37話『ユーリ、テルプの料理に懐かしさを覚える』 その3
「夢みたい……」
「うむ、酒の肴にもなる美しさだな」
「喜んで頂けて、案内した甲斐がありますわ。タルテさん、心臓の調子はいかがかしら?」
「……悪くはないです」
ミスティラ曰く、この美しい景色を楽しみながら食事をして欲しいため、あえて立地は障壁の境界線ギリギリの所を選んでいるらしい。
万が一障壁に何かあったらどうすんだと思わないでもないが、まあそれだけ信頼が置かれてるんだろう。
こんな風流な席で、さて何を食おうかと相談しようとした時、白い料理服を着た恰幅のいい中年男がやってきた。
ここの料理長だろう。店に入った時、真っ先に声をかけてきた人だ。
料理長はお得意様のミスティラ(と、その連れの俺達)に改めて挨拶をした後、深々と頭を下げて、
「皆様、せっかくおいで頂いたのに申し訳ありやせん。実は今、泉の水の出が悪くなってて、お出しできる料理に制限があるんです」
と、すまなそうに言った。
「承知しておりますわ。それで、何が用意できるのかしら」
「"青の定食"でしたら」
「では、それを人数分お願い致しますわ」
「かしこまりやした。お出しするまで、この景色をお楽しみ下せえ」
何か勝手に決まっちまったが、まあいいか。
他のを食いたくなったら別途頼めばいいしな。
にしても、俺の懸念は半分くらい現実になっちまった訳か。
それでもこれだけ繁盛してるんだから、今更心配するまでもねえな。
「突然だけどさ、泉の水で流しそうめんとかやったら、やっぱめっちゃ美味くなんのかな」
料理が運ばれてくるのを待つ間、ふと思いついたことを話題にしてみる。
「流しそうめんって、なに?」
「知らねえのかタルテ」
「はじめて聞いた料理だわ」
こっちの世界にもそうめん自体は存在するが、流す習慣はないらしい。
そういえばやってるのを見かけたことがねえな。
「流しそうめんってのは……」
他のみんなも当然知らなかったから、流しそうめんの何たるかを一通り説明してみた。
……が、反応は良好とは言い難かった。
「どうしてそんな面倒なことをしなきゃいけないのよ。普通に食べればそれで充分じゃない」
「そもそも仕掛けを設置するのに一手間だな」
「ジェリー、おはし、とくいじゃないの……」
「分配の公平性で問題が起こるのではなくて?」
「くっ……和の風流を理解できない奴らめ」
これ以上異世界人(今じゃ俺もそうだけどさ)に説明しても無駄か。
「……いやいや違う違う、ズレちまった。俺が本来言いたかったのは、泉の水が食い物にどう影響するかってことだよ」
「流石の慧眼ですわユーリ様。テルプの泉の水は、食材の風味を大きく引き立て、更には長期保存を可能にする効力がありますのよ。ただし、直に調理に用いるとなると、高い技量を要するのですが」
「わたしも聞いたことがあるわ。過剰に味付けをすると風味が損なわれるどころか、ひどく不味くなってしまうって」
「随分と気難しい水なのだな」
「もっとも、こちらの料理人にそのような心配は無用を通り越して無礼ですらありますが。……言葉を並べ立てるよりも、実際に歯と舌、喉と胃で感じてみるとよろしいでしょう。折よく出来上がったようですわ」
ミスティラがつけ台の向こうにある調理場を見やる。
俺達も視線を向けてみると、女給さんたちが盆に乗せた料理を運んでくる姿が映った。
「お待たせ致しました。"青の定食"でございます」
「おお、こりゃあ……」
やっぱりって言うか、もうとっくに分かってたけど、和食か。
まさかこんな所で堪能できるとはなあ。
献立は白米、お吸い物、刺身、煮物、そして漬物。
もちろん醤油とワサビもついている。
フラセースにも存在してたのは驚きだ。
「…………っ」
元日本人として、言うまでもなく和食は大好きだし、そりゃいいんだけど。
盛り付けられてる皿にせよ、フォークとスプーンにせよ、食器が思いっきり洋風なんだよな。
元々の和食の在り様を知ってる者としては、落差が面白くて吹き出しそうになっちまう。
「どうしたの? 笑いたいのを我慢してるみたいだけど」
「い、いや、気にすんな。懐かしさに嬉しくなって笑みがこぼれちまったんだ」
「それは何よりですわ。さあ、頂きましょう」
いつものようにローカリ教の食前儀礼を行った後、俺達は食事を開始した。
やっぱ、まずは汁物で舌を湿らせつつ食欲を更に煽るべきだよな。
底の浅いスープ皿に入った、ほぼ透明に近いお吸い物を、スプーンですくって飲む。
やっぱこうやって食うのは違和感がありまくるな。
「……んんんん」
これまで喉を通してきたどんなお吸い物よりもさっぱりしていて、味覚の総動員を要求してくる厳しさがある。
でもこりゃ確かに美味え。
トロトロになった海苔が入っているだけの極めて簡素な中身で薄味なのに、奥深さがある。
口の中に温かく豊かな海が広がっていくみたいだ。
「テルプの泉の水を使うとこんな風になるのね。すごくおいしいわ」
「染み入るような上品さがあるな」
「おさしみも、とっても"しんせん"でおいしいよ」
おっとそうだ、主役を頂かなくちゃ。
食うのは多分、ファミレの大食堂以来だな。
薄青色の四角い皿に美しく切られ、盛られた刺身たちを見て、大分前の記憶を呼び起こす。
なるほど、青い皿に青魚系の刺身だから"青の定食"なのか?
もう言うまでもないが、刺身は大好物である。
皆も別に魚の生食が苦手って訳ではないようだ。
合うか合わないか賛否両論あるけど、刺身と一緒に酢飯でない米をかき込むのが大好きなんだよな、俺。
今回は場所の問題と、箸でなくフォークで食わないといけないから、それはできないけど。
さあ、食うぞ。
偉そうで恐縮だが、実に丁寧かつ繊細な仕事だ。
一切形を崩さずに切り、配置を考えて盛り付けてあって、まるで小さな花壇のような美しさである。
流しそうめんの話題にムキになっちまってたから見てなかったが、きっと料理長が流れるような包丁さばきで切り落としたんだろう。
もう一度お吸い物を含んでから、フォークで刺身を一切れ刺して、醤油とワサビをつけて口に入れる。
「…………!」
脂が乗ってるとかそういう問題じゃない。
なんつーか、魚の生命力がそのまま宿ってて、それを頂いている感じだ。
胃袋から全身に栄養が、力が行き渡ってくるのが分かる。
こ、これはやべえ。
早く米を、米をぶち込まねえと!
「……う、美味えぇぇ!」
程よい柔らかさと甘さが、命の躍動を更に爆発させやがる!
っつーか米自体の力強さも半端じゃねえ!
あっちの世界で、一粒の米には幾つもの神が宿っているという言葉があったが、それが現実化したみたいな……
「ちょっとユーリ、もう少しゆっくり食べなさいよ」
「何言ってやがる、むしろかっ込むのが俺的な礼儀だ」
タルテたちから白い目で見られようと、ちょっとこれは止められそうにねえ。
「……んぅ~っ」
しかもこの大根の漬物がまたいい区切りになるなる。
ポリっとした歯応え、みずみずしさ、凝縮された塩っ気たっぷりの旨味、こいつだけでも主役を張れる器だぜ。
「ジェリー、おつけもの、にがてなの……」
「よし、じゃあ俺が食べてやるよ。この刺身と交換しようぜ」
まあ、漬物は好き嫌いが分かれるからな。
言うまでもなく、根菜を乱切りにした煮物もめちゃくちゃ美味かった。
ご多分に漏れず、テルプの水と太陽石で育てた野菜を使ったんだと。
ミスティラは特にこれがとてもお気に入りらしい。
いつもみたいな大げさな賛美もせず、黙々とフォークとナイフを動かしていた。
お前、煮物って見た目じゃなくねえかと突っ込みたいが、和食の良さを分かってるじゃんかと、同時に感心したのも事実だ。
「――ああ、食った食った。腹の中で幸せな胃液がジュンジュンと滲み出てやがるぜ」
「食べすぎよ」
食器以外にあえて難癖をつけるなら、俺にはちょいと量が少なかったことか。
でもそれも、米のおかわりで充分に補える。
結局大盛り3杯もおかわりしてしまった。
やっぱ刺身は米が進むな、うん。
「失礼致しやす」
まだ忙しさが完全に引いていないにも関わらず、料理長が直々にお茶と、蜜のかかった白玉団子を持ってきてくれた。
「お初の皆様方、当店の料理はいかがでしたか?」
「すごくおいしかったー!」
「懐かしい気持ちになれましたよ」
「職人芸とは、このような料理のためにある言葉なのだろうな」
「わたしも同じ感想です」
「恐縮でございます」
絶賛を一身に浴びた料理長は脱帽し、横幅の広い体を縮めるように一礼した。
「テルプの泉の水が持つ可能性を最大限に引き出した繊細精妙な味付け、変わらぬままでとても嬉しく思いますわ。いいえ、更に腕を上げられたのではなくて?」
「お気遣いありがとうございます。弛まず精進に努めて参りますので、今後もどうぞご贔屓に……」
「次はまた父と一緒に参りますわ」
料理長はミスティラが出した心付けを押しいただき、最後にもう一度深々と礼をして調理場へ戻っていった。
さて、このお茶と団子をお伴にゆっくり過ごしたい所だが、客が途絶える気配がまだない。
なるべく早めに席を空けた方がいいだろう。
「次は封印されていらっしゃる大悪魔様にご拝謁だな。何だっけ、ルート16ターボだっけ」
「ミーボルート! まったく、食べすぎで頭が回らなくなってるんじゃないの?」
……否定はできねえ。




