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28話『アシゾン団、闘いを挑む』 その3

 投擲速度は遅いし狙いも良くないが、多分問題はない。


「遠隔発動か。面白い、出してみろ! 全て溶かしてくれる!」


 白男が火の剣を突き出す構えを取ったのとほぼ同時に、槍が一際強い光を放つ。


「――美しく散り逝け、"儚き悲槍"と共に!」


 ミスティラが凛とした声で口にした魔法の名に反応して、槍全体から幾つもの氷の槍が生成、発射される。

 全弾、投げつけたものとは速度・正確さ共に段違いで、大きさも馬上槍ほどあった。

 俺の目には騎兵隊の一斉攻撃よりも凶暴で美しく映った。


「くっ……うおおおおおっ!」


 想定以上だったのか、白男が一瞬怯みを見せる。

 それでも最初の5本くらいはよく防いだが、多勢に無勢、対応しきれずに脚を腕をと突き刺されていく。

 勝負はあっという間に決してしまった。


「"儚き悲槍"……わたくしの人差し指に相当する美しい魔法ですわ。その傷、光栄の印と思いなさいな」


 よく分からんが、二番目に美しいとでも言いたいんだろうか。

 とにかく有言実行、俺が援護するまでもなく、ミスティラは敵を倒してしまった。


 氷の槍が消え、白男が崩れ落ちたのを確認し、青男と赤女の方に目を向ける。

 残ったのはあいつだけだが……


「投降する。仲間の手当てを続けさせて欲しい」


 青男はあっさりと敗北を認め、得物の斧を手放した。

 赤女の消火自体は既に終えていた。


「いいでしょう。跪きし者に刃を向けるのはわたくしの戒律に反しますわ。貴方がたを赦しましょう」


 俺も同意だ。

 ミスティラと青男から向けられた視線に、首肯で答える。


 そうと来たら。


「見せてみろ。手当て、手伝ってやるから」


 即完治とまでは行かないだろうけど、マシにはなるだろ。

 グリーンライトを赤女に、それと少し離れた所で転がっている白男にも使ってやる。

 とりあえずの処置はこれでよし。後はもっと腹を減らしたら完治させてやろう。

 ついでに魔力を失ってただの棒となっていた、ミスティラの投げた槍も回収しておく。


「不思議だ。先程の防壁といい、一体どんな魔法を……」

「まあいいじゃねえか。それよか凄えなミスティラ、あれだけ魔法を使えるなんてさ」

「褒める必要はなくてよ。これくらいは当然の嗜みですわ。それにわたくしの才気はテルプの泉。涸れることを知りませんのよ」

「……そっすか」


 だが大言するだけのことはある。

 大分魔力を使ったはずなのに、全く疲労している様子がない。


「もうよろしいですわね、早くアビシスへ行きますわよ。全く、火急の事態だというのに、時間を浪費……」

「あ、ちょっと待った」

「なんですの?」


 ミスティラが不機嫌な声を上げるが、どうしても1つだけやっとかなきゃいけないことがある。

 俺が俺で、絶対正義のヒーローであるために。


「なあ、あんたら相当腹空かしてんじゃないのか?」


 尋ねると、赤女は顔を背けた。

 まあ、火をつけちまったし、女だし、素直には答えられないよな。


「生き物として当たり前のことなんだから、恥ずかしがんなくてもいいだろ。それに意地張ってても分かるぜ、動きに今一つキレがなかったからな。あんたら、実際はもっと強いんだろ?」

「……だ、だったらどうしたというのだ!」

「その通りよ。状態さえ万全だったら、あなた達に決して遅れを取りなんか……!」

「ふ、敗者の弁というものは、蠅の羽音にも等しいですわね」

「まあまあ」


 せっかく喋ってくれたってのに、台無しにすんなよ。


「で、どんだけ食ってないんだ」

「……およそ丸3日、水しか口にしておらぬ」

「そうか、そりゃ辛いよな。よし、あんま量はないけど、俺の分を分けてやるよ」

「! ……な、情けはいらないわ!」

「そうだ、我々は誇り高きアシゾン団。欲しいものは全て外行く者たちから奪い取るのが流儀! 施しを受けるなど……!」


 口ではそう嘯くが、体は正直だった。

 三人揃って腹の虫を鳴らし、気まずそうな顔をする。


「……すまぬ、分けてもらえぬか」


 そんな中、予想していた通り、青男が一番最初に切り出してきた。


「ちょっとルヴワ! あんたには誇りがないの!?」

「そうだ、我々は誇り高きアシゾン団。欲しいものは全て外行く者たちから奪い取るのが流儀! 施しを受けるなど……!」

「2度繰り返して笑いを誘っている場合ではない。お前達が受け取らぬのなら、俺だけで食う」

「ま、待て! 食べる! やっぱり僕も受け取って食べる! シュクレ、アシゾン団の誇りは君に託した!」

「ふざけないでよ、なに勝手に押しつけてるのよ! そうだ、あたしに火をつけた罰として、あんたがアシゾン団の誇りを受け取りなさい!」

「俺かよ。いいけど、すぐ捨てちゃうぜ。誇りじゃあ腹は膨れねえしな」


 つーか何で俺を巻き込むんだ。観客参加型か?


「そんな簡単に捨てられては困る! いいか、アシゾン団の起源とは……」

「分かった分かった、いいからちょっと静かにして待ってろ」


 やかましい連中だなと思いながら、一旦馬車へと戻ってタルテたちに成り行きを説明し、俺の分の食糧を受け取ってから3人の所まで持っていく。

 どうせ明日の朝にはアビシスに着くだろうし、念の為に腹を空かせておいた方がいいだろうし、渡しちゃっても特に問題はない。


「ほれ、全然足りないだろうけど仲良く食えよ」


 水と食料を渡すと、3人はすぐさま飲み食いを始めた。

 本当に飢えていたんだろう。演技じゃない真に迫った食べっぷり、飲みっぷりだ。

 しかし奪い合いは起こらず、ちゃんと回し飲みをし、分け合っていた。


「施す理由を伺ってもよろしいかしら? ローカリ教でも、明確な悪事を働く輩に救済の手はないと定められているというのに」


 3人の姿を見下ろしながら、ミスティラがやや棘の残った口調で聞いてくる。


「腹空かす辛さはよく分かるからな。食い物欲しさに人を襲って奪うのを肯定はできねえけど、一概に責めはできねえよ、俺にゃ」

「断っておきますけれど、わたくしの分は水一滴、パンくず一粒渡しませんわよ」

「分かってるよ。だから俺の分から渡すって言ったじゃんか」

「理解できませんわ。お人好しを通り過ぎて呆けていらっしゃるのではなくて?」

「かもな。でも、少しくらいイカれてねえと、ヒーローなんてやってらんねえよ」

「その"ひーろー"という言葉も、まるで手を伸ばしても掴めない星のようなのですが」


 今の喩えは意外と正解に近いな。


「……感謝する。心から」

「ま、定義なんて別にいいじゃねえか。相手が誰であれ、感謝されんのは悪いもんじゃないだろ?」


 青男とは逆に、他2人は何も言わなかった。

 感謝を述べるつもりが一切ないって訳じゃあないみたいだ。


「……こんなに美味しい食事、生まれて初めて……!」

「助かった……助かった……!」


 涙と鼻水をだらだら流しながらパンや干し肉をかじり、水を飲んでいた。

 良かった、という掛け値の無い純粋な思いが胸に込み上げてくる。

 敵も味方も関係ない。

 やっぱり腹を空かした存在にまず食わせてやるのは、絶対的に正しい。そうだよな。


「……ああ、そんなに怒んなよ。別に親父さんのことを忘れてた訳じゃあないからさ」


 ミスティラが小刻みに震えているのは、待たされている我慢が限界に近付いているからだと思って、つい窘めてしまう。


「……しょ、しょうがないですわね!」


 が、真相は違ったようだ。


「特別! 本当に、紛うこと無く特別であることを銘記してちょうだい! わたくしからも施しを行いますわ!」

「どういう風の吹き回しだよ」

「あ、貴方が施しをしているというのに、ローカリ教教主を父に持つわたくしが何もしないなど、わたくし個人の魂の沽券に関わりますわ!」


 ローカリ教なのか個人なのかどっちだよ。

 それについさっき、何一つ渡さないみたいなことを言ってたくせに、随分早い変わり身だな。

 突っ込みたいことは色々あったが、同時にミスティラのことを少し見直しもした。


「祭りで売られている仮面よりも薄い笑いを浮かべている暇があったら、早く持ってきなさい! よろしくて? 食糧も水も、貴方が渡した分よりも少し多く!」

「へいへい」


 どやしつけられて、俺はもう1度、先程と同じ作業を繰り返す。


「ほらよ」

「感激に心身を打ち震えさせながら頂きなさい」

「ありがとう、ありがとう……!」


 しばしの間、黙って食事を見守る。

 事ここに至っては、ミスティラも遅延への表立った不満を口にしなくなった。




 ある程度飲み食いできて、流石に飢えは収まったようだ。

 3人は一様に満足、安堵の表情を浮かべる。

 これだけ落ち着いたなら、もういいよな。


「ごちそうさまでした」

「おう。ちゃんと言えたな」


 その点は無条件で褒められる。


「んじゃ、捕縛」

「え?」

「当たり前だろ。食わしてやることと、お前らの行為を見逃すかどうかは別問題だ。ミスティラ、アビシスに着いたら先にこいつらを引き渡すぞ」

「構いませんが、馬車に乗せたくありませんわ。貴方がこの者たちを連れて歩いて下さる?」

「分かった分かった。……って訳だ。大人しくしてような」

「そ、そんなぁ……」


 ミスティラよりも、こっちの3人の方に親近感を覚えてしまいそうだ。

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