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37話『ユーリ、テルプの料理に懐かしさを覚える』 その2

 その一階建ての建物の中に上から入って、石床が敷かれた広間の上に着地すると、泡が弾けて消えた。

 広間には7人の人間がいたが、別に俺達をお出迎えするつもりじゃないのは一目見て分かる。

 今度はこの待機していた人達を上に運ぶんだろう。

 到着ですの一言すらなく、姉ちゃんが「早くどけ」と目で急かしてくる。


「ありがとう、おねえちゃん。すっごくきれいでたのしかった!」

「仕事でやっているだけですので礼は不要です。早くお行きなさい、花精のお嬢さん」


 最後の最後までニコリともしない。

 ジェリーの愛嬌攻撃も全く通用しない辺り、筋金入りだな。


「ジェリーちゃん、この方は体内を巡る血液にも濃い塩が溶け込んでおりますの。甘い蜜を分け与える必要はありませんわ」

「?? おしお?」


 ミスティラの嫌味たっぷりな言葉にも、姉ちゃんは眉ひとつ動かさない。


「まあまあ、とりあえず出ようぜ」


 テルプの街中は、少しひんやりしている気がした。

 とはいえ肌寒いってほどじゃなく、ちょうどいいぐらいで、確かにさっきミスティラが言ってた通り快適だった。


 何度も同じような感想を抱いているが、空に水があるというだけで、随分雰囲気が違って見える。

 それに、湖底の街にもきちんと水路が引かれているのは何とも不思議だ。


 天を覆う水の透明度は高いため、太陽の光がそれなりに届いてきているし、あちこちで火が焚かれているから、日中でも暗いということはなかった。

 特に磯臭いとか、生臭いというのもない。

 むしろ空気は澄み渡っていて、鼻や喉がスーッとする。


「このような場所ならば、雨に困ることはなさそうだな」

「でも雨が降らないとなると、農作物はどうしてるのかしら。湖の周りにも畑や牧場はあったけど、あれだけじゃ賄い切れないように見えたわ。他の街から買い入れるにも限度があるでしょうし」

「もっともな疑問ですが、解答は極めて単純ですわ。この街の中では、太陽石を用いて育てておりますのよ」


 太陽石ってのは読んで字の如く、太陽光と同じ性質の光を発する石だ。

 魔石よりも採取できる量が少なく、また加工が難しいと言われている。


「詳しいな、ミスティラ殿」

「他ならぬ、我らがローカリ教が食糧生産において積極的に運用している仕組みなのです。当然ですわ」


 さて、例の如く、まずはそのローカリ教の寺院に行って、宿を借りる所から街の探索が始まった。

 ちなみにテルプにある寺院の名前はバランっていうらしく、敷地や建物はラフィネと同じで小規模だった。

 自ずと、この街におけるローカリ教の立場も想像がつく。


 ついでに彼らが所有している畑も見せてもらったが、確かに太陽石を利用した農耕が行われていた。

 畑の中に高台を設置してそのてっぺんから、あるいは提灯みたく手持ちができるようにして太陽石の光を浴びせていたが、作物への微調整が大変みたいで、照射角度や距離を合わせるのに苦戦している姿が印象的だった。


「――で、ここの名物って何だっけ。ああ、巡礼地と泉以外でな」

「テルプの湧き水を利用した料理、温泉、そしてミーボルートが封印されている"エピアの檻"、以上の3つですわね」

「へえ、温泉なんてあんのか」

「ミーボルートってなぁに?」

「旧き時代、聖竜王・トスト様がフラセースを治められるようになって間もない頃、領土全域で暴威を振るったと言い伝えられている大悪魔ですわ」

「そんなのを名物にしてる辺り、フラセース側もいい根性してるよな」

「同感だ」

「ま、いいや。せっかくだからその大悪魔さんを一目拝んでみようぜ。でもその前にメシだな。腹減っちまった」


 という訳で俺達は休憩もそこそこに、ミスティラお勧めの店へ行くことにした。






 バラン寺院はテルプの中央部付近に位置していたが、重要な存在だからという訳ではないらしい。


「街の中央を流れる水路を隔てて、洋の民たちとそれ以外の種族で東西に街区が分けられておりますの。用がない限り、洋の民が別の街区へ足を踏み入れることはほとんどありませんわ」

「洋の民は排他主義、純血主義への拘りが強いと聞くが、それ程とは」

「わたくしに言わせればそのような振る舞い、肩書きにしがみつく三流貴族と大差ありませんが」


 ミスティラの刺々しい言葉が、詮索せずとも理由をほぼ示していた。

 地祖人の時と同じで、きっと洋の民もローカリ教の活動に協力的でないんだろう。


 とはいえ完全に両者が隔絶されてしまってれば、色々と不都合が起きるであろうことは俺にも分かる。

 そのため両者の境界、中央部付近に緩衝地帯が設けられていて、バラン寺院や、街の中央北部にある泉がそれらに該当するらしい。


「泉って、どんな風になっているのかしら」

「ちょっと寄ってみっか」


 通り道からは少し逸れてしまうけど、せっかくだから泉を少し見ていこうという話になった。

 進路を、水路に沿って北へと軌道修正する。

 ミスティラ曰く、泉とこの水は直接連結している訳ではないらしい。


 少し歩いて、泉……があるであろう場所に着いた俺は、思わず目を疑った。


「……はあ!?」


 当然の如く、泉は有料だった。

 それは別にいい、というか今更驚かない。


「これ、本当に適正な料金なの?」


 声を上げちまった理由は、工房見学や競竜とは訳が違って、利用料がメチャクチャ高かったからだ。

 タルテですら不平を漏らしてるくらいだぞ。信じられるか?

 俺達5人が豪勢なメシをたらふく食った時にかかるだろう食費よりも更に高額で、その上取水制限までかけられてるときたもんだ。


 盗水を防ぐために警備も厳重で、泉がどんな風になっているのかを見ることさえできない。

 中に泉があると思われる堅牢な建物の四方を更に高い塀で囲ってあるから、ブラックゲートで侵入することもできねえ。

 いや、やんねえけどさ。


「やはり……まだ解決していなかったのですね」

「ん? お前、事情を知ってたのか?」

「ええ。ですが憤っても、それは物語の悪役に対して真に怒るに等しいと言わざるを得ませんわ。本質的に誰に非があるという問題ではないのですから」

「どういう意味だ、ミスティラ殿」

「わたくしとユーリ様が出会うよりもしばらく前の出来事ですわ。これまで一度として勢いを衰えさせることがなかった泉から、突如として水がほとんど湧かなくなってしまったのです。この泉はテルプのみならずフセラース聖国、いいえ、世界の至宝。国を挙げての綿密な調査が行われましたが、解決はおろか原因の判明にも至らず……止むを得ず、現在のような形を取っているのです。それまではこのように利用料が高騰することもなく、庶民も親しめていたのですが」

「なるほどな。そういう事情があるんじゃあしょうがねえか」


 他の観光者たちも同じような考えに至ったのか、周囲は閑散としていた。

 利用しようと中へ入っていくのは商人だとか物好きな金持ち、あるいは本当に切羽詰まっていそうな人たち、何らかの重い病にかかっていると思われる女の子を連れた両親とかである。

 可能ならタダで治してやりたいが、俺のグリーンライトは残念ながら適用外だ。


「入るのは諦めるか。メシ食いに行こうぜ」

「そうね」


 気を取り直して、俺達は本来の目的地である料理店へと……


「……って、ちょっと待った」

「どうしたのよ」

「泉の水が取りにくくなってんだろ? そしたら料理にも影響が出てんじゃねえか?」

「あ……」

「心配は無用ですわ。このわたくしが、ラフィネの堅固たる大地が如き揺るぎない自信を持ってお勧めする名店なのです。斯様な災難で味が落ちたり、まして食事にありつけなくなるなどあり得ませんわ」


 そうまで言い切るなら、信じてみるか。


 改めて、街の外縁に沿うように少し歩き続けると、段々と人通りが増えて、空気が賑わいを増していくのを体感する。

 どうやらこの辺りはちょっとした飲食街になってるらしい。

 ミスティラの言う店は、そんな区域の一角に構えて商売をしていた。


「結構繁盛してんじゃん」


 店の出入口から列がはみ出しているのが見える。

 並ぶのは好きじゃないが、これくらいの長さなら許容範囲だ。

 というか事前の予想とは少々違ってて、思ってたより敷居が低めというか、ちょっと洒落てはいるものの、入りやすそうな店だった。

 細かな作法を要求されるような格式ばった高級店だったらどうしようかと少しばかり緊張してたが、これなら俺みたいのでもイケそうだ。

 安心して列の最後尾に加わり、順番を待つ。


「待機を強いられるのも当然の成り行きですわ」


 ミスティラはてっきりこういうのを嫌いそうだと思ってたが、不機嫌になるどころか、むしろ誇らしげですらあった。

 いや、自分お勧めの店だから我慢できてるんだろうか。


「いいにおいがするね」


 ちっちゃな鼻をすんとさせて、ジェリーが顔をほころばせる。


「腹一杯食おうな」

「うん」


 ……ってこの懐かしい感じがする匂い、どっかで嗅いだような。

 いや、俺はこれを知っている。

 記憶の奥深くに刻み込まれている、あっちの世界でも嗅いだことがある、一際食欲をそそる匂い。


 この懐かしい匂いは、和食と呼ばれているものが発するやつだ。






 しばらく列にくっついて待機していると店員がやってきて、待たせたことを謝罪した後、店内に案内された。

 そこでは更にもう一段、俺を懐かしがらせるような展開が待っていた。


「へい、らっしゃい!」


 足を踏み入れるなり、いきなりつけ台(と言っていいのか分からないが便宜上そう呼ぶ)の向こう側にいた料理人が、威勢のいい挨拶をしてきたのだ。

 続いて、他の従業員が次々と同様の挨拶を行う。

 こりゃあマジで懐かしいな。

 ……実際、あっちでそういう店に入った経験はなかったけどさ。


「皆様、御無沙汰しておりますわ。本日はわたくしの大切な方と友人をお連れして参りました」

「おう、ローカリ教のお嬢様! よく来なすった! さあさあ、いつもの席が空いてやす、どうぞ」


 店の人に案内された席は奥の窓際だった。

 卓上には純白の布が敷かれ、燭台や花が飾られていて小洒落た雰囲気があるが、どうも店の人たちの接客との雰囲気の隔たりが……

 まさかここで和食を食うのか?


「わぁ、お外がよく見えるよ!」


 そりゃ当たり前だろ、と突っ込んではいけない。

 小さな子に対して野暮だろって訳じゃなく、本当に見える景色が美しいからだ。


 天然の造形をそのまま活かした岩が、計算してそうしたと思われる配置で遠近に点在し、更には水草がなびき、白っぽい砂利が敷き詰められている。

 そんな中を魚が気ままに舞い、カニだの何だのがノソノソ歩いたり休んだりしている。

 巨大なアクアリウムで日本庭園を作り出したような、緑と青の透明な世界がずっと遠くまで広がっていた。


 泡に入って街に降りてきた時に見た景色とはまた違った風情がある。

 また店内も、混雑している割には比較的静かだ。

 うん、メシが一層美味くなりそうだ。

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