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35話『地祖人の工房で武器を新調する』 その2

 その後の案内によって見ることのできた"一般向け"の工房は予想通りというか、面白味があるとは言い難かった。

 だが、失望感はない。

 ……他の見学者から、特に職人っぽい人らから羨望の眼差しを向けられる羽目にはなったが。


「あなた達、運がいいわね。結構な期間案内の仕事をしてきたけど、こんな風に特別待遇を受けた人は初めてよ」


 全行程が終了して解散した後に、俺達だけで道を引き返す道中、案内人の姉ちゃんがそんな言葉を漏らした。


「お姉さんは工房の奥を見たことないんすか」

「内緒よ」


 立てた指を唇の前に持って言う。

 そこで含みを持たせる必要性はあったんだろうか。


「……さ、着いたわ。それじゃあ楽しんでらっしゃいな」

「どもっす」


 姉ちゃんと別れ、俺達は最初に入った武器工房へと再び戻る。


「おお、来たか来たか! 今丁度区切りをつけて一休みしてた所だ」


 大包丁のことを知っていた地祖人のおっちゃんは、小さな木の椅子に腰かけて酒を引っかけていた。

 ちなみに今は昼過ぎである。

 他の職人たちも手を休め、同じように酒を口にしたり、汗を拭きながら談笑していたり、思い思いに休憩していた。


 まずは改めて、互いに簡単な自己紹介を行う。

 

「そんじゃあ兄さんよ、早速だけどその大包丁を見せてくんねえか」


 が、名前で呼んではくれないようだ。別にいいけど。

 クラルトという名前の地祖人に言われるがまま、背中の大包丁を渡す。


「おお……おおおおおっ!!」


 な、なんだあ?

 急にデカい声を出しちゃって。


「こりゃあ……! あの時の姿が見る影もねえや!」


 大包丁を隅々まで観察しながら、クラルトさんは大げさなくらい悲嘆の声を上げる。

 そして俺をぎろりと睨んでこう続けた。


「おい兄さんよお、旦那から譲られた大包丁、随分無頓着に扱ってんじゃあねえのか?」

「いやー、そんなことないすよ」

「おうおう、ギリの旦那から嘘をつくなって教わってねえのか? どうなんだ? ああん?」

「……教わりましたね」


 教科書通りの気質だ。

 でもそんな違うかなあ?

 立派に剣の姿と役割を果たしてんじゃん。


「よく見てみろ、あちこち刃こぼれしちまってるし、先っぽの方なんかヒビが入っちまってる! これじゃあ遠くねえ内にポッキリだ! 大包丁も旦那も泣いてるぜ! おおう!?」


 おいおい、本人に悪気はないんだろうけど、変に威圧感のある話し方だからタルテやジェリーが引いちまってんじゃんか。

 そういや、一応目立った汚れを落とすぐらいはしてるけど、めんどくせえからロクに手入れとかしてねえな。

 だって普通の剣よりデカいし、クセがあるし、めんどくせえんだよな。

 戦闘では餓狼の力を使いがちで、実はそこまで大包丁を多用してないってのもある。


「ったく、これ以上こいつの痛々しい姿を見てらんねえぜ。よし決めた、こいつをワシに預けてくんな! そんなに時間は取らせねえ。ラフィネを出る前には新品に戻してやらぁ! 金はいらねえからよ、ほれ、よこしな!」

「そうっすか。じゃあお願いします」


 凄い勢いで勝手にどんどん話が進んでいってるが、急いでる訳じゃないし、タダで修復をやってくれるなら断る理由はない。

 素直に渡すことにした。


「大包丁がここで作られたなんてなあ、知らなかったっす」

「何でえ、知っててここに来たんじゃねえのか?」

「いえ、偶然なんですよ。……ああでも、親父が何か言ってたっけ。フラセースのどっかでしか取れない、何とかっていう金属を使って作られたとか、色々」


 ダメだ、興味がなかったから全然思い出せねえ。


「おう、こいつぁツグアリを贅沢に使った逸品だ。頑丈さとしなやかさ、軽さを兼ね備えた、ちょいとばかし珍しい金属なんだぜ」


 具体的な名前を出されても、やっぱり思い出せなかった。


「そっちの姉ちゃんも一緒にどうだ。腰のそいつをちょいとばかし貸してくれりゃあ、もっといい剣にしてやるぜ」

「む、私か? そうだな、折角名工が申し出てくれたのだ、喜んで依頼するとしよう。よろしく頼む、クラルト殿」

「任せときな! ……ほう、こりゃあ見事なもんだ」


 アニンから剣を受け取ったクラルトさんが、しきりに感心した声を上げる。


「ツァイのササ流が使う剣だな。こいつぁザンダンの鍛冶場で作られたものか?」

「御名答。流石は名工」

「へへっ、よせやい。これだけの名剣、知らねえ方が恥ずかしいや。剣自体の造りもさることながら、手入れも完璧だ。こりゃあんまり手をかける必要はねえな」


 クラルトさんがこれだけ絶賛してるんだから、相当な一振りなんだろう。

 ちなみに俺は、アニンがあの剣を大事にしているのはよく見てたが、それ以上の詳しい情報は一切知らなかった。


「姉さん、さぞいい"技"が使えるんだろう」

「いやいや、私などまだ道の途上。目指す処へ至るにはまだ足りぬ」


 クラルトさんの言う"技"とは、魔力ではなく使い手の"気"、闘気というか気合というか、そういう力を込めて放つ奴だ。

 ペリッテ平原で魔物と戦った時に使った"白糸曲水"とか"暴獅子"がそうだな。

 魔法よりも使い手が少なく、優れた武器と使い手の研鑽が融合して生まれる。

 中にはただの棒切れでも技を放てるような達人がいるらしいけど。


 ちなみに俺はそんな、技なんて洒落たものは使えない。

 いいんだよ、代わりに餓狼の力があるから。


「さてと、んじゃあ早速始めるか。そのついでに工房の奥を見せてやるよ。ついてきな。……おい、運んどいてくれ」


 俺とアニンの剣を弟子と思われる別の地祖人に渡し、クラルトさんは更に奥の部屋へと俺達を誘った。


 扉の先は通路が真っ直ぐ伸びていて、途中左右にいくつか分岐や階段があった。

 この辺りは別に厳重に守りを固めてはないみたいだ。

 警備はおらず、結界とかが張ってある訳でもない。

 ただ外からの視線を遮断するためか、窓はない。

 そのため少し圧迫感があった。


 俺達が案内されたのは分岐のいずれでもなく、通路の一番奥に位置している部屋だった。

 クラルトさんが錠を外して手をかけると、鉄製の分厚い扉がゆっくりと開かれる。


「さあ、入んな」

「おお、すげっ」


 まず驚いたのは広さだ。

 だだっ広い、とまでは行かないが、先程までに見学してきた部屋のどれよりも広い。


 中に並べられている設備を見ると、そうなっているのも納得だ。

 武器や防具を叩いて鍛えている地祖人がいるのはこれまでと同じだが、樋に流れるドロドロに溶けた金属が大きな容器へと注ぎ込まれていたり、ちょっとした池みたいな水槽があったり、その大がかりさは工房というより工場に近いと言っていいかもしれない。

 やっと真っ当に社会科見学をしてるような気分になってきたぜ。


 ……いや、工場にはあんなのいないよな。


「ねえねえ、竜さんだよ! 竜さんがいるよ!」


 そう、何よりたまげたのは、竜がいたってことだ。


「わたし、初めて見るわ」

「俺もだ」


 俺とタルテはつい揃って竜を見つめてしまう。

 実を言うと、本物を見るのはこれが初めてだった。

 ワホンには竜がいなかったからな。


 こうやって実際に見てみると、やっぱ迫力がある。

 赤い鱗に鋭い牙と爪、威厳を感じさせる角と髭……うん、竜って感じだ。

 想像していたよりも体は大きくなかったが、風格はビンビンに伝わってくる。

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