惜しみなく愛の言葉を
バシッ。白球がグローブに突き刺さる音が、窓越しに響いてくる気がした。
加奈子は、3階の美術室の窓からグラウンドを眺めていた。
絵を描く手は、もうずっと止まっている。
小麦色に焼けた少女達が揃いの白に赤のラインが入ったユニホームに身を包み、グラウンドを駆け回っている。
加奈子の視線は1人の少女を追っている。背の高い、すらっとした健康的なしなやかさを感じる少女だ。
しかし、たくさんいる少女達の中でひときわ目立っているわけだはない。
それでも加奈子は少女を1度も見失うことはない。
感情が浮かんでいないその顔から、加奈子の心情を伺うことは出来ないが、その視線が交わったなら、感情はありありと伝わったことだろう。
ただ、視線の先にいる少女が気づくことは今まではなかった。
これからもきっと…。
はぁ…。加奈子はため息をついた。
それは、疲れや呆れを吐き出したのではなく、体の中に溜まった感情を排出するかのように熱を帯びていた。
今日もかわいい…。1日眺めていても飽きやしない、日々思いは募るばかりだ。
その少女がバッターボックスに立った。
加奈子は僅かに腰を浮かして見つめる。少女の感情が乗り移ったかのように動悸が激しくなっていく。
筆を握る手にじっとりと汗がにじんできた。
ピッチーの回転させた腕からボールが放たれた。
加奈子はぐっと息を止めてボールの行く末を見守った。
勢いよく放たれたボールは緩い山なりの軌道を描いてキャッチャーのクローブめがけて突き進む。
バッターボックスに立つ少女がバットを振る瞬間、加奈子は思わず目をつぶってしまった。
バシンッ。白球がグローブに突き刺さる音と、丸めた教科書が加奈子の脳天を打つ音が、同じ時違う場所で響いた。
「なにぼんやりしてるの。部活中だぞっ」