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5話『魔獣ビンバー、痛い目を見る』 その2

「そりゃどーも。お前も中々ブッ飛んだ見た目してるじゃあねーか」


 挑発で言ったんじゃない。

 実際かなり奇抜な造形をしている魔獣だ。


 一言で言うなら、命を持って動いた石像。

 全身灰色に覆われた体は石のように硬そうで、大きさはあっちの世界でいうとサイぐらいだろうか。

 具体的な形状はというと、滑らかな胴体をした四足歩行型なのだが、顔の部分がのっぺらぼうになっている。

 さながら石球をくっつけたような頭部だ。あれで普段は見えてるのか?


「ここに踏み込んだ用件を聞いておこうか。もっとも、どう答えようと、貴様らが辿る結末は変わらぬがな」

「おう、心して聞いとけ」


 息を吐き切ってから、体に入るだけ空気を吸い込んで、


「たのもォォォォォオオッ!! ユーリ=ウォーニーっていう者ですけどォォォ!! タルテを迎えにきましたァァァァ!!! 新品同様のまま返却する用意しときやがれクソッタレクィンチィィィィ!!!」


 薄暮の世界を吹き飛ばすほどの魂の叫びで、用件を叩き付けてやる。

 うーん、気持ちいい。


「以上」

「ユーリ殿……」

「威勢のいい名乗りはヒーローの必須事項だ。突っ込みは禁止な」

「……イシシシシ、面白い小僧だ」

「ほら、こいつにもウケてるし」

「そうは見えないが……」

「ま、まあいいじゃあねえか。それより、こいつは俺に任せろ。アニンは先に屋敷に行っててくれ」

「先にタルテ殿を救出できたら、頭を撫でてくれるか?」

「撫で回してやるよ」

「約束だぞ」

「ああ。何かあったら"通信"で呼んでくれ」

「承知した。では」


 アニンは言うが早く、屋敷へと疾走していった。


 彼女の戦闘能力は信頼している。

 何故なら、俺に剣の手ほどきをしてくれたのは彼女だからだ。

 教える側が教えを受けた側より腕が立つのは理に適っているだろう?

 実際、今日に至るまでの付き合いで、何度も助けられている。


 アニンが攻撃されないよう援護態勢を取っていたが、意外にも魔獣は微動だにせず見過ごしてくれた。


「へえ、優しいとこあんじゃんか。それとも屋敷にゃもっと強い奴がいんのか?」

「いいや、我が最も強い。そうだ、我はクィンチよりも強い。あの忌々しい魔除けの宝石がなければ、あの程度の人間などに……」


 ちょっと煽ってみただけなのに、何故か俺でなくクィンチへ矛先を向けた恨み節を呟き始めた。

 変な飼い主を持って精神的に圧迫されてるんだろうか。意外と人間臭いところがあんのか、コイツ。


「お前、クィンチに不満があんのか。だったら別に、俺らが戦う必要はないんじゃねえか? どうよ、ここは平和的に解決するってのは。俺のことも黙って通してくれよ」

「……イシシシシ! それはできぬな! 確かにクィンチは虫の好かぬ存在だ。だが奴は仕事分の報酬は必ず寄越すのでな。契約している限り、愉しみと食料には困らぬのだよ。それを手放すのも少しばかり勿体無い」

「そうかよ」


 結局、飼い主と同類って訳か。これじゃ説得は無理だな。


「しょうがねえな、痛い目見てもらうしかねえな」

「やってみるがいい。我の愉しみの一つを教えてやろう。貴様のように自信過剰な人間の心をへし折って、顔を絶望と無力感に塗り潰してやることだ。すぐに命乞いさせてくれるわ」

「へえ、どうやるんだ。のっぺらぼうさん」

「こうするのだ!」


 と、今までのっぺらぼうだった魔獣の顔が突如大きく縦に裂け、紫色の虹彩を持つ巨大な単眼が剥き出しになった。


「おっ」

「遅い! まずは手足だけを石にしてくれる!」


 怪物の瞳孔がすぼまり、そこから光が放たれた。

 全身の細胞に怖気が走り、凍り付いてしまいそうな禍々しさ。

 魔法が使えない俺でも、強力な魔力の波動が込められているのが分かる。


 しかし。


「……む?」


 魔力は俺の元まで届くことなく、あらかじめ展開させていた"障壁"によって完全に遮断される。


 わずかな間、沈黙が流れた。

 静かすぎて、屋敷の方から怒鳴り声や剣戟音が流れてくるのが聞こえる。

 アニンとクィンチ一味が交戦を始めたらしい。


 魔獣はわずかに身じろぎした後、再度瞳を輝かせた。

 光により強い魔力が込められているのが分かったが、結果は同じだ。

 全力には遠い状態とはいえ、俺の障壁――ホワイトフィールドがこれくらいで破られる訳がない。


「バ、バカな! 魔法や宝石無しに、このビンバーの魔眼から逃れる者がいるとは! どうなっている!」

「やっぱり魔眼持ちか。んなこったろうと思ったぜ」


 己の最大の武器が通用しないと分かり、魔獣が明らかに動揺し始める。


 以前、似たような魔獣と戦った経験があったのが役に立った。

 魔眼――見つめたものに魔力を送り込んで呪いなどをかける力。

 奇襲のためか普段の生活に支障をきたさないためか、これを持っている奴は総じて目隠しをする傾向がある。

 こいつもその例に漏れない型だった。


「どうしたよ、眼精疲労か?」

「クッ! このッ! このッ!」


 魔獣は諦め悪く何度も目を光らせるが、それだけに終わる。調子の悪いカメラ以下だ。

 暗さのせいか、あるいは焦りからか、ホワイトフィールドに気付いていないみたいだ。


「でっけえ目玉の割に、視力は人並なのか? 今度はこっちの番だな」

「お、おのれ! 人間の分際で……! 踏み潰してくれる!」


 魔獣が、巨体に似合わぬ敏捷性で飛びかかってきた。


「遅えよ」


 あっちから間合いを詰めてきてくれて願ったりだ。

 ホワイトフィールドを解いて大包丁を振るい、すれ違いざまに閉じ忘れている魔獣の眸を横薙ぎに切り裂く。


「ギャアアアアアッ!」


 耳をつんざく絶叫、吹き上がる青紫色の飛沫。


「グォォォ……目が! 目がァァ!」

「言った通り"痛い目を見た"だろ?」


 我ながら中々上手いことを言ったつもりだったんだが、芝生の上で悶絶している当事者は何も突っ込んでくれなかった。

 当たり前か。


「一度説得はしたんだ。悪く思うなよ。止めをさすぞ」

「ま……待て! いいのか、我を殺せば石化した人間共は二度と元に戻れなくなるのだぞ!」

「ウソつくなよ」


 使い手が死ねば呪いは解除される。それも把握済だ。


「お前を生かしとくと、犠牲になる人が増えそうだからな」

「グ……グオォッ!」


 峰を下に向けて大包丁を振りかぶり、うずくまった魔獣の後頭部向けて振り下ろす。

 鈍い音と共に、右の手の平から腕へと重い痺れが通っていく。


 命を絶った、という手応え。

 打撃点を中心として全身に亀裂が走り――短い呻き声の後、魔獣は大小無数の破片となった。

 刃を通すのに一苦労しそうだから砕く方を選んだんだが、正しかったようだ。


 恐らく既に石化させられている人達がいるだろうが、これで元に戻れただろう。

 仮にタルテがそうなってたとしても、これで大丈夫だ。


「後はクィンチか。待ってろよ」


 陽は完全に沈み、夜になっていた。

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