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32話『モクジ、彼方にある真意』 その1

「教主様は只今、化天道の行を成さんとされております。これより先、立ち入ることはまかりなりませぬ!」

「ゲマイさんのお墨付きなんすよ。通して下さい」

「我々は教主様直々に命を授かっている身……ぐわっ!」

「すんません、急いでるんす!」

「ぐっ!」

「がはっ!」


 扉の前を守り固めていた全ての信徒たちにクリアフォース(一応できうる限り加減はした)をぶつけて無力化させる。

 不意打ちっぽくてあまりヒーローらしくないが、謝罪なら後でいくらでもしよう。

 今はもうこれ以上時間かけてられねえんだ。

 早くモクジさんの所へ行かねえと。


 アルたちやサカツ、コラクの村長の姿が脳裏をよぎる。

 罵声や、静かな語り口の幻聴。

 連動して、今、現実に漂う雨や泥の臭いが強調される。


 あの時みたいな後味の悪い結果には終わらせない。

 終わらせてたまるか。


 扉は固く閉ざされている。

 鍵は誰が持ってる?

 それとも内側から施錠できる仕組みになってるのか?

 ああめんどくせえ!


「うおりゃあっ!」


 全力のクリアフォースをぶつけると、重厚な扉はウエハースのようにあっさり砕け散った。

 ぽっかりと開いた口の奥には更なる濃厚な闇があって、奥行きはおろか、入った一歩先さえ見えない。


 入るのに躊躇している暇はない。

 左掌の上にレッドブルームで小さな火を作って松明代わりにし、扉の中に入り込む。

 倒した信徒たちを雨ざらしにしてしまうのは少々忍びないが、状況が状況だから我慢してもらうほかない。




 やっと鬱陶しい風雨から逃れられた、というのは甘い考えだったみたいだ。

 中に入った瞬間、むせ返りそうなほどの蒸し暑さと、カビに似た臭気が全身に纏わりつき、体内に入り込んでくる。

 実に健康によろしくない場所だ。


 つーか何でこんなに暑いんだ。おかしくねえか?

 道の幅はギリギリ大人1人分くらいで狭いし、天井は俺の身長だと少し屈まなければ頭を擦ってしまいそうなほど低い。

 誰だよこんな通路を作った奴は。しかも長えし。

 焦りはいつしか、どこの誰とも知れない設計者に対する悪態に変わっていた。

 まあ、こっちの方がまだ健全な感情か。


 通路は平坦で一直線に伸びているようだが、灯りが一切なく、どこまで続いているのか全く分からない。

 一旦振り返ってどれくらい進んだか確認したかったが、できなかった。

 正直言うと、怖かった。

 自分が狭く苦しい場所にいるのを自覚するのが嫌だった。


 何だろう。

 かつて同じような体験を一度したような気がする。

 安食悠里としての人生が終わって、ユーリ=ウォーニーとして生まれ変わるまでの間に、こんな道を通ったような……

 当然、その時のことを正確に覚えてるはずなんてないから、ただの妄想かもしれないが。


 確実なのは、今、自分の呼吸が早く、浅くなっているってこと。

 暗い。

 息苦しい。

 体中に纏わりつく熱や湿気が不快極まりない。


 エアコンなどと、ありもしないものを求める贅沢は言わない。

 代わりに太陽が欲しい。

 照らし、乾かし、活力を与えてくれる光が。

 長い時間、こんな場所に居続けるのは、それだけでも苦痛だ。


 この先にモクジさんがいる、という確信はあった。

 神々しいまでの存在感が先に在るからだ。


 人の身から離れようとしている存在に、俺の声は届くのだろうか。

 自信や勝算はある。と言えば嘘になってしまう。


 だが、諦めるなんて選択肢はありえない。

 まずは最低限だ。魔法の発動を止める。

 一度止まって、タルテから受け取った"絶蓋の呪符"を懐から出し、即座に使えるよう右手に握っておく。

 掌に汗が滲んでいたが、幸い呪符がふにゃふにゃになったりはしなかった。


 ――モクジ様、俺の声が聞こえてますか? 返事をして下さい!


 緊張を吹き飛ばすべく、一度強くブルートークで呼びかけてみたが、無音。


「…………えん」


 いや。


 頭の芯ではなく、鼓膜の方が、遠くからの微かな音を捉えた。

 まだ記憶に新しい声だった。


「…………ょくの……えん」


 自己暗示をかけようとしているような、極めて抑揚に乏しく、消え入りそうなほど儚い呟き。

 これが"楽園の燦"の詠唱なんだろうか。


「……びき誘え、……し輪転せよ……」


 希望というよりも、哀愁を帯びている風に聞こえてならない声色。


 こんな真っ暗な場所で、モクジさんは孤独に餓えて命を断ち――太陽になろうとしているのか。

 安っぽい同情、勝手な押しつけに過ぎないと分かってるが、俺には辛く、悲しく感じられて仕方がなかった。

 ……急ごう!


 進む速度を速めてはみたが、いつまでたっても何も見えてこない。


「……新たなる地で育まれる我が肉」


 ただ、声は段々と明瞭になっていく。

 近付いている。


 この時ほどレッドブルームという力があって良かったと思ったことはない。

 照明なしに進んでいたら、きっと精神に多大な負担がかかっていただろう。






 変化は突然に現れた。

 狭かった両側の壁が、俺から離れていくように少し広がり出す。

 レッドブルームの火力を少しだけ上げて、照らす範囲を拡大する。


「…………ッ!」


 その先に映ったものを認識した瞬間、ドキリとして、思わず火を消してしまいそうになった。

 実際に直視すると、一層圧倒感があった。


 神を象った木像に魂が宿った、なんて言葉では足りない。

 もはや半分神になりかけている、といっても過言ではない威容。

 足が、脳が、これ以上の接近を拒絶していた。


「我が肉は光へ、光は糧へ、糧は喜び、喜びは我が魂……」


 囚人が入るような狭い円形の空間の中央に、モクジさんが固く冷えた床の上で結跏趺坐を組んでいる。

 薄目はどこを見るでもなく虚ろで、微動だにせず、ガサガサにひび割れた唇をごく小さく動かして、延々と魔法を唱え続けていた。


 止めるのが、本当に正しい行動なのか?

 この人の姿を見ていると、今更ながら迷いが生じてしまう。


 いや、迷うな。

 俺の掲げる絶対正義を貫け。

 ミスティラとの契約を守れ。

 あいつを悲しませるな。


「モクジ様、意識はありますか? 俺の声が届いてますか?」

「……導き誘え、上昇し輪転せよ、肥沃と豊潤……」


 答えは、繰り返される詠唱。


 ……だったら強行策だ!

 動け、俺の体!


「失礼します!」


 絶蓋の呪符。

 魔力を封じ込める効果を持つこいつで、モクジさんの魔法を止める。

 食らえ!


「……ってぇ!」


 通電したような痛みが右手から全身を駆け巡り、反射的に下がってしまう。

 モクジさんの体に届くよりも大分前に、見えない壁に阻まれたのだ。

 またかよ!

 今度は何の魔法だ!?


「これか……!」


 極端に制限された状況のため、答えはすぐ見つかった。

 整地された床に目を凝らすと、消えそうなほどの薄さで文字や図形が描かれているのが見えた。

 具体的な種類は分からねえが、カラクリの正体はこの魔法円か!

 相当年季が入ってそうなのにバッチリ稼働しやがって!


「くそっ!」


 しかもさっきの衝撃で呪符が焼き切れてしまった。

 強い力を持つはずの呪符よりも、この障壁は更に頑強ってことか。


 まずいな。

 これじゃあ接触自体ができない。


 ここで餓狼の力を使ってぶっ壊そうとするのは危険だ。

 今の弱った体に力の余波がぶつかれば、命を奪ってしまうかもしれない。

 そもそも呪符さえ破ってしまうこの壁に通用するだろうか。


 ならばと、ゲマイさんの"鉄屏風"の時みたくブラックゲートで内側に潜り込もうとしたが、発動しない。

 つまり、厳密にはあれは壁というより"塊"なんだろう。

 めり込んだり埋まったりしないための安全装置のようなものなのか、ブラックゲートで物の中に瞬間移動することはできないのは既に把握済みだ。


 ……仕方ねえ。

 もうこの時点で、策も何も吹っ飛んじまっていた。


 後はもう、訴えかけ続けるのみ。

 例えこっちの命が削られようとも。

 やっぱりあの時、ブルートークの回線を繋いでおいたのは正解だったな。


「モクジ様! 俺です! ユーリ=ウォーニーです! 話を聞いて下さい!」

 ――何でそこまで徹底的に無視するんですか!


 口とブルートークの両方で、出せる限りの大声を出す。

 狭い空間に音が反響する上、頭の中でも呼びかけているから混線状態、とてもやかましいことになっちまってるが、気にしてる場合じゃない。

 それに少しでも詠唱の集中を妨げる雑音になれば。


「……糧は喜び、喜びは我が魂、我が魂は次なる地へ……」


 詠唱は止まらない。


「モクジ様!」

 ――ミスティラが悲しんでるんですよ!? 母親が、あなたの奥さんが亡くなった時も気丈に振る舞っていた娘さんが! そんなかわいそうな女の子を1人置き去りにするつもりなんですか!?


「……上昇し輪転せよ、肥沃と豊潤、悠遠の彼方……」

「話を聞けっつってんだろがこの野郎!」


 イラつきと焦りでついちょっとばかり口汚くなっちまったが、構いやしない。


「聞けっつってんだよ頑固ジジイ! 石頭!」

 ――シカトぶっこいてんじゃあねえぞ! ウンとかスンとか言ってみやがれ! 耳ついてんのかコラァ!


 反応があるまで、絶対止めねえからな!

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