28話『アシゾン団、闘いを挑む』 その1
もっと順調に進みたいのに、やっぱり俺は引き寄せてしまう体質なんだろうか。
案の定、アビシスまでの道中で、会いたくもないものと出会ってしまった。
「そこを往く馬車よ、止まれ!」
なんてデカい声が突然外から聞こえてきたと思ったら、
「我々は美しき略奪者・アシゾン団! 我々に目をつけられた以上、もはや逃げられはせんぞ! 姿を見せるがいい!」
続いて挑戦的な言葉を投げつけられる。
「ミスティラ様、野盗です」
走っていた馬をゆっくりと減速させて止めた後、御者さんが落ち着いた口調で知らせてきた。
「数は?」
「3人です」
「……やれやれ、ですわ」
窓から外を覗いて確認した後、ミスティラは大げさにため息をついて読んでいた本を閉じた。
いつもの態度を崩していない。恐れている様子は全くないみたいだ。
「何を呆けていらっしゃいますの? 行きますわよ。怖いのならここに残っていても構いませんけれど」
「バ、バカにしないで」
タルテが声を張って言い返すと、ミスティラは「ならいいですけれど」と小さく笑った。
「ジェリーもへいきだよ!」
「そっかそっか。ジェリーは強いな」
俺達全員で外に出ることにした。
タルテやジェリーは状況によって馬車に引っ込めればいいだろう。
……何かあっちの世界で、こういう戦い方をするゲームがあった記憶がある。
馬車の外へ出てみると、確かに3人の男女が俺達の行く手を遮るように立っていた。
「出てきたな。その気勢や良しと褒めておこう」
構成は男2人に女1人だったが、およそ俺が想像していた野盗とは随分かけ離れた姿をしていた。
まず今喋った男は、白い燕尾服とシルクハット、そして"?"状の杖を持っている。
「改めて名乗らせて頂こう。我々はアシゾン団、美しき略奪者さ。僕は白蘭のセイル」
「あたしは赤薔薇のシュクレ」
「俺は青色の柄の斧を持ったルヴワ」
「何で1人だけ普通なのよ!」
「綺麗にオチがついていいじゃんか」
タルテは不満みたいだが、俺的には評価したい。
ちなみに格好も同様で、ルヴワと名乗った方は革鎧にマントと至って普通だが、女の方は真っ赤っ赤なドレス姿だ。
流石に髪までは赤くなく濃い茶色だったが、ミスティラ以上に派手なのは変わらない。
まあ、はっきり言っちゃうと、ちぐはぐで変な奴らってことだ。
「確かに、落としどころを設けるのはとても重要だな」
「そんなことはどうでもいいですわ。さっさと退いて頂けないかしら。わたくし、急いでますの」
髪を払い、明らかな苛立ちを込めてミスティラが言い放つ。
「通して欲しいのならば、食糧と金品を差し出しなさい」
「……ふ、風の便りに聞いた通りですわね」
「知ってるのか?」
「フラセースではそこそこ有名な輩ですわ。己が肥えるためにか弱き民から食糧や金品を強奪する、卑しき豚の群れ」
「おっと、3つ誤解しているわね!」
侮蔑の言葉をぶつけられて、赤いドレスの女が声を張り上げた。
「まず1つ、あたしたちは生きるのに必要な分しか奪らない。ゆえに全部よこせとは言わないわ」
「2つ目、僕らが狙うのはそこそこ腕が立ちそうな相手からだけさ。善悪ではなく強弱が重要なんだ。君達、それなりに出来るのだろう? 僕らには分かるよ」
「3つ目…………は特にないな。2つだ、シュクレ」
「ないのにどうして3つなんて言うのよ!」
またもタルテが突っ込みを入れる。
今度は指をさして。
「落ち着けよ」
「……頭で分かってても、なんだかムズムズするのよ」
こういうのを生粋の突っ込み体質と言うんだろう。
ハリセンでも持たせたら、嬉々として叩きに行ってただろうな。
「ちょっと、空気読みなさいよ! あんたにも台詞を割り振ってあげようと思ったのに!」
「しかしだな、2つしか浮かばないものは仕方ないだろう」
「そこは絞り出しなさいよ! まったく、融通が利かないんだから」
「ではお前ならどう答える、シュクレ」
「あ、あたしは……ちょっとセイル、あんたも黙ってないで知恵を出しなさい!」
「やれやれ、醜い争いに僕を巻き込まないでくれたまえ」
「カッコつけてんじゃないわよハゲ!」
「ハ、ハゲ!? 失敬な!」
「知ってんのよ。あんた最近、前髪の生え際を気にして……」
「だ、黙れ! 君だって腹回りの……」
当の3人は、俺達を完全に無視してピーチクパーチク言い争っていた。
こいつら、実は野盗じゃなくて芸人か?
しょうもないネタで笑いを取ろうって腹か?
「……今のうちにばっくれちまおうか」
「賛成ですわ」
「待てい! 我々を差し置いて何処へ行く!?」
背中を向けた瞬間呼び止められる。
ちっ、目敏く気付きやがって。
見えなくなるくらい離れるまで言い争ってろよ。
それがお約束ってもんだろうに。
「お前達は既に標的となっている。逃がす訳にはいかぬ」
「話が終わるまで待っていたまえ」
「……あのさ、あんたら野盗じゃなく芸人をやったらどうよ? 食ってくだけの才能はあると思うぜ」
俺的には褒めたつもりだったんだが、相手はそう受け取らなかったみたいだ。
顔つきがみるみる険悪になっていく。
「バ……バカにしたわね! 許せない! お情けで少しは残してやろうと思ったけど、やっぱり食べ物も身ぐるみも全部剥ぎ取ってやるわ!」
「僕達を愚弄した罪、万死に値する!」
「無抵抗ならそれも良し、戦うならば死力を尽くしてかかってくるがいい」
3人ともやる気満々だ。
「怒んなって。貶したんじゃないんだからさ。どう考えたって野盗より芸人の方が得だろ。感謝されてカネや食い物をもらえるんだぜ」
「黙りなさい! もはや聞く耳など持たないわ!」
「恵まれるより奪い取る、それが僕らの流儀であり誇り!」
説得は逆効果だった。
どうもこいつらの逆鱗の位置が分からん。
フラセースの野盗ってこんなにクセがあるのか?
「不用意な発言は災いを招く、とはよく言ったものだ」
「え、これも俺の責任? ちょっと判定厳しくない?」
「原因ではありますが、失策ではありませんわ。貴方が唇に封をしていても、わたくしがあの者たちへ切り付けていたでしょうから」
意外にもミスティラが擁護してくれて、つい嬉しくなってしまった。
「では参りますわよ。わたくしだけで充分、と言いたい所ですけれど、今は坂道の車輪の如き状況。手出しを許可しますわ、ユーリさん」
「あーあ、しょうがねえか」
もうお互い引っ込みがつかなくなっちまってるしな。
一回やりあった方が手っ取り早いか。
「め……お連れの皆さんは御者と共に馬車の護衛でもしていなさいな。下賤な野盗共に同数以上で応じては、わたくしの沽券に関わります」
さっきからやけに自信満々だが、そんなに強いんだろうか。
パッと見た感じ、武術に長けているようには見えないんだが。
魔法が使えるってことだろうか。
何にせよ、今は俺の"餓狼の力"もそこそこ使えるし、イケるだろ。
――何かあったら頼むわ。
――承知した。
「っしゃ、行くか」
念の為アニンにブルートークで秘密裏に依頼をし、大包丁を抜く。
「全員で来ないなんて、ますますバカにするつもりなのね」
アニンたちが馬車の周りを固めたのを見て、赤女が忌々しげに言う。
「いいじゃないかシュクレ。すぐに後悔することになるさ」
「ふ、果たして後悔の果てに命乞いをするのはどちらかしら? ……体の内側を冷血が駆け巡っていく……今よりわたくしは、悪を誅する非情の矛……」
まるで歌劇のような手振りをするミスティラ。
いくら戦意を高めるためとはいえ、俺は苦笑するしかなかった。
「ユーリさん。勝利の為に、わたくしの指示に絶対服従しなさい」
「はいはい」
ま、いいか。
「では、盾になりなさい。あの者どもの汚れた魔手をあまねく遮る盾に!」
「やれるものならやってみることね」
言うと同時に、赤女が仕掛けてきやがった。
右手が怪しい輝きを放っている――いつの間にか真紅の鉤爪を装着していた。
「薔薇が散るように血飛沫を上げなさい!」
地を這うように身を屈めて迫ってくる。
……って、思ったより速くないな。罠か?
分からないが、指示通り防ぐだけだ。
大包丁と鉤爪がぶつかり合い、嫌な金属音が鳴る。
「……やるわね!」
「そりゃどーも」
すぐさま追撃が来る。
鉤爪、回し蹴り、鉤爪、拳打……
最初の一撃は止められたが、大包丁は小回りが利かないから、基本的には鉤爪は避けないといけない。
とはいっても「何だよ、下はドロワーズか。がっかりだ」と考えられる程度には余裕があった。
それに、体術にキレはあるものの重さがない。
器の中に美味い麺があるけど、スープや具が全く入ってないようなものだ。
ちらりと、視線を奥に向けてみる。
白男が杖を構え、それを守るように青男が立っている。
魔法発動までの時間稼ぎか。
やりやすい展開だ。
種類にもよるが、大抵の魔法はホワイトフィールドで対処できる。
餓狼の力を初めて見た奴は驚くから、一瞬でも生まれたその隙を突いて一撃食らわせてやればいい。
まずは3人のうち1人でも減らせれば上出来だろう。