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34話『ユーリ、翻弄された挙句悪手を打つ』 その1

 インスタルトはこれから俺達が行わんとする秘密の儀式を闇の裡へと、恥知らずの満月から覆い隠そうとしてくれている。

 おお、今宵俺は遂に青臭い情動を、番い、この世界に生まれ堕ちる前に失われた魂の片割れに抱いていた幻想を喪失し、代わりに高き天空の頂へと上り詰める歓び、豊潤で初々しく瑞々しい果実の味わいを獲得するのだ。


 待っていろ、愛しの実よ。

 その馨しさ、濃厚なる蜜に、とことんまで狂ってみせよう。

 俺の体内で混ざり合うお前を悦ばせてやろう。


 閨を支配する闇に同化して、音を立てずに寝台へ向かう。

 白く薄い幕越しに見えるお前の姿は、雪風に掻き消されそうな一輪の可憐な花にも喩えられよう。

 早く助け出さねば。掘り起こして、愛でてやらねば。


 薄幕を掻き分けて、純白の柔らかく滑らかな芝生の上に膝をつく。

 天蓋の中は、秘密と禁断が手を結ぶ花園。

 その中央で眠り姫を演じる、愛しのお前。


 凡そ現世からかけ離れた美しさに、全ての感覚を支配され、麻痺させられてしまうではないか。

 一々挙げて賛美するのも煩わしい。

 言葉など無粋なだけ。

 構成物全てが美であり愛。それで充分だ。


「目蓋を開いておくれ、我が愛しのミスティラ」


 声でさえ壊してしまいそうだから、囁く。

 反応して、鎖されていた瞳が、蕾がそうなるようにゆっくりと開かれて、2つの蒼い宝石が輝きを放ち始めた。


「ユーリ様…………ようやく……いらしたのですね。待ちかねましたわ」


 紡がれる甘い響きは、一層激しく我が理性の皮膚を掻き毟った。

 お前が纏っているその、夜空をそのまま切り取ったような寝巻に対しても、同じようにしてやりたい。

 その下に在る柔肌を、肉を、貪りたくて我慢が出来ないのだ。


 止めろ。

 想像するな。

 実現に、情動の全てを傾けろ。


「もう、抑え切れませんのね……徴が、御体の随所に現れておりますわ」

「おお、尾籠な姿を許しておくれ。全ては本能がいけないのだ。この獣めが、アビシスの不滅の炎のような昂ぶりを引き起こし、このような醜態を晒してしまうのだ」

「構いません。そこまで熱く、激しく求めて下さること、心より嬉しく思いますわ。……ですが、まだいけません」


 穢れを知らぬはずの彼女の笑みは、やけに蠱惑的な、抗いがたい魔性を有していた。


「何故だ。何故焦らすのだ。お前は俺を甚振って愉しむ性癖の持ち主だったのか」

「嗚呼、どうか誤解をなさらないで下さいませ。わたくしとて、砂時計の一粒を惜しむ思いで貴方と溶け合いたいと、心より望んでおりますわ。ですが、芳醇な葡萄酒のように、わたくしたちの心身も適切な期間熟成させることで一層の高まりを得られるようになるのは、貴方も理解なさっているはず」

「おおお……!」


 それでも。それでもだ!

 漆黒の闇、漂う甘い香り、耳朶をくすぐる声、彼女を形作る曲線美、及びそれを惜しげもなく強調した寝巻……

 これらの要素全てが、未完の作品でも構わないと断じさせるほどに、柔弱な辛抱の樹を吹き飛ばすほどに情慾を駆り立ててしまうには充分過ぎるのだ!


「最愛のユーリ様、お辛い顔をなさってますわ……わたくしの理性までもが痺れて鈍ってしまいそう…………ええ、ならばよろしいでしょう。未熟に耽溺するのもまた一興。互いの蜜が全て蒸発してしまうまで、共に味わい尽くしましょう」


 赦しが出た!

 愛しい愛しい俺だけの女神から!

 歓喜! 至上! 昇天!


 これよりの蜜月で得られる、あらゆる秘宝の代償が妹のような存在との別れ、仲間との永訣であったとしても構いはしない。

 お前達、罵るならば罵るがいい。

 だが、何があろうとも、灼熱の太陽にも負けないこの愛だけは決して渡しはしない。


「瞳と瞳での絡み合いにはもう飽いた。触れるぞ」

「……はい」


 零れ落ちそうなほどに膨らんでいる、一対の豊かな地へとゆっくりと吸引されていく。

 今の俺は、安息の地を求めて流浪する民だ。


 だが、それもすぐに終わる。

 まずは永住の誓いとして、その頂へ永遠にも等しい長い口付けを……






「おーい、何勝手に話を捏造してんだよ」


 最初に断言しておく。

 これまでの出来事は虚構であり、現実とは一切関係がない。


「あら、ユーリ様。これは捏造などではなくてよ」


 そう、このミスティラが勝手に話を作ったんだ。

 ったく、横で何を一生懸命に書いているのかと思えば。


「確実に訪れる未来を、予言して書き記しているだけですわ。御存知ですか? 口に出したり書き出したりすると成就しますのよ」


 こっちの世界にもそんな願望実現法があるのかよ。

 というかこいつ、諦めたんじゃなかったのか?


「お前、俺を何だと思ってるんだよ。つーか全年齢向けなんだからわきまえろって」

「ユーリ様はまだ誰とも結ばれていないではありませんか。故に諦める必要なし。全ての可能性が潰えてはいない以上、実現のためにあらゆる努力を惜しまないのは当然ではなくて?」

「いや、噛み合ってねえし。そもそも俺はそんな話し方も考え方もしねえっての。仮にやるなら『ミ~スティ~ラちゃ~ん』って声を細かく震わせながら水泳の時みたく飛び込むわ」

「ふ、照れ隠しをする必要はありませんわ。研究者の如き精微なる洞察の下、きちんとユーリ様の好みを反映致しましたのよ。特にむ……」

「あー、説明しなくていいから」


 ダメだ、こいつと話してると、どんどん調子が崩されていく。

 切り替えよう。


 えーと、俺達は今、ミスティラの用意してくれた馬車に乗って、フラセースの四大聖地の1つ、ラフィネへと続く道の途中にいる。

 リレージュじゃないのかって?

 ミスティラの提案でこうなったんだ。


『せっかくの機会なのです。疾風の如き旅でないのならば、四大聖地を巡ってみてはいかがでしょう。必ずや後の人生をより実り豊かなものにする肥しとなるでしょう』


 なんて言ってな。

 あれ、結局こいつが絡んでんじゃあねえか。

 いやいや。

 まあ、確かにいい経験にはなるだろうし、ジェリー本人も「行ってみたい!」と乗り気だったため、そんじゃあ観光してみますかって流れになったのだ。


 ……と、ミスティラが本を閉じ、羽根付き筆をしまい込んだ。 


「書き物にも疲れてしまいましたわ」

「……疲れることと、くっつくことに何の関係があんだよ」

「ユーリ様の有り余る精気を、わたくしに分けて頂けないかと思いまして。飢えし者に与えるのが、貴方様の絶対正義ではありませんか」


 俺が与えるのは食い物であって、生命力の類じゃあねえんだけどな。


「それとも、お嫌ですの?」


 嫌です、とすぐには答えられなかった。

 傷付けたくないからじゃなく、正直、腕に押し付けられているこの柔らかい感触はとっても捨てがたいからだ。


 ミスティラ本人も分かってやってるんだろう。

 こっちの僅かな動きを感知して、更にぐいぐいと押し付けてくる。

 あぁ~たまらねぇぜ。

 いやいや、違うだろ、俺。


「いけませんわ、こんな所で獣と化すのは……2人きりになれる時までお待ち下さいまし」

「頼むから黙っててくれ。睡眠薬入りのお茶を飲ませたくなる」


 ふと、こっちを突き刺す視線に気付く。


「よかったわねー、思う存分柔らかい感触を楽しめて」


 向かい側に座っているタルテが、不自然すぎるくらい満面の笑顔と明るい声を作って飛ばしてきた。

 トゲ付き鉄球を全力投球されるのと同じくらい痛いのは言うまでもない。


「おいおい、誤解すんな……ってどうしたアニン」


 唐突に、これまでやり取りを傍観していたアニンがタルテの隣から腰を浮かせた。

 俺の方に近付いてきて……はぁ!?

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