木下さんの噂
騒動から三日が過ぎた。
あれから日向は夕飯は食べに来ているが一向に話を聞いてくれない。
毎回置き手紙を置いていくのだが、『味が薄い』『魚食べたい』などと文句をかいているが綺麗に平らげているためアイツの今の心境が訳が分からない。
そして昼休み。弁当を食いながら一部始終を話してやるとサイカは苦笑いした。
「なんだか予想できていたというかこうなるとわかっていた展開だね」
「僕は何もしてない。……なのになぜか罪悪感があるんだよサイカ」
「はは……まあ英紀は興味が無いって言ってた人と付き合ってるからね。そりゃ罪悪感が生まれてもおかしくはないよ」
「だよな……」
だが今の状況ならあいつも大丈夫だろ。
そう思って弁当に手をつけようと具に箸を伸ばす。
「そう言えば日向ちゃんの噂聞いた?」
「噂?何をしているんだアイツ……」
「んー……Bクラスの女の子達が言うには少し変なんだって」
まあ僕とおさ馴染みとだけあるから変だとは思うが。
「具体的にどんな風に変なんだ?」
「えっーとね……『べ、別に勘違いしないでよね。アンタのことなんて全然好きじゃないんだから!』」
「!?」
「みたいにツンツンしてるって」
なんだそりゃ……テンプレすぎるツンデレじゃねえか。今どきそんなやつアニメでも見ないぞ。
「あと、必ず語尾に『何なんだもん!』って喋っているだったかな?」
「……痛いな」
高校生……いや中学生でも痛すぎて他人のフリをしたくなるな。
月子さんで言うところのありふれ過ぎてつまらないな、だ。
「少年向けのマンガに出てきそうなヒロインみたいな大きなリボンをつけてきたり、髪を紅く染めてきたりして先生に怒られているとか」
普段は高圧的な少しヤンキーと言ったらわかりやすいキャラ的ポジションのアイツだが……んー、英紀くんわかんないや☆
「英紀は心当たり……あるよね?」
「まあ……うん」
心当たりがありまくる。
僕と幽香が付き合い出したからだもんな。それが原因か?でもなんでだ?
理解不能だ、なんでそんな行動をとるのだろうか。
「早くなんとかしたほうがいいんじゃないの?英紀」
「んー……」
「英紀のせいなんでしょ?」
「そうだが……」
反論も余地もありません。
サイカは教室をさり気なく見渡し耳元で小さく囁いた。
「まあ僕もまさか火打原さんと英紀が付き合うとは思ってもなかったけどね」
幽香は今はいない。
昼休みになると必ず何処かへ行ってしまうのだ。
「日向ちゃんのこともちゃんと考えてやったほうがいいよ?」
「なんだか僕と日向のあいだに何かあるみたいな言い方だな。確かにアイツとは幼馴染だが……」
家族同然のあいつだ、それ以上でもそれ以下でもない。
中学時代から僕と日向をそんな目で見るやつなんていなかった……と思うが。
サイカは違ったみたいだな、サイカもそう思っていると考えていたのだが。
「何かあるとかそんなものは後、今は日向ちゃんを何とかしてあげなきゃ。家族同然なんでしょ?」
「……そうだな」
僕の家族は月子さん……そして日向もだろう。毎日のやうにメシ食べてるしな。
仕事でいない月子さんより家族かもしれない。
「んじゃ、やるべきとは分かったし他人事だとはいえないね」
「う、うんそうだな」
外堀を埋められるとはこいうことなのだろか。サイカの笑顔に異様なまでの圧力があるのはなんでだろうな。
正直、この件についてはノータッチでいきたかった。だってここで僕が日向と接触すると優しいだけが取得のハーレム者の主人公と何ら変わらないモテ期が到来したみたいになるじゃないか。修羅場というやつだな。
けど周囲からはそう見えるんだろうな。
幽香との仲は『偽者』だし日向に至ってはムキになっているだけだ。
「まあ頑張ってね『えいちゃん』」
昼メシの菓子パンを食べ終えたサイカがポンッと肩を叩き立ち上がる。
いまから委員会の仕事があるようだ。
「仕事がんばれよ。あと女をあんまり引っかけるなよ」
「酷いなー僕はそんなことしないよ。向こうが勝手に勘違いするだけなんだから」
何度もいうがサイカはモテる。幽香程じゃないにしろ中学の時からその手の話はつきない。
でも不思議と誰かと付き合っている話は聞かないんだよな……。
好きなやつとかいるのかアイツ。
さて今日もやってまいりました。
楽しい楽しい幽香さんとの下校デートです。
うひょひょいのひょー。
幸せすぎて天国に行ってしまいそうだー。
…………はぁ。
とりあえず頼んでるだけでも頼んでみるか。
「あの……幽香さん?」
「壁役だと言うことは木下さんに言っては駄目ですよ」
わお、幽香さん僕の心でもよめるのかな。まだ何も言ってないんだけど。
「『なあ幽香、壁役だと言うこと日向だけに伝えてはダメか』と聞きたかったんでしょ?英紀くん」
「お前すごいな、まるで超能力者みたいだな」
いつかこいつの目の前に宇宙人や未来人、異世界人も出てきそうで怖いな……それはないか。
「お人好しの英紀くんの考えることなんて簡単です。奇行に走ってしまったあの乳牛をどうにかしたいのでしょう?」
どうやら日向の噂は幽香の耳にも届いているらしい。
乳牛ってお前……
「ま、まあな」
「英紀くんの気持ちはわかります。ですがもしもの場合、木下さんが口を滑らせて私たちの関係が崩れた場合、どうなるかは容易に想像できると思いますが?」
「いやそこは僕が絶対に秘密だと言い聞かせれば……」
「いいですか、秘密は誰かに言うと秘密ではなくなるのですよ。英紀くんは木下さんが必ず口を滑らせないと確信をもてますか?不確定分子は排除する。それが秘密を守る基本ですよ」
何も言い返せない、確かにその通りだ。
必ず日向が口を滑らせないという確証がどこにもない。
「すまん、僕が間違ってたみたいだ」
「素直に自分の非を認めるのはいい事ですよ英紀くん」
ニコッと天使のような笑を浮かべる幽香。
この反則的なまでの笑顔でどれだけの男達が犠牲になったのやら……。
「じゃあまた別の方法を考えるか」
「微力ながら私も協力させて頂きますよ。彼氏がこんな調子じゃ壁役として役にたちませんから」
下校していく生徒達が、横目で僕達をみていく。相変わらず注目の的だなと再認識し、そんななかを優雅に視線の中をゆうゆうと歩く姿に住む世界が違うと感じてしまう。
「整理させていただきますけど、木下さんの奇行は私と英紀くんが付き合っているからでいいんですよね?」
「ああ、そうだな」
「ただ単純にヤキモチをヤキモチを妬いているのでは?」
「それはないだろ」
あいつと僕は家族同然なのにそんなのあるわけが無い。ただ嘘をついたからあんなふうにやさグレてるだけだ。
「本当に?」
幽香はまじまじと僕を見る。
「僕が嘘を言ってもなんの得にもならないだろ。日向とは幼稚園からの付き合いだから僕にはわかる」
「……長い年月一緒に過ごしているから気づかないのでしょうかね」
「なんか言ったか?」
「いえなにも。英紀くんに心当たりがあるならそれでいいです」
ずいぶんと思わせぶりだな。
「すると木下さんは『私と英紀くんが付き合っていることにヤキモチを妬いて暴走している』でいいんですね?」
フム、と幽香は頷き、
「お子ちゃまですね」
「それを本人の前で言ったら消されるぞ」
こいつ笑顔で毒を吐くな……なんてドS属性のお持ちのお方なんだろう。
「まあ英紀くんが構ってあげれば簡単に済む話ですねこれは」
「そ、そうなのか?」
「ええ、ヤキモチを妬いているのでしたら意中の相手と話せば大抵、女は喜びますから。
そのためには二人でなにか共有の話題を見つけたり話し合った方がすぐに打ち解け合うことが出来たりしますしね」
「……」
意中の相手?僕が?いやいやいやいやっ。それはない、絶対ない。全く想像もできないな
。
僕が思考して固まってるなか幽香はなにか思いついたように、
「では、作りましょうか」
「作りましょうかって……なにをだよ」
「ふふそれは秘密です。明日木下さんを連れて一階のデザイン部前に来てください」
自信に満ちた顔でそう言った幽香。
「何をする気だ?」
「明日になってからのお楽しみです」
鼻歌交じりに幽香は答える。
本当に何を考えてるのかさっぱりわからないな女は。