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36話『ユーリ一行、競竜に興じる』 その1

「……おい、マジでやんのかよ」

「今更躊躇うなど男らしくないぞ。覚悟を決められよ、ユーリ殿」


 俺は今、どこぞの弓の名手の息子を真似したが如く、頭の上に木箱を乗っけている。

 そして前方、約20メーン先には幾分、いやかなり緊張した面持ちのタルテが、クラルトさんから譲ってもらったばかりのメルドゥアキの弓を手にしている。


 どうしてこんな状況になっているのか。

 ひとえに俺の口の軽さが招いた災難と言わざるを得ない。


 弓を貸してもらって工房を出、寺院にいるミスティラと合流してメシを食った後、早速試射してみようという話になった。

 もちろん、いきなり人間に射かけるなんてことは流石になく、最初はただの的で試してみた。


 で、それは見事に成功した。

 約20メーン先に置いた的のど真ん中に矢が突き立ち拍手喝采。


 でもタルテには悪いが、決して彼女自身の腕だけではないと思った。

 クラルトさんが言っていた、


『初心者でもいっぱしの働きができるようにするための弓』


 の効果がかなり影響していたはずだ。


 弓本体にくっついているメルドゥアキの眼はただの飾りなんかじゃなく、放つ矢を的へ誘導するための印をつける効果を持っていた。

 まさしくメルドゥアキが持つ魔眼の力を、そのまま弓に搭載していたのだ。


 具体的には、弓を構えて狙いをつけると魔眼が輝いて、標的の前に十字と円を組み合わせた形の印が浮かび上がり、放った矢がその中心目がけて飛んでいく。

 ただ誘導性は完璧ではなく、あまりに的外れな方向へ矢を放っても効果は表れず、印を狙って射なければならないため、ある程度は射手の技量が必要とされる。

 そういった意味ではタルテは正確に狙えてたんだけど、つい口を滑らせちまったんだよな。


「ま、動かない的と生き物は全然違うけどな」


 なんてさ。

 しまったと思った時にはもう手遅れで、


「ならば試しに、ユーリ殿が的になってやるのはどうだ」


 というアニンの一言を皮切りにどんどん話が進んでいき、反論の余地もなく、頭の上に木箱を乗っけた俺という新たなる的が誕生してしまったという訳だ。

 つくづく、余計なことを言わなきゃ良かったと反省している。

 ちなみにリンゴじゃなくて木箱なのは、リンゴが勿体無いからだ。


「おま、頼むぜ本当に! 俺の命運はお前の腕にかかってんだぞ! ヒーローがこんな所で死ぬ訳にゃいかねえんだ!」

「斯様に心配せずとも、後でグリーンライトを使い治療すれば良かろう」

「呑気なこと言ってんじゃあねえ! 当たり所が悪けりゃ使う間もなくおしまいだっての!」

「なれば、わたくしの海より深き愛を上乗せした治癒の魔法で、命さえも呼び戻してみせますわ」

「やかましいわ! 蘇生させる魔法が存在しないことぐらい知ってんだよ!」

「それは間違った認識ですわ。聖竜王・トスト様ならば可能だと言われておりますわ」

「お前は人間だろが!」


 安全地帯からわちゃわちゃ言いやがって。

 こいつら、他人事だと思ってるから、危機感に欠けてやがる。

 そもそも食後間もないから、餓狼の力は全然使えない。

 回復どころか、防御も回避もできない。


「おいタルテ、マジで大丈夫なんかよ! めっちゃ緊張してんじゃねえか!」


 運命を託すにはかなり頼りない射手だぞ。


「……だいじょうぶ。お願い。わたしを、信じて」


 だけど、クソ真面目な面でそう頼まれちゃあ、これ以上喚く方がカッコ悪くなっちまう。

 しょうがねえ、肚を括るか。


「……っしゃあ! 分かった、来ぉぉい!」


 タルテを指差しながら声を張り上げたのは、何より自分自身を奮い立たせるためだ。


「動かないでね」


 深く息を吐いて脱力した後に出したタルテの声は、まだ微かな震えを伴っていた。

 交わしていた視線が外され、頭上の木箱に注がれる。


 タルテが、一本の矢を取り出し、構えたメルドゥアキの弓につがえて弦を引く。

 すると、本体についていた魔眼が光を放ち、カメラで撮ったような音が頭の上で鳴る。

 視界には映ってないが、きっと今、木箱の前に刻印が浮かんでいるはずだ。


 それきり、全ての音が止む。

 目を細めつつ、位置を微調整しているタルテ。

 沈黙。

 固唾を飲んで見守る全員。

 頼むぞ。上手く射抜いてくれよ。


 前触れなく、静かな動作で、タルテが引き絞っていた右手を離す。

 弓が空を裂きながら俺に迫ってくる。


 一応気を遣ったんだろう。

 万が一が起こらないよう、矢の軌道はやや上方を取っていた。

 だがそれでも、自分に向かってくると分かっている攻撃を無防備に受け入れるのは怖い。

 反射的に目をつぶってしまいそうになる。


 閉じるな。

 動くな。

 大丈夫だ。多分。


「……ッ!」


 カッ、という小さな音と、脳天に伝わる小さな衝撃。

 おお、というアニンの声。


「ふぅ……」


 痛みや熱はないことを脳が認識すると、安堵で全身の力が抜けていった。

 どうやら無事に成功したらしい。

 寿命が1日分は縮んだんじゃないだろうか。


「見事だ、タルテ殿」

「おねえちゃん、すっごーい!」

「ううん、まだまだね。どうしても恐怖心が混じって、無心で放てなかったわ」

「命拾いしましたわねタルテさん。もしユーリ様の麗しきお顔に傷をつけていたら、到底償えるものではなかったのですから」

「いやー最高っすよタルテさん! さすが!」

「やめてよ、恥ずかしい」

「本音だって! ほんとに天晴れ! ワホン一の弓取り! 一射絶命の体現者!」


 もうこれ以上付き合わされるのはごめんだ。

 心臓に悪すぎる。

 とにかく褒めちぎって強制終了だ。


「タルテ殿、既に承知しているとは思うが、あくまで訓練と実戦は別物。ゆめゆめ精進を怠らぬように」

「ええ、分かってるわ」

「よし、総評もついた所で終わりッ! いやー、競竜場へ行く前の景気づけにちょうど良かったな。こりゃあ大勝ち間違いなしだぜ!」


 こう思わないとやってられない。

 それに口に出すとその通りになるって言うしな。


 ……なんだけど、この後重大な事実が発覚した。

 この日は競竜の開催日ではなかったのだ。

 いつもやってるもんじゃないのか。

 わざわざサイコロ振ったのは何だったんだよ。






 気を取り直して翌日、俺達はラフィネのもう1つの名物を見に、競竜場へと足を運んだ。

 昨日の今日とあっては大包丁もアニンの剣もまだ戻ってきてないが、場内は武器類の持ち込みが禁止されているみたいだからむしろ具合がいい。


 競竜場はラフィネの西部にあるんだが、めちゃくちゃ広かった。

 と言っても面積のほとんどは走路や竜舎で占められている。


 まずは敷地内に入るため、城壁のようにバカデカい門へ行き、手続きを済ませた後に入場料を支払う。

 いつぞやのチョラッキオの時みたく行列に並ばされなかったのは良かったけど……どうも釈然としねえ。


「また金取られんのかよ。世知辛い聖地だな」

「嗚呼ユーリ様、我らが英雄、どうかこれしきのことで守勢に入らないで下さいませ! 小銭の支払いなどという雑兵、わたくしが容易く打ち払ってみせますわ」

「恥ずかしいから大げさに言うなよ。冗談だ冗談」


 タルテとは別の意味で軽口が通じねえな。


「聖地にこんな場所があっていいのかしら」


 当のご本人は、早速周りを見回して真面目ちゃんぶりを発揮していた。


「貴女という方は、つくづく堅物ですのね」

「……悪かったわね」

「他ならぬ聖竜王・トスト様御自らによる発案だというのに、一体誰が不服を唱えられましょう」

「へえ、意外と俗っぽい所のある王様なんだな」

「他種族の心をも深く理解なされるからこそ、トスト様は崇敬を集める聖竜王たり得るのですわ。それと、単純に射幸心を煽るだけの場所ではありません。人と竜が手を取り合い、一体となって速さという道を極める……そして生産や育成に携わる者もまた、命を紡いだり磨き上げる夢や希望を胸に、日々の仕事に勤しむ……競竜はこのような側面をも持ち合わせておりますのよ」

「随分詳しいのだな、ミスティラ殿」


 アニンに指摘されて、これまで自慢げに語っていたミスティラが少し目を伏せた。


「この地へ足を踏み入れるのは、わたくしの憧れでしたの。そう、巡礼者が四大聖地へ赴くことを夢見るように……」


 それはちょっと大げさじゃねえか、と言おうと思ったが、こいつがそうなのは今に限った話じゃないので黙っておいた。


「これまでにも幾度かラフィネを訪れたことはあったのですが、此処に入ることをお父様にきつく禁じられておりましたの。"賭博は身の破滅を招く"と……全く、寵愛して下さっているのは理解しておりますが、心配が過ぎると思いませんこと?」


 いや、俺もモクジさんと同意見なんだけど。


「本日は存分に賭け事と、人竜一体の躍動を楽しみますわよ! さあ参りましょうユーリ様!」

「おいおい、引っ張んなよ」


 ただでさえ場内は混んでて、ちょっとばかり歩き辛いんだからさ。

 ちなみに客層はというと、地元の家族連れや冒険者、巡礼者風の人たちもいるにはいるが、やはり割合的には荒くれた感じの連中が多い印象だ。

 普段は工房で働いていると思われる地祖人も結構いる。

 工業都市に賭博施設とくれば、これはもう盛り上がって、殺伐としない訳がない。


 どことなく雰囲気がファミレに似てるな。懐かしい。

 地面や隅っこに色んなゴミが散らかり、積み上げられててあまり衛生的と言えない辺りもそれっぽい。


 こういう場所に慣れてるアニンはどこ吹く風って感じだが、タルテやジェリーはけっこう足元を気にしていた。

 ……で、肝心のお嬢様はというと。


「嗚呼、噂に違わぬ猥雑さ! 火竜の谷のような熱く揺らめく空気! まさしく戦場! ユーリ様、どうかわたくしを抱き上げてお守り下さいませ!」


 よく分からん反応を示していた。


 さて、身軽な状態で出入口すぐの所の広場にデカデカと貼り出された予定表を見ると、そう遠くないうちに競争が始まるみたいなので、早速そこの賭けに参加してみることにした。

 我らが財務大臣の許可及び予算は、事前に根回しを行って得ている。

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