅迫してきたと」
「ご説明ありがとうございますぢゃ。 さもないと町を粉々に破壊し、焼き払うと」
「なるほど、そして今度はこの人までをも・・・」 ヴィリーは少女を見る。
「はい」
「ですぢゃ。 今度は食べ物に加えて若い女の人を奉げよと言うてまいりまして。
ぢゃがご覧の通りの小さな町ぢゃて、若い女と言うても数えるほどしかおりませんぢゃ。
それに、もうこれ以上町の衆に迷惑をかける訳にもいきませんでの」
「じゃあ、この子は」
「わしの孫娘ですぢゃ」
「おじいちゃん」 長老にすがりついて泣きだす少女。
重苦しい空気の中、暫し沈黙する一同。
そんな中、ニートだけはその話を全く信じていないのか、不真面目に茶化したような口ぶりで話す。
「ふ〜ん、ドラゴンに乗った魔術師なんて、昔話みたいね」
その言葉に長老が憤慨する。
「な、何とおっしゃる! これは昔話などではありませんぢゃ!
作り話でも、ホラ話でも、絵空事でも、ヤラセでも、偽装表示でもありませんぢゃゃゃ!」
「いやそこまで言ってないって・・・」
「あの恐ろしいドラゴンの顔は、今思い出してもゾッとしますぢゃ。
一緒に見た町の衆の中には、熱を出して何日も寝込んだ者もおる程ですぢゃ」
長老は恐怖に顔を引き攣らせ、額に汗を浮かべながら力説する。
ニートの態度はヴィリーにとっても不満だったようだ。
「そうだぞニート、ちっとは人の話を信用しろ!」
「別にウソだなんて言ってないでしょ」
「もっと真面目に話を聞けっつってんだよ!」
「あんたに言われたくないわよ!」
またまた睨み合う2人を見て、ここでケンカを始められてはたまらんと、タウが言葉を挟む。
「まあ、いきなりドラゴンと言われてもな、一生のうちでそうそう何度もお目にかかれるものでもないし、
信じられないのも無理はない。
だが話を聞く限りウソでもないようだ。
そんな話をでっち上げたところで、この人達には何のメリットもないからな。
そうだろ、ニート」
「まぁ・・・、そうだけど・・・」
そう言われるとニートには返す言葉がない。
「しかし、魔術師がドラゴンを飼い慣らすというのは確かに昔話じみている。
俺も、子供の頃聞いた童話ぐらいでしか知らんからな。
本当にそんなことが出来るものなのか、アイヒ」
「え〜、アイヒ分かんな〜い」
アイヒは人の話はそっちのけで、勝手に注文したプリンを口一杯に頬ばって一人悦に入っていた。
「すまん、お前に聞いた俺が悪かった・・・」
暫し自己嫌悪に陥ったタウ、確かに同じ魔術師とはいえアイヒに聞いたのは筋違いだったかも知れない。
魔術師と一言で言ってもそれは千差万別で、アイヒの場合防御系、治癒系の魔術を得意とするが、他にも攻撃系や
呪術系とその派生型である傀儡系の魔術を使う者など様々おり、しかもそれぞれの系統の中にも気功を操るものや、
動植物の持つ特異な能力を会得し利用するもの、気象現象を操るもの等、それこそ多種多様で全てを網羅することすら
難しい。
アイヒが知らなくてもそれは無理からぬこと、至極当然なことなのだ。
タウは気を取り直して長老に質問する。
「で、その期日は」
「明日の夜ですぢゃ」
これにヴィリーがいち早く反応する。
「いかん、このまま放っておく訳には行くまい! オレ達で何とかせねば!」 ドンとテーブルを叩く。
この発言が正義感からではない、目立ちたい一心からくるものであることは、彼の人となりを知る者には明々白々
だった。
「関係ないわね、行きましょ」
そんなヴィリーに愛想を尽かしたか、ニートは無表情のまま席を立って玄関のドアへ向かおうとする。
そのあまりに素っ気ない態度にヴィリーは言葉を荒立てて立ち上がる。
「てめー、この哀れな人を見捨てろって言うのか!」
「知らないわよ、そんなこと」
「何だとてめー!」
「大体ね、この手のたかり話はそこいら中にゴロゴロしてんのよ。
相手が山賊だったりとかいろいろだけど、いちいち相手になんかしてらんないわ。
いやなら自分達で何とかすればいいじゃない」
「バカヤロー! 自分達で何とも出来んからこうして困ってんだろ!」
「あたし達にだって任務があるんじゃなかったの? さ、行くわよ」
玄関前でウェイトレスの女の子が待っている。
「ありがとうございます、3500イェンになります」
「・・・・(汗)」
ニートは金を持っていない。
「てめー、この人達に世話になった恩を忘れるつもりか! 一番大量に食ったくせに!」
ヴィリーも金を持っていない。
「まあ待て、ニート」
タウも金を持っていない。
「考えてもみろ、この町に魔術師が現れたのが半年前、そして都に大トカゲが来るようになったのが2ヶ月程前からだ」
「だから?」
「この2つの事件には関連があるという事だ。
時差は距離に置き換えると説明がつくし、方角も一致している」
「そうか、あのトカゲは自分達の住む山をドラゴンに占領されて、それで逃げてきたんだな」
即答のわりに、ヴィリーにしては的を射た発言だった。
「すなわち、そのドラゴン退治こそが我々の任務、というわけだ」
そう結論付けるタウの言葉を聞いて、ニートは複雑だった。
ただでさえ不本意なトカゲ退治が、更に強力で煩わしいであろうドラゴン退治に変わってしまった。
「なんて事なの、トカゲの次はドラゴンなんて」
ニートはあきれ顔でフーとため息をつく。
「お金払わなくって良かったですね、ニートさん」
「うっさいわね!(汗)」 アイヒに本音をつかれてちょっと赤面。
「誰もおごるとは言うとりませんぢゃ・・・」
蚊帳の外で一人呟く長老。
「ドラゴン退治か、これぞヒーローの仕事だぜ」 ヴィリーは腕組みをして席に座り直す。
「ドラゴンって火吹くんだろ、腕が鳴るねぇ〜」
「吹かん、あれはお伽噺だ、火を吹く動物など存在しない。
だが相手が魔術師とドラゴンとなると、一筋縄では行くまい」 タウは冷静に考えを巡らす。
「構いやしねーよ、オレがまとめて面倒みてやるって」
「あんたが出しゃばるとロクなことになんないのよ、引っこんでなさい」
「何だと!」
ヴィリーとニートのやり取りを無視してタウは話を進める。
「まずは敵を知ることだ」
「だからドラゴンと魔術師だっつってんだろ」
「それだけじゃ情報不足だって言ってんでしょ! バカ!」
「せめて住み処だけでも分かればいいんだが・・・」
「それならシャイスボンツェの城ですぢゃ」
「シャイスボンツェ?」
長老の口から出た、聞いたこともない名前に関心を寄せる一同(アイヒを除く)。
「この先のメンシュの山の頂上に、そういう名前の古い城がありますぢゃ。
そこに居を構えると、以前来た時に言うとりましたぢゃ」
「なるほど、ツァーゲン山の隣りの山だな」
タウは店の壁に掛けてある絵地図を見ながら言う。
確かにツァーゲン山の隣りの山の絵にはMenschと書いてある。
「よっしゃ、ちょっくら行ってくっか」
「まあ待てヴィリー、そう急ぐな」
気合いを入れて立ち上がるヴィリーをタウが制止する。
「何だよ、まさか作戦でもあるってんのか」
そう言われてちょっとニヤけるタウ。
「居所が判れば、策はないでもない」
その言葉を聞いてヴイリーは態度を変える。タウの考えた作戦の内容に興味が湧いたのだ。
その一方でニートは懐疑的。
「フン、どうせ酒で酔わせるとか、毒を盛ったりとかするんでしょ。 見えすいてるわね」
「そんなベタな手は使わん。
まあ、言ってみれば、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってとこだな」
「何よそれ、どういう意味?」
そこへアイヒが横やりを入れる。
「それは、虎の穴に入らなければ立派なプロレスラーになれない、ってことです」
「なるほど、虎穴に入らずんば孤児を出ず、か」納得するヴィリー。
「違うって・・・、ネタ古いし」
「大体コケツって何よ」
「いやだニートさんってば恥ずかしい・・・」
そう言ってチラッと法衣のスリットをめくって太股の上を見せようとするアイヒ。
「それはオケツ」
「じゃあレギュラーになり損ねた人!」
「それは補欠」
「じゃあこれ!」
「それはバケツ!」
「じゃあこれ!」
「それはバナナ・・・ってもういい! っていうか「バ」しか合ってないじゃない「バ」しか!」
「いや「バ」も合ってないから・・・」
タウは、このおバカ3人にはこれ以上説明しても無駄だと思った。 というより説明する気が失せた。
「とりあえず、生贄は誰か他の者にやってもらわんといかんな」
「そ、そう言われましても・・・」
長老は返答に窮し、考え込んでしまった。
確かにタウの発言は、長老にとってはありがたいことこの上ないものではあるが、他に誰かいるのであれば最初から
自分の孫娘を生贄にしたりはしない。
「う〜〜ん・・・」
ヴィリーも腕組みをしたまま下を向き、目を閉じて真面目に考えていた。
そして、頭の中にあるひとつの考えが浮かんだ時、パッと顔を上げた。
ヴィリーと長老はほぼ同時にアイヒに目を遣った。
「わたし?」
突然注目されて驚くアイヒ。
「そうだアイヒ、ここはお前しかいないんだ」
ヴィリーが諭すように言う。
「いや〜、問題なしですぢゃ」
長老はアイヒの頭から足の先まで目で追いながら太鼓判を押す。
それにニートが反論する。
「ち、ちよっと待ってよ。 アイヒじゃ危険だわ、あたしがやる」
ニートは、世間知らずでマイペースな天然ボケキャラのアイヒにそんな大役が務まるか、という危惧を抱いていた
のだが、それと同時に、見た目だけでアイヒを選んだ2人に対する反感の意も多少含まれていた。
ヴィリーはそっとニートの肩に手を置く。
「ニート・・・」
「なによ」
「気持ちは分からんでもないが・・・、もし女でない事がバレたらどうな<バキッ!>」
ニートが、話し中のヴィリーの顔面にグーでパンチ。
「あたしゃ女だ! このバカモンが!」
そんなこんなで、生贄役はニートに決定した。
ニートは長老の勧めで、試しに生贄用に用意された衣装を着てみることになった。
暫く後、店のウェイトレスに付き添われて、隣りの部屋で着替えを終えたニートが出てくる。
「おおおっ!」 驚きの声をあげる一同。
「こ、これは・・・」 ヴィリーも驚く。
「な、何なのよ、このカッコウ!(汗)」
ニートは顔を赤らめながら長老に説明を求める。
「い、いやぁ、これがクラップリッヒ様御指定の衣装なんですぢゃ」 長老は鼻の下が伸びきっている。
「御指定ってコレ、バニーガールじゃないのよ! カメ仙人かその魔術師は!」
「ニートさんかわいいですよ〜」
「うっさいわね!(汗)」 無邪気な笑顔のアイヒに言われて、いっそう赤面するニート。
「事務所的にNGでしょ、こんなの!(汗)」 ニートはタウに向かって却下を要求。
「いや事務所なんてないし・・・」 タウはあっさり拒否。
ひきつったような変な笑顔で近付いてきたヴィリーが言う。
「よ、よかったなニート、これなら十分女に見えるぞ・・・」
「鼻血を出すな! あんただけは絶対ブッ殺す・・・」
拳を握り締め、一人怒りと羞恥に耐えるニートであった。
そして次の日、クラップリッヒが要求した期日がやってきた。
4人は町外れの森の中、神殿に続く参道を歩いていた。
タウが作戦の注意事項を説明する。
「いいかニート、何度も言うようだがお前は生贄だ。 それらしく、大人しくしているんだぞ」
「わかってるわよ、しつっこいなぁ」
「何があっても、俺がいいと言うまで絶対攻撃を加えてはいかんぞ」
「素手でどうやって攻撃しろって言うのよ」
半分いじけたようにふてくされて答えるニート。
もちろんニートはバニーガールのコスプレをしているわけで、剣を手にする事はおろか、武器を隠し持つ事さえ
許されない。
もしかしてクラップリッヒという魔術師は、そんな事も考慮に入れてこの衣装を指定してきたのだろうか。
いや、そんなはずはない、これはただのエロじじいの発想だ、そうとしか考えられない。
などと思いながら、ニートはやたらと布地の少ない衣装をあちこち気にしながら歩いた。
タウは話を続ける。
「俺とアイヒは城に先回りして、お前らが来るのを待つ」
「オレは、オレはどーなんだよ」
ヴィリーが、自分はどんな大役を演ずるのか期待しながら声をはずませた。
「ヴィリーは、ニートの姿が見える位置で隠れていろ。 そしてドラゴンが現れたら後を追ってこい」
「そうかそうか、隠れて・・・、後を追って・・・、ってちょっと待ておい!
それじゃ何かてめー、オレを除け者にしようってんのか!
オレが追い着く前にやっつけちまおうって考えてんだろ!
それじゃまるでオレはただのウサギ野郎の見張りじゃねーか!
戦力外通告か!そうなのか!? え、おい!」
ヴィリーは自分の、存在感のない、まるで裏方のような役回りに激昂した。
目立ちたたがり屋で自尊心の強いヴィリーにとっては到底承服出来る事ではない。
タウが宥めるように説明する。
「わからんか、空飛ぶドラゴンを追って山を登るなどという芸当は並の人間には絶対無理だ。
そしてドラゴンを退治するのにお前の力抜きで出来るとも思えん。
これは体力自慢のお前にしか出来ない役だ、まあ、言うなれば最後の切り札なんだよ」
最後の切り札と聞いて途端に機嫌を直すヴィリー。
「へ、へへへ・・・なるほどね・・・、オレがトリってわけか・・・。
いいぜ、よく分かってるじゃんかタウ、さすが隊長だ。
分かったらオレが着くまでくたばんじゃねーぞ、てめーら」
急に勢いづいて大股で歩を進めるヴィリーの背中を見ながら、ニートがタウに近付いて小声で言う。
「あんたってホント、口が上手いわね」
こうしてタウは上手くヴィリーを丸め込むことに成功した。
タウにとって最も不安な要素はヴィリーだった。
ヴィリーの、単に目立ちたいがためだけに先走って行動してしまうあの性格は、作戦の大きな障害となる。
とはいえヴィリーの底知れぬ体力と強靱な生命力は重要な戦力には違いない。
つまり、小隊が魔術師とドラゴンと最初に対峙する時、その場にヴィリーがいなければいいのである。
参道は途中で、メンシュ山へ向かう登山道へ枝分かれしている。
ここでタウとアイヒ、ヴィリーとニートの二組に分かれて作戦開始となる。
「じゃあ、俺とアイヒは先に城へ行って待ってるからな、行くぞアイヒ」
「はい」
タウとアイヒは登山道の方へ入って行く。
道は思いの外荒れておらず、所々ではあるが敷石もあって、さほど歩きにくくはない。
恐らく、山頂の城にドラゴンと魔術師が住みつくまでは、この登山道を利用する人達がいたのだろう。
「え〜ん、もう歩けませ〜ん」
「ってまだ5分も経ってねーだろ」
結局タウがアイヒをおんぶして山を登る羽目に。
ようやく山頂に到着したのは日が暮れた直後、地平線が幽かに赤らいでいる程度の時間になっていた。
タウは、背中で気持ちよさそうにスースー寝息を立てているアイヒを近くの木の根元に降ろすと、山頂の様子を観察
し始めた。
どうやらメンシュ山は死火山のようで、山頂には木々に囲まれて周囲700m程の小さな湖がある。
明るい昼間に見たら、けっこう風光明媚な光景なのだろう。
シャイスボンツェ城はその湖の北側のほとりにひっそりと建つ石造りの小さな城だった。
相当古い城のようで、外側を巡る城壁の石はほとんど崩れ落ちていて、壁の体を為していない。
城といっても城壁の中央に三階建ての天守閣があるだけの小さなもので、城というよりもむしろ兵士が常時駐留する
監視塔の役割を果たしていた、と考えた方が妥当なように思われた。
その天守閣自体もかなり傷んでおり、三階部分は一部壁が崩れ落ち、恐らく屋根も落ちていると推察された。
二階の窓からは仄かに明かりが見えるので、クラップリッヒという男がそこに居るのは間違いない。
ドラゴンもそこにいるのだろうか。
いずれにしろ相手は得体の知れない魔術師である。
周囲にどんなトラップが仕掛けてあるか分からないと思ったタウは、今いる場所からそれ以上城に近づくのをやめ、
木陰に身を潜めてドラゴンと男が出かけるのを待つことにした。
そして夜、空には月が晧晧と輝いている。
町外れの森の中のちっぽけな神殿、そこの祭壇と思われる所に座って時を待つニート。
昼間小五月蝿い程聞こえていた鳥の囀りも今は無く、ただ時折吹く風が木々の葉を揺らす以外は何もない、静寂な時間
だけが流れていた。
静寂はより一層緊張感を煽り、それがまるで何時果てるともない無限の時間のように思われた。
神殿とはいえ、それは屋根もなく、石の祭壇を中心にして四方に高さ3m位の石の柱が立っているだけの粗末なもの
だった。
それでも周囲は下草がきれいに刈り取られており、町の住人達の信心が窺われる。
その神殿の裏手にある森の木の陰にヴィリーが潜んでいる。
「いいかニート、貴様はあのきれいなおねーさんの身代わりなんだからな、ぜってーバレんじゃねーぞ」
「うっさいわね、わかってるわよ」
ニートはいつ現れるか分からない敵を警戒して、体を動かさずに視線だけをヴィリーに向けた。
「ま、いざとなったら助けてやるからよ。 最後の切り札のオレ様がよ、ヘッヘッヘ」
「声がデカい! あんたがバレたら元も子もないでしょ、バカ! 黙ってなさい」
「へへ、このオレ様がそんなヘマするかっての。 なんせ最後の切り札なんだぜ。
いや〜、やっぱいいね〜、最後の切り札ってのは。
ヒーローにしか出来ん仕事だ、うん。
どーだ、羨ましいだろ、ハッハッハ」
「ったく、何でこんな大バカが護衛連隊にいるんだか・・・」
あきれて夜空を見上げて呟くニート。
「うるせー、バカバカ言うな。
よし、そんなに知りたきゃ教えてやろう。
オレはな、護衛連隊で大活躍して有名になって、でもってナイトの称号をもらってオレだけのハーレムを作って
やるのさ。
どーだすげーだろ、はっはっは」
ニートは何も答えなかった、答える気にもなれなかった。
ただ頭の中で、<こいつ本当のバカだ、救いようのない筋金入りのバカだ>、と思っていた。
「そういうてめぇはどうなんだ、何で護衛連隊に入ったんだよ」
「あ、あたしは、別に・・・」
急な質問をうけ、ニートは言葉に窮した。
本当の理由を言うべきか、それとも適当にはぐらかすのが無難か迷ってしまった。
「まさかおめぇ、皇太子と仲良くなってあわよくば結婚、なぁんて考えてんじゃねーだろな」
「・・・・・(汗)」
もちろんヴィリーは冗談半分で言ったのだが、ニートは視線を逸らせたまま黙りこんでしまった。
それどころか、みるみるその横顔が紅潮していくのが月明かりの下でもはっきりと見てとれた。
「ず、図星かよ・・・」
「るっさいわね! あんたに関係ないでしょ!(汗)」
案外素直な女である。
そうこうしていると突然、その月明かりを遮るように黒い大きな影が神殿の上空を横切った。
2人がハッしとて見上げると、空には巨大な翼をバタつかせて旋回するドラゴンらしき姿があった。
「来たな、おい!」
「わかってるわよ、あんたは隠れてなさい!」
小声で声を交わす2人は、お互い激しい緊張感に襲われていた。
それもそのはず、2人は共にドラゴンの生きた姿を目にするのは初めてだった。
ドラゴンは旋回しながら徐々に高度を下げてくる。
そして遂に、その巨大な翼が起こす強風で大量の土埃を巻き上げながら、神殿の正面にその足を降ろした。 ズン!
鋭い眼光、大きな口に居並ぶ鋭利な歯、長い首、大きなカギ爪、月明かりに照らされて黒光りする鱗で全身を覆われた
それはまさに巨大であった。
頭から尾の先までかるく10mは越えている、いや、15mはあるだろうか。
いずれにせよ、これまで幾度か立ち向かった大トカゲとはまるで格が違う、その巨大さと威圧感はケタ違いに圧倒的で、
ある種荘厳さすら漂わせていた。
なにせその大トカゲを食料にして生きているのだから。
さすがのヴィリーもこれには緊張を隠しきれない、木の陰で身を潜めながら手に汗を握った。
それを至近距離で目の当たりにしているニートはなおのことである。
しかも丸腰。
剣を持てば天下無敵の彼女も、この時ばかりはただの少女でしかない。
ニートは自分の体がガタガタ震えているのを覚えた。
武者震いか、恐怖か、或いはその両方か。
尋常ならざる緊張のためか、意志に反して震えを止めようとしても止められない。
それでもこの天性の負けず嫌い女、転んでもただでは起きない。
体を震わせながらもパニックに陥ることなく、その眼は冷静にドラゴンを観察し、何とか弱点を見つけてやろうと
試みていた。
そして見つけたものは、ドラゴンの首の根元、両翼の間あたりにいる黒い外套に全身を包んだ黒ヒゲの老人の姿だった。
<あれが、魔術師・・・・・、なんてったっけ名前・・・>
だがニートはそれ以上何も出来なかった。
ニートがクラップリッヒの名前を思い出す暇もなく、ドラゴンがそのカギ爪で石畳を引っ掻きながら一歩一歩
近づいてくると、その大きな前足でニートをギュッと鷲掴みにしたかと思うと、そのまま巨大な翼を羽ばたかせて再び
上空へ舞い上がって行った。
その間僅か2、3分足らずであったが、2人にはもっともっと長く感じられたことだろう。
ヴィリーは暫くの間身動きも取れず、ただじっとその光景を眺めているだけだった。
「い、いかん! こうしちゃおれん!」
ハッと我に返ったヴィリーは、急いでメンシュ山の方へ飛び去って行くドラゴンの後を追い、山の中の道なき道を
走り出した。
一方、メンシュ山へ先乗りしたタウは、シャイスボンツェ城から魔術師がドラゴンに乗って出て行くのを確認すると、
寝ているアイヒを起こして城へ向かった。
「これがシャイスボンツェ城か、かなり古いな」
タウは天守閣の周りを一周し、外から城の傷み具合を観察すると、正面玄関の大扉の前に立ち、扉を押し開けて中に
入った。
灯りもなく、初めは殆ど真っ暗闇に近い状態ではあったが、目が慣れてくるにつれて一階部分には何もないことが
数個所ある小窓からの月明かりで分かってきた。
恐らく本来は礼拝所か集会場として使用されていたのだろう、等間隔に石の天井を支える石柱が何本も立っていて、
部屋の一番奥に祭壇か何か、一段高くなっている場所があるように見受けられ、その横に二階へ上がる階段がある
ようだ。
この天井の高さなら、あのドラゴンが寝泊りするのに不自由はない。
どうやら一階がドラゴン、二階が魔術師の部屋になっているらしい。
「さて、どうしたものかな、何せ相手は魔法使いだからな。
アイヒ、この城の中に魔法を無力化するような結界とかを張れないか」
「え〜、ムリです〜、疲れちゃいました〜」
「お前はず〜っと寝てただけだろうが!」
「だ〜ってぇ、相手がどんな魔術使うのか分かんないですし〜」
「そういうものなのか」
「そういうものなんです」
相変わらずアイヒはやる気がないというか、遊び半分というか、まるっきり仕事という自覚がない。
「ならばここでドラゴンの動きを封じるトラップでも仕掛けるか」
タウは室内を見渡しながら、肩に背負っていたロープの束を降ろしてトラップの支度を始めた。
その時アイヒが小窓から外を覗きながら言った。
「何か飛んできますよ」
「何 !? もう帰ってきたのか、まずいな・・・・、アイヒ隠れろ」
タウはアイヒの手を取って、部屋の片隅に積んである木箱の裏に身を隠した。
ニートを手に持ち、クラップリッヒを背に乗せたドラゴンは玄関前に着地すると、手馴れた様子で扉を鼻で押し開けて
室内に入ってきた。
そして一番奥まで行くと静かに祭壇にニートを置いた。
クラップリッヒはドラゴンの背中で右手を少し上げ、指を鳴らす。 パチン!
すると、祭壇の両端にある燭台の蝋燭に火が点り、中央にいるニートを照らした。
「イッヒッヒッヒ・・・どれどれ、おお、なんとかわいいお嬢ちゃんじゃの〜」
ドラゴンから降りたクラップリッヒがニートに近付く。
「な、何をするつもりなの・・・?(汗)」
ニートは床に腰を下ろしたまま、少し後退りしながら警戒する。
「イッヒッヒ、そんなに怖がることもあるまいて。
なぁに、ちょっとばかり酌をしてもらおうと思うてな、うさぎちゃんにのッヒッヒ」
そう言うクラップリッヒの体を舐めるような視線にニートはゾッと寒気がした。
「じゃなんでこんなカッコウさせんのよ、下心ミエミエじゃん」
「いやいや、下心なんて滅相もない。
それはホレ、あれじゃよあれ・・・、華やかさって言うかそのなんじゃ・・・ヒッヒッヒ(汗)」
「その指の動きやめい!」
<ただのエロじじいじゃん、こいつ・・・>
その様子を部屋の隅で身を潜めて見ているタウ。
彼はロープを握り締めたまま作戦の変更を余儀なくされていた。
彼の考えた作戦とは元々こうだった。
まず、クラップリッヒに対しては同じ魔術師であるアイヒを当てる以外に方法はない。
魔術で競う分には余程のことがない限りアイヒが惨めな負け方をする心配はないが、なにぶんあの性格なので、放って
おくと何をしでかすかは行き当たりばったりになってしまう。
そうならないようタウが傍らで絶えず指示を出す必要がある、という訳だ。
一方ドラゴンに対しては、タウが城内にロープを張り巡らしてそこへドラゴンを誘導し、ドラゴンがロープに絡んで
身動きが取れなくなったところで、後から追いついたヴィリーがニートと共に止めを刺す。
というものだったのだが、全然準備が間に合わなかった。
「くそう、間に合わなかったか・・・、仕方ない、アイヒ、この天井を破壊しろ」
「え〜いいんですか、ニートさんがいますよ」
「構わん、あいつなら自力で何とかするだろう。
とにかく、ドラゴンかじじいか、どっちかを潰さんことには埒が開かん」
「わかりました」
アイヒは目を閉じ、気を集中させ始めた。
室内の空気の変化に気付いたか、それまで静かに横になっていたドラゴンが頭を上げ周囲を気にしているようだったが、
クラップリッヒの方はニートに目が眩んでいて全く気付いた様子はない。
アイヒが杖を手にした右手を天井に向けた。
「シュヴェークラフトヴェレン!」
すると、天井の石にパキパキとヒビが入り、ガガガガ・・・と石同士が擦れ合う音と共に城が揺れ始める。
「な、何じゃ !?」
クラップリッヒは突然のことに驚き、目を見開いて天井を見上げる。
と同時に、天井の石の一つがパキッと砕けて下に落ちると、支えを失った石が次々に落ちてくる。 ゴゴゴゴゴ・・・
それらは次々と床で横になっているドラゴンの大きな体の上に落ち、驚きと痛みに耐えかねたドラゴンはたまらず
立ち上がって翼をバタつかせて暴れ出す。 ギャオーーーッ!
「い、いかん。 こりゃペペちゃん、落ち着くのじゃ!(汗)」
クラッブリッヒは慌てて宥めようとするが、暴れるドラゴンには手が出せず右往左往するばかり。
ここでようやく城に誰か侵入者がいる事に気が付く。
「おのれ、何ヤツ!」
クラップリッヒは振り向きざまに部屋の隅の暗がりに向かって電撃を放つ。 ビビビビッ! ドカン!
「・・・・・(汗)」 そこには誰もいなかった。
「おのれ、こっちか!」
今度はその反対側、部屋の奥の隅の方へ向かって電撃を飛ばす。 ビビビビビ! ドカン!
電撃が当たった石壁が砕けて、木箱の裏で隠れているタウとアイヒの上にバラバラと落ちてくる。
頭を抱えて縮こまるアイヒ。
そのアイヒの腕をとるタウ。
「アイヒ、逃げるぞ」
だが逃げる間もなく、更に強力な一撃が2人の間近で炸裂する。 ドッカーン!
「キャーッ!」
爆風で吹き飛ばされるアイヒ、祭壇にいるニートの側へ倒れ込む。 ドタ!
「アイヒ! 大丈夫?」
「は、はい・・・なんとか・・・」
その時、天井から落ちた石の重みのせいか、ニートとアイヒのいる祭壇がガクン!と一段落ちたかと思うと、床の石が
粉々に割れて、2人はその下の空間へと落ちて行った。
「キャーーッ !!」 ドドドド
「いった〜、何なのよ一体・・・」
ニートが頭を押さえて体を起こすと、着地に成功したアイヒがその横に座っていた。
「地下にお部屋があったんですね」
言われてニートは周りを見渡してみる。
一面に散らばる瓦礫、もうもうと立ちこめる煙、土埃のせいではっきりとはしないが、確かに地下室に落ちたようだ。
祭壇の下に地下室があるのは特段珍しい事ではない。
むしろ納骨室とか宝物庫とか、城や教会の祭壇の下に地下室を設けるのはよくあることだ。
ただ、ここはかなり長期間誰も入ったことがないらしく、埃だらけでカビ臭い臭いが辺り一面に漂っている。
中はガランとしていて何もない・・・、と思ったが、埃の舞う中をよくよく目を凝らして見てみると、その最も奥の
暗がりの中に何かがあるのに気が付いた。
「あれは・・・何?」
ニートが低い天井の中をゴソゴソと四つん這いで近付いてみると、それは一本の剣で、黒い鞘に収まったまま刀架の
上に置かれて埃をかぶっていた。
剣とはいえ、刀身はかなり細い上に僅かに湾曲していることから、両刃の剣ではなく、片刃の刀であることが鞘の
形状から窺い知れる。
ニートは、こんな何もない地下室に何故、この刀が一本だけあるのか不思議に思った。
「我が名はヴィンデス・アイル」
「え?」
後から近付いてきたアイヒがいきなり訳の分からないことを言い出した。
ニートは驚いて目を点にする。
だが、アイヒはそんなニートを気にするそぶりも見せず、刀の方を向いたまま静かにゆっくりと言葉を続ける。
「汝、我が身を手にせし時、いかなる禍患をも覚悟せよ」
「ち、ちょっとアイヒ、あんた何言ってんの?(汗)」
ニートが問いかけてもアイヒは反応しない。
その目は虚ろで、まるで何かに取り憑かれでもしたかのように刀の方を見つめたまま。
「我は我を御し得る者にのみ、我の真の力をもたらすであろう・・・」
一体アイヒの身に何が起こったのだろう。
これはただごとではない、と感じたニートはアイヒの肩を揺すりながら一段と大きな声でアイヒの名を呼ぶ。
「アイヒ!」
「ってここに書いてあります」 ズデン(こけるニート)
刀の横の壁に刻まれた文章を指差して、アイヒは何事もなかったようにいつもの笑顔でケロッとしている。
「と、とにかくこれ借りるわよ、丸腰じゃ何もできないわ」 ガッ!
起き上がりながらニートは、刀を手にして持ち上げようとする。
が、その刀は見た目とは全く違い、異様に重く、片手で持ち上げることが出来ない。
「な、なんなの、この刀・・・、細いくせにムチャクチャ重い・・」
そうこうしているうちに、2人はクラップリッヒに見つかってしまう。
「おお、こんな所におったのか、不埒な侵入者め」
崩れ落ちた床の端から地下室を見下ろすクラップリッヒ。
「やばい、見つかった!」
ニートはアイヒを庇うように、アイヒの前に立ちはだかる。
「ム! 何と、ウサギちゃんもグルだったのか、この〜!」
クラップリッヒは右手の人差し指を立て、電撃魔法を繰り出す構えをみせる。 ピキピキッ!
危険を感じたニートは、もはや一か撥かとばかりに力ずくで刀を持ち上げると、一気に鞘から抜く。
「だあーーっ!」
そしてジャンプ一番、地下室から飛び出すとクラップリッヒに向かって斬りかかった。
「とうっ!」 シュパッ!
「どわっ!」
間一髪、クラップリッヒは後ろにジャンプしてそれを逃れた。 その時!
「遅れて参上! 最後のヒーロー !!」 ジャジャーン!
「ぶぎゃっ!」 グシャ!
クラップリッヒは、後ろから城内に飛び込んできたヴィリーに思いっきり踏んづけられてしまった。
「おお、やっと来たか」
隠れていたタウが、崩れ落ちた石の陰から顔を出す。
「おいニート! 剣だ!」
ヴィリーは持参してきたニートの剣を投げ渡した。
「でやっ!」 スパシュッ!
ところが何と、ニートは手にしている刀で、投げられた自分の剣を真っ二つに斬り捨ててしまった。
「要らん!」
無表情のまま吐き捨てるニート。
「な、なんだ!?」
驚くヴィリー。
ヴィリーには、否、他の誰にも、このニートの行動がすぐには理解出来ない。
なにより、丸腰のはずのニートが剣、というか刀を持っていること自体不可解極まりない。
ヴィリーに潰され、倒れこんでいたクラップリッヒはゆっくりと体を起こすと、その怒りの矛先をニートに向けた。
「お、おのれウサギちゃん・・」
ニートに向かって電撃を打ち込む。 ピシャシャシャーッ!
だがニートは全く動じない。
「ふん!」 パシシ!
その場に立ったまま一歩も動かず、刀を一振りするだけで電撃は弾かれてドラゴンに命中。 ギャーーオ!
「な、なんと!」
電撃が弾かれるという、今まで一度たりとも経験したことのない光景を目にしてクラップリッヒは衝撃を隠せない。
電撃の痛みで一層暴れ回るドラゴン。 ガオガオ!
ニートはそのドラゴンを睨みつけると、刀を振りかざす。 シュッ!
<軽い・・・・、最初の重さがウソみたいに・・・、何も持ってる気がしない・・・>
そしてドラゴンに向かってダッシュ。
<まるで・・・、風みたい・・・・・>
そのままの勢いでジャンプ、ドラゴンに刀を振り下ろす。 スパ! ギャーーオ!
ドラゴンの硬い鱗の皮膚が裂け、鮮血が迸る。
しかしそれだけで話は終わらない。
ニートの刀はたったの一振りでドラゴンに傷を負わせるばかりか、そのドラゴンの側にあった触れてもいない石柱をも
真っ二つに斬ってしまった。
それを見て驚くタウ。
「どうなってるんだ・・・? 当たってないのに、切れた・・・」
タウのいる角度からだと、ニートの刀は石柱はおろかドラゴンの体にすら全く触れていないのがはっきりと見えていた。
「あの剣は・・・何だ?」
ニートが振り回しているあの、見た事もない剣は明らかに得体の知れない不思議な力を持っている。
タウがそう感じたのも宜なるというもの。
ニートの活躍に触発されてヴィリーも自らの剣を抜き、ドラゴンに斬りかかろうとする。
「おっしゃー! オレも行くぜーっ!」 ダッ!
ところが、
ニートがいきなりヴィリーに斬りつける。 ビシュッ!
「どわっ!」
咄嗟に身をかわすヴィリー。
不意に仲間に斬りつけられて焦り、逆上してニートを怒鳴りつける。
「な、何しやがんでぇ、てめー !!」
「邪魔!」
抗議をその一言で片付けてしまったニートの顔を見て、ヴィリーは思わず一歩足を引いた。
明らかにいつものニートではない。
「や、やべえ・・・、あいつ目の色が変わってるぞ・・・(汗)」
説明せねばなるまい。
ニートが手にした剣、ヴィンデス・アイルは魔剣である。
魔剣とは、文字通り魔力を封じ込めた剣のことであり、専門の秘伝魔術を極めた刀鍛冶のみが造り得るという特殊な
もので、しかも一人の刀鍛冶が生涯のうち完成させられるのは一本か二本あるかないかというくらい、その作成は
難しいと言われている。
その秘伝魔術は現在は途絶えており、工法を知る者もいないため、一体どれだけの魔剣が作られ存在しているのかは
定かではない。
従って、ヴィンデス・アイルが誰の手で作られ、何故この古城にあるのか、現時点では謎である。
また、魔力を封じ込めた魔剣は、それに見合うだけの魔力を身につけた者でなければ制御出来ない。
ニートが手に持とうとした時、重く感じたのは剣の持つ魔力のためである。
しかしニートはそれを強引に鞘から抜き、剣が持つ魔力を解放してしまったために逆に魔力に支配されてしまった、
という訳なのだ。
その後もニートは辺り構わず刀を振り回し、目につくもの全てを斬り続けた。
狂気、いや凶器と化したニートを止める術は誰にもない。
そしてその一撃が、同じように暴れるドラゴンの翼の片方を切り落としてしまった。
悲鳴のような奇声を上げるドラゴン、これで完全に我を失ってしまう。
暴走を始めたドラゴンは、石壁に激突しても止まらないどころか、壁を破壊し始める。
その度に城全体が大きく揺れ出し、上からバラバラと砕けた石が落ちてくる。
もはや城自体が崩れ落ちるのは時間の問題、と判断したタウは全員に退避指示を出す。
「危ないぞ! アイヒ、逃げるんだ。 お前もだ、ヴィリー!」
ちょうどアイヒは、やっとのことで地下室から這い上がってきたところで、雨霰のように降り注ぐ石のかけらを避け
ながら、タウの指示に従い出口へ向かって走り出し始めた。
とはいえ、荒れ狂うドラゴンとニートに注意しながら、更に埃だらけで視界の悪い中では、床一面に散らばる瓦礫に
まで気を配る余裕はない。
アイヒは周囲の期待通りズッコケてみせる。
「あっ!」 ズデン
転んだ拍子に手に持っていたカエルさんバッグを手放してしまう。
宙 に 舞 う カ エ ル さ ん バ ッ グ 。 (ここはスローモーションで)
目敏くそれを見つけるニート。
間髪入れず、一刀のもとに両断。
「あちょ!」 スパッ!
無惨にも切り裂かれるカエルさん・・・、飛 び 散 る お 菓 子 ・・・・ (ここもスローで)
「ああーっ!」
この光景を目の当たりにしたアイヒは、一声発しただけで言葉を失った。
その悲鳴とも嗚咽ともつかぬ声に反応して、ようやくニートが我に返った。
「え!?」 ピクッ!
床に落ちる変わり果てた姿のカエルさんバッグを見て、自分のしてしまった行為に気がついた。
その場に座り込んで俯き、唇を噛み、床についた拳を握り締めて体を震わせるアイヒ。
そのアイヒが、徐々に異様とも思える程の気を発し始めたことに気付いたタウは、アイヒがキレたことを知る。
「や、やばい、みんな逃げろ!」
我に返ったニートは何とかアイヒを宥めようと思うが、何をしたらいいのか分からず、声もかけられず、ただアイヒの
側であたふたするだけ。
タウはそのニートを腕に抱えると、一気に走って城を出た。
「ちょっと何すんのタウ、放しなさいよ!」
「分からんか! アイヒがキレたんだ、もう俺達の手には負えん!」
地鳴りが始まり、山が揺れ始め、それまで静かだった山頂の湖の湖面が波打ち始める。 ゴゴゴゴゴ・・・
突然のことに動揺するクラップリッヒ。
「な、何じゃ、地震か!」
辺りを見渡すと、崩れた天井の上で空一面に黒い雲が立ち込め、パチパチと小さな放電を繰り返しているのが見えた。
そして、最後に残っていた月までをも覆い隠し、辺りが完全に暗闇に包まれた時、アイヒは最高潮に達した気を一気に
放出する。
「ああぁーーーーーっ !!!」 ドガガガガガガ・・
地鳴りが地割れに変わり、文字通り山が動き出すと、空の暗雲から暗闇を引き裂くように強烈な稲妻が城を直撃、
大爆発を引き起こす。 ドゥワッカーーン!
その威力は凄まじく、全てが治まった時には、メンシュ山が一つ、跡形もなく消え失せていた。
これは後日判明したのだが、この時アイヒが放った術は『ツェルシュトラールング』と呼ばれ、破壊系奥儀の中でも
最大級の破壊力を持つものの一つとされている。
現在、この術を使えるのは伝説の魔導師ネーベルの孫であるアイヒだけだとも言われ、本来防御系、治癒系の魔術を
得意とするアイヒが、これほど強力な攻撃系魔術を使えるのは、まさに天才と呼ぶにふさわしいとしか言いようがない。
一説では、アイヒの能力は一個師団(約一万人規模)の戦力にも勝るとの分析もある程に評価されている。
ヴィリーやニートがアイヒを恐れる所以である。
そして夜明け。
倒木を押し退けてタウが起きあがる、その下からはニートが。
「な、なんなの!、ここは!!」
2人が周りを見渡すと、そこは大量の土砂に覆われた一面の荒れ地だった。
恐らく山の麓あたりだったであろう場所だろうか。
地形が変わってしまっているため、自分達のいる正確な位置すら把握出来ない。
たくさんの倒木、城の一部を成していた石材が土砂に埋もれて至る所に散らばっている。
「やってくれる・・・、アイヒのやつ山ごと城を破壊しやがった・・・」
「アイヒが・・・?
そ、そうよ!アイヒはどこ?」
倒れた木の陰で、座って手で涙をぬぐいんがら泣いている一人の女の子。
「うぇ〜ん、カエルさん・・・カエルさん・・・・」
それを見つけたニートは恐る恐る、ゆっくりと歩いて近づいていく。
生きた心地がしないとはこのことか、ニートの心臓は破裂しそうなくらい激しく鼓動している。
護衛連隊に入隊した時から聞いてはいたアイヒの本領、それがこれ程までに強力なものであったことを目の当たりに
して、ニートは恐れおののいていた。
どうやって声をかけようか、何て言ったらいいのか、下手したら殺されるかも知れない、などと思っていると頭が
グチャグチャに混乱してきた。
そしてアイヒの側で立ち止まったニートがつい口にしたのは、ごくありふれた謝罪の言葉だった。
「ご、ごめんねアイヒ、ごめんね。
都に帰ったら新しいの買ってあげるから・・・・・・(汗)」
「ホントですか?」 その言葉を聞いて急に顔をあげ、いつものアイヒらしいあっけらかんとした笑顔を見せる。
「ってタウが言ってるわ」
「おい!」
普段に戻ったアイヒを見て安心するニートとタウ。
無意識なのだろうが、あれだけ怒りと悲しみを爆発させて秘伝奥儀を使い、山をひとつ地図上から消し去った張本人の
くせに、アイヒは思いの外あっさりしている。
その移り気な性格は子供そのもののようだ。
少し離れた土の中からヴィリーが飛び出してくる。 ドバッ!
「こら! ニート、てめー! オレを殺そうとしやがったな、このヤロー!」
「はん? 何の話?」
「知らばっくれんじゃねーぞてめー! その刀でオレを斬ろうとしただろが!」
「え? あ、これ?」
ニートは自分が手にしている刀を見る。
「どうしたんだ、その刀」 タウが質問する。
「城の地下室で見つけたのよ、使い勝手がいいからもらっちゃお」
どうやらニートは魔剣の持つ魔力を克服したようだ。
これはニート自身に魔剣を操るだけの潜在的魔力があることを意味するのだが、本人は全く自覚がないらしい。
「でもそれはただの刀ではないだろう」
「そう? でもなんかこう・・、手にしっくりくるのよね。 なんてったっけ、名前」 アイヒを見る。
「アンデス・メロンです」 アイヒは自信満々。
「なんかちがう・・・」
「おいコラ! オレの話がまだ終わってねーだろ!」 ヴィリーがニートに詰め寄る。
「あら、あんた生きてたの」
「何だと、てめー! 当ったりめーだろー、オレがあれしきのことで死ぬか!」
「全員無事らしいな。
どうやら仕事も片付いたようだし・・・って、これじゃ確認しようもないか」
タウは周囲を見渡しながら頭をかく。
これだけ破壊し尽くされてしまってはドラゴンの生死の確認すら容易ではない。
なにしろ山自体が消滅してしまったのだから。
「あのドラゴンとエロじじいはどうしたの?」
「知らんなぁ、どっかすっ飛んで行ったんじゃねーの?」
「じゃあ、帰るとするか」
「はーい」
こうして4人はヴォルストブッフに向けて帰路についた。
その頃、麓の町では・・・、
「どひゃ〜! 洪水ぢゃ〜〜っ!」 慌てふためく長老。
メンシュ山が崩壊したせいで山頂にあった湖の水が鉄砲水となって襲いかかり、町中が水浸しになっていたのであった
・・・。
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございます。
このストーリーは、元々マンガの原作用に創ったものなのですが、絵を描くのがめんどくさいので、文章にしてやれと思い、書いてみました。
ですから、登場人物のキャラクターとか、設定もちゃんとあるのですが、ビジュアルがないとどうにも分かりずらいものになってしまいました。
なにせ読書も作文も大嫌いなもんで、どうもすみません。
次作はもちっとまともになりますか・・・な?。
ちなみに登場する人物等の固有名詞にはちゃんと意味があります。
気の向いた方はドイツ語の辞書を牽いてみるのも一興かと思います。