36話『ユーリ一行、競竜に興じる』 その2
「賭けに参加するのは久々だな」
「そういや、ファミレにいた時以来か」
場所柄、ファミレにも色んな種類の賭け事は存在していて、俺もアニンも、傭兵仲間との付き合いで一通りやってみたことはある。
竜ではなく馬の競走とか、人間同士の決闘とか……
その時認識したのは、俺は賭け事が嫌いじゃない、というか好きだってことだ。
どうにも血が滾るのを抑えられないんだよな。
アニンも似たような傾向があるみたいだ。
移動途中、あちこちで警備の人間と、注意書きの立て看板を見かけた。
ファミレよりも断然厳しいな。
書かれているのは『魔法や魔具、魔眼などを用いた不正・競走妨害行為の禁止、及びそれらを行った際には厳罰が課せられる』といった主旨だ。
もちろん、場内での暴力行為も厳禁とされているのは言うまでもない。
「"目"だけではなく、場内一帯に魔力を感知する陣が張られておりまして、不正行為を徹底的に取り締まっているようですわ」
「ガッチガチだな……ん?」
おいおい、ちょっと待てよ。
禁止されてるのは"魔法"や"魔具"、"魔眼"の使用で、"餓狼の力"は別に禁止されてないよな。
「……あんたまさか、"力"を使ってイカサマしようとか考えてるんじゃないでしょうね」
「す、するわけねえだろ! 俺はヒーローを目指す男なんだぜ」
「だといいけど?」
いや、マジでしねえから。きっと。
券を買う前に俺達は、まず下見所へと行くことにした。
下見所っていうのは要するに、出走する竜の様子を確認できる場所のことだ。
慣らし運動をしていたり、騎手や所属陣営の人間と打ち合わせをしていたり……
各々、思い思いに出走までの時間を過ごしている姿を見てから、客はどの竜に賭けるのかを決められるって訳だ。
ってか当たり前だが、やっぱ競走用の竜も喋れるんだな。
「わぁ、おっきい竜さんがいっぱい!」
背中に六角柱状の岩のような棘が生えた甲羅を背負った、体長約6メーンほどの四足歩行生物――あれが地竜か。
当然、俺も初めて生で見る。でけえ。
「さわりたいなー、ダメかなぁ?」
「接触禁止って立て看板があるわね」
「そっかぁ」
単に調子が狂うからってだけじゃなく、魔力などの干渉を警戒してるんだろう。
番号ごとに色違いの帽子をかぶった騎手が持っているのは手綱だけで、鞭は手にしていなかった。
競馬だと軌道の矯正や加速をさせるために鞭を使うらしいけど、馬よりも更に高い知能を持つ竜ならその必要もないって訳か。
ただその分、まさしく先程ミスティラが言ってたように、より密な連携、強い信頼関係を築かないといけないんだろうな。
うーん、難しそうだ。
「おーい、今日こそ一着取れよ! こちとら給料ぶっ込んでるんだ! この前みてえに最後の直線で失速したら承知しねえからなぁ!」
「やかましい! 黙って見ていろ!」
客の地祖人からの野次に、負けじと地竜が言い返す光景を見て、ミスティラは整った顔をしかめた。
「どうした?」
「……器官を汚染されて、少々不愉快の水が込み上げてきただけですわ。お気になさらず」
それだけには見えなかったが、追及はしなかった。
そういや工房を出た後に知ったことだけど、地祖人はローカリ教の活動にあまり協力的ではないらしい。
ミスティラが工房へ行かなかったのは、もしかしてこの辺りの理由も関係してるんじゃないだろうか。
「ねえアニン、どうやって速そうな竜を見分けたらいいの?」
「名状し難いのだが……そうだな、"気"を読み取ることを心がけているな。"奴ならばやってくれる"……そう感ぜずにはいられぬ実力と気迫を併せ持っていそうな雰囲気を醸し出している相手を探すのだ」
かつてファミレで俺が尋ねた時と全く同じ答えをタルテに返していた。
「もっともそうした所で、必ず上手く行く保証はできぬが。戦で対手の力量を見極めるのと同じようには行かぬようだ。そもそも毎回傑出した能力の持ち主が出走するとも限らぬ」
「確実に当てる方法はないってことね」
そうなんだよな。
実際助言通りに試してみたんだけど、欲が直感を鈍らせるのか、どうにも的中率が上がった実感はない。
そもそも俺は、敵の力量を正確に測ること自体があまり得意じゃない。
だから俺は開き直って、もっと男らしい賭け方をするようにしている。
例え9回負けても、1回の大勝があればいい。そうだろ?
「ユーリ様、竜を検分せずともよろしいのですか?」
「ああ、もう充分だ。見切ったぜ」
「なんと……! 流石の慧眼ですわね」
すなわち、大穴狙い。
俺が見るべきは走る連中の姿ではなく、倍率。
今日こそ勝ってやる!
つー訳で、下見所で見た竜の様子と倍率を参考にして、各自券を購入した。
ミスティラは俺と同じのを買ったみたいだ。
別に俺に合わせた訳じゃなく、元々大穴を狙うつもりだったらしく、
「ちまちまと小銭を稼ぐなど、わたくしの美学に反しますわ。恋と同じく、激しい心の浮き沈みを伴ってこその賭け事ではなくて?」
とは本人の弁だ。
誰ともなしに口にしていたが、明らかに本命一点買いをしてたタルテに向けた言葉だろう。
「……悪かったわね」
助け舟を出してやりたかったが、ミスティラの気持ちを理解できてしまったので、何も言えなかった。
そんなやり取りを挟みつつ、俺達は観客席へと移動した。
やっぱ結果だけじゃ物足りないし、実際に走ってる所を見てみたいからな。
ここからはちょうど最後の直線から決勝線に至る道が一望でき、更に真正面、走路を挟んだ奥には豪邸ほどもある巨大な遠見水晶がドンと置かれている。
あれで競走の途中経過を確認できるんだろう。
走路に近い前列は既にびっしり埋まっていたため、必然的に後列へ回らざるを得なくなる。
しかし客席は傾斜がついているため、見えなくなる心配はない。
それに、見下ろせる位置に座ったお蔭で、面白い傾向に気付けた。
パッと見の気質によって、綺麗に座る場所の棲み分けが行われていたのだ。
互いに揉め事を避けたいという心理の表れだろうか。
後列側には、家族連れなどの穏健派が集まっていた。
俺達はお上品だからそうなるのは当たり前だよなぁ?
一般の観客席よりも更に高い位置には、関係者席や貴賓席らしき空間が設けられていたが、今の所誰も座っていなかった。
「ローカリ教名義であっちの席に座れねえの?」
「お父様よりも前の世代からの方針で、この施設とローカリ教は一切関わりを持っていないのです。非力なわたくしをお許し下さいませ」
左隣に座っていたミスティラから、そんな答えが返ってくる。
言っとくけど、これも冗談だからな。
「ドキドキするね。当たるかなぁ?」
木製の投票券を大事そうに小さな両手で握りながら、ジェリーが問いかけてきた。
「当たるように、いっぱい応援してやるといいぜ」
「うんっ」
しっかしこんな投票券、簡単に偽造できるんじゃないか、と思ってしまうが、そうはできないようになってるんだろうな。
ファミレのと仕組みが同じなら、金額と竜の番号を記載するのに使われている墨が特別製のはずだ。
詳しい原理は不明だが、墨ごとに固有の通し番号みたいなものがあって、特殊な方法を使って識別・照合ができるようになっていると聞いたことがある。
で、走路だが、竜の種類によって変わるらしい。
これから始まるのは地竜の競走で、普通に地面の上を走るらしいが、風竜の競走なんかは空中が走路になっているとのことだ。
「――わたくしの講説はいかがでしたか?」
「丁寧なのはいいけど、もうちょっと簡潔だと助かったな」
この辺のこと、本当はミスティラが逐一説明してくれたんだが、例の如く言い回しがくどかったので、ごく単純にまとめさせてもらった。悪しからず。
「そろそろ始まるのかしら」
……と、眼下の走路上に、ぞろぞろと楽器を携えた人間が出てきて、歓声が湧き起こる。
腹に響くくらいの迫力だ。
「まるで地鳴りだな」
「これだから地祖人は……少々品位に欠けると思いませんこと?」
整列した楽器隊が協奏曲を鳴らし始めるが、観客の声の方が圧倒的にデカくて、ほとんど掻き消されてしまっていた。
「みんな、お金のことばかりかんがえてる……」
歓声が止んだ後、ジェリーが漏らした呟きには、驚きと呆れが含まれていた。
「やれやれだぜ。どいつもこいつも欲に塗れちゃってよ」
「……おにいちゃんからも、お金がほしいって気もちがつたわってくる……」
「うぐっ! そ、そんなことはねえぜ! 俺だって競竜にロマンをだな……」
「嗚呼ユーリ様、我らが英雄、どうかさもしいことばかりをお考えにならないで下さいませ!」
「もうそのネタはいいって……お、浮かび上がったぜ」
向こうの巨大な遠見水晶が、開始地点の映像を流し始めた。
合計10体の地竜が、首の付け根付近に人を乗せて一列に並んでいる。
出走間近だ。
歓声はぴたりと止み、みんな固唾を飲んで開始の合図を見守っていた。
俺とミスティラが買ったのは、1番の竜"シメイジ"だ。
頼むぞ1番。絶対1着で駆け抜けろよ。
「ウオオオオオオッ!!」
一際大きな歓声。
走路脇の台上に立つ合図人が旗を振り下ろしたと同時に、一斉に地竜たちが走り出し、遠くの方から地鳴りのような音が聞こえてくる。
ついに始まった。
行け。行け。行け!
シメイジは……よし、ちゃんと先行している。
1,000メーンの短距離決戦、しかも直線だけだから、最初から少しでも前に出た方が有利だ。
いいぞ、このままちょっとずつ伸びていけ。
地竜たちの足音が、段々と大きくなってきた。
シメイジは3番手辺りを維持している。
よしよし、頼むぜ倍率94倍。
俺を儲けさせてくれよ!