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29話『ユーリ一行、ローカリ教本拠・メイツ寺院に入る』 その1

 フラセース聖国の四大聖地の1つ、アビシスに着いた俺達がまず最初にしたのは、芸人3人組ことアシゾン団を然るべき場所へと連れていくことだった。


 国にとっての要所だからか、四大聖地にはフラセースの騎士団が配備されていて、彼らが警察のような役割を果たしているらしい。

 3人組は彼らに引き渡すことになった。


「この屈辱、忘れないわ……!」

「次に会った時を楽しみにしているがいい!」

「でも食事は美味しかったです!」

「食糧を分けてくれた件、重ね重ね感謝するぞ」


 ルヴワ以外の2人は、最後までやかましい奴らだった。


 ああ、そうだ。

 3人にはそこそこの懸賞金がかけられていたみたいで、思わぬ臨時収入があったのは嬉しい誤算だった。


「なあタルテ、これでアイス大盛り食ってきていいか? あそこに具合よく屋台があんぜ」

「ダメよ、いざという時のために貯めておかないと。臨時収入って、油断するとすぐぱっとなくなっちゃうのよ」

「ケチー」

「ケチってなによケチって! あんたがだらしないから……!」

「3人の意志を引き継いで寸劇の続きをしている場合ではなくてよ。寺院に向かいますわよ」


 冷ややかな声でミスティラに言われ、俺とタルテはハッと口をつぐむ。

 地味に攻撃力の高い突っ込みの仕方だ。




 四大聖地と言われてる場所の1つなだけあって、アビシスはかなり大規模な都市だった。

 荒野の只中に湧き出た水場を中心に作られた市街は、石造りの建物のせいで一層堅固かつ重厚に見え、深い歴史を感じさせる。

 色褪せやひび割れすらも何かしらの歴史的価値があるんじゃないかと思えてならない。


 また、"火"を司ると言われている場所だからか、あちこちで火が焚かれているのがひどく印象に残った。

 というか、余計に暑く感じる。湿気がないだけまだマシだが。

 それと、街中に何となく聖なる力が漂っているのが分かる。


 規模の割には静かな市街をミスティラに先導され、俺達は街の東部へと向かう。

 途中、巡礼者だと思われる人の姿がちらほら見受けられたが、どうやらこれはローカリ教の関係者ではなく、四大聖地そのものを回っているらしい。


「そういや四大聖地の由来って何なんだ。知ってるか?」


 聞いてみるが、みんな一様に首を振る。


「聖竜王・トスト様に縁の深い4つの場所を聖地と認定しているのですわ」


 ミスティラが簡潔に答える。

 もっと詳しく聞いてみたいが、もう父親のことで頭がいっぱいだろうから、鬱陶しがられるだけだろう。

 後でいいか。 


 それに、俺には別のことの方が気になった。


「何つーか、こういう場所でも貧富の差があるんだな」


 今歩いている区画――恐らくこの辺りは旧市街だろう。

 人々の格好などに、それが顕著に表れていた。


「トスト様もわたくしたちも全知全能の存在ではない以上、貧しさまでから救うことは未だできておりません。ですがローカリ教の存在が彼らを飢餓の辛苦から引き上げ、またアビシスに静寂と秩序をもたらす一因となっているのも事実ですわ」


 ミスティラの言っていることは嘘ではないと思われる。

 俺がここまで見た限り、飢えで苦しんでいるような人間は一人もいないし、こういった場所に住む人間独特のギラつきややさぐれた雰囲気が薄まっているように感じられる。

 言い方は良くないが、ローカリ教の存在が下層民の不満逸らしになってるんだろうな。

 だからフラセース側も存在を容認してるんじゃないだろうか。


「ミスティラ様、こんにちは」

「いつも食べ物をありがとうございます」


 教主の娘ってのも本当みたいだ。

 旧市街に入ってから何度も声をかけられ、頭を下げられてていた。


「御機嫌よう。急いでいるので、失礼」


 しかしミスティラは判で押したような素っ気ない対応を繰り返し、歩みを止めるどころか緩めようともしない。


「ジェリー、大丈夫か」

「うん、ついていけるよ」


 ジェリーはニコっと笑って、早歩きを続けていた。


 そんな調子で旧市街をしばらく歩き続けて抜けると、パッと開けた空間に出る。

 街の外側に新しく継ぎ足したように建てられている、石造りの建造物。

 きっとあれが……


「こちらがローカリ教の本拠・メイツ寺院ですわ」


 ミスティラが硬い表情のまま、答えを教えてくれた。

 そしてすぐに「行きますわよ」と、こっちの返事を待たずに歩き出す。

 しょうがないから、追随しつつも勝手に寺院を観察させてもらうことにする。


「おお、凄えな」


 門を潜って真っ先に目に入ったのは、広場をいっぱいに使って行われていた催しだった。

 ローカリ教の信徒だろう、柿色や朱色の法衣を着た剃髪の人たちが、せっせと食事を作って、笑顔で配っている。

 これが日々の食糧入手にも事欠くような人々や貧困層を対象に、ローカリ教が毎日行っている炊き出しか。

 話には聞いていたが、実際五感を通して感してみると圧倒されてしまう。

 巨大な鍋や鉄板から漂う食い物の匂い、整然と列を作って受け取りを待つ人々、美味しそうに食べている人々……空気の揺らめきが熱気というより生命力そのものの放出に見える。

 絶対正義のヒーローであろうとする男の血がうずくぜ。


 作っているのは焼きおにぎりと豚汁みたいだ。

 いいなあ、俺も並んで食いてえなあ。

 俺の胃袋がうずくぜ。


「緊急性の高い場合以外は、身元を登録しないと配給できませんわよ」

「そ、そうなのか」


 ミスティラがあちこち見回しながら教えてくれた。

 炊き出しの様子を見ているというより、誰かを探しているようだ。


 あ、そうだ、探しているといえば。


「そういや、シィスはここに来てんのかな」

「うむ、私も丁度同じことを考えていた。ざっと探してみたが、見当たらぬな」

「もう用が済んで出発したとか? けっこうな期間トラトリアにいたじゃない、わたしたち」


 タルテの意見に同意したい所だが、どうしてもある疑惑が消えなかった。


「……いや、もしかして、まだ辿り着けてないとか」

「それは失礼じゃないかしら。いくらシィスさんでも……」

「本当に、心からそう言い切れるか?」


 念を押すと、タルテはきまりが悪い顔をして黙り込んでしまった。


「ジェリーは、シィスおねえちゃん、もう別のところにいったとおもうよ」

「そっか、ジェリーが言うなら合ってるんだろうな」


 信じてやりたい、というより本当にそうなんじゃないかと思えるから不思議だ。

 これもジェリーの純真さから来る人徳って奴なんだろうか。


「そこの貴方!」


 俺達の会話になど全く関心を示していなかったミスティラが、ふと声を張り上げた。

 呼ばれたのは信徒の若い男だった。


「そう、貴方! こちらへいらして! 急ぎなさい!」


 食糧の配給を待つ人たちの整列などを担当していたその人は戸惑いを見せるが、結局ミスティラの押しに負けてしまう形になる。


「お父様はどちらにいらっしゃるのかしら?」

「お父様……? あの、失礼ですがあなたは……?」

「まあ! わたくしを御存知ないと!? 笑えない諧謔を弄するのは止めてちょうだい!」

「いえ、その、すみません……」


 気の弱そうな男性は、しどろもどろになって謝罪する。


「それでもローカリ教に籍を置きし信徒ですの!? ああ、嘆かわしい……!」

「も、申し訳ありません。実は一昨日に入信したばかりでして」

「ならば今この場で銘記しなさい! わたくし……」

「ミスティラ様ではありませぬか」


 周りの目など一切気にしないミスティラの口上が始まろうとした時、1人の老信徒が静かに歩み寄ってきた。


「ゲマイさん! いい所においでなさいましたわ。お父様は……」

「第一堂におられます。して、そちらの方々は? 私はここメイツ寺院に籍を置きし信徒が1人、ゲマイと申します」

「皆さん、自己紹介なさって」


 人任せかい。

 と思いながら、俺達はゲマイという老信徒にそれぞれ名乗った。


「……以上のような経緯ですわ」


 流石に俺達を連れてきた目的は自分で説明していたが。


「左様でございますか。……ミスティラ様、本当にモクジ様を止められるおつもりですか」


 ゲマイさんがやや声を落として問いかける。

 今回の件に関して肯定的なのか否定的なのか、これだけでは判断が難しい。


「当然ですわ。二言はありません。あの時も申し上げましたが、稚児でも時期尚早と言うでしょう」


 ミスティラが一切の迷いを見せずに言い放つと、ゲマイさんは顔のしわをますます深くした。


「貴女様はモクジ様のたった1人の肉親。そう思われるのも無理からぬことか。……私からは何も言いますまい。皆様、どうぞお手柔らかに」


 語りかけているのとは裏腹に、まるで自分自身に言い聞かせているような声色だった。

 モクジさんとミスティラの間で板挟みになっているのか。

 きっと真面目で誠実な人なんだろう。

 俺達は無言で頷くしかなかった。

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