35話『地祖人の工房で武器を新調する』 その1
翌朝、しっかりとメシを食った後、早速俺達は地租人の工房へと行くことにした。
地租人とは小柄な体だが岩石のように筋骨隆々、モジャモジャの髭が特徴の、亜人の一種である。
数は少なかったがワホンにも住んでいて、ファミレのあちこちで腕を振るってたっけ。
手先が器用でなおかつ発想力にも優れている、まさに職人って種族だ。
気質もそんな感じで、一般的に頑固というか、ちょっと荒っぽいというか、そういった傾向がある。
ただ別に人間嫌いな訳ではなく、むしろ友好的で、ファミレの大食堂でよく皆と酒をかっ食らってたりもしてたっけか。
遺伝的なものも影響してるんだろうと俺は見ている。
どういうことかと言うと、純粋な地祖人の女はかなり産まれにくいそうで、種を守るために自ずと人間を含めた他種族との混血が多くなる。
ちなみに女の地租人も筋肉はついているが、流石に髭は生えないらしい。
らしいというのは、流石に俺も女の地祖人は見たことがないからだ。
多分、これから行く工房にもいないだろうな。
「ユーリ殿、ミスティラ殿のことなのだが」
道中、アニンが堂々とこんな話題を持ち出してきたのは、当の本人がいないからだ。
寺院に私用があると、工房見学には同行しなかったのである。
「どうやら夜中、定期的に連絡を取っているようだ。具体的に誰と、までは分からぬのだが、念の為報告しておく」
ああ……思い当たる節はあった。
知り合って間もない頃も、夜に物陰でコソコソやってたっけ。
本人は勉強してたなんて言ってたが、あれって実は文通でもやってたのか?
「求婚されたって相手とかとじゃね?」
「おや、随分と淡白な反応なのだな」
「だってあいつの性格からして、無闇に深入りすると怒りそうだし、そもそも俺達に秘密にしたいから夜にコソコソやってんだろ」
それに別のことをしてもらってた方が助かる……っつうのもちょっと語弊があるかも知れないが。
夜にあれこれと仕掛けて来られずに済むからだ。
是非今後もそうしててもらいたい。
さて、気を取り直して。
頑固者たちの集う工房を見られるのかどうか、当初はちょっと不安だったが、幸いそれはすぐに解消された。
ラフィネ側もしっかり考えていたようで、工房の見学会をわざわざ観光客用に設けていたのである。
まったく、用意のいいこった。
なのでそれに参加するため、まずは工房とは別の建物で申し込みを行う。
ちなみにこの見学会、有料だった。
子どもは無料、なんて気の利いた制度もない。
……世知辛い聖地だよな。
まあ、料金自体は良心的だったけどさ。
俺達の他にも参加者はそこそこいて、いかにも職人っぽい雰囲気の人が心なしか目立つ。
同業者としても気になる所なんだろうな。
工房はラフィネの南西部に広がっていて、ちょっとした工業区域と呼んでもいいかもしれない。
もちろん全ての工房を見ることはできず、見学できるのはその中でも一部だけだ。
広すぎるのもそうだが、中には秘匿しなければならないようなもの――例えば魔石の精製・加工などは、地祖人の作った組合が完全に技術を独占しているらしく、それらは一切見ることができない。
やっぱどんな世界にも利権問題はあるもんなんだな。
「これより中が、地租人の工房になりまーす!」
全員の支払いや諸注意等の説明が終わった後、やたらよく声の通る案内人の姉ちゃんに従って、俺達は工房区域へ足を踏み入れた。
潜入や不適切な覗き見を警戒しているんだろう、建物の構造は極めて堅牢で、それに加えて区域内の警備も厳重だった。
高い壁や固い扉でガッチリ区切られていて、ほとんど市街地から隔離されているのに近い。
ちなみに俺達見学者のそばにも屈強な男が見張りとしてついている。
「……ちょっと物々しいわね」
「ま、別にやましいことはねえんだ。気にせず楽しもうぜ」
まず案内されたのは、武器を作っている場所だった。
火や熱を扱ってるから、やっぱり暑いな。
「職人さんたちの邪魔にならないよう、この仕切りから中へは入らないで下さいねー!」
工房の中には背の低い柵が設置されていて、見学者が移動できる経路を狭く限定していた。
こんなの、乗り越えようとすれば簡単じゃないか?
やるつもりはねえけど。
仕切りの最前部から作業場所までそれなりに距離はあるが、見る分には特に問題はない。
見られることに慣れきっているのか、地祖人の職人たちは俺達の存在などまるで気に留めず、仕事に没頭している。
それを抜きにしてみると、普通の鍛冶場とそんなに違いがない、ってのが大雑把な第一印象だった。
建物や道具の大きさは別に地祖人に合わせている訳ではないようだし、特別な製法を用いているでもない。
きちんと整理整頓されている道具類に囲まれ、普通の人間と変わりないやり方で、剣だの槍だのを鍛えていた。
「ユーリやアニンはやっぱり、こういう場所が興味深かったりするの?」
「私は特に無いな。この一振りの剣に全ての愛を注いでいるゆえ」
「俺も餓狼の力があるから別に無えなあ。ぶっちゃけこの大包丁だって貰い物で、適当に使ってるだけだし」
「えっ? ごめんなさい、後の方がよく聞き取れなかったんだけど」
「この大包丁は! 貰い物で! 別に思い入れはない!」
「今度は声大きすぎ……」
注文が多いな。
とはいえ、そうなるのも仕方ない。
なんせ金属音や水蒸気の音が凄くて、普通に喋っても掻き消されてしまう。
「……ん、ちょっと待てよ」
自分でも唐突だと思うが、ふと、俺は気付いちゃいけないことに気付いてしまった。
「どうしたのよ」
「もし、このまま何の変哲もない作業場を見せられ続けても全然面白くない……っつーか、ぼったくりって言ってもいいんじゃあねーか?」
「な、何言い出すのよ急に」
「お前は疑問に思わねえのか? そりゃ確かに地祖人の腕は、素人が見ても凄えと思うよ。止まってる時間がないぐらい忙しなく動き回ってるし、鎚捌きは力強く、彫り物は緻密だ。
でもさ、やっぱさ、地祖人ならではの技ってのを期待するじゃんか。俺、聞いたことがあるんだよ。地租人にゃ素手で武器を鍛え上げる名工とかがいるんだって。そういうのは見られねえのかな」
「言われてみれば確かにそうだな。少々物足りぬ」
「だろ? アニン」
「それは……そういうのは外部に漏らしちゃいけないんじゃないかしら」
「ごもっともな意見だけど、それでも納得できなくね?」
「どうかなさいましたかー!?」
ずっと立ち止まって話し込んでた俺達を不審に思ったんだろう。
案内の姉ちゃんが騒音にも負けないくらいのデカい声を張り上げてきた。
「おにいちゃんたち、早くいこっ?」
「ああ、悪い」
何でもない、と姉ちゃんに身振りで伝えて、列に合流しようとした。
……が、別の視線に気付く。
柵の向こう側から、1人の地祖人がぎょろついた目でこっちを、というか俺を見ていた。
目が合うと、金鎚を握ったまま、蟹股で近付いてくる。
やべ、さっきの話を聞かれちまっただろうか。
地祖人ってそんなに耳良かったっけ。
「おい、兄さん」
なんて考えてる内に、腹から出した太く低い声で呼ばれる。
横でタルテがビクっとしたのが見えたから、一応前に出とくか。
ま、俺に責任があるんだけどさ。しょうがねえか。
「さっき、大包丁って言ったか」
ん、大包丁?
変哲もないとか面白くないとか言われて怒ってるんじゃないのか?
「はあ、確かに言いましたけど」
答えながら、お尋ねのブツを見せるべく背中を向けた。
すると、職人の目玉がますます大きく開かれる。
「そりゃあまさかギリの旦那の……!」
「え、親父を知ってるんすか?」
まさか親父の名が出てくるとは思わなくて、俺も目を剥いてしまう。
「親父? ほうほう、あんた、ギリさんの息子か! ……でもあんまし似てねぇなあ」
「母親似なんすよ」
「なるほど、旦那はさぞかし美人のカミさんと結婚したんだろうなあ」
「……どうでしょうね」
俺が物心ついた時には既に、美人なんて言葉は過去の遺物になってたと思う。
「まあいいや、旦那は元気にしてるのかい」
「殺されても死にそうにないっすよ。今はワホンのロロスって町で料理店をやってます」
「はっはっはっ、違えねえ。そうか、ワホンにいるのか。で、兄さんは旅に出た選別にそいつを旦那から譲り受けたって所か」
「ええ」
「どれどれ、久々にちょいと見せてくんな……と言いてえとこだが、ワシゃ今仕事中だし、あんた達も見学中だろ」
職人のおっちゃんは伸びた髭を一擦りした後「よし」と呟いて、
「おーい! 見学が終わったら、この兄さん達をワシらの所へ連れてきてくんな!」
案内人の姉ちゃんに大声で指示を出した。
「いいんですかーっ!?」
「おうよ! ……ギリの旦那の息子と聞いちゃあ特別だ。色々聞かせてくんな。ついでに見せられる範囲でだが、もうちょっとワシらの工房を見せてやるよ」
「マジすか!? ありがとうございます」
思わぬ形で工房の深い部分を見られることになったとは、こいつはツイてる。
親父に感謝だな。
にしても、大包丁が地祖人と関係してたってのは初耳だ。