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6話『悪徳商人クィンチ、打ち砕かれる』 その1

 魔獣ビンバーを倒した俺は、そのまま館に突入した。

 正面の大きな扉は開けっ放しになっていた。


 館の玄関は大きな広間で、ここにも一戦やらかした痕跡が生々しく残っていた。

 高そうな内装のあちこちが破損し、何十人もの手下たちが血を流して転がっている。

 だが、ざっと見たところ全員息があるようで、呻き声を上げたり小刻みに震えたりしている。

 アニンは期待通りにやってくれたようだ。


 その当の本人も、まだこの場所に留まっていた。

 広間の中央付近で、俺にキュっと締まったケツを……もとい、背中を向けたまま、階段の上を凝視している。


「お疲れ」

「ユーリ殿も。こちらはあらかた片付けた。一応全員生かしておいてはいる」

「さすがは達人」


 剣だけで戦ったとしたら、俺は100回やっても勝てないだろう。

 余談だが、アニンが手加減する時は、彼我の力量差が明白な時だ。


「で……あれがクィンチさんか」

「うむ、ちょうど今出てきた所だ」


 残りの敵は、アニンの視線の先にいる奴だけのようだ。


 広間の奥の方にある階段の踊り場に立ってこちらを見下ろしている親玉は、魔獣にひけを取らないくらい珍妙な形をしていた。

 変な模様の入った紫色の衣、各所にゴテゴテとつけている宝石類も相当きている美的感覚だが、何より体型がヤバすぎる。

 肥満体の上に、全身の皮膚がダルダルになっている。

 もしかしたらあいつも魔獣なんじゃないか?


 いや、それよりも。


「ユーリっ!」

「おう、タルテ」


 脇にいたタルテの状態を確認する。

 体を縄で縛られているだけでなく、右頬の辺りが腫れているように見える。

 少し距離が離れているが、見間違いではないはずだ。


「どうして……どうして来ちゃったのよ」

「縁があったからじゃね? ま、細かい話は後回しだ。……あんたがクィンチさんっすか」

「いかにも。貴様か、人の家の庭でバカでかい声を張り上げた不届き者は!」

「平気で人さらいするような人間に不届き者扱いされたかないっすねー」

「生意気な口を……! どうもこの町の住民共は不躾でいかん。そこの女といい、勝手にワシの屋敷にずかずか入ってきおって」


 不躾なのはてめえのそのたるみまくった皮膚だろ。

 と、口に出さず悪態をついてたら、クィンチが気持ち悪い薄笑いを浮かべた。


「貴様のことは知っているぞ。貧乏人共に食い物を恵んでやったりしている小僧だろう?」

「へえ、ご存知だったなんて、光栄の行ったりきたりって奴だ」

「酔狂な小僧よの。救う値打ちもないクズ共にわざわざエサをやるなど、無意味極まりないではないか。どうせ遅かれ早かれ野垂れ死にするだけだろうに。自力で食い扶持を得られぬ弱者など助けてどうするというのだ」

「……すっげえムカつくけど、最後だけは意外と真っ当な指摘じゃねえか。そうなんだよな、そこは俺も考え中だ。……でもな、だからって『じゃあ無意味なんで諦めます』なんてできるほど、俺はお利口さんじゃねえんだよ」

「ユーリ殿……」

「いいよ、平気だ」


 何か言いたげなアニンに手を上げて答え、


「今はそんな問答をしに来たんじゃねえ。なあクィンチさん、そこの女の子、俺に譲ってくれねえか?」

「……クッ、ハハハハ! 惚れたのか小僧!」

「そうだと言ったら?」

「えっ」

「回りくどい……回りくどいな。金・暴力・魔法……とにかく力を使って奪い取り、組み敷けばいいではないか。餌付けしか能のない不能の貴様にはできぬかもしれぬがな。グワハハハハハ!」

「うるせえよ、包茎みたいな頭しやがってる奴に言われたくねえ」

「下品っ!」


 タルテがわざわざ大声で突っ込みをいれてくる。

 おいおい、俺の味方をしてくれないのかよ。


「で、どうなんだ」


 仕切り直すと、クィンチはフン、と豚っ鼻を鳴らし、


「欲しければワシを倒して奪い取ってみるがいい。言っておくがビンバーのような石くれ人形とは訳が違うぞ」


 傲然と言い放ってきた。

 大した自信じゃあねえか。だけどな。


「ダメだ」

「フン、臆したか?」

「違う。その前にきっちり約束しろ。契約書を書いてな」

「……クッ、ハハハハ! それなりに抜け目はないようだな!」

「いいからさっさと紙を用意しとけよ。『私は二度とタルテ様に近付きません。何もしません』ってな」

「待ってユーリ! 魔獣のせいで全身を石にされてた女の子がいるの! 助けるなら……」

「心配すんな、その魔獣はさっき始末したよ。もう解呪が始まってるはずだ」

「グワッハッハッハ! 愚か者め! せっかく手に入れた品物を、おめおめ手放しなどするものか!」


 クィンチがバカ笑いで割って入り、ぶくぶくと肥えた左手を見せてきた。


「ビンバーが死した時のことなど事前に考えておるわ。あやつの魔力がこもったこの指輪がある限り、決して解呪されることはないぞ」

「ちっ、んなもんまで持ってやがんのか」


 これは予想外だったが、やること自体は変わらない。

 つーかどの指輪だよ。五つの指全部にはめてるから分からねえよ。


「戦ってやるから、さっさと契約書を用意しろよ」

「吠えるな小僧。貴様とワシ、どちらに主導権があるかも読めぬか。貴様の目当ての生殺与奪は今、ワシが握っておるのだぞ」


 クィンチはそんなことを抜かし――あろうことか、タルテの頬を舌で舐め上げ、無造作に胸を掴みやがった。


「タルテ殿!」

「グワッハッハッハ! どうだ、悔しかろう! もっと辱めてやろうか。ほれほれ」

「や……やめて……っ」


 心の底から嫌そうに、泣きそうに顔を歪めたタルテを見た瞬間、俺は軽くプッツンしちまった。


「んの……野郎ッ!」


 クィンチの目の前に視線を収束。

 見つめているその先へ、意識を、そして肉体を飛ばして運ぶイメージを即座に描く。


 次の瞬間、俺の目に映ったのは、パンパンに膨らんだクィンチの腹。

 間髪入れずそこへ、体重を乗せた前蹴りを食らわせてやる。


「は? ……グゲェッ!」


 クィンチは驚くのとほぼ同時に、カエルが潰れたような声を上げて吹っ飛び、壁に激突した。

 いいざまだ。


「……ユーリ? え、どうやってここに? さっきまで階段の下にいたのに」

「俺だけの"魔法"みたいなもんだよ。それよか今までよく頑張って耐えたな。臭さが半端なかっただろ」


 "ブラックゲート"で懐に潜り込んだ瞬間、鼻がツンとしたが、相当な悪臭だった。

 近距離でずっと嗅がされていたであろうタルテはたまったもんじゃないだろう。


「大丈夫。もうマヒしちゃってるかも」


 無理しているのが見え見えの作り笑顔だった。

 それにやっぱり、右頬の腫れは見間違いじゃなかった。


「そっか。待ってろ、今ほどいてやるから」


 縄をほどこうとするが、接着剤で固めたかのように結び目はびくともしない。

 魔力のこもった特別なやつだな、こりゃ。

 "クリアフォース"でぶっ壊してやろうと思った時、


「……ああっ!」

「タルテ!」


 誰も手を触れていないのに、ひとりでに拘束が強まった。

 縄を食い込ませたタルテが苦悶の声を上げる。

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