29話『ユーリ一行、ローカリ教本拠・メイツ寺院に入る』 その2
ゲマイさんと別れ、ミスティラを先頭にして俺達は寺院の敷地内を奥へと進んでいく。
長方形をしている敷地は、壁によって更に3つの四角形に区切られているらしい。
ちなみに寺院の周囲には広大な畑や牧場が広がっていて、信徒の人たちが作業に精を出していたのを入る前に見た。
たくさんの食糧はあそこで生産しているんだろう。
一番手前の空間、炊き出しが行われている広場を奥に歩いていくと、また壁と門が見える。
門の左右にはそれぞれ建物があって、信徒たちが途切れなく出入りしていた。
彼らが手に持っているものや漂ってくる匂いで、中で何が行われているかはすぐ分かった。
左側の建物は調理場、右側は水を得る場所になっているんだろう。
門には見張りと思われる信徒が立っていたが、
「ご苦労様」
ミスティラが一声かけると、特に何も言わず素通りさせてくれた。
第2の境内に入ると、ぐっと空気が涼しくなって静かになったのを感じた。
人通りはほとんどなく、ザッザッと砂混じりの石畳の上を行く俺達の足音ばかりが大きく聞こえる。
ここは最初の境内よりも狭く区切られているみたいだ。
それに加えて、建物の占める面積が増えている。
とは言っても建物自体は至って簡素な造りをしていて、華美とはおよそ無縁で、こじんまりしている。
教義をそのまま体現しているかのように。
開いている扉から中を覗き見してみたが、偶像の類も置いていないみたいだ。
ローカリ教が特定の神を崇拝していないのは前から知っていたので、別段驚きはしない。
「ふむ、僅かではあるが、ツァイと似通った部分がある建築様式なのだな」
「そうなのか? あれ、でもツァイってローカリ教が浸透してないんじゃないのか」
「その通りだ。だから少しばかり不思議でな」
「初代教主のメイツ様はこの地に寺院を建立する以前、ツァイにて飢餓救済を営まれていたそうですわ。しかし今アニンさんが仰ったように、理想を花咲かせたと評するには水も種も土壌も栄養も足りず……その時感じられたであろう様々な思いが、この建築様式に表れているのかもしれません」
「なるほど。御教授感謝する、ミスティラ殿」
「構いませんことよ。見かけによらず繊細な洞察の眼をお持ちですのね」
何気に失礼なことを言いながら、ミスティラは髪を一払いした。
もっともアニン自身は特に気にせず笑っていたが。
それにしてもミスティラの奴、この境内に入ってからはやけに落ち着いてるように見える。
普通、目的地が近付けば更に焦りが強くなるもんだが、まるで逆だ。
「あっちのおうちから、魔力をかんじるよ」
「第二堂では、主に人々の救済に役立つ魔法を習得する修行が行われておりますわ。飲用に適さない水を飲めるようにしたり、毒素を取り除く火を生み出せるようになることが、魔法の才を有する信徒が第一に習得すべき事項なのです」
左側の建物を指差して言うジェリーにも、丁寧に説明してやっていた。
「じゃあ、ミスティラおねえちゃんもつかえるの?」
「当然ですわ。成長につれて、自然と四つん這いから二足歩行に切り替わるのと同じですことよ。"淡き約定"も"微々なる温浄"も、手足を動かすように操れますわ」
「わぁ、すごいすごい!」
俺達にみっともない所を見せたくないがためにそう振る舞ってるんだとしたら、大したもんだ。
「じゃあ、こっちの右側の建物は第三堂……でいいのか? 何する所なんだ」
「第三堂は、ローカリ教の基本的な教えなどを学ぶ場所になっておりますわ。そして、あの第二・第三堂の両横に隣接している建造物が信徒たちの居住場所ですわ」
石でできた4階建ての建物を交互に見上げてみる。
大きさからして、それなりの人数がいるってのが簡単に読み取れた。
「ミスティラも境内に住んでるのか?」
「……いいえ」
ミスティラは何故か歯切れ悪く答えた。
個人的には予想の範疇だったので、別に驚きはしない。
だって服装からして異物感満載っつーか、ローカリ教から浮きまくってるじゃんか。
そういや、食糧はどこに保存してるんだろう。
それらしいデカい建物は一見見当たらないんだが……地下か?
なんてことを考えながら、第2の境内を抜けて、一番奥の敷地へと足を踏み入れた。
正面に建ってるあれが第一堂だな。
第一とは言っても、特に際立って大きいとか高いとか頑丈とか、第二第三より優遇されて造られてはいない。
むしろこっちの方が小さいんじゃないだろうか。
さて、いよいよミスティラの親父さんとご対面だな。
……どんな人なんだろう。
教主なんだから、まさか娘みたいな恰好はしてないだろうけど「~ザンス」みたいな口調だったらどうしよう。
笑わずに接せられるだろうか。
下らない心配をしている間に、第一堂の正面入口前まで近付く。
分厚い木の扉は固く閉ざされていて、更に門番として両脇に信徒が2人立っていた。
「お父様はこの中ですわね。失礼」
ミスティラは構わず通ろうとするが、門番が腕を出してそれを遮る。
「教主様は昨日より、化天道の行を成す為の瞑想に入られております。ミスティラ様といえど、お通しする訳には参りません」
「お父様……もう始めてしまわれたの!?」
やっぱりこれまでは無理をして自分を演じていたらしい。
門番の話を耳にした途端、目を大きく見開き、体を小刻みに震わせ始めた。
「わたくしに断りも無しに……! おどきなさい!」
「なりませぬ。瞑想の間は何人たりとも通してはならぬ掟です」
「いいからおどきなさい! 貴方達、何をしているの!? 石像のように佇立していないで、早くこの邪魔者を排除しなさい!」
完全に頭に血が上っているみたいだ。
アシゾン団とやり合った時にも見せなかったような険しい表情で、誰彼構わず喚き散らす。
魔法をぶっ放しまではしないだろうが、殴る蹴るくらいはしてしまいかねない。
「ユーリ=ウォーニー! 今こそ力を使う時! さあ! さあ!」
名指しかよ。
だからっつっても、いくら何でもここで騒ぎを起こすのはまずいよなあ。
タルテたちが、どうするのって眼差しを向けてくる。
うん、どうしようか。
餓狼の力もこういう状況だと使いようがない。
ブラックゲートでも中に入れないし、他の力で門番を薙ぎ倒すのもまだダメだ。
やっぱここは、ミスティラを落ち着かせるしかないか。
「とりあえず少し落ち着こうぜ。ミスティラらしくもない」
「一体貴方がわたくしの何を理解していると言うのです! 勝手にわたくしの人格を規定しないでちょうだい!」
あ、選択を間違えた。
ダメだなこりゃ。説得はまず無理だ。
となると、一旦無理にでも引っぺがした方がいいか?
いや、その前に確かめとかねえと。
「その"かてんとう"の行っていうのは、終わるまでにどれだけ時間がかかるんですか」
ミスティラにではなく、門番に尋ねてみる。
「お答えできかねまする。化天道の行は秘儀中の秘儀。仔細を知り得るのは教主様のみなのです」
知らないってことか。
そんじゃあ……
「なあミスティラ、他の修行ってどれだけの時間をかけてやるんだ?」
今度はミスティラに聞いてみると、はっとした表情を見せ、硬直した。
猛りが突然に鎮まったため、2人の門番までもが呆気に取られる。
「……わたくしとしたことが、とんだ醜態を晒してしまいましたわ」
門番に掴まれていた腕や肩を振り払い、ミスティラが呟く。
具体的な回答は得られなかったが、別に知りたくて聞いた訳じゃないから構わない。
気付かせて落ち着かせるという目的は達せられたようだ。
こいつの場合、教えるより自発的に分からせる方が有効だろう。
ましてやこんなカッカした状態では。
ミスティラは最初俺達に依頼してきた時、"食を断って死のうとしている"といった主旨の発言をしていた。
つまりどんなに少なく見積もっても、1,2日で終わるような修行ではないはずだ。
ましてや極限の行と言われてるぐらいだから、他の修行よりも時間がかかるはずだろう。
単に何も飲み食いせずに餓死しました、では俺も修行を完成したことになっちまう。
ゆえに、まだ猶予は残っているはず。
それに確実に成功するとは限らないが、万が一魔法の発動態勢に入っていたとしても、止める手段はある。
「入れないと仰るのならば、ここで待たせて頂きますわ。構いませんわね」
「それは……はい」
困惑しながらも、門番は肯定した。
「御者を帰すべきではありませんでしたわ。ちょっと貴方、お茶と椅子と卓、それと日除けを持ってきてちょうだい」
「いえ、申し訳ありませんが、私はこの扉を守る役目が……」
「だったら誰かを呼べばよろしいでしょう。少しは機転を利かせなさい!」
「は、はあ」
本当に呼ばせて用意させちまうのが、この女の恐ろしい所だ。
無理矢理に呼び出された信徒の手によって、扉の脇に即席の休息場所がしつらえられた。
ついでに俺達の分の椅子やお茶も出してくれたので、せっかくだから一緒に休ませてもらうことにする。
出されたお茶はほうじ茶のような味がして、何だか心が落ち着いた。
「いいのかしら。なんだか悪い気がするわ」
「わたくしが良いと言っているのだから良いのです。まったく、小粒な方ですわね」
「そ、そんな言い方しなくたっていいじゃないですか」
「あーら、ごめんあそばせ」
このチクチクしたやり取りさえなかったら、いいお茶の時間なんだけどな。
正直言うと、ここで延々と待っているくらいなら寺院を見て回りたかったんだが、流石にそうもいかないよな。
ミスティラはというと、時々お茶をほんのわずか口に含み、ただひたすらじっと視線を第一堂の扉に注いでいた。
タルテもアニンもジェリーも、それに追随して無言で座って待っている。
……と、ミスティラがやにわに立ち上がる。
彼女が凝視していた扉が、ゆっくりと開かれたのだ。
俺達の目もその方向に向く。
もう終わったのか? まだ休憩しだしてからそんな経ってないのに、随分早いな。