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37話『ユーリ、テルプの料理に懐かしさを覚える』 その1

 結局、再挑戦は許可されないまま、俺達はラフィネを後にした。

 あれから何日も経過してて、今はテルプに向かっている道の途中だ。


 あの後の出来事を簡単にまとめると、まず工房に行ってクラルトさんにメルドゥアキの弓の試射をした成果を報告しつつ、大包丁とアニンの剣を受け取った。


「どうでえ! 完成した時以上に仕上げてやったぜ!」


 なんてデカい声で豪語してただけあって、確かに素晴らしい仕上がりだった。

 傷が全て消えてたのはもちろん、切れ味が遥かに増していて、握りの部分が更に手に馴染むようになってたから驚きだ。


「見事、という言葉でも足りぬくらいだ。ザンダンの鍛冶場で依頼しても、こうは行かぬやも知れぬ」


 なんて言って、アニンも大満足していた。

 まだ実戦で使う機会は訪れてないが、もはや試すまでもないだろ。


 で、次にラフィネの巡礼地にも行ったんだけど……こっちはあんまり思い出したくねえ。

 リージャンのおっさんとまた顔合わせしちまったからだ。


 半ば逆恨みなのは承知してるけど、どうにも助言を信じて賭けを外しちまったことに対する収まりがつかなかった。

 お陰様で、しばらく自由に使える金がない状態で過ごさなきゃいけなくなったんだぞ。

 買い食いができなくなったんだぞ。死活問題だぞ。

 大体リージャンって何だよ、マージャンみたいな名前しやがって。


 ……いけねえ、また不平不満の羅列が始まっちまった。

 忘れよう。

 ちなみにラフィネの巡礼地にあったのは、聖竜王・トストの偶像だとか、体に浴びて浄めるための砂だとか、いかにもなものばかりだった。

 タルテやミスティラは興味深けだったが、正直俺はあまり興味がなかった。

 ただ、気になったことを挙げるなら、聖竜王の姿は竜というよりも龍に近かったことだろうか。


 そんなことよりもしかし、風竜はやっぱカッコいいよな。

 俺もいつか、競竜のようにとは行かなくても、一度背中に乗って空を駆けてみたい。

 気持ちいいだろうなー。




 さて、フラセースの四大聖地の一角であるテルプはラフィネの北東、聖都エル・ロションの北に位置している。

 だいぶ北の方まで来たからか、太陽の出ている時間帯でも少しばかり寒い。

 ビキニアーマーなんか着ちゃってるアニンはよく平然としてられるよな。


「お前、寒くねえの」

「問題ない」


 体の作りからして違うんじゃないだろうか。


「あと少しの辛抱ですわ。街の中は常に一定の気候が維持されていて、快適に過ごせますのよ」


 既に訪れたことがあるというミスティラが、そんなことを言う。

 そいつは何よりだ。


 更にしばらく街道を進むと、前方に湖が見えてきた。

 向こう側の陸地がうっすらとしか見えないくらいには幅が広い。


「ここが聖なる水で満ちた湖って奴か」


 その御利益に少しでもあやかろうとしてるんだろう、湖の周囲に目をやると、天幕や小さな集落、それに田畑が幾つも点在しているのが見える。

 もちろん、これだけがテルプの全貌って訳じゃない。

 それくらいは初来訪の俺でも知っている。


「太陽の位置は未だ天頂に差し掛かっておりませんが、急ぎ参りましょう」


 湖の中央付近に見える浮島を、ミスティラは指差した。

 まずは水際にある建物に行って、身元証明などを済ませた後に舟を出してもらい、浮島まで連れて行ってもらう。


「……何だよ、タルテもアニンも、どうして冷ややかな目で俺を見るんだよ」


 いや分かってるよ、俺だって一瞬、ティパスト川での出来事が頭をよぎったよそりゃ。

 でも今回ばかりはいくら何でも大丈夫だろ。


 癪だが、運の問題じゃない。

 湖に満ちているこの水に理由がある。


「すっごーい! ティパスト川よりもきれい!」

「テルプを覆う水は清らかなだけではなく、邪なる者を退け、また封じ込める力を有しておりますのよ」


 ミスティラが説明した通り、この湖は天然物の聖水で満ちていて、生半可な魔物は中に入れない。

 じゃあこれを汲んで輸送すりゃいい商売になるんじゃないか……

 と考えがちだが、そうは上手く行かないみたいだ。


 水に込められている聖なる力は、この辺りの"場"そのものから絶えず発せられている力が大きく影響しているらしく、この場から離れてしまうとすぐに力を失ってしまうらしい。

 また、飲用にも適さないとのことだ。


 じゃあチョラッキオの市場で売ってた、開封しない限り腐らない聖水は何なんだって話だが。

 答えは少々ややこしいが、あれはここの湖の水じゃない。

 テルプの街の中にある泉から湧き出る水を、特殊な方法で加工して瓶詰にしている。

 だから腐ることも、効力を失うこともないって訳だ。


「――わたくしの講説はいかがでしたか?」

「丁寧なのはいいけど、もうちょっと簡潔だと助かったな」


 この辺のことは例の如くミスティラが説明してくれたんだが、噛み砕かせてもらった。

 ……あれ、こんなやり取りをつい最近も行ったような。


 話を戻して、この湖の底に沈んでいるのが……


「舟に乗って上から生きている街を見下ろすのって、なんだか変な感じね」


 身を少し乗り出し、湖底を覗き込みながらタルテが言う。

 そう、四大聖地の1つ・テルプは、聖なる湖の底に作られているのだ。


 深さはおよそ100メーンぐらいだろうか。

 太陽の光を浴びてキラキラしながら揺らめく水を隔てて映る街並みは、確かに水没した古代遺跡を眺めているのとは違う感覚だ。

 なんせ時間が止まっておらず、ちゃんと生きているのだから。

 目を凝らすと、道を歩いている人や火を焚いているさままで見える。


「降りる前からそのような調子で、貴女の心胆は耐えられますかしら。街の中はより美しく、幻想的ですのに」

「そうなんですか。耐えられるか不安ですね」

「まあまあ御二方、穏便に」


 そんなやり取りをしている内に、舟は浮島へと到着した。

 島自体はこじんまりとしていて、石造りの建物が1つあるだけである。


 建物の中に入った俺達を出迎えたのは、腕に竪琴を抱えている、やたら美人な姉ちゃんだった。

 海のような青い色をした長い髪と、額についている青い宝石が印象的だ。


「また来訪者ですか。今日はやけに多いですね」


 ……なんだけど、とても事務的な印象を受けた。

 いらっしゃいませとか、ようこその一言もないし、表情も硬い。

 接客にうるさいあっちの世界の方の故郷だったら苦情ものの態度だろう。


「お姉さん、"洋の民"ですか」

「そうですが、それが何か」


 あー、やっぱ典型的洋の民気質だなー。


「街に降りるのでしょう? 早くこちらへ」


 受付所を抜けて、更に奥へと通される。

 そこはやや広めの空間で、床面積のほとんどは池になっていた。


「そこに集まって下さい」


 俺達5人を所定の位置に立たせると、姉ちゃんが目を閉じて竪琴を爪弾き始めた。


「楽曲は相変わらず美しいですわね」


 ミスティラの声色には隠そうともしない棘があったが、姉ちゃんは無視して奏で続ける。

 確かに綺麗な曲だ。

 トラトリアで聴かせてもらった曲とは似ているようで違う。

 こっちの方は哀愁というより、柔らかで優しさを感じる旋律だ。

 演奏者の人柄もこんな風だと良かったんだけどな、って……


「おお」


 俺達の周囲に水膜が生まれ出し、たちまち大きな泡となって俺達を包み込んだ。

 竪琴が引き起こしたのは明白だ。


「すごーい!」


 ジェリーやタルテが感嘆の声を上げるが、


「溺死したくなければ、決して泡の外へ出ないで下さい」


 姉ちゃんは興味なさそうに抑揚なく言い、俺達の入った泡を宙に浮かせてゆっくりと池の中へと動かし始めた。




 俺達を包んだ泡が、湖の奥へ向かって静かに沈んでいく。

 同時に、テルプの街並みが段々と近付いてくる。

 泡が割れるんじゃないかという不安は別になく、ワクワクばかりが心に浮かんでくる。

 泳ぎもせず、こうやって上から街に近付いていくのは不思議であり、幻想的だった。

 あっちの世界じゃ決して味わえない体験だなこりゃ。


 テルプの建物や道の作りは、アビシスやラフィネとほぼ変わらない。

 でも湖の中にあるってだけで全く違った雰囲気に感じてしまう。


 住人にとってはしごくありふれた光景なのか、泡で降りてくる俺達をわざわざじっと見ている人達はいない。

 せいぜい一瞥をくれる程度だ。


「ねえねえ、お魚さんだよ!」


 泡のすぐ近くを魚の群れが横切っていくのを見て、ジェリーがはしゃいでいた。


「お魚さんは街のなかにはいったりしないのかなあ?」


 図らずもその疑問はすぐに解消された。


 街の斜め上から近付こうとしていた魚群が、急にぷいっと角度を変える。

 そんな行動を取ったのは、透明な障壁が街を覆っていたからだ。

 何で透明なのに見えたのかというと、障壁の内側は揺らめいていない、つまり水が遮断されてるからだ。


「聖なる水と結界の諧調、この二重奏で、テルプの安寧と無垢さは護られているのですわ」

「成程、潜水しようとしても弾き返されてしまう訳だ」

「んなことすんのお前ぐらいじゃね?」


 とはいえもちろん、全ての通行者を阻んでしまってはお話にならない。

 何らかの対策を講じてるんだろう、最初から存在してないかのように、泡は問題なく障壁をすり抜けた。


 水中から出ても泡の浮力は失われず、降下速度も変わらない。

 ゆっくりと、真下に建てられている、天井がぽっかりと開いた建物へと向かっていく。

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