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31話『ユーリ、雨降る闇夜を跳ぶ』 その3

 てっぺんから先っぽまで隈なく赤橙色に塗られた駕籠を、前後に1人ずつついた信徒が担いでおり、更にその四方をそれぞれ信徒たちが囲んでいる。

 全員揃って漆黒の法衣を纏い、頭に山吹色の編み笠を被って顔を隠している。

 華やかさとは無縁の移動で、まるで葬列を思わせる雰囲気だ。


 だが、俺やミスティラが立ち止った理由は、単に外見の異様さのせいじゃない。

 彼らが担ぎ、守る駕籠の中に在る気配が、俺達を一瞬拘束したのだ。


 駕籠は完全な密閉式の箱のようにも見え、完全に中が窺えないようになっていたが、確実にモクジさんはあそこにいる。

 確信できる。


 魔力は一切感じない。

 代わりに、圧倒的なまでの存在感があそこにあった。

 近くにいながら、これほどの気配をどうして今まで感じ取れなかったんだ。


 ミスティラの方は分からないが、少なくとも俺は怖じ気づいた訳じゃない。

 最も近い感情を挙げるなら、畏敬。


 何だありゃあ。どう考えても尋常じゃない。

 神様が本当に地上へ降りてきたら、これくらい圧倒的に顕示してくるんじゃないだろうか。

 そう思えてならないほど神々しかった。

 あの状態で実際に魔力を高めたら、一体どうなるんだ。


 ……っと、止まってる場合じゃない。

 止まるのは俺達じゃなく、モクジさんの方だ。


「モクジ様! 待って下さい!」


 今度は俺がミスティラに先んじて勇を鼓して踏み出し、駕籠の前に立ちはだかろうとした。

 だが、大分手前で固いものに頭を思いっきりぶつけて跳ね返されてしまう。


「……ってぇ!」


 何にぶつかったんだ。

 何も見えなかったぞ。

 目に見えない壁でもあんのか?


「"鉄屏風"……」


 ミスティラは答えを知っていたようだ。


「静かで堅牢なる鉄壁。相変わらず芸術的なまでの完成度ですわ、ゲマイさん」


 列の最後尾を見て呟く。

 服装とモクジさんの存在感に気を取られ、一見しただけでは気付けなかったが、なんとゲマイさんも参列していた。


 ミスティラに指摘されても、ゲマイさんは一切の反応を取らなかった。

 称賛どころか、俺達の存在にも全く心動いた様子はない。

 ただ前列に合わせ、ごくゆっくりと修行場に向けて歩を進めていくだけだった。

 まるで意識がなく、誰かに操られているかのように。


「風系統か?」

「ええ。塔の如く聳える空気の衝立を、全方位に隈なく張り巡らしていらっしゃるでしょう。その強度は、秘境に棲む古の魔竜が吐く炎をも容易く遮断するほど。

 ましてやゲマイさんがお使いになれば、それはまさしく難攻不落。今この場においては厄介極まりない存在ですわ。ユーリさん、いかに突破する……」

「壊さねえでも、潜り込みゃいい」


 俺はブラックゲートで列先頭の目の前に跳んだ。


 必要な情報を知れた以上、話が終わるのを待つ必要はない。

 壁が透明ならば、それを飛び越えての瞬間移動は可能だ。

 戦闘の人間が松明を持っていたのも幸いした。


「す……素晴らしいですわ」


 自画自賛になるが、ミスティラが俺に目をつけたのは正解だったと言える。


 得体の知れない手段で"鉄屏風"を突破されたからか、ゲマイさんを始め、行列の構成員たちが初めて動揺する気配を見せた。

 この隙をついて攻撃することも可能だったが、やらない。


「お願いですモクジ様! 話を聞いて下さい!」


 代わりに声とブルートークの二重音声で呼びかける。

 が、耳にも頭にも答えは返ってこない。


「お父様! 今一度わたくしの父に、あの優しかった父にお戻り下さいませ!」


 鉄屏風の外側にいる、ミスティラからの痛切な呼びかけでも結果は同じだった。


「――敵も民も、遮る者等しく散華すべし」


 代わりに返ってきたのは、魔力の揺らぎ。

 モクジさんではない。

 滑るような動きで列から外れ、しわがれた声で詠唱を紡ぐのは、ゲマイさんだった。


「あれは……! ユーリさん、全力で防御を!」


 言われずともそのつもりだ。

 何を使うのかは分かんねえが、とにかくホワイトフィールドだ!


「そこのけそこのけ、これより挙行されるは"暴君の凱旋"!」


 ゲマイさんがかざした右手の辺りが一瞬揺らめいたかと思うと、そこから凄まじい突風が発生した。

 いや、突風と言うよりも電車や新幹線みたいだ。

 甲高い哮りを上げ、雨を蹴散らして、一直線に俺へ迫ってくる。


 まともに受ければ遥か彼方まで吹っ飛ばされるどころか、骨がグシャグシャになってただろうが、展開したホワイトフィールドが完全に魔法を遮断した。

 今の腹具合なら、上級魔法でも完全に防げる自信がある。


「なんと……!」

「収斂させて威力を強化したゲマイさんの"暴君の凱旋"をいとも容易く無風とするなんて……」


 ゲマイさんやミスティラが驚愕の声を上げる。

 射線から退いていた他の信徒たちも明確に警戒を強化し、それぞれ魔力を高め始めた。


「ここは私に任せよ。其方達は教主様を滞りなくお運びするのだ」


 編み笠を外したゲマイさんの言葉に制された信徒たちはわずかに頷くと、移動を再開しながら、声を揃えて詠唱を行い始める。

 何を使うのかは分からねえが、同時発動で魔法を強化するつもりか!


 面倒が増える前に止めねえと。

 ……しょうがねえ!


「悪く思……」


 信徒の人への打撃を決意した瞬間、横からゲマイさんが猛獣のような俊敏な動作で飛びかかってきた。


「……ッ!」


 投げ飛ば……せなかった。

 決して老人のやけっぱちなどではなく、勝算ある行動だったようだ。

 俺が咄嗟に放った肘打ちはサッと流され、その勢いのまま態勢を崩されてねじ伏せられてしまう。


 解けねえ!

 腹が減って力が入らないってだけじゃあねえ!

 あの細い体のどこからこんな力が出てやがんだ!


 その間に信徒たちは詠唱を完了させて魔法を発動させ、水の障壁を形成した。

 そのままモクジさんを乗せた駕籠を担ぎ、修行場へ続く暗闇へと進んでいってしまう。


「お待ちなさいッ!」


 "鉄屏風"が解除されたのに今気付いたんだろう。

 ミスティラが魔力槍を握り、濡れた髪を振り乱して、列の横っ腹に突撃する。

 体ごとぶつかる勢いで、槍を幾度も突き刺して障壁の破壊を試みるが、びくともしない。


「忌々しい……!」


 穂先の輝きからして、相当な魔力を込めているんだろうが、流石に複数発動による魔法が相手では分が悪いようだ。

 象の歩みを猫が止めるのは不可能なように、いくら刺突を行ってもまるで歯牙にもかけられることなく、駕籠と信徒たちは闇の奥へと消えていってしまった。


「ユーリ=ウォーニー!」


 ミスティラはすぐさま俺の方に向き直り、甲高い大声を張り上げた。


「貴方のお力が必要です! 一刻も早くその戒めを解き、お父様を追ってちょうだい!」


 その通りだ。

 まず今の俺がすべきは、この拘束から脱出すること。


「ゲマイさん、お覚悟!」


 流石に全部俺任せにする訳じゃないようだ。

 ミスティラは槍を腰だめに構え直し、俺を押さえ込んでいるゲマイさんに向かって突っ込んできた。


 ミスティラが数歩足を動かした時点で、ゲマイさんはあっさりと俺を離し、飛び退いて距離を取った。

 俺を盾にするという選択肢もあったはずなのに。


 ともあれ、地面さんからの濃厚な口付けから逃れることはできた。

 手の甲で、唇や頬にべっとりとついた泥を拭う。


 もう駕籠は見えなくなっていた。

 暗くて視界が制限されているため、ブラックゲートで追跡することはできない。

 レッドブルームで照らそうとするのも危険だ。

 あれだけ離れてると上手く狙いをつけられず、照らす、では済まなくなる可能性がある。

 やはり先にこっちを……


「ゲマイさん……それが貴方の選ばれた道なのですかッ!? お父様を見殺しにすると……!」

「……いかにも。今の私はローカリ教の一信徒。教主の進まれる道を守り、外敵を退けるが我が役目」


 槍の穂先を突きつけて叫ぶミスティラに、ゲマイさんは静かに答える。


「進みたくば、どうかこの老いぼれを打ち砕いてからにしなされ」


 強固な意志の宿った眼。

 今にも皮膚から溢れそうなほど、体の内側に湛えられている魔力。

 ……話し合いは無理か。


「ミスティラ、もういいだろ。ゲマイさんにだって立場ってのがあるんだ、汲んでやろうぜ」

「ユーリさん。ですが……」

「ここは俺に任せろ。分かってる、節度はわきまえるよ。安心しな」


 味方になってくれなかったのは残念だが、こうなるのも事前に想定していたから、肚を決めるのは難しくなかった。


「先に行って、モクジさんたちを追っかけてろよ」

「……いいえ、貴方がたの戦いを見届けてから共に参りますわ。口惜しいですが、わたくしだけではもはや力及びませんから」


 神妙な面持ちでミスティラが言う。


「分かった。だったらちょっとばかし待ってな。……すいませんけど、通らせてもらいますよ」


 後半はゲマイさんに向けた言葉だ。

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