30話『ユーリ、頭を働かせながら事前調査を行う』 その2
「化天道の行や楽園の燦について、わたくしから皆さんにお話できる内容はここまでですわ。では、策を聞かせて頂けないかしら」
「策っつーか、結局やることは1つだろ。説得して心変わりしてもらうしかねえよ。多分ミスティラは修行を妨害させるために俺に目をつけたんだろうけどさ」
「その通りですわ。正直、当初はまずお止めすることこそ最優先と、脳髄ごと思考の歯車を炎で焼かれていて、正確な判断を導けませんでしたから。しかし仰られたように、根本を断たねば解決にはなりませんわね」
「俺が考えたのは、モクジさんが修行に臨む理由を先に潰すってことだ」
現在進行形で考えたネタを、とりあえず言っていく。
何か問題があれば、皆から入る突っ込みで随時修正してもらえばいい。
「モクジさんは、多くの人たちを飢えから救うために魔法を使おうとしてるって言ってたな」
「……ええ」
「じゃあ、俺達がまずその人たちを救って見せれば、ひとまずは思い止まってくれるんじゃねえか……って待てよ」
皆よりも前に、俺が自分で引っかかっちまった。
これが口から出まかせ展開の恐ろしい所だ。
「いかがした、ユーリ殿」
「その日の食うものにも困ってるような大勢の人を、今日アビシスで見かけたか?」
「いや、私の見た限りではいなかったな。ローカリ教の炊き出しが上手く機能していたようだ」
「ミスティラ、どうだ。実際、慢性的にそういう人達がいなくならないのか?」
「いいえ、特には。行き届いているはずですわ」
「ローカリ教やアビシスでは食糧が足りてない、なんて問題は?」
「起こっておりませんわ」
「他の地域で飢饉が起こったりは?」
「……ありませんわ」
最初は米粒ほどの小ささにすぎなかった疑念が、段々と大きく拡がっていく。
切羽詰まった状況でもないのに、モクジさんが修行を焦る理由が分からない。
別にまだ命をかけて魔法を発動させずとも、ローカリ教教主としての仕事をし続けるだけでも事足りるように思える。
「どうしたの? 黙り込んで」
「……悪い、考え中だ。ちょっと待ってくれ」
もしかして……
モクジさんには、本当は別の目的があって修行をしているのではないだろうか。
今思い出したが、ミスティラがモクジさんと口論していた時、こんなことを言っていた。
『嘘ですわ……っ!』
と。
あの時の不自然な言葉の切り方といい、やはりこれは確定的じゃないだろうか。
そして、依頼してきたミスティラも、何か俺達に隠していることがある可能性がある。
まさか、彼女は既に父親の真意を知ってるんじゃないのか。
人の気持ちをおぼろげながらも感じられる花精のジェリーが言うには、父親を助けたい気持ち自体は本物みたいだ。
また、モクジさんの振る舞いに対しても違和感を抱いた様子はない。
仮に2人に隠し事や秘められた真意があったとしても、今の状況を根底から覆すようなものではないだろう。
でも、引き出しておくに越したことはない。
そこを狙って攻めれば、修行を止められる可能性が上がる。
結論ありきの相手を説得するのは難しいが、少しは希望が見えてきた気がするぜ。
「なあミスティラ、まだ話せることはないか」
「藪から棒に何ですの? そのようなものはありませんわ」
ミスティラは怪訝な顔をする。
「もっと直接的に聞いていいか。お前、モクジさんの本当の目的を知ってるんじゃねえのか?」
ずばり切り込んでみると、途端に仕草から落ち着きが失われた。
目が泳ぎ、卓の上に置いた手が微かに震えている。
こりゃあもう当たりだな。
「……申し訳ありませんが、この場で言う訳には参りません」
なんと、ミスティラは前言を翻して素直に認めはしたものの、情報提供を拒絶する姿勢を見せた。
「貴方の振るった剣は、マーダミア家が尊む宝箱を壊すに等しき行為。欲するお気持ちはもっともと理解できますが、中身は来たるべき時が来たらお渡ししましょう。それまでわたくしを責めたければ、お好きなようになさって良くてよ」
「別に責めはしねえよ」
そうまで凛とした態度で言われちゃあ、な。
「ただ、俺の頭じゃあ、切り込めるにはそっからぐらいしか思い浮かばねえ。現時点はこれ以上煮詰めらんねえぜ」
「承知しましたわ。では、話し合いはここで一度中断しましょうか。夕食と湯浴みの準備がもうじき整うでしょうから、くつろがれるとよろしいですわ」
ミスティラの言葉通り、じきに使用人がやってきて、風呂の準備が整った旨を告げられた。
先に入っていいと皆から言われたので、お言葉に甘えて一番風呂を頂くことにする。
予想通り、風呂場も住人の感性が爆発した作りだった。
薔薇の花びらが浮いた大理石の風呂っておい。
これは俺の予想だが、きっとミスティラの亡き母親も似たような人間だったんだろうな。
濃密な香りが漂う暑苦しい空間で、無性にそわそわしながらも体を癒した後、外に出る。
外で湯冷ましをしつつ他の皆が入浴し終わるのを待っていると、今度は食事の準備が整ったと声をかけられた。
皆の入浴が済んで揃うのを待って、肉に野菜にと、栄養の均衡が取れた料理が並んだ晩メシを頂く。
が、食べるのは少しだけ、動ける程度にしておいた。
せっかく用意してもらったのに勿体無かったが、餓狼の力を強化しておくためだ。
いつ事態が急変するか分からない。
今から準備しておいた方がいいだろう。
これは余談だが、別にローカリ教は肉食や酒を禁止してはいないらしい。
感謝をして食べること、暴飲暴食を慎むことが大事なんだそうだ。
食後は用意してもらった二階の客室で、早めに休むことにした。
もちろんミスティラは俺達とは別室で、とっくに自分の部屋へ引っ込んでいる。
部屋は綺麗で、くつろげるようになってはいたが、寝台は2つしかなかった。
なのでジェリーとタルテに譲ってやり、俺とアニンはソファで眠ることにした。
疲れていたんだろう、ジェリーは寝台に寝そべるなり、すぐに寝息を立て始めた。
「ユーリが使っていいわよ。これから色々大変なことになるでしょうし」
「女を差し置いて寝られっかよ。いいから気にすんな。……おっとアニン、何だったらお前もどっちかと一緒に寝台で寝ろよ」
私は女扱いしてくれぬのか、なんてことを言われる前に封じておく。
肩透かしを食ったであろうアニンは、小さく両手を上げて苦笑いしていた。
「……ねえ、モクジ様の本当の目的って、なんだと思う?」
ジェリーに毛布をかけてやった後、タルテが声を潜めて話を振ってきた。
「んー、少なくとも悪いことじゃあないとは思うんだよな」
「同感だな。あの御仁は立派な人物だ。悪人だとは到底思えぬ」
そうよね、と相槌を打ちながら、タルテは窓際に飾られていた置物を見る。
何の気なしに俺も目で追って眺めてみると、おかしなことに気付く。
花束を抱えた清楚な女性の像なんだが、他の部分は綺麗に彩色されているのに、目だけが元の石の色のままだった。
何だこりゃ。肝心な部分が塗られてないじゃあねえか。
「一体誰があんな中途半端なのを作ったんだよ」
こういうのも芸術的表現の一種なのか? 分からん。
「確か、ゼザインって人の作品だったかしら。あえて未完成にして、不完全さやいびつさを際立たせるのが特徴だったらしいわ」
本当に表現の一種だったらしい。
「さっきの絵画といい、お前、物知りだよな」
「べ、別に大したことじゃないわよ」
「照れんなって」
「照れてないわ。いいからそろそろ寝ましょうよ」
それもそうだ。
俺達は明日に備えて就寝することにした。
……が、空腹のせいで中々寝つけなかった。
ちょっと食うのを遠慮しすぎちまったかもしれねえ。
翌朝、俺はアビシスの街中に出て、ローカリ教やモクジさんの評判を実際に聞いて回りつつ、本当に食糧問題はないのか調べてみることにした。
余裕のある内に、正確な情報を集められるだけ集めといた方がいい。
調査の結論から言うと、評判は押しなべて良く、本当に問題もないようだった。
一応偏りが生じないように色々な層から聞いてみたんだが、返ってきたのは、
「いつも本当に助かっている」
「フラセースの騎士団や役人とも上手く付き合っている」
「己に厳しいが、常に弱者への思いやりを忘れない慈悲深い方」
このような回答ばかりだった。
あっちの世界みたく選挙があったら、圧倒的得票数で当選するんじゃないだろうか。
ここまで大勢の人に慕われ尊敬されて、立ち回りもこなしていて、本当に大した人望だと思う。
当たり前だが、俺がファミレでやってたこととは比較にならない。
ただ、一つ気になったことがあった。
「奥様を亡くされてからも、変わらずに役目に励まれている」
なんてことを信徒の人が言っていたのだ。
特に悲壮感が漂ったりはしていなかったから、まさかとは思うが、もしかして奥さんの後を……
いや、後を追うにしては時間が経ちすぎている。
奥さんが亡くなったのはミスティラが子どもの頃だったはずだ。
それにモクジさんはそういう感じの人物じゃなかった。
これは失礼な考えだな。