不変のもの
僕は……
そっと目を開けた。
家ではない、どこかのベッドの中で
僕は目を覚ました。
真っ白なシーツと、消毒薬の匂い……
周囲が俄かに騒ぎ始めた。
あの日から、川に落ちたあの日から、
僕はずっと、この病院のベッドで眠っていたらしい……
「ヒロトは?」僕は母さんに聞いた。
母さんは黙ったまま俯いて、首を横に振った。
僕はずっと夢を見ていたの?
なぜヒロトは目を覚まさないの?
あの日、僕達は水から引き上げられたが、
二人共すでに意識がなかったそうだ。
同じ様に水を飲んで、溺れて、それなのに
目を覚ましたのは僕だけ……
『僕のせいだ‼︎』そう思った。
いつもヒロトに頼ってばかりで、ドジだから
こんな事になったんだ。
ヒロトは面会謝絶のまま……
僕は自分を責め続けた。
***
退院しても、学校へは行く気になれなかった。
どの道留年だし。
それでもジュンヤとリョウが、時々家に様子を見にきてくれて、
必死に説得してくれたおかげで、復学してみようという気になった。
当たり前だが、学校のどこを探しても、ヒロトの姿は見当たらなかった。
ヒロトの家にも行ってみた。
ガレージに、黒いカバーを掛けられた赤い自転車の一部が見えた。
長い事、誰も乗ってないのだろう。
ピカピカだった自転車は、くたびれて寂しそうに見えた。
クラスに馴染めないまま、冬休みが来て、僕は再び
引きこもった。
そんな僕を心配してジュンヤとリョウは時々家まで来てくれた。
決まってヒロトの話で盛り上がった。
春……
ジュンヤとリョウは2年生になった。
僕とヒロトは1年生のままだ。
知らない人だらけの教室で、僕は空っぽのまま過ごしていた。
***
新緑の季節がやって来た。
約1年振りに、僕はあの川へ行ってみた。
いつもヒロトの後ろをついて走った堤防を
今日は1人で走った。
木の葉が掠れて揺れる音も、川の流れる音も、水面の煌めきも、
柔らかな陽射しも、あの時と何も変わらないのに、
そこにヒロトだけが居なかった。
ヒロトと過ごした日々が僕の脳裏をよぎった。
彼の笑い声が今にも聞こえて来そうなのに、
どこにもいない。
川に向かって僕は泣いた。
大声で泣いた。
水面の煌めきは滲みっぱなしだ。
『何泣いてんだよ!』
懐かしい声が僕の背中を目掛けて飛んで来た。
振り向いた目線の先にヒロトが居た。
赤いロードバイクにまたがって笑っていた。
僕は我が目を疑った。
「ヒロト!もう、大丈夫なの?面会謝絶は?」
『何て情けない顔してんだよ!何かあったのか?』
「だって、ヒロト全然、起きないから……僕だけ目覚めて、
ヒロト、死んじゃうのかって……怖くて……」
『ばーか』ヒロトが笑った。
「僕、またひとりぼっちだよ……ヒロトが居ないと……」
『お前、何も分かってないな。贅沢な奴……
ちゃんと周り見てみろよ。ジュンヤとリョウ、お前の事
どんだけ心配してると思ってるんだよ』
「……」
『オレ、もう行かなきゃ』
「どこへ?」
『オレが見れなかった未来を、ちゃんと見ててくれよ。
オレの代わりにさ……
その釣竿、お前にやるよ』
ヒロトが指差した草むらに釣竿の先端が見えた。
僕は急いで拾った。
『後、このチャリもお前にやるよ。気に入ってたんだから
大事にしろよ。じゃ!』
そう言うとヒロトは、眩い緑の中へ消えて行った。
入れ変わるように、ジュンヤと、リョウが河原へ息を切らして
やって来た。
『アキラ!大変だ!ヒロトが たった今……』
「え……?」
***
あれから10年……
今だにこの新緑の季節が訪れると、ヒロトの赤いロードバイク
に乗って、ヒロトの釣竿を持って川へ出掛ける。
君と釣りをした場所は、最近、護岸工事が始まって
釣りなんてできないのだけど……
ジュンヤは高校を卒業してすぐ、父親の会社を継いだ。
あの年で社長だよ。凄いよね!
リョウは、もうすぐ結婚する。
彼女に会わせてもらったよ。
かわいい人だった。
みんな大人になった。
周りの景色もあの頃とは変わってしまった。
形ある物、目に見えるものに、不変のものなんかない。
君の見れなかった未来を、今 僕は見てるよ。
でもさ、ヒロト……
君とぼくの友情は、この先も不変だ。
僕の中で君はずっと笑ってる。
16才のまま、眩しい笑顔のまま、ずっと生き続ける。
終
爽やかな新緑の季節に静かに逝った友へ……
短いですが、思いのこもった作品です。
最後まで読んでくださって ありがとうございます。




